各サーバの審神者たちを驚かせた、通称「隠岐国サーバ事件」から約一ヶ月後。事件に巻き込まれた当事者である審神者は、再び不思議そうにとある封筒を見つめていた。
 事件の際の傷は癒えたものの、政府への不信感は未だ残っている。まだそんな状態の審神者の元に政府から届いた封筒。何が中に入っているのか、審神者には全く分からなかった。また事件に巻き込まれるのではないかと嫌な想像をしつつも、赤字で「重要」と書かれているそれを開かないという選択肢はない。
 恐る恐る。まさにそんな様子で審神者が封筒を開ける。中には一枚の紙が入っており、そこには政府公認の判がしっかりを捺されていた。これを偽造することはできないし、もし何かの陰謀だったとしたら政府全体が審神者を欺いていることになる。その可能性はない、と審神者は自分を言い聞かせて書面を読むことにする。そこには「調査ならびに任務指令」と書かれており、審神者は若干嫌な予感を覚えつつ仕方なく読み進めていく。

「また変な任務を……」

 審神者が頭を抱える。前回散々な目に遭った任務は開放予定のサーバへの内偵調査だったが、今回は少し違う。審神者はそれに深いため息をこぼした。
 政府は時間遡行軍の動きをできるだけ把握するために、各本丸の戦闘部隊に「逃げていく時間遡行軍に証明チップをつける」ということを依頼している。証明チップとは、いわばGPS装置のようなものである。付けられた時間遡行軍の場所を把握し、時代を行き来しても政府の管轄内であればどこまでも追跡が可能である。どこにどれくらいの時間存在していたのかは証明データとして保存され、時間遡行軍の行動パターン解析に使われている。
 投石兵を連れている刀剣男士が証明チップを時間遡行軍めがけて投げる。投石訓練をしっかり行っていなければかなり難しい任務である。おまけに投げるのは大抵逃げていく時間遡行軍相手。故に、なかなか成功した例はないという。
 そんな数少ない成功例として政府が行動把握を日頃行っていた時間遡行軍が突如として消えたのだという。消えたのは敵短刀。証明データ消失ポイントを解析してみると、僅かではあったが時間遡行軍が消えた痕跡が残っていたという。消失ではなく恐らく移動。政府はそう結論付けているようなのだが、不思議なことに政府が検索できる範囲の時代にはその証明データが見つからない。もし仮に時間遡行軍が死んだとすれば証明チップも同時に砕ける仕様になっている。だが砕けた痕跡がない。つまり時間遡行軍は生きているが、その存在がきれいさっぱり消えたというのだ。そのあとに続いて何振りか、時間遡行軍が同じように消えたという。
 政府が証明データを追えない時代に移動した。そう政府技術者のデータが物語っている。証明データを追えない唯一の時代。それは現代だけ。もし時間遡行軍が現代に移動したとなれば。政府が極秘に行っているこの戦いが世間に露呈し、パニックになりかねない。
 政府の指令はこうである。現代において刀剣男士は力を発揮できるかの調査、および侵入した恐れのある時間遡行軍の討伐。この二点が今回審神者に課せられた機密指令だった。
 審神者が現代に行くことには全く問題はない。人間として存在している時代に戻るだけ。多少の手続きや操作は必要となるが、大したものではない。だが、刀剣男士を現代に送り込むというのは少々難しいところがある。刀剣男士立ちは本丸システムの行きわたる範囲でしか人間として形を保てない。そんな付喪神である彼らを如何に現代へ送り込むか。審神者には見当がついている。そうして、またため息をこぼす。
 なぜ自分が、と頭を抱えている。刀剣男士を現代に送り込む場合、必ず審神者の同行が必要なのだ。審神者の霊力を刀剣男士が共有し人の形を保つ。審神者もただの人間ではなく審神者≠ニして現代に赴く際には生命維持に必要な神力を要する。普段は本丸システムから供給されているが、現代で動く場合には刀剣男士と共有する他方法がない。現代に置いての審神者と刀剣男士は、二人で一つのような関係になるのだ。
 審神者の霊力によって人の形を成した刀剣男士は、現代の人間の目に映ってもほんの数分で記憶からきれいさっぱり消える。もちろん彼らが刀で何かを斬ればその刀傷は残ってしまうが、刀剣男士という存在が露呈することはないのだ。まあ、ここまでは審神者には伝えられていない政府の機密事項であるが。はじめてその事実を知った審神者はまた頭を抱える。どれだけ隠し事をしているんだ、と呆れさえした。

「しかも同行する刀剣男士、また一振か……まあ、そうか。こっちの霊力が追い付かないし」

 そう苦笑いをこぼした審神者は次の行に目をやり、固まる。前回の事件の際は同行する刀剣男士は自由に選んで良いと書かれていた。しかし、今回は一振の刀剣男士の名がすでに書かれていたのだ。その名前こそ、まさに前回共に散々な目に遭った、山姥切長義。審神者はそれに素直に驚き、思わず「は?」と声をあげてしまう。
 政府が山姥切長義を指名したのには理由があった。一つは政府との連絡の取りやすさ。元々政府にいた山姥切長義は政府が今回の任務で審神者に渡す通信機器の使い方に慣れている。他の刀剣男士は機械音痴が多いため、連絡に不備があることを恐れたのだろう。もう一つも山姥切長義という刀剣男士が政府に所属していたことから、現代社会にそれなりに精通していること。刀剣男士の記憶が消えるとはいえ、何かしらのトラブルを起こされては困るとのことだ。
 最後の理由として挙げられていたのは、先に同じ指令を受けて任務へ出ている刀剣男士たちの統括係を任せたい、ということ。山姥切長義はそれに適正の高い刀剣男士である、と書かれていた。この箇所を読んで審神者は静かに驚く。他の審神者がすでに任務へ出ている。それならば自分は必要ないだろうし、他の本丸の山姥切長義が行けば良いのではないか。そう考えたが、次の表を見て驚く。欄に書かれている「備中国第〇番本丸 同行:山姥切長義(備考:オカモト/五十代男性)」のところに、打ち消し線がしっかり引かれていたのだ。恐らく他の審神者にはこの意味が分からないだろう。だが、一度トラブルに巻き込まれている審神者には分かった。打ち消し線が引かれている審神者は、恐らく、もう。
 書かれているリストは現在指令を受けて現代に出陣している審神者と同行している刀剣男士と思われる。山姥切長義を除き上から順に三日月宗近、明石国行、太鼓鐘貞宗、山姥切国広、鶯丸、宗三左文字、加州清光、薬研藤四郎、篭手切江、燭台切光忠。計十振がすでに審神者と共に現代任務へ赴いているという。
 所属サーバと本丸番号を見れば常に成績上位の本丸ばかり。練度が高く統括係を任せられる山姥切長義を所持している優秀な本丸が他になかった、ということだろう。山姥切長義は現在顕現が確認されている刀剣男士の中では最近本丸所属になった可能性がかなり高い者ばかりだ。だが、顕現が確認されて各本丸の所属になってからはまだ日が浅い刀剣男士だ。練度が上がりきっていない本丸がほとんどだったのだろう。ちなみに、同一の刀剣男士がいないのは、恐らくまったく顔の同じ人間がいると記憶に色濃く残る可能性があり、記憶消滅の妨げになることを避けるためと思われる。
 なるほど、と審神者は一応納得する。けれども、まあ、普通の感覚であればこの審神者に指令を下すことはもちろん、山姥切長義を指名などしようものなら心が痛むだろうに。政府の人間にそういう感覚の持ち主はいないらしい。申し訳程度の「前回は申し訳なかった」という謝罪文のみで済まされている。
 ちなみに、政府からの指令は拒否することができない。審神者はただただため息をつくしかできないというわけだった。

top02