本丸システムが起動し始めて約三年。各本丸サーバへ配置された審神者たちの活躍もあり、時間遡行軍と互角に戦い続けてきた。審神者たちはイレギュラーな敵の出現、システムの突発的なバグなどに悩まされながらも必死に戦っている。予期せぬアクシデントにより命を落としたものは数知れず。様々な理由により折れた刀の数も、同じく数知れず。激戦を駆け抜ける審神者や刀剣男士たちには甘い蜜など特にないままに、今日も、生きるか死ぬかだけの時間が無情に流れていた。
 政府が審神者へ説明した事柄は多くある。初期刀に選ぶ刀剣男士はどの審神者も能力差、霊力差に問わず同じ刀の中から選ばねばならない。審神者としての戦績によっては資格の剥奪、急を要する事態であれば本丸の強制解体をする場合がある。刀剣男士に対し故意に暴力、危害を加えていることが判明した場合は政府により法外的措置が取られる場合がある。……などなど、ここでは説明しきれないことが多くある。すべては審神者になった日に渡された手引書にすべて記載されており、審神者は必ず一度は目を通すようにと政府の担当者から説明を受けている。
 初期にもらう手引書とは別に、政府が勝手に設定している戦績の規定値に達した審神者にのみ渡される手引書が存在する。数多くいる審神者の数人にしか渡されていないとされているそれが、また一人の審神者の手元に届いたのであった。

「政府からの指令書と手引書……?」

 とあるサーバに本丸を構える女性の審神者が届いたばかりのそれを不思議そうに眺める。政府と本丸間を行き来しているこんのすけから受け取ったもので、届けるだけ届けてこんのすけは慌ただしく本丸へ消えてしまった。大判の茶封筒には赤文字で「至急開封サレタシ」と走り書きで書かれている。きっちり術で閉じてある封は指定された審神者のみが解くことができるようになっており、その書類がどうやら重要な機密を含んでいるとは想像に易い。緊張した面持ちで術を解くと、審神者は恐る恐る書類を取り出した。

「新規サーバ開放に先立つ内偵調査……?」

 本丸が存在している各サーバは、政府が持つ特殊なシステムにより解放されているものである。現在その数は二十一。本丸システムが始動したときには備前国、相模国の二つしかなかった。当初政府はサーバ数は最大でも十までで事足りるであろうと考えていたそうだ。だが、時間遡行軍の予想を超えるスピードでの侵攻を受け政府は急ピッチで審神者の数を増やした。その結果、各サーバは本丸システム展開のための必要許容を超えていく。そのたびに急いでサーバを開放していったが、その内偵調査は十分でないままに開放されるパターンも数多く存在した。
 たとえば、本丸システム起動から一年後に開放された加賀国サーバ。ここは開放された初期に配属された審神者たちにバグが発生した。そのバグというのが、初期刀として選んだはずの加州清光、歌仙兼定、陸奥守吉行、山姥切国広、蜂須賀虎徹の五振のいずれも顕現させることができないというものだった。これは審神者にとって死活問題であり、システム上初期刀を顕現させてからでなければ鍛刀を行うことも出陣を行うこともできない。この事態は三日で改善されたが、一歩間違えれば多くの犠牲者を出しかねないバグだった。
 最悪なパターンとして挙げられるのは一番最近開放された越後国サーバだろう。開放されてから一ヶ月後、審神者が次々と何者かに暗殺される事態が発生した。調査に入った政府所属の刀剣男士による所見によると、サーバの至るところに抜け道のような切れ間があり、外部から敵の侵入を許していた可能性があったとのことだ。このとき、ちょうど新たに発見された合戦上にて時間遡行軍側に苦無がいることが発覚している。審神者の暗殺は恐らくこのサーバの抜け道から侵入した苦無の仕業であると結論付けられた。激戦を勝ち残ってきた本丸に所属する刀剣男士たちの派遣により苦無は始末され、サーバの抜け道は政府による修正で塞ぐことはできた。だが、このサーバは現在も時間遡行軍の侵入には最も弱いサーバとして取り扱われている。

「へえ、新しいサーバができる前に審神者の内偵が入るんだ。知らなかった」

 ぱらぱらと資料をめくりながら審神者は一つため息を吐く。功績をあげている審神者から選んでいるだけマシ、と考えるにしてもだ。簡単に言えば実験体になれということである。新規開拓されたサーバにはイレギュラーが多くあると言われている。越後国の場合のように時間遡行軍の侵入を許す場合もあれば、他の予期せぬトラブルが潜んでいる場合もある。これまで平和に開放できたサーバのほうが少ないと言っても過言ではないのだ。
 今まで審神者たちには内密にされてきたことだが。サーバの先行調査における死者は、三十を超える。今まで派遣された審神者は約五十。半数以上が命を落としているのだ。この犠牲は本丸システムが起動してから二年経ってからが圧倒的に多い。その理由は偏に、政府による焦りとも言える不十分なままでのサーバ開放である。時間遡行軍による侵攻、新たな敵の出現、様々な要因によって政府による調査がほとんどないままに審神者が派遣されていくのだ。

「同行する刀剣男士は一振とする……って、正気かな……?」

 その理由としては、正式開放されていないサーバでは審神者本人の存在データを追うこと、異常を検知すること、そこに重きを置くためである。刀剣男士は最大六振を編成し、戦場へ送ることができる。その理屈でいえば開放されていないサーバにも六振派遣することは可能だが、まだ固定されていない空間への干渉は多ければ多いほど危険を伴う。政府はそれを懸念して同行は一振と限定しているのだそうだ。
 何も審神者本人が行かなくても良いのではないだろうか。これも否とする理由がある。固定されていない空間において、刀剣男士は人の身を保つことができない。刀を握り、戦うためには人の身を保つ必要がある。これには審神者の力が必要不可欠であり、審神者が現地へ派遣されることは必然なのだ。
 資料をめくり終えた審神者は一つ息をつく。これまでに先行調査におけるバグ、アクシデントの一覧を思い出す。起きうるパターンを考え、最も適している刀剣男士は誰になるのかを考えているのだ。この本丸での最強と言われる練度を誇っているのは鶯丸である。初期に顕現し、当初確認されていた合戦場において太刀は非常に強力な刀剣男士であった。誉を獲得しやすく、出陣回数も増える。鶯丸本人は本丸での留守居役を望んでいたようだが、当時は審神者も駆け出しで必死だった。鶯丸は毎回出陣し、気付けば本丸最強として君臨していた。その次が加州清光である。この本丸における初期刀ならびに第一部隊隊長を務める、誰もが口をそろえて言う本丸の統括係である。審神者も全面的信頼をおいており、政府へ出向く際には護衛役として必ず連れて行く刀剣男士だ。
 もし連れて行くとすればこの二振のどちらか、とするのが当然だろう。だが審神者は迷っていた。それは、過去に起こったバグやアクシデントなど、調査中の動向が事細かに書かれた報告が原因である。派遣された審神者の誰もが本丸最強、もしくは次席にいるであろう刀剣男士を連れて行っていた。だが、その半数以上は命を落としているのだ。その多くは時間遡行軍に負けたからではなく、バグやアクシデントにうまく立ち回ることができなかったから、であった。本丸システム上の審神者ならびに刀剣男士という存在は非常に繊細なものである。開放されていない、仮開放のサーバ内のシステムであれば余計にだ。一つ間違えれば死に直結する。それへの対応がうまくできる刀剣男士でなければならない。
 審神者は何人かを思い浮かべる。はじめに浮かんだのは一期一振。この本丸における一期一振は太刀の中では鶯丸、燭台切光忠、山伏国広に続いて四番目に顕現した。練度は申し分なし、冷静な判断ができ基本的に迷うことなくすぐに決断ができる刀剣男士だ。だが、調査はいつまで続くか分からない。バグの中には一時本丸へ帰還する予定だったがなぜか帰還できず、夜も調査先で過ごさなければいけなかったことがあったという。夜という条件では太刀は力を発揮できない。
 では逆に短刀、脇差ではどうだろうか。短刀だと最も練度が高く冷静に判断できる平野藤四郎。脇差だと十分な練度がありいつも落ち着いているにっかり青江。申し分ないのだが、やはり調査のメインである日中に不安が残る。六振での編成であれば問題はない。だが、この調査はたった一振しか連れていけない。
 そうなると、残るのは打刀であった。打刀で一番練度の高い加州清光は、それなりに冷静であるがカッとなると周りが見えなくなることがある。とくに審神者に危害が及ぶと取り乱す傾向にあるのだ。バグやアクシデントを前にし、審神者に危険が近付くといつもの冷静さを失う可能性がある。次に練度の高い大倶利伽羅はどうだろうか。元は太刀に分類されていたこともあり戦力は申し分ない。だが、調査は長期に渡る。連携が取れないわけではないし、信頼関係がないわけでもないが、心配は残る。

「練度が十分で、冷静で、バグやアクシデントに取り乱さない打刀……」

 審神者の頭の中で、カチッ、と何かが一致した。彼しかいない。自信を持って審神者は政府への解答用の用紙へその名前を書き込んだ。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「山姥切長義、拝命する」

 さらりと流れる髪がわずかに光る。打刀・山姥切長義はこの本丸において六十七番目に顕現した刀剣男士である。現在存在が確認されている刀剣男士は八十振。この本丸に顕現している刀剣男士は七十三振。つまり、山姥切長義はかなり最近顕現した刀剣男士ということだ。
 ゆっくりと顔をあげた山姥切長義は少し怪訝な顔をする。そうして静かに口を開くと「なぜ俺なのか、と聞いても?」と言った。それは拒否でも嫌悪でもなく、純粋な疑問であると審神者にはすぐ分かった。
 審神者が説明した理由は三つ。一つは練度。たしかに山姥切長義はかなり最近に顕現した刀剣男士だが、練度はすでに申し分ないレベルなのだ。それはここ最近立て続けに出陣が重なったこと、定期的に発生する大阪城での時間遡行軍との交戦にずっと参加していたこと。それらが運良くというべきなのか重なり、山姥切長義はかなりのハイスピードで練度をあげて行ったのだ。
 一つは性格。この本丸における山姥切長義は非常に真面目であり淡々としている。感情よりは数字を信じるタイプであり、理不尽を強いられてもそれが本丸や誰かのメリットになると思えばぐっと堪えることができる。ただし、この点は彼の写しである山姥切国広が関わらないことを前提とする。
 最後は経歴。山姥切長義という刀剣男士は少し特殊で、一定レベルに達した審神者にのみ出陣の命が出る特命調査にて政府から派遣される案内人、それこそが山姥切長義なのだ。特命調査内において彼は案内人だけではなく監査官を務め、評定を下していく。その評定において優を獲得した本丸にのみ顕現が許されており、その顕現も政府からの褒美として、という名目で行われている。つまり、山姥切長義は政府に最も近い刀剣男士であり、中には元は政府所属として顕現していた個体も存在するという。この本丸における山姥切長義がまさにそれであった。様々な調査の内偵を行う際、部隊の見張り役を行い、様々なパターンを目にしてきている。バグやアクシデントにそれなりの耐性がある、と審神者は判断したようだ。

「なるほど。合点がいったよ」

 山姥切長義は軽く笑う。ぼそりと「君なら加州清光を選ぶと思っていたよ」と言った言葉に、審神者は若干の気まずさを覚えた。単純な仲の良さ。単純な信頼の差。山姥切長義は恐らくそれらを加味して審神者が刀を選ぶと思っていたのだろう。それが蓋を開けてみれば非常に合理的で感情的なことがなく、自分が選ばれたのは数字的な意味でのことなのだと納得したらしい。たしかに加州清光と山姥切長義を比べたとき、初期刀である加州清光と最近加わった山姥切長義では、差が出てしまうことは仕方のないことだ。それに対して山姥切長義はとくに不満があるわけでも妬みがあるわけでもない。ただ山姥切長義は理由≠ェ知りたかっただけであり、自分に対して審神者がどう思っているのかを知りたかったわけではない。しかしながら、審神者が山姥切長義の瞳の奥に何かを感じたのは事実だった。審神者はそういうわけじゃない、と言うわけにもいかずただただ「よろしく」と言うだけにとどめた。
 山姥切長義は髪を耳にかけながら「それで、どこへ行くのかな」と聞く。審神者はゆっくり瞬きをして答えた。

「年内に開放予定の隠岐国サーバです」

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