「隠岐、お前いつ告るんや?」

 特に用もない日、なんとなく隊室に来てみると、おれ以外の全員が隊室にいた。ドアを開けてしばらく固まったのち「今日なんかありましたっけ?」と聞いてみると、イコさんが「水上も一言一句違わずおんなじこと言うたで。あと、別になんもない」と言った。同じチームにいると似てくるものなのだろうか。少しだけ面白かった。
 冒頭の台詞は定位置に腰を下ろした瞬間に水上先輩が発したものだ。あまりに突然のことだったので目をぱちくりしてしまう。

「え、何がです?」
にいつ告んねんって話」
「……な、何のことですかね〜」
「もう全員知っとるっちゅうねん」
「さすがに分かる」
「分かりやすすぎるやろ」
「俺でも分かりました!」
「うそぉ……」

 水上先輩が「で、いつ?」と本から視線を上げないまま言う。何でもない世間話のように言われると困る。それに素直に「内緒です」と返すと、他の人たちからため息が聞こえてきた。

「そないな反応せんでも」
「見とってキーッてなんねん。さっさと告ってこいや」
「マリオひどない……?」

 たじたじ、というのはこういうことを言うのか。そんなことを思いつつ、弱ってしまった。
 水上先輩が先ほど名前を出したちゃんというのは、おれと同い年の狙撃手だ。ボーダーに入った時期も、学校でのクラスも同じ。ポジションも同じとなれば自然と仲良くなった。
 ちゃんは基本的にノリのいい子で、誘えばどこにでもついてきてくれるし、連絡を取ればまめに返信をくれる。おれのくだらない話にも笑ってくれる、すごくいい子だ。
 仲良くなってすぐに好きになった。「ええ子やな」が「かわいい子やな」に変わって、自然と「好きやな」になった。おれの気持ちがそんなふうに変化していく中でもちゃんは何も変わらず、おれの気持ちに気付く様子はない。ノリが良くてかわいくておれが好きな子のままだ。向こうにその気はない。そう察したのは結構早めだったと思う。

「振られるん目に見えてますもん。せやでこのままでええんです」
「情けなぁ〜」
「イケメンのくせに情けないで隠岐」
「せやからイケメンちゃいますて……」

 イコさんにバシバシ背中を叩かれつつ苦笑い。面白がられている。こっちは結構本気でへこんでいるから、できればそっとしておいてほしいのだけど。そんなふうに思いながら。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 ランク戦、昼の部終了後。全員で隊室を出て歩いているときだった。前方にちゃんの姿を見つけた。他の人と一緒にいる。そういえば昨日はランク戦だったはず。結果はどうだったのだろう。あとで聞きに行こう。そんなふうに思っていると「あー! そこに御座すはさんやないかー!!」と、わざとらしくイコさんが大声で言った。

「ちょ、は、イコさん? 何しようとしてます?」
「ほんまやーさんやー。えらい奇遇やなー」
「水上先輩? ほんまにやめてもろてええですか?」

 マリオと海までそれに混ざるものだから、もちろんちゃんが立ち止まる。他の人たちも一緒に立ち止まってから、ちゃんを見送るように手を振って歩いて行った。残ったちゃんがにこにこ笑ってこっちに手を振って駆けてくる。かわいい……じゃなくて。

「生駒隊の皆さん、お疲れさまです〜!」
「お疲れさん。昨日ランク戦終わりやったやんな? どうやった?」
「ふふ、なんと! はじめてB級中位に入りました!」
「お、やったやん。おめでとうな」

 いや、普通に会話をするな。というかイコさんも水上先輩もほぼはじめてでしょ、ちゃんと喋るの。内心そう苦笑いをこぼしてしまう。後輩であるおれを気遣ってくれているのは有難いけど、正直そっとしておいてほしいのが本音だ。
 イコさんと水上先輩の向こう側からひょこっとこっちに顔を覗かせる。おれのほうを見ると、にこっと笑った。かわい。いや、そうじゃなくて。思わず笑ってしまった。

「隠岐くんもお疲れさま!」
「お疲れ。中位入りおめでとう」
「ありがとう! あとで隠岐くんに報告しようと思ってたからちょうどよかった」

 にこにことそう嬉しそうに言う。うん。やっぱり、どうしても、かわいい。諦めてそう思ってしまった。
 六人でよく分からない状況のまま和やかに会話をする。なんだこの空間。いつ誰が余計なことを言い出すか怖くてたまらない。一人だけどぎまぎしていると、イコさんが「そうそう、ずっとちゃんに聞きたかってんけどな」と急に話を変える。

「なんですか?」
「どういう子がタイプ?」
「ちょ、イコさん……」
「付き合うならどんな人がいいかってことですか?」
「そうそう。めっちゃ気になっててん。ちゃんイケメンとかどう? 興味ない?」

 マリオと海が笑わないように堪えているのが横目に見える。水上先輩は追撃するように「イケメン好きやんな?」とイコさんに続く。最低だこの人たち。人の気持ちをなんだと思っているのか。ちょっとそんなふうに思っていると、ちゃんがにこにこ笑ったまま「そうですね」と口を開いた。

「イケメンかどうかはあまり興味ないですね」
「イケメンじゃあかんかー」
「イケメンでもあかんのかー」
「でも」

 きらりと、瞳が光ったように見えた。宝石みたいに煌びやかに。その一瞬の輝きが目について一生離れない。おれにとってちゃんの笑った顔は、いつもそういうふうに見えてしまうから困ってしまう。
 ああ、この子のこと、好きやなあ。そう思う。思うけれど、せっかく仲良くなれたのに振られてしまったら全部消えてしまう。それが嫌でこのまま現状維持でいこうと決めたのだ。おれのことは仲が良い友達と思ってくれていればいい。それで十分だから。
 ちゃんがこっちを見た、気がした。ほんの少し心臓がどきりと高鳴る。いつもの笑顔がなんとなく、少しだけ違う光り方をしたような。それが妙に胸をざわつかせて、一瞬で思考が止まってしまった。

「泣きぼくろがあって、サンバイザーをしていて、猫ちゃんが好きなイケメンの狙撃手だったら好きですよ。告白されたらすぐオッケーするんですけどね」

 にこにこと笑ったまま、ちゃんが「じゃ、わたしこのあと友達と約束しているので!」と言った。またおれのほうを見ると「隠岐くん、また明日学校でねー」と手を振ってくる。それに反応できないままでいると、ちゃんはどこか軽い足取りで、去って行った。
 しん、と静まり返った廊下で、おれの心臓だけがとんでもなくうるさい気がする。もう見えなくなったというのにちゃんが歩いて行った先を見つめてしまう。
 マリオが大きな声で「いや、追いかけろや!」と廊下の先を指差した。それにびくっと肩が震えると、その肩をイコさんががしっと掴んだ。

「隠岐……お前はほんまに……お父ちゃんは誇らしいで……」
「いやイコさんの息子ちゃいますから。とりあえず追いかけてこいや」
「なんでもええで早よ追いかけてこいや! なにぼうっとしとんねん!」
先輩、大胆っすね! 俺が照れました!」
「いや、いやいや、あの、いやいや……お、おれ、イケメン、ちゃいますし……」
「誰がどう見てもイケメンやっちゅうねん! ぐだぐだ言うとらんととっとと行けや!」
「マリオ、隠岐のことイケメンやとは思うてたんやな」

 いろんなところをバシバシ全員に叩かれつつ、ちゃんが駆けていったほうに放り出された。いや、でも、友達と約束があるって、言っていたし。そう呟くとマリオに思いっきりお尻を蹴られた。






▽ ▲ ▽ ▲ ▽







 うーん。やっぱりわたしの勘違いだった、のかなあ。本部内を歩きつつ腕組みをして考える。おかしいなあ。隠岐くん、わたしのこと、好きになってくれたと、思ったのに。なかなか告白してくれないから先手を打ってみたのだけど、もうすぐ本部の外に出るというのに追いかけて来てくれない。今頃生駒隊の人たちとわたしが勘違いしていると笑っているのかなあ。いや、隠岐くんも生駒隊の人たちもそんなことをする人たちじゃないのだけど。
 隠岐くんと一緒にいると、心がふわふわして好き。優しい声と優しい喋り方。眼差しがふわふわの綿菓子みたいで甘く柔らかい。仲良くなってすぐに好きになった。わたしのこと、好きになってくれないかなあ。いつもいつもそうにこにこ見つめてしまったっけ。
 あれ、と思ったきっかけは、よく分からない。ある日突然隠岐くんの視線を感じた瞬間、わたしのことが好きなんじゃないかって思った。他の女の子にも優しいけれどわたしを見るときのあの瞳は、わたしにしか向けていない。いつもいつも隠岐くんの視線を感じるたびにそれは確信に近いものに変わった、けれど。
 隠岐くんが告白してくれる気配はなかった。恋愛の話を振ってみても二人きりになってみても、隠岐くんは何も言ってこない。わたしの勘違いだったのかな、とすごく恥ずかしくなってベッドの上をごろごろ転がり回ったっけ。
 隠岐くんはかっこいいし優しいから、他の女の子からもこんなふうに思われているだろう。その中にちゃんと好きな子がいて、わたしが知らない表情や声で接しているのかも。そう、落ち込んだ日もたくさんある。
 でも、会うとやっぱり勘違いじゃないかもって思ってしまう。そんな日々が積み重なって、結論を急いでしまったかもしれない。そう反省しつつ、外へ続くドアに手を掛けた。

ちゃん!」

 びくっと体が揺れた。そのせいで階段の最後の段にかけようとした足が空振ってしまう。あ、まずい。まあ、トリガー起動したらいいか。そう思いつつ呑気に身を任せていると、トリガーを起動する前に、体が落ちずに止まった。

「大丈夫?! 足捻ったりしてへん?!」
「あ、うん、大丈夫」

 隠岐くんがわたしの肩を支えてくれていた。隠岐くん、背も高いし手も大きいんだなあ。知っていたつもりだけど改めて実感した。
 そっとわたしの肩から手を離すと「おれのせいやな、ごめんな」と申し訳なさそうな顔をされてしまう。呼びかけられたくらいで階段を踏み外したわたしのせいだ。慌てて「いや、全然」と笑って返す。
 追いかけて、きてくれた。それに驚いてしまってうまく言葉が出ない。隠岐くんは小さくはにかんで「怪我ないならよかったわ」と頬を軽くかいた。それからわたしの顔をそっと覗き込む。

「あんな、ちゃん」
「う、うん?」
「……その」

 隠岐くんの顔が赤くなった。かわいい。隠岐くんは、いつもなんだかかわいい。ついつい困らせたくなってしまう。
 そういう顔をしてくれるから、わたしのことを好きだと思ってくれているのかな、って思っちゃったんだよ。それなのに、ずっと勘違いなのかな、違うのかな、って不安になっちゃってたんだよ。ひどいよ、隠岐くん。そんなふうににこにこ笑ってしまった。

「おれ、イケメンちゃうけど……泣きぼくろあるしサンバイザーしとるし、猫好きな狙撃手、やんか」
「えー、隠岐くんイケメンだと思うけどな〜」
「え、あ、おおきに……やなくて。それで、その……ちゃんのこと、好き、なんやけど、付き合うてくれる……?」

 自信なさげな情けない告白だった。わたしより頭一つ以上背が高い体を小さくして、今にも逃げ出しそうな情けない顔をしている。かわいい。そして、何より、今にも飛び跳ねてしまいそうなくらい、嬉しかった。

「あのね、隠岐くん」
「ご、ごめんな、急に」
「もしね、イケメンじゃなくて、泣きぼくろもサンバイザーもなくて、猫ちゃんが好きじゃなくて、それでもって狙撃手じゃなくても。隠岐くんならいいんだよ」

 隠岐くんが目をまん丸にした。その顔、はじめて見た。かわいい。やっぱりどうしても隠岐くんのことが、かわいく見えてしまうんだなあ、わたしの瞳には。どんなに煌びやかな宝石に紛れ込んでも一目で見つけられる。それくらい、一等かわいく見えてしまう。恋は不思議なものだなあ。そう、にこにこと胸の高鳴りが止まらなかった。


いとしのルル・ダイヤ