※捏造過多。
※主人公が那須隊設定。




 ふとクリームソーダが飲みたくなるときがままある。
 うだるような暑さが鬱陶しい。一歩足を進めるたびに汗が噴き出る。そんな不快な気温だ。特に日本の夏は湿度が高いため、ねっとりと絡みついてくるような体感温度になる。それが何より鬱陶しい原因だとわたしは思っている。
 駅前に流行りのレトロ喫茶ができた、と先輩たちが話しているのを聞いた。入り口の窓がアンティークステンドグラス調になっているのが目印だという。昭和っぽい昔懐かしい内装と、純喫茶の定番メニュー。中でも人気なのはバニラアイスが乗ったクリームソーダ。今時っぽくいろんな味のものがあると先輩たちが楽しげに話していた。
 行きたい、けど誘う相手が難しい。玲ちゃんは体調のことがあるから難しいし、熊ちゃんは前にパンケーキのお店に誘ったら「ちょっと気後れする」と困っていたし、小夜ちゃんは来てくれるだろうけど男の人がいるかもしれないから申し訳ない。高校の友達を誘おうかと思ったけれど、高校では若干キャラを作ってしまっている。クリームソーダが飲みたい、なんてかわいらしいことを言うのが少し恥ずかしかった。

「うわ、なんやねんこれ。ナポリタンで千円超えるんかい」

 テーブルに肘をついてメニューを気怠そうに見下ろす。このレトロな内装に一切似合っていない水上先輩は、ちびちびと水を飲んで息をついた。
 誘ったわけじゃない。休日に会う約束をしていたついでだ。お昼時にどこかでご飯を、となったときに「行きたいとことかないん」と聞かれて、たまたま場所が近かったから来ただけ。別に水上先輩と来たかったわけではない。そもそも、こういうところに無関心なことはよく知っている。誘うつもりなんてさらさらなかった。
 お店に入ってみると、周りは女の子だらけ。内装も思ったよりかわいくて、正直わたしが気後れしている。熊ちゃんを無理に連れてこなくて正解だ。お互い肩身の狭い思いをしたに違いない。小夜ちゃんなら大丈夫だったかもしれないけど、もう何を思ったところで後の祭り。なんだか場違いな二人で留まるしかないのだ。
 こっそり、メニューを見てわくわくしてしまう。クリームソーダが五種類もある。メロンソーダ、ストロベリーソーダ、オレンジソーダ、グレープソーダ、レモネードソーダ。五色のクリームソーダがかわいいイラストで描かれている。さくらんぼが乗っていてストローもハートになっている。すごくかわいい。女の子を狙い撃ちするレトロポップに、しっかりわたしも撃ち抜かれてしまう。
 でも。そう思いながらちらりと水上先輩を見る。こんなの頼んだら何か言われそう。からかってきそうだし、俺なら絶対頼まない〜みたいに言われるのが目に見えている。それにこういう女の子が好きそうなものを好むタイプだと思われていないだろう。からかわれたり変に思われたりするくらいなら、諦めて普通の食事を頼んだほうがいい。そう思ってホットサンドを注文することにした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「あ、。ちょお来い」

 お昼を回った時間帯。ボーダー本部内を歩いているときのことだった。滅多に本部内では話しかけてこない水上先輩の声に肩が震える。先に反応したのは熊ちゃんだった。「水上先輩と知り合いだっけ?」と不思議そうに耳元で聞かれる。那須隊のみんなはわたしが水上先輩と付き合っていることはもちろん、知り合いであることさえ知らない。そもそも学年も違うし通っている高校も違う。ランク戦では何度も当たっているけれど、だからといって全員と仲良くなるわけがない。何かしら接点がなければ仲良くはなりづらい間柄なのだ。
 熊ちゃんに「まあ、ちょっと」と返しつつ仕方なく方向転換。水上先輩がいる先に歩いて行きつつ、うわ、と思わず声がもれそうになった。生駒隊オールメンバーいるじゃん。特に、生駒さんと隠岐くんがいると気まずい。真夜中の緊急出動でうっかり付き合っていることを知られた二人だ。どんな反応をしていればいいのだろうか。
 玲ちゃんたちもついてきてくれるものだから余計に困った。小夜ちゃんはわたしたちから一歩下がりつつ玲ちゃんと話をしている。ごめんね、と内心謝りつつ水上先輩のところに到着。「なんですか」と笑顔を向けておく。

「お前、小説読むん好きやろ」
「……好きですけど、それが何か?」
「マリオ、小説書くん趣味やったよな」
「ちょ、なんでそんなことここでバラすねん!」
は花も好きやしかわいいもんも好きやで、仲良うしたって」

 細井さんが固まる。未確認生物を見るような目で水上先輩を見てから「熱でもあるん?」と眉間にしわを寄せた。あまり大っぴらに人の世話を焼くタイプではない。それは生駒隊においても共通認識としてあるらしい。
 と、いうか。そんなふうに言ったら細井さんは半ば強制的にわたしと関わりを持たなくてはならなくなる。もしかしたらわたしのことが苦手かもしれないし、関わってみて苦手だと思っても言い出しにくいに決まっている。どんなにフランクに接していても一応先輩だ。細井さんにとって負担になる可能性は大いにある。
 ぐるぐるとそんな不安に飲まれていると、水上先輩がわたしのおでこを軽く指で弾いた。びっくりしておでこに手を当てると「アホ」とため息交じりに言われてしまった。

「なんでもかんでも深刻に捉えすぎやねん。とりあえず気楽になんでもやってみたらええやろ」
「あの、さっきから何の話ですか?」
「お前の人見知りの話や」
「……わたしが?! 人見知り?!」
「そうやろ、どう見ても。未だに那須隊全員にもまだ若干人見知りしとるやん」
「どこが?!」
「人見知りっちゅうか、猫かぶりか? 気にしいとも言うやろうけど」
「いや、そんなつもりないんですけど?!」
「気ぃ遣って遊びの誘いもできへんやん」

 ぐ、と押し黙ってしまう。熊ちゃんが「え、そうなの?」と言うと玲ちゃんと小夜ちゃんも「そういえば」と思い当たる節があるらしい口ぶりで呟いた。それに水上先輩が頭をかきつつ「仲良う思うてへんっちゅうわけちゃうで」とフォローを入れてくれる。正直なところ、確かに、水上先輩の言うことは当たっている自覚がある。
 仲が良くなればなるほど、相手の好みに合わせたことをしようとしてしまう。自分が好きなことを相手としようと思うと、内心では楽しくないのではないかと心配になる。だから、自分がしたいことに相手を誘えない。好きなものの話はするけど相手を巻き込むことはできない、というか。

「……というか、それ、なんで」
「この前の店、ほんまは友達と行きたかったんやろ」

 しっかりきれいに見抜かれている。心臓を握りしめられているような感覚。恐る恐る目を逸らして「いや?」と精いっぱいの抵抗をするしかできない。

「ああいう店知っとんの珍しいな〜と思うて、気になっとった店なんやろうな〜と思うたのに普通のもん頼んだやろ」
「べ、別にいいじゃないですか、何頼んでも……」
「クリームソーダ」
「う」
「ほれ見ぃ、ほんまはそれが目的やったんやろ」

 ため息をつかれた。ほら、そういう感じになる。絶対わたしがあの場面で頼んでいたら馬鹿にしたくせに。そうふて腐れていると、細井さんがおずおずと「それって駅前の喫茶店?」とわたしに話しかけてきた。

「え、あ、うん、そこのこと」
「マリオがこの前スマホで見とった店とおんなじや」
「ちょ、人のスマホ覗き見すんなや!」
「一人で行こうか誰か誘うか迷うとったやろ。ちょうどええで一緒に行ったって」
「うちは全然ええけど」

 ちらりとわたしを見た。細井さんと目が合ってしまって、ちょっとどきりとする。無理されていないだろうか。細井さんとはほとんど話したことがないし、学年は同じだけど高校が違うから会う機会もほとんどない。
 水上先輩がわたしの頭にチョップをして「何見つめ合ってんねん」とツッコミを入れてくる。見つめ合っていないです。様子を窺っていただけです。そう手を払うと「それが考えすぎやって言うてんねん」とさらにチョップされた。

「はい、両者スマートフォンをお手にお取りください」
「なんでやねん。別にええけど」
も早よ出しや。手がかかる子やでほんまに」
「自分が産んだみたいに言わないでください」

 細井さんと連絡先を交換することになる。細井さんは終始照れくさそうにしていたけれど、嫌そうな感じはなくてほっとした。その流れで玲ちゃんたちも嬉々として細井さんと連絡先を交換していた。
 ふと、玲ちゃんがわたしを見た。「なんでも誘ってくれればいいのに」と笑う。それに熊ちゃんと小夜ちゃんも「ね」と笑うと、なんだか申し訳なくなってしまう。確かに、水上先輩の言う通りわたしはまだ人見知りをしてしまっていたのかもしれない。反省しつつ「今度からは誘います」と笑ったら「ぜひ」と玲ちゃんが言った。

「というか、水上先輩とご飯に行ったんだ? 仲良いね?」
「えっ」
「そう言われてみれば。いつの間に仲良くなったの?」
「いや、まあ」
「あかん、俺いつまで黙っとったらええ?」
「イコさん黙っときましょ」

 とりあえずその場を誤魔化しておく。事実を知っている生駒さんと隠岐くんはどうにかこうにか知らんふりをしてくれているらしい。申し訳ない。そう思いつつ話を逸らすために細井さんに「あの、連絡、していいですか」と話しかける。細井さんは「うちでよかったら」と照れくさそうに笑ってくれた。よかった。一つ息をついていると、水上先輩が小さくあくびをこぼす。

「ちゅうか別に好きなもん頼んだらええやろ。なんで俺がおるとあかんねん」
「だ、だって、水上先輩、ああいうの馬鹿にしそうじゃないですか」
「なんでやねん。えらいかわいらしいもん頼んでかわいいな〜くらいにしか思わへんわ」
「ほら馬鹿にしてるじゃないですか!」
「彼女にかわいいな〜て言うたら馬鹿にしとることになるんかい。どないせえ言うねん」

 細井さんがバッと勢いよく水上先輩の顔を見た。玲ちゃんたちはわたしの顔を見たのがよく分かる。それに、拳を握りしめてしまう。
 なんで言うねん。方言の使い方が合っているかは置いておく。今はとにかくこれだけを言いたい。なんで、ここで、それを、言うねん!

「水上先輩彼女いるんすか?! いいな〜!」
「え、言うてええの? 水上自分から言うたし言うてええんやな?」
「イコさ〜ん……」
「隠してたわけちゃいますし、好きにしてください」
「えっ、隠してはったんとちゃうんですか?」
「別にそんなつもりないで」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください、わたしは隠していたつもりなんですけど?!」
「は? そうなん? そら失敬」

 悪びれる素振りのない謝罪だった。相変わらずわたしが嫌がることをするのが好きな人だ。ムカつく。もうバレてしまったものはどうしようもない。文句を言うのは二人のときにしておくことにした。
 そもそも隠していたつもりがないと言うなら、どうして二人のときと他の人の前での呼び方を変えるのか。二人のときは名前で呼ぶくせに。ちょっともやもやしつつ軽く睨んでおく。これはあとで玲ちゃんたちからの事情聴取が待っている。ため息をこぼしてしまう。からかわれるのが一番苦手だ。どう反応していいのか分からなくて困ってしまう。
 なんか、やっぱりムカつくな。あとで文句を言ってやろうと思っていたけど、どうしても我慢ならなくなった。口で何を言っても勝てないので実力行使に出るしかない。軽く足を蹴っ飛ばしてやる。それに水上先輩が「足癖悪い子がおるな〜」と愉快そうに笑った。

「まあ、とりあえずマリオに連絡せえよ」
「うるさい、なんかムカつくんで黙っててください」
「なんでやねん」

 ぺしんと二の腕を叩いてやる。水上先輩はそこを軽く摩りつつ「はいはいすんませんね」と言ってから、生駒さんに視線を向ける。「そろそろ時間すね」と声をかけられた生駒さんが「ん?! ほんまやな!」とわたわたした様子で「ほな、水上のことよろしくお願いします」と言い残して隊員を引き連れて去って行った。

ちゃん?」
「はい、はい、分かった分かった。とりあえず作戦室でお願いします」

 やっぱりこうなった。にこにこしている三人に背中を押されて気恥ずかしくなる。なんて言えばいいんだろう。困ったな。そう思うけれど、意外と、嫌だとは思わない自分がいた。


素敵な昼下がり