※未来捏造




 高校を卒業して一人暮らしをはじめたわたしの家に、はじめて天童が来た。まだ物が少ないわたしの部屋を見渡して何かを見つけては「かわいい〜」と言うものだからなんだか恥ずかしくて。大人しくして、と言ったらけらけら笑っていた。
 天童は高校で寮生だったから、こんなふうに二人で会うことはほとんどはじめてだ。昨日のうちに部屋はめちゃくちゃきれいにしたし、お腹が空いたと言われても何か作れるくらいの食料は揃えてある。あと一応、かわいい下着も、つけた。天童のことだからそんなことには興味がないかもしれないけど。ないかもしれないけど、準備しておいてもデメリットはない。そんなふうにきゅっと拳を握った。
 それにしても。ソファに腰を下ろした天童をちらりと見ながらお茶を淹れつつ、不思議な気持ちになる。天童と付き合っていることが信じられない。全然そんな目で見たことなんかなかったのに、なんか気付いたら、うん。なんか、そう、気付いたら付き合ってたんだよね。今でもよく分からないままだ。
 それなりに仲の良い男友達だったけど、男友達の中で誰かと付き合うならって聞かれたとしたら、わたしは絶対に天童とは答えなかったと思う。全然そういうことを想像できなかったし、全然タイプでもなかった。ちょっと変わり者でひょろっとしている面白い友達。そういうポジションだったから。友達の中だと瀬見とか山形みたいな人のほうがタイプだったし、彼氏にしたいなって感じだった。でも、天童に「付き合って」と言われたとき、なぜだか「うん」と言っている自分がいた。家に帰ってお風呂に入っているときに「え、なんで?」って自分に問いかけたもんな、わたし。

「あったかいお茶どうぞ〜」
「ありがとう〜」

 天童とのお付き合いは特に変化はなく、今まで通りの友達関係の延長って感じだった。たまにちょっと手を繋いだりくっついたりする以外は何も変わらず。周りの友達にからかわれることもあまりないまま卒業。今に至る。
 一つ、変わったことと言えば。わたしが天童のことを、しっかり好きになっていることくらいだった。わたしが苦手な男子に話しかけられているとさり気なく助けてくれたり、階段をあがっているときはちょっと後ろを歩いたり。付き合い始めてそういう一面に気が付いた。手がひんやりしていて気持ちいいこととか、大きな目が笑うと細くなってかわいいこととか。天童と時間を過ごしているうちに、天童のことをしっかり彼氏だと認識するようになっていた。
 お茶を飲んでから天童はじいっとわたしの顔を見つめてきた。何かと首を傾げると「泊まっていってもいい?」とにこにこして聞いてきた。ちょっとだけ、どきっとする。それを悟られないようににこっと笑顔を作って「いいよ」と返しておいた。まあ、天童だし、そういうことは全然考えてないだろうなあ。もう少しわたしに色気があれば違っただろうけど。付き合っているとはいえそういうことを考えない男の人も少数いると聞いたことがある。天童は絶対少数派に入ってるだろうなあ。欲とかなさそうに見えるし、そういうことをしている想像もできない。はじめてキスしたときとか、わたし、なんかいろいろ衝撃過ぎて固まっちゃったもんなあ。天童はそれを見ておかしそうに笑っていたけど。
 ほんの少しだけ触ってほしいな、なんて恥ずかしいことを考えている自分がいる。そういうふうに見てくれていたらいいのにって。はしたないから口にはできないけど。にこにこと楽しそうにしている天童をじっと見つめて、ちょっと憎らしく思ってしまう。子どもみたい。そんなふうに。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 お風呂上がりの天童をはじめて見て大笑いしてしまった。髪の毛、セットしてないのはじめて見た! そう指を差して笑うわたしと同じように天童も「え〜ひどくな〜い?」と言って大笑いしていた。意外とさらさらしている髪は下りると子どもっぽい。それに加えて無邪気に笑われるとより子どもっぽく見えてなんだか微笑ましくなった。
 わたしもお風呂に入ったので、結局かわいい下着は無意味だった。まあ、それはなんとなく予想していたし落ち込まない落ち込まない。どうせ意識されないだろうし、と思ってもう下着はつけなかった。寝るときはいつも何もつけてない。締め付けられるの、もともと好きじゃないんだよね。そんなに立派なものでもないからつけていなくても天童は気付かないだろう。そう考えて勝手にへこんだ。
 歯磨きを終えてから天童が「俺どこで寝たら良い?」と首を傾げた。その質問にわたしも首を傾げてしまう。恋人同士なんだから一緒のベッドじゃだめなの? そう言ったわたしに天童は一瞬間を置いてから「それもそうだね〜!」と笑った。さっきの間はなんだったんだろう。何もなかったようにけらけら笑っているからわたしもとりあえず何もなかったようにしておくしかなかった。
 で、壁側にわたし、隣に天童。そんな配置でベッドに入って電気を消した。「おやすみ」と言えば天童は「おやすみ」といつも通りの声色で言った。やっぱり何もない。友達の延長かあ。まあそういうカップルも世の中にたくさんいるよね。そんなふうに自分を納得させて目を瞑った、数秒後だった。
 ごそ、と天童が動いた音がした。ぱっと目を開けると「ねえ」と暗闇に潜む天童のいつもより低い声が聞こえて、ゆらりと天童の顔が目の前にきた。

「さすがに、ちょっと傷付いちゃうな〜なんて」
「え、何が?」
ちゃん、警戒心なさすぎじゃない?」
「へ」

 もぞもぞと布団の中で体を動かすと、天童がわたしにまたがった。顔のすぐ横に両手をついた天童はじっとわたしを見下ろして、珍しく無表情だった。

ちゃん、目、瞑って」

 指先だけでわたしの頬をつうっとなぞった。天童はほんの少し顔を近付けてから、もう一度「目、瞑って」と言う。その声がいつもと違うなんだか色っぽいもので、一瞬で体中が金縛りにあったみたいに動かなくなる。鋭いその眼光がしっかりわたしを捕らえているものだからどうすればいいか分からない。天童って、こういう顔、するんだ。そんなふうに思いながらきゅっと目を瞑った。
 ちゅ、と唇に何かが触れた。ふにふにと角度を変えながら触れ続ける、恐らく天童の唇がくすぐったくて。柔らかいその感触にぎゅうっと自分の服を握りしめていると、そっと離れていった。恐る恐る目を開けると、熱っぽい視線を向けている天童と目が合う。う、わ。喉の奥で思わずそう呟くと、天童が小さく微笑んだように見えた。
 首元に顔を埋めて、天童はしばらくそこに唇を当てたり、舐めたり、甘噛みしたりを繰り返した。天童の髪が肌に当たってくすぐったいし、首元に触れられるのもくすぐったい。右手でわたしの耳をすりすり触ってくるのも、左手でわたしの手を握るのも。全部くすぐったい。知らない天童の熱い体温がわたしの体温に移ってくる。きゅん、とどこかが疼いた気がして恥ずかしくてたまらない。
 きゅっと唇を噛んでしまったとき、天童が顔を上げた。わたしの顔を見下ろしながら「ね、触っていい?」と静かな声で言った。この状況で、だめって、言うと思う? そう思ったけど声に出せる勇気がなくて。小さく頷くにとどめておく。恥ずかしさで死にそう。思わず天童から顔をそらすと、天童が小さく笑った声が聞こえた。
 聞いてきたくせに、なかなか触ってこない。天童はわたしを見つめたままぴたりと動きを止めていた。触られてもいないのに見られているだけで体がどんどん熱くなる。恥ずかしい。気付かれたくない。そう思って「なに?」と小さな声で聞いてみる。あんまりじっと見ないでほしい、のに。なぜだかじわりと涙が浮かんでくるし、顔は熱いし。なんでかよく分からない。そんなわたしに天童は「ん〜」と楽しそうに言う。

「好きなコが俺にこんなことされても嫌がらないんだもん。かわいいなって見ちゃうでしょ」
「……なにそれ」
「噛みしめてるの。もうちょっと付き合って」

 「できればこっち見てほしいな〜」と言って、わたしの顎に指を当てた。ちょいっと上を向くように指でわたしの顎を触ると「だめ?」とささやくような声で言われる。そう聞かれると、だめとは、言えない。恥ずかしくて死んでしまいそうになりながらゆっくり顔を天童のほうに向けると、満足げに微笑まれる。そのままじいっと瞳の奥を覗かれる。天童はわたしの瞳を見つめたままゆっくり顔を近付けると、目を瞑らないまま軽く口付けを落とした。「かわい」と愛らしくささやいてから、大きな手でわたしの腰を撫でる。びくっと体が震えるとまた「かーわい」と小さく笑った。
 するする体の輪郭をなぞりながら手が上にあがってくる。肋骨の上を指が丁寧になぞり、なぞり、なぞり、柔らかいところにたどりつく。あんまり大きくなくてごめんね。恥ずかしくてまた顔を背けると天童が頬に唇を当てた。そのまま首筋に唇を当てながら、大きな手が膨らみを包み込んだ、と同時に天童が「何もつけてないね?」と確認するようにふにふにと手を動かした。

「さすがに無防備すぎて天童さんもビックリなんだけど」
「……こ、こういうの、興味ないかなって、思ってたから」
「いやいやそれはないでしょ。男だよ、俺」

 服の上から触られると、擦れてなんだか変な感じがする。ぴく、と小さく体が反応してしまうと恥ずかしくて。どうしたらいいのか分からないままでいると、天童が小さく笑った。「ちゃんと分かってね」と楽しそうに言ってから、触れるだけのキスをした。


ずっと閉じ込めてね