ちゃ〜ん、お菓子ちょーだい」

 休み時間に入った途端、隣の席の天童にそう声をかけられた。天童とは三年ではじめて同じクラスになったけど、友人の言葉を借りていえば「気に入られてしまった」というやつらしい。やたらめったら声をかけられる。隣の席になったらそれがヒートアップしつつあるのだ。教科書見せてだのお菓子くれだのなんだのと。最初のうちはなんとも思わなかったけど、ここ最近は少しだけ鬱陶しく感じることもある。

「持ってない」
「うっそだ〜さっき鞄に入れてるの見たもん」

 にこにこと笑って鞄を指さす。朝コンビニ寄って新作のお菓子を買った。それをさっきの休み時間に友人と食べて少し残ったものを鞄にしまったっけ。それを天童は目ざとく見ていたのだろう。イラッとしつつあまりにもじっと見てくるので仕方なく鞄からお菓子を出して手渡す。どうせ食べるかどうかも微妙だったし。片付けてくれるならそれはそれで助かるか。「全部食べて良いよ」と言えば、天童は「わ〜い」とにこにこ笑ってぱくぱくと食べ始める。

「天童さあ」
「ん〜?」
「なんでわたしに構うの」
「え〜だってちゃんかわいいし面白いじゃん」
「生まれてはじめて言われたけど」
「え、本当? ちょ〜タイプだよ、俺」

 にまにま。まさにそんな感じの笑い方だ。馬鹿にされてるみたいで腹立つ。天童はもともと人とは少し違うというか、どこか関わりづらい印象がある。いつでもテンションが高いように見えて、たまにちょっと怖いくらい静かになったり。急に突拍子もないことを言い出したかと思えば、びっくりするくらい正論を笑いながら言ったり。はじめて会ったときはどう扱っていいのか正直よく分からなかった。最近はもう言う通りにしておくのが一番早い気がするので大体言うことを聞いている状態だ。今日みたいに避けられそうなものは避けるけど。まあ失敗することが大半だ。

ちゃん彼氏いる?」
「いません〜」
「俺とかどう?」
「ないわ〜」
「ガーン!」

 まあそういうおちゃらけて見えるところや軽口叩くところは、ものすごく愉快に思えて楽しいときもあるんだけど。ほとんどこの調子を崩さないところとかは尊敬するし。自分の機嫌は自分で取りにいくタイプというか。見ていて飽きない。まさにそんな感じだ。だからといって、異性として意識できるわけではないけど。

「バレー部だとあれだわ、天童よりあの人の方がタイプかな」
「どれ?」
「一年のぱっつん」
ちゃんちょっと趣味悪いね……さすがに引いちゃった……」
「すっごいむかつく」

 「よりによって工に負けたとか」と呟きながら天童は机に顔を伏せた。どうやら名前を挙げてはいけない相手だったらしい。天童はあまりにも分かりやすく落ち込むものだからちょっと罪悪感。でもわたしはどちらかというと真面目なタイプが好きだ。いや、あの一年生の子とは話したことなんかないし、ちらっと見た感じの印象なのだけど。はっきり言えることは天童はタイプにかすってすらない、ということだけ。一緒にいて楽しいことには楽しいのだけど。

ちゃんのこと幸せにするよ」
「今日どうしたの、気持ち悪いね」
「ヒドイ」

 食べ終わったお菓子の袋を小さくまとめる。天童はそのまとめたごみを自分の鞄に入れながら少しだけむくれ面をした。

「傷つけちゃったみたいでゴメンネ」
「顔が言葉についてきてないんだけどちゃん」
「そんなにへこむことじゃないでしょ」
「えーへこむよーだって俺、本当にちゃんのこと幸せにしたいもん」

 ちょん、と鼻を触られる。こんなに近付かれていたことに気が付かなかった。天童はにまにま笑って手を引っ込める。じっとわたしを見て、口を開いた。
 白いウエディングドレス。白と黄色の花でまとめたきれいなブーケ。真っ白で、きらきらで、静かな教会。たくさんの人に祝われて、二人で花びらだらけの道を歩く。

「素敵でしょ」
「……人を使って勝手に妄想しないでください」

 天童が語る将来の妄想。それはすんなりわたしの頭の中でも再生されたし、ああ素敵だな、なんて思った。言葉には出さないけど。天童は机に寝そべりながら相変わらずの笑みを浮かべ、妄想を語り続けた。とてもチープで眩しい妄想を。

「頭に浮かべてごらんよ、ほら、聞こえてくるでしょ、たくさんの拍手の音が」

 ああ、なんて幸せな妄想なのだろう。そんな妄想の世界に連れて行ってくれるのならば、この手をとってしまおうか。天童ならそれを本当に実現してしまいそうなのだから困ってしまう。だけど、今はまだ、手を伸ばす勇気はなかった。


僕たちだけのための喝采