※主人公の愉快な友達三人に名前があり、めちゃくちゃ喋ります。
(あまり出てこないそれぞれの設定)
西巻加奈子:白布と一年のときに同じクラスだった。彼氏がほしい。とても元気。
伊東沙織:少し前に彼氏と別れて物騒な思考になっている。とても元気。
吉北愛美:テニス部。彼氏がいるが最近面倒になっているらしい。とても元気。




「え、あんたまだ白布と手も繋いでないの?!」
「白布嘘でしょ、信じらんないんだけど!」
「繋ぎたいとか言ってる?! 言わなきゃ分かんない馬鹿の可能性もあるよ?!」
「ちょっと! 声が大きいから……!!」

 目の前で興奮している友達三人の口をどうにか塞ぐ。友達の一人、加奈子はわたしの手を掴んで退けながら「もう付き合って三ヶ月は経ってるじゃん?!」と相変わらず大きな声で言った。それに他の二人、沙織と愛美もうんうん頷いて「ないわ、本当にないわ」と騒ぐ。周りが騒がしいからとはいえ、誰かに聞かれたら困るので勘弁して、と懇願したらようやく声を潜めてくれた。
 今日の白鳥沢学園高校は、体育祭のためにとても騒がしい。グラウンドでは障害物競走が繰り広げられているし、観覧席では応援団の人たちが声を張り上げて自分の組を応援している。そんな賑やかな中、わたしたち四人だけが声を潜めていた。
 わたしの脇を肘でつっつきながら沙織が「え、デートはさすがに行ったことあるでしょ?」と聞いてくる。デート。そう言われてギクッと固まってしまう。そんなわたしを見た愛美が驚愕の表情を浮かべて「嘘じゃん、白布マジでないわ」と言った。

「ち、違う、あの行った、行ったよ」
「嘘つけ、その反応絶対行ってないじゃん。ね?」
「絶対行ってない。は前々から白布を庇う傾向にある」
「甘やかすの良くない。甘やかすとつけあがるよ、男は」
「本当だってば。この前二人で出かけたよ」
「どこに?」
「……と、図書館に、勉強しに……」
「デートじゃないじゃん。勉強会じゃん」

 加奈子が真顔でそう言い放つと、次の競技の列をちらりと見た。白布くんの姿を見つけたらしい。次の競技は確か、借り物競走だった。隣のクラスの白布くんは無理やりこの競技にさせられたとぼやいていた覚えがある。

「白布のやつ彼氏の自覚あんのか……根性なしめ……」
「白布の借り物、好きな子≠ニか彼女≠ニかになんないかな〜」
「それいいじゃん。あたし今から変えてきてやろうか」
「実行委員に部活の先輩いるから根回ししようよ」
「や、やめて、本当に……」

 苦笑い。頼もしくて助かるときがとても多いのだけど、わたしの恋愛の話になるとこう、突っ走っていく子たちだからいつもたじたじしてしまう。嬉しいのだけど。
 白布くんに告白してオッケーをもらって、三ヶ月が経った。まさかオッケーをもらえるなんて思っていなかったわたしからすると、もう付き合っているという事実だけで十分すぎる三ヶ月で。デートがしたい、とか、手を繋ぎたい、とか、そんなことはあまり考えていなかった。……ということをこの三人に言ったら鬼のように怒られたことは記憶に新しい。「せっかく好きな人と付き合えてるんだからもっと欲張れ!」と彼氏と別れたばかりの沙織が言った。もっと欲張れ、か。もう今で十分欲張っているつもりなのだけど。

「でも、本音を言えば白布と手を繋いだりデートしたりしてみたいでしょ?」
「…………」
「なんで黙っちゃうの?」
「そ、想像するだけで緊張して」
「なんだそれ?! かわいいな?! 白布と別れてあたしと付き合お?!」
「いや、加奈子じゃと釣り合わない」
「分かる。身分違いすぎる」
「お互い一般市民なんですけど」

 そんなふうに四人で白組テントの後ろのほうで騒いでいると、借り物競走がはじまるらしいアナウンスが聞こえた。毎年体育祭の借り物競走は勉学に励んでいる学生が多い白鳥沢学園において「ここくらい思いっきり青春を謳歌しよう」というのがコンセプトになっているそうだ。恋愛がらみというか、そういうお題が多いと聞いたことがある。だから、基本的に出たがる子が少ない。去年もこの借り物競走で公開告白をしていた男子がいた記憶がある。基本的に出場させられるのは恋人がいる人になることが多いらしく、白布くんもそれに引っかかってしまったというわけだった。
 怠そうに列に並んでいる背中を見つけた。白布くんは紅組なのでわたしとは組が分かれてしまっている。今のところ総合点は紅組が優勢だそうで、白組の団長を務めている三年生が「もっとテンション上げてこうぜ!」と先ほどから鼓舞し続けている。こういう行事ごとに一生懸命になる人って、見ていてとても気持ちがいい。わたしも頑張りたいけど運動はできないし、あまり力にはなれないなあ。そんなふうに思いつつ第一レースがはじまって盛り上がっている借り物競走を眺めた。

「あー、憎らしい白布賢二郎。マジでお題彼女≠ノなんないかな」
「好きな子≠ナも可」
「結婚したい子≠ナも可」
「わたしはできればそれは嫌なんだけど……」
「なんで〜。いいじゃん、青春だよ」
「だ、だってもし違う子を借りていったらショックだし……」
……あたしはあんたがかわいくて仕方ないよ……」
「卑屈すぎて泣けてきたわ……」

 これもあれも全部白布のせい、と愛美が呟いた。そんなことないよ、と苦笑いをこぼしておく。第一走者たちは割と普通の「メガネ」とか「○○先生」とか、そういうのも多かったみたいで男女で走っている人は少なかった。さすがに恋愛系のネタで茶化すのは良くないと思って減らしたのだろうか。中には彼女らしき女の子を引っ張っている男の子もいるけれど。
 一位でゴールしたのは同じ白組の瀬見先輩。バレー部だから白布くんに教えてもらって顔は覚えている。手には男子生徒。借り物内容は「陸上部」だったらしい。お題をクリアしているということで正式に一位が確定して白組は大盛り上がりだった。二位、三位、四位、五位、六位と順位が決まり、第二レース、白布くんの出番がやって来た。気怠そうにスタート位置についた白布くんの背中を見つつ祈っておく。どうか、恋愛系のネタが当たりませんように。嫌々呼ばれるのもショックだし、別の子を連れて行かれるのもショックだから、無難にメガネとか誰かとか、そういうのであってほしい。加奈子たち三人が「彼女こい、彼女こい」と祈っている横でそれをこっそり神様にキャンセルしておく。
 第二レースがスタートすると、白布くんはやる気のなさそうな走りをしつつお題が入っている封筒を一つ手に取った。その中身を見て、ピタッと動きを止めた。その様子に加奈子が「彼女じゃない?! 彼女きたんじゃない?!」と立ち上がる。こ、困る、とてもとても困る。白布くん、彼女がいるって部活の人とか友達とかにもあんまり言ってないって言ってたし、嫌なんだろうなあ。そんなふうに思わず後ずさりしそうになるわたしのことを沙織と愛美がしっかり両側から腕を掴んで「彼女でしょ絶対」ときゃっきゃと騒いだ。
 その場で白布くんが白組のテントのほうを見た。加奈子たちのテンションは最高潮だ。立ち上がってきゃっきゃと騒いでいる加奈子を見つけたらしい白布くんが、こっちに向かって走ってきた。「ほら! 彼女じゃん!」と加奈子が騒いで「白布く〜ん! ファイト〜!!」と茶化すように言った。近くまできた白布くんが「西巻うるせえ」と吐き捨てて、「」と言った。

「ちょっと待ちなさいよ白布賢二郎、あんたなんかには渡せないわ!」
「ああ?!」
「どうしてもを借りたいなら誠心誠意頼んでくれなきゃ嫌なんですけど〜」
「ていうかお題なに? 彼女でしょ? 彼女なんでしょ?」
「うるせえよ、とっととから離れろ馬鹿共」
「馬鹿って言ったんですけどこの人〜!」
「さっさと離れろ、ビリになるだろうが」

 舌打ちをこぼしつつ白布くんが手を伸ばしてくる。ゴールをするときは必ず借り物を手に持っていなければいけない、というルールがある。借り物が人だったら手を繋いでゴールしなくてはいけないのだ。
 加奈子たちが立ち塞がってぎゃーぎゃー言い争いをしている。白布くんは何度も舌打ちをこぼしつつ「しつこい!」とついにキレた。白布くんは白組のテントの中まで入ってきて、自分が引いたお題の紙を加奈子たちに見せると「いいからとっとと離れろ!」と怒った声で言った。

「かわいい子≠カゃん!」
「かわいい子≠セって!」
「白布のくせに見る目あるじゃん!」
「うるせえよ早くをこっちに渡せ三馬鹿」

 先輩に聞いたことがある。借り物競走に出てくるお題でもっとも茶化されやすいのがこのかわいい子≠ネのだ、と。去年公開告白をしていた男の子が引いたのもこれだった。白布くんはよりによって一番引いてはいけないお題を引いてしまった、というわけだったのだ。
 きゃっきゃと満足げに騒ぐ沙織と愛美がわたしの腕を離した。「いってらっしゃい」と語尾にハートマークが付く勢いで背中を押されると、よろけた拍子に前に出た手を白布くんが掴んだ。白組テント内からきゃーきゃー言われつつ白布くんに引っ張られていくと、紅組テントから「賢二郎やるじゃん!」と元気な男の人の声が聞こえた。その声に舌打ちをこぼして「マジでない」と忌々しそうに呟き、グラウンドを走って行く。
 走りつつ、白布くんがちらりとわたしを見た。運動神経が悪いので走るのも苦手なわたしは、白布くんのペースについていくのでいっぱいいっぱいで。後ろからどうやら「自分より身体の大きい人」を引いたらしいバスケ部一の長身の人、「一発芸を一緒にやってくれる人」を引いてようやく相方を見つけた人が迫ってきている。白布くん的には多分順位確定のための確認が最後になるのが嫌なのだろう。わたしも嫌だから全力で足を動かした。
 どうにかこうにか四位でゴール。お題をクリアしているか確認する係の人が「お題確認しまーす」とマイクを通して話す。白布くんがお題の紙を見せると「お題はかわいい子≠ニのことですが、かわいいんですね?!」と盛り上げようとわざとらしい声で言った。白布くんはとんでもなく冷めた視線を向けつつ、きゅっとわたしの手を握る。

「彼女がかわいくないわけないんで」

 これでいいですか、と一応先輩の係の人に告げると、ため息を吐く。どうやらバレー部の人がギャーギャー言っているのが聞こえているらしい。わたしの耳には加奈子たちが騒いでいる声がしっかり聞こえていた。
 クリアをもらって四位が確定。白布くんはそのままわたしを引っ張って退場していく。ギャーギャーうるさい声を背中に、白布くんがもう一つため息を吐いた。

「巻き込んでごめん」
「えっ、あ、全然!」
「マジでない、なんだよこのクソ競技」
「は、恥ずかしかった、けど……嬉しかったよ、わたしは」

 迷わずわたしのところへ来てくれて嬉しかった。かわいい子≠ネんて誰を連れて行っても適当な理由を付ければクリアできただろう。それでも、白布くんはわたしのところに来てくれたのだ。嬉しい以外の何でもない。九割くらいは恥ずかしい、という気持ちが占めてしまうけれど。
 こんなことで喜ぶなんてミーハーっぽくて好きじゃないかな、白布くん。そんなふうにちょっと不安に思って白布くんの顔を見てしまう。白布くんはこっちをじっと見てしばらく黙っていたけど、次のレースがはじまったのと同時に、騒がしい声に隠れるように笑った。

「まあ、正直もう懲り懲りだけど、がいいならいい」

 「死ぬほど部活でからかわれるのは今から面倒だけど」と呟いて、ぱっと手を離した。はじめて手を繋いでしまった。嬉しかったな。そんなふうに思っていると、白布くんがなんだか複雑そうな顔をしていることに気付いた。ずれた赤色のハチマキを直しつつ「あー」と小さな声を出した。

「なんか、こういうのではじめて手を繋ぐっていうのは、微妙だっただろ。ごめん」

 まさかそんなことを気にしているなんて思っていなかったから驚いた。白布くんはゆっくり首を回すと「できればノーカンにしといて」と言った。

「嬉しかったから、ノーカウントにはしないよ」

 本当に嬉しかったのだ。たとえそういうルールだったとしても、白布くんと手を繋げたなんて、三ヶ月前のわたしが聞いたら倒れてしまうくらい喜んだだろうから。どんなきっかけでも、嬉しいことに間違いはない。そんなふうにしどろもどろ説明をする。白布くんはじっとわたしを見たまま話を聞いていたけど、次第に少しずつ視線が逸れていった。なんだか恥ずかしそうな、バツが悪そうな、曖昧な表情をして軽く頭をかいた。それから応援団の声にかき消されるくらいの小さな声で「まあ、それならそれで、いいけど」と呟いた。
 なんだかちょっと甘酸っぱい空気になっている気がする。お互い照れていると、「お、白布と白布のかわいい子#ュ見〜!」と加奈子の元気な声が聞こえてきた。どうやら戻ってこないわたしを迎えに来てくれたらしい。その瞬間に白布くんが一瞬で険しい表情をして舌打ちをこぼす。「邪魔しやがって」と呟いてから視線を加奈子たちに向けると「お前らはあんまりに近付くな、悪影響だろ」と低い声で言った。沙織が「ひど〜い、三人でタコ殴りにしよ〜!」と笑顔で言うと愛美も「しよしよ〜!」と笑った。


この心ごとあげる