※本誌の未来軸より少し先の捏造設定です。諸々捏造です。




「もうやだ、仕事やめる、自由になりたい」

 ぐすん、と鼻をすする。隣に座っている山形がわたしの肩をぽんぽん叩いて慰めてくれた。対面に座っている川西も「大変スね」と穏やかな声で言ってくれるものだから、少しずつ気持ちが落ち着いたように思える。優しい人ばかり。高校時代に戻りたいなあ、なんて子どもじみたことを考えてしまう。それが情けなくて、アルコールの力も相まってぼろぼろと涙がこぼれた。
 元白鳥沢学園男子バレー部の有志が参加している飲み会。発案者兼幹事を務めている山形からの連絡をもらい、毎回参加するようにしている。それぞれ仕事や学業で忙しくしているため、なかなか全員揃えずにいる。バレーボール選手として活躍している牛島やパティシエになった天童を含め、今日も数人は残念ながら不参加だ。
 居酒屋の二階にある大部屋を貸し切って開催されている飲み会。ガヤガヤと賑やかな笑い声が聞こえてくる中、わたしと山形、川西が座っている席は悲壮感たっぷりな空気が流れている。
 原因その一、わたしが勤める会社で起こっている配置換え騒動。気分転換なんだか知らないけれど、上司が独断で決めたそれのせいで毎日無駄な引き継ぎ、無駄な残業、無駄な仕事が増えている。他の人から引き継いだばかりの仕事を少しでもミスすると上司から「使えない」の連発。ストレスでしかない。その愚痴が転がり回って空気が淀んでしまっているのだ。
 原因その二、川西の転職活動連敗話。留年した川西は同級生の一年遅れで就職。その新卒で入った会社で諸々あったらしく川西は転職を決意したという。気持ちばかりが先走って転職先を見つける前に会社を辞めてしまったため、かなり焦っているらしい。けれど、焦れば焦るほど面接がうまくいかなくなり、気持ちも重くなり。「この世に良い会社なんてないのでは?」と遠い目で項垂れて語ってくれた。わたしと山形で「川西はできる子だよ、めちゃくちゃ要領いいし器用だよ、良い会社に出会えるよ」、「そうそう、の言うとおり、お前なら大丈夫だって」と励まし続けている。それでも深いため息が止まらない。そのため息でより淀む空気。

「強く生きろよお前ら。大丈夫だって」
「大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃないッス」
「即答かよ! 絶望が深いな!」

 何が大丈夫じゃないって、今目の前に広がる光景がまさに大丈夫じゃない¥リしなのだ。
 まず目の前にいる山形。今も現役のバレーボールプレーヤーとして活躍しているだけではなく、ちゃんと社会人として働いている。すごい以外の何物でもない。その後方にいる瀬見。公務員として堅実に働く一方で趣味のバンド活動を続けている。すごい以外の何物でもない。その隣にいる大平。メーカー勤務でバレーボールチームに所属。すごい。その隣で潰れている五色。バレーボールプレーヤーとして大活躍で今日も練習終わりに来てくれたらしい。すごすぎる。
 そして、その介抱を嫌々している白布。無事に医師国家試験に合格して医師免許を取得したらしい。もうそろそろ大学病院で臨床研修がはじまるとかなんとか。すごすぎて目が点になる。次元が違う。

「ここにいると自分の次元の低さを思い知る……」
「俺もッス……」
「いやいや、それぞれの生活を精一杯生きてることに変わりないだろ」

 わたしと川西にニコッと笑いかける山形。その顔があまりにも頼もしくて、わたしも川西もワンワン号泣してしまう。つらい。毎日つらいんだよ、本当に。対面にいる川西と手を取り合って「頑張ろう、頑張ろうね」とお互いを鼓舞し合った。

「というか、がそこまでへこんでるの珍しいな。仕事の愚痴は言ってたけど、そこまで荒れてるところはじめて見た」
「そういえば確かに。ストレス発散できてないんですか?」
「というか彼氏いただろ? 彼氏に愚痴ったりしてるか? 人に言うのって大事だぞ」
「…………」
「なんだよ、なんで睨む?」
さん、まさか……」
「え? なんだよ?」
「…………一昨日、フラれましたけど、何か?」
「えっ」
「あ〜あ……」

 大学生のときから付き合っていた人に、一昨日フラれた。社会人になってからは同棲していたし、このまま結婚するんだろうと思っていただけに、ものすごくショックで。理由も「他に好きな人ができた」だの「最近あんまり好きだなって思わなくなった」だの。呆気に取られて何も言い返せないままだった。言葉を失っているわたしに向けられた最後の攻撃は「てか、なんか最近お前のこと女って思えなくなった」だった。
 家にいるときは楽な格好でいたくてスウェットばかりだった。休日に出かけるときも近くのコンビニくらいだったら薄く化粧をしてラフな格好をしていた。仕事から帰ったら見栄えなんて気にしない適当ご飯を出して、ストレスを吐き出すように愚痴ばかり言っていた。
 それが彼にとっては冷めるポイントだったのだろう。今となれば分かるけれど、でも、でも。わたしだって、家にいるときくらい、楽、したいし。彼氏にかわいいって思われるようにするのって、本当に、大変、なんです、よ。その代わり、結構ご飯作ったり洗濯したり、家事は頑張ってたつもり、なんですけど。とか、言い訳をしてみたり。

「……ドンマイ!」
「ドンマイです」
「ストレートな励ましが傷に痛い……」

 ぐすん、と涙を拭う。山形はとんでもなく気まずそうな顔をして「次があるって。男なんて星の数ほどいるから」と言ってくれた。けれど、結構長く付き合った人に一方的にフラれたことが、わたしにとってはかなりのダメージで。だって、わたし、まだちゃんと好きだったよ。とか、絶対言葉にしたくないけど思っていて。
 一から恋愛をして、お付き合いをするなんてこと、もう怖いからしたくない。そんなふうに思っている自分がいる。フラれたその日に泣きながら電話した友達には「まだ若いんだし大丈夫だって」と励まされた。でも、次も失敗したらどうなるの。付き合うまでにどれくらいかかって、一緒に住むまでにどれくらいかかって、結婚するまでにどれくらいかかるの。その途中でまたフラれたときにわたしはいくつなの。そんなふうに思えてならない。別に若けりゃ恋愛ができてうまくいくなんて思わないけれど。でも、やっぱり、気になってしまうのだ。

「もうなんか、誰でも良いからもらってくれないかな、この哀れな社畜女を……」
「ヤケになるなって。、きれいになったしすぐいい男見つかるって」
「やだ、山形くん素敵。結婚して」
「気を確かに持ってくれ、頼むから」

 川西がどこからかボトルをかっぱらってきたらしく、グズグズ鼻をすすりながら「さん。いきましょう、絶望の彼方へ」とわたしのコップにそれをなみなみ注いだ。こうなったらヤケだ。最悪潰れても誰かが助けてくれると信じて今日はやってやる。止める山形を振り切ってぐいっと飲み干す。それに続いてすでにベロベロの川西も勢いよくアルコールを飲み干し、二人で愉快に笑い合った。

「も〜どうすんだよこの酔っ払いども〜」
「え、何? と太一潰れた?」
「絶望の彼方へ行くんだと」
「なんだそれ」

 呆れ声の山形と茶化しにきた瀬見。その後ろから「大丈夫か?」と普通に心配してくれる大平の声。机に突っ伏したまま手をひらひら振る。「ちょう元気」とだけ呟く。そんなわたしに大平が「その辺にしとけよ」と水が入ったコップを置いてくれた。

「絶望って何の?」
「太一は転職地獄、は社畜地獄と彼氏にフラれたてほやほや」
の地獄が煮詰まりすぎだろ」
「誰だわたしの地獄を勝手に煮込んだバンドマンは!」
「ベースの瀬見英太くんで〜す!」
「ギターだって言ってんだろ!」
「もうたとえこの先公務員を辞めて夢を追うバンドマンになってもいいから彼氏になってくれ〜」
「失礼だな?! 辞める予定ねえよ?! というかマジでどうした?!」

 ゲラゲラ笑う瀬見は放っておいて、びーびー泣きはじめた川西の肩を叩く。強く生きていこう。強く生きようね川西。そうお互いを慰めてまた一杯アルコールを体内へ注いだ。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「ゔえ゙〜……」
「この世の終わりぐらい気持ち悪い……」
「介抱じゃんけんするぞー。負けた二人今にも吐きそうなと川西太一担当で」
「すでに吐いた五色工も負けたやつ枠入れとけ〜」

 比較的酔っておらず、明日仕事がない人たちが集まってじゃんけんをはじめようとしている。タクシーを呼んでくれたらいいと言ったけど、わたしと川西の様子を見て山形からNGが出た。とりあえず家まで誰かがついて来てくれることになる。そこまでものすごく家が遠いわけじゃないからじゃんけんで決めてくれるらしい。申し訳ない。川西も項垂れながら「申し訳ない……」と吐きかけながら呟いていた。

「山形さん」
「お、白布。お前もじゃんけんいける?」
「山形さん、明日朝練って言ってましたよね。参加しなくていいんじゃないですか」
「あ、そうなの? じゃあ山形抜きな」
「瀬見さんも明日予定あるって言ってたじゃないですか。面倒なんで予定何もない人から決めます」
「え、俺のは遊びだからいいって」
「遊びの予定もない人優先で」

 淡々とした白布の声に山形と瀬見が「お、おう」と申し訳なさそうに言う。白布の言葉に集まったのは四人。白布と大平、わたしと同級生だった二人。そこでじゃんけんをして残ったのが白布、大平、同級生一人。白布が二人に住んでいる場所を簡単に聞き、家が近い酔っ払いを引き受けていこうと提案した。その結果白布はわたし、大平は川西、同級生は五色という組み合わせになった。

「じゃ、悪いけど頼んだわ」
「またなー」
「ほら太一、立てるか?」
「マジすんません……生きててすんません……」
「俺大丈夫です! 吐き切ったので!」
「なんかあったら笑えないから。送ってやるから大人しくしてろ」
「お疲れ様です。……さん、行きますよ」
「あ〜い……」

 ふらふらと立ち上がり、絶望の味をともに舐めた川西と抱き合う。「次会うときまで頑張ろうな」と酔っぱらい二人で励まし合い、白布と大平に剥がされてようやく歩き出した。
 ここからわたしの家は徒歩で行けなくない距離だ。歩いて二十分くらい。山形が参加者で唯一女ということで、夜遅く解散になるだろうからと気を遣ってくれたらしい。わたしの次に家が近いのが白布。白布もギリギリ歩いて帰ることができる距離だそうだ。
 白布はわたしの鞄を持ってゆっくりめに歩いてくれる。白布って、別に仲が悪かったわけじゃないけど二人で話したことがないからどうすればいいか分からないな。加えて酔っ払っているので正常に頭が動いていない。あ、吐きそうかも。

「……しんどいなら一旦座ります?」
「あ、大丈夫〜! ちょっと気持ち悪いけどね〜!」
「そこ座ってください。休憩します」
「無視かよ〜!」

 ケラケラ笑うと白布は呆れ顔で「自販機行ってくるんで絶対動かないでください」と言い残し、すぐそこにある自販機に向かっていった。あれ、なんか白布、優しい?
 学生時代のことを思い出す。白布という後輩は表情筋がほとんど動かず、言葉は凍ったナイフのように鋭く、視線も同じくいつもちょっと怖かった。まあ慣れれば多少かわいげがないだけの後輩で、よく茶化していたけれど。
 正直、二人で話した記憶はほとんどない。あっても事務的な連絡くらい。こんなふうに一緒に歩いたこともない。そんな先輩を送り届けなければいけないなんて、可哀想に。内心そう思いつつ大人しく花壇のレンガに腰を下ろす。それとほぼ同時にガシャンッと自販機で飲み物を買ったらしい音が聞こえてきた。あー、それにしても、吐きそう。飲み過ぎたな。

「これ、飲んでください」
「え〜? いいって〜!」
「飲んでください」
「いくら〜? 白布おつりある〜?」
「飲めって言ってんですよ」

 無理やりわたしの頬に冷たいペットボトルを押しつける。化粧が、化粧が落ちるからやめてください。笑いながらそれを受け取り「ありがと〜」と言った声は、まだなんとなく呂律がちゃんと回っていない。情けない先輩だなあ。若干へこみつつ、ペットボトルのふたを開けた。

「白布〜ごめんね〜」
「どうせ帰り道なんで別にいいですけど」

 そう言いつつ隣に腰を下ろす。白布、ちょっとだけ髪短くなったな。お医者さんになるってなんかわたしからすると現実味がないなあ。横顔を見つつもらった飲み物を飲む。白布の顔をこんなにまじまじと見たのははじめてかもしれない。相変わらず表情筋があんまり動かないなあ。
 そんなことを考えていると白布の視線がこちらを向いた。「なんですか」と呟いた声は静かで、学生時代より落ち着いているように感じる。

「白布お医者さんになるんでしょ?」
「その予定ですけど」
「すごいね〜いやあ、本当に自慢の後輩ですよ〜」
「そうですか」
「あ〜あ…………情けない先輩でごめんなさいね……」
「急にネガティブモードに入るのやめてもらっていいですか」

 手から滑り落ちそうになったペットボトルのふたを受け止めてくれる。白布は「ふた。閉めてください」と言ってペットボトルの口にふたを載せてくれた。なんか優しくない? どうした白布?
 大人になるってこういうことか。一人でうんうん頷く。あの白布がこんなに優しくなるなんて。先輩としてちょっとホロリときてしまいそうなくらいだ。学生時代も優しくないわけじゃなかったけど、できれば関わりたくないみたいな雰囲気をバシバシ出してたよなあ、白布。牛島相手だったり一応わたし相手だったりだと多少気遣ってくれてたけど。他の三年とか同級生には塩対応そのものだったっけ。ま、卒業式の日は寂しそうな顔をしていたし、素直じゃないだけだろうと分かっていたけれど。

「……仕事、きついんですか」
「きついきつい〜もう辞めた〜い!」

 けらけら笑いつつ白布の肩をバンバン叩く。昔の白布なら「やめてください」と手を払うのに、今日は払わなかった。それに調子づいてしまってバンバン叩きながら仕事の愚痴をこぼしまくった。さっき飲み会で川西と山形に話したのとほぼ同じ内容を。白布はそれを黙って聞き続け、わたしがぐずぐず泣きはじめたころにはハンカチを貸してくれた。優しい。どうした白布。この人、本当に白布なのかな?

「仕事しんどいし彼氏にはフラれるし、もうな〜んにもいいことない。あーあ、なんかいいことないかなあ」
「たとえばどういうことがあればいいんですか」
「え〜たとえば〜わたしのこと好きって言ってくれる人がすぐ彼氏になってくれるとか〜?」
「はあ……」
「ため息ついたな〜?! でも本当に。誰でも良いから彼氏になってくれないかなあ」

 わたしを捨てて別の女の子のとこに行っちゃった元彼への当てつけにもなるし。鼻をすすりながらそう言うと白布は「そういうものですか」と頬杖をつきながら呟く。興味ないよね〜。思わず苦笑いがこぼれた。こういうの、山形とか瀬見とかは笑ってくれるけど白布は笑ってくれないもんね。ふつうに呆れられている気がする。ちょっとへこむ。
 でも本当に。もうハジメマシテからはじまる恋愛はちょっとしんどく思っている自分がいる。ゼロからはじめるのってもう、仕事もしんどいのに無理だよ。どこかに落ちてないかなあ、わたしのことが好きで彼氏になってくれる人。もう誰でも良いんだけどなあ。本当、誰でも。

「誰でも良いなら俺でも良いってことですか」

 道路を通った車の音がやけに大きく聞こえた。電灯の明かりにつられて飛んできた虫がパチッと立てる音や、木の葉が揺れる音。夜の静かな音がやけに大きく。だから、白布の声もはっきり聞こえていて。

「……へ?」
「誰でも良いって言ったじゃないですか。さんのことが好きなら」
「え、あ、言った、けど?」
「だから、俺でも良いってことですかって聞いてるんですけど」
「……え、えーっと、良いと、思う、けど」
「酔い醒めました?」
「け、結構、醒めた……」

 驚きすぎて。白布もそういう冗談言うんだね。時の流れって怖いなあ。
 柔らかな風が吹く。白布が盾になってわたしにはあまり風が吹き付けない。その代わりに白布の髪が緩やかに揺れた。それをぼんやり見て、ぱちりと瞬きをした一瞬の隙。目を開いたそのときには白布の顔が息がかかるほど近くにあって。あっという間に唇にあたたかい感覚があった。
 また瞬きをすると、白布の顔がもう離れていて、夢でも見ていたのかと首を傾げてしまう。え、なに? 酔っ払いすぎて起きたまま夢でも見た? なんか、今、わたし、白布に、キスされた、ような?

「誰でも良いなら俺と付き合ってください」
「……え、なんで?」
「一発殴って良いですか」
「え、やだ。痛いし」

 深いため息をつきながら白布が立ち上がる。立ち上がりながら脱いだ上着をわたしの肩にかけてくれた。寒いなんて言ってないけど。内心そう思ったけど、白布なりの優しさなのだろうと分かったから黙って借りておくことにする。白布は「行きますよ」と言ってわたしの鞄を持ち、また歩き始める。よろよろと立ち上がり、白布の後をついて行く。なんか、状況が、よく分からないのだけど。さっきのやりとり、何?

「……白布も誰でも良いから彼女ほしかったの?」
「本当、あとで一発殴ります」
「痛いのやだから勘弁して」
「じゃあ殴らないので、もう一回します」
「……何を?」
「家につくまで考えといてください」

 あ、笑った。その瞬間、グサッと心臓を一突きされたようにうるさくなった。いやいや、白布はただのかわいくない後輩だよ。そういう目で見たことないし、いやいや。いやいや。え、というか白布、どういうつもりなんだろう?
 ぐらりとバランスが崩れた。酔い醒めたかと思ったけど、やっぱりまだ体はよれよれだな。電柱に手をつこうとしたけど、ぐいっと反対の腕を引っ張られた。白布。わたしの腕を掴んだまま「ふらふらじゃないですか」とため息交じりに呟く顔は、呆れ顔に戻っていた。

「抱えましょうか」
「大丈夫、さすがにそれは本当に」
「別に良いですけど、俺は」
「……白布賢二郎くんですよね?」
「なんで敬語なんですか。白布賢二郎ですけど」

 またぐいっと腕を引っ張られる。ふらふらと白布のほうに倒れ込むと、そのままがっちり腕を支えられてしまう。なんか、腕を絡めて歩いている男女、みたいな図になってない? そう思うと妙に恥ずかしくなって「大丈夫、歩ける歩ける!」と離れようとするのに、白布の力が強くて離れられない。え、白布ってこんなに力強かったっけ?

「し、白布……」
「はい」
「あの、間違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
「なんですか。たぶん間違ってないと思いますけど」
「……わ、わたしのこと、好き、だったりする?」
「それに答えたら付き合ってくれるんですか」
「えーっと、持ち帰って考えます……」
「そうですか。なら考えといてください。好きですよ。高校のときから」

 ぎゅっと腕を掴む力が一瞬強くなった気がした。白布の横顔。ちょっとだけ赤くなった頬に、こっちまでぶわっと熱くなる。う、うわ、白布のこと、だし、嘘はついてない、と思う。誰でも良いから彼女がほしいなんて言うタイプじゃないのもよく分かっている。だから、こそ。

「ちょっと、あの、キャパオーバー」
「いい気味ですね」
「ひどくない……?」

 白布が貸してくれた上着がふわりと揺れるたび、知らないはずの白布の匂いがする。その匂いが妙に好きで、わたしって、本当、恥ずかしい女だなと恥ずかしくなった。


夜がこんなに眩しくなるのは
▼title by エナメル