※未来捏造、社会人設定
※楽しくなっちゃって会話文が多めの箇所が多いです。




「誰が乾杯すんの?」
「え、隼人くんじゃないの?」
「毎回俺ってのもつまらないだろ〜?」
「じゃあ英太くんで!」
「なんか浮つきそうだから却下」
「ひどくねえ?!」
「まあまあ」
「はい、牛島」
「今年もお疲れ。 乾杯」
「かんぱーい」
「かんぱーい……え、軽くない? そんな感じでいいの?」

 軽い感じではじまった第五回白鳥沢学園男子バレーボール部第○×代忘年会。 それぞれ高校卒業後に就職していたり大学を卒業して就職していたり、プロバレーボール選手になっていたりと様々な道を歩んでいる。 毎年十二月の中旬頃に予定の合うメンバーが多い日に開催されている。 幹事は大体山形で、山形の都合が合わないときは大平がやっている。 ちなみに今年は当時のレギュラーは全員そろったし、それ以外の同輩たちも割と多く参加となり過去最多人数となっている。

「てか、マジで久しぶりじゃん。 二年ぶりくらい?」
「え、そんなに経ったっけ」
「若利くんのピザ丸落とし事件」
「知らない」
「添川のトイレ失踪事件」
「知らない」
「英太くんナンパ失敗事件」
「爆笑だった」
「二年ぶりだよ」
「いつまでそのネタ引っ張んだよ?!」

 そうか、もうそんなに経つのか。 しみじみそう思いつつハイボールを一口飲む。 バレー部マネージャーだったわたしにも飲み会の誘いは来ていたのだけど、大学時代はアルバイトや何やらに追われてなかなか気力が出ず、社会人になっても忙殺されかけて気力がなく。 結局気が付いたら二年ぶりとなっていた。 忘年会だけではなく、春の花見や夏に行われている納涼会なんかにも一切参加できずじまいだった。 毎回幹事の山形には電話口で怒られたっけ。 今年は退職を控えていたため仕事量が少なく、しっかり休みを取ることができたおかげで参加できた。
 わたしの隣に座っている天童がメニューを見ながら「ねえねえ何食べる?」とずっとしつこく聞いてくる。 現役時代仲が良かったので当時と変わらず適当にあしらいつつ牛島に「この前の試合観たよ」と話を振ってみる。 牛島は「ああ」と顔をあげて「姿があったから驚いた」と予想外の反応を示した。

「嘘、いたの知ってたの?」
「ああ。 声が聞こえていた」

 恐るべし聴力。 たしかにものすごく騒いでいた自覚はあるので少し照れてしまった。 天童はその間にモツ煮を頼むことを決めたらしい。 メニューを大平に渡しつつ「ところでさあ」とわたしを見た。

「なんか大事な話をされてない気がするんだけど〜」
「え? 何? 退職のこと?」
「え、会社やめんの?!」
「うん。 来年の三月だけど」
「ついに社畜卒業か……めでたいな」
「なんか大平に社畜とか言われると本当に身に染みるわ」
「え、なんで?」
「なんでって、結婚するからだよ」
「……」
「……」
「え、なにこの沈黙」
「結婚?! はあ?! 聞いてねえけど?!」
「言ってねえですけど?」
「言えよ?!」
「それな〜!」

 天童がわたしの左手をつかむ。 それを上にあげながら「俺、外で集まったときからこれが気になってたんですけど〜」と言う。 指輪のことだろう。 今月の頭にもらったばかりの指輪だ。 それを見た山形が「人妻じゃん?!」と大笑いするので「そうですけども?」と真顔で返したら余計に笑っていた。 あの牛島でさえも驚いたようで「知らなかった」と目を丸くして呟いていた。 この状況にほんの少しだけ、逃げ出したかったり。
 あえて言わなかったのに、指輪を付けてきたのはやっぱりなんというか、報告したい気持ちはあったからだ。 ただ報告するのが嫌というか、気恥ずかしくてここまでずるずると伸ばしてしまったわけで。 その理由はただ一つ、結婚相手だった。

「相手どんな人? いくつ? 会社の人?」
「質問攻めじゃん……」
「そりゃあねえ?」
「うちの大事なマネージャーと結婚する野郎がどんなやつか興味あるだろ」
「誰がうちのだ、誰が」

 瀬見がげらげら笑いつつも「で、どんな人?」と相変わらず整った顔面をへにゃりとさせて聞いてくる。 大平や牛島まで興味があるといった感じに黙っているので、口を開くしかなかった。

「一個下」
「年下かよ! 意外だな。 会社の後輩?」
「後輩……だけど会社のじゃない……」
「どういう意味?」
「…………高校の後輩……」
「えーー!!! うっそでしょちゃん、だれだれ? 俺たち知ってる?」

 天童が運ばれてきたモツ煮を受け取りつつ爛々と目を輝かせて顔を覗き込んでくる。 若干わたしが言いづらそうな顔をしていることに気が付いたのか、天童はわなわなと表情を変えて「え、まさか、バレー部?」と呟いた。 それに思いっきりわたしの表情筋が反応してしまったようで、天童がどでかい声で「うっそじゃん?!」と立ち上がって叫ぶ。 それに山形まで食いついて「マジ? マジで? バレー部?」とあからさまに面白がる準備をしはじめた。 こうなるのが分かっていたから嫌だったのに。 内心そう思いつつも「そうですけども」とできるだけテンション低めに言ったらその場が拍手に包まれた。

「マジかよ〜! てか言えよ?! え、誰? 太一か? 太一だな?!」
、太一のことかわいがってたし、太一も懐いてたしな。 お似合いじゃないか」
「川西かあ。 語呂悪いな?」
「いつから付き合ってたの?」
「違うから、川西太一じゃないから」
「え?! 違うの?」
「太一以外いなくない?」

 はて、と天童と山形が顔を見合わせる。 牛島も太一だろうと思っていたのか首を傾げた。 一人だけ冷静な瀬見が「で、誰?」と冷静ながらも不思議そうに聞いてくる。

「…………しらぶ」
「は?」
「白布賢二郎ですけど、何か」
「え? 白布?」
「賢二郎?」
、賢二郎と結婚すんの?」
「……そうです」
「……え、冗談?」
「本気ですけども」

 しーん、と静かになる。 牛島でもさえも黙りこくってしまったのでやっぱりか、と気恥ずかしくなった。
 白布とわたしはバレー部の人間なら知らない者はいない、犬猿の仲だった。 喧嘩をするわけでもないし直接何かトラブルがあったわけでもない。 けれど、同じ空間にいるとものすごく空気が悪くなったらしく、バレー部の誰もが白布とわたしが近くにならないように気を遣ってくれていた。 太一と天童はその一番の被害者だった。 あとついでに瀬見も。 とくに太一。 太一にはものすごく救われた。 いろいろフォローをしてくれたり白布との会話の中で生まれた誤解を解いてくれたり。 感謝してもし切れない。
 わたし側の意見だが、あれは全面的に白布が悪い。 思春期なんだか何なのか知らないけど、とにかくわたしへの当たりがきつかった。 マネージャーの務めとしてタオルを手渡したのに「自分で取れますけど」、タオルを回収しに行ったのに「自分で持っていけますけど」などと言い放つのだ。 それはもうむかついて。 別に感謝してくれなんて言わないけれど、とにもかくにもお前は波風立てないと気が済まないのかって毎日イライラしていた。

「え、待って、いつから付き合ってんの? どっちから?」
「えーやだもう何も聞かないで」
「いやいや、それはあまりにも無茶だわ」
から?」
「断じて違います」
「賢二郎から?!」

 あれはちょうど白布たちの代の卒業式の日のこと。 大学生だったわたしはアルバイトへ向かうべく駅に向かっていた。 バレー部の後輩と連絡なんてほとんど取っていなかったので、その日が卒業式なんて知りもしなかった。 駅についてICカードをかざして改札を通ってすぐ、スマホが震えていることに気が付いた。 なんだろうかとポケットから取り出して画面を見て驚愕した。 そこには一度も今まで表示されたことのない「白布」の文字があったのだ。 着信だった。 あまりに衝撃すぎて取ろうかかなり迷った挙句、電車までに時間があったので恐る恐る出てみることにした。 出てみると白布が「お久しぶりです」とふつうに話し出すものだから驚いて。 いや、あなた、わたしのこと嫌ってましたよね。 内心そう思いつつ「久しぶり」と平常心を保って声を出したのを覚えている。

「ちょっと俺信じられないから賢二郎に電話するね?!」
「お、いけいけ天童!」
「いや信じるも信じないも何も本当のことなんだけど」
「だって仲めちゃくちゃ悪かったじゃん! 信じらんないよふつう!」

 そういって天童はスマホを操作しはじめる。 あーあ、これ帰ったらめちゃくちゃにからかわれるしめちゃくちゃなんか言われるやつだ。 だって今日、白布たちも忘年会してるし。




▽ ▲ ▽ ▲ ▽





「うわ、天童さんからだ」
「うわってひどいだろ、うわって」
「じゃあ太一出ろよ」
「遠慮しときます」

 気取って白ワインなんか飲んでやがる太一に舌打ちをこぼしつつ仕方なくスマホを耳にあてる。 「はい」と言い切る前に「結婚すんの?!」とテンション高めの声が耳に突き刺さった。 太一にも聞こえたらしく「あーなるほど」とけらけら笑っていた。 牛島さんたちの代も今日が忘年会だ。 行くかどうか悩んでいたけど予定もないんだし行けば、と言ったことを思い出す。 そこでまあ、ついにバレたというわけか。

「しますけど」
『聞いてないよ?! 報連相ができてないんじゃないの?!』
「報連相が必要な事項ではなかったので」
『嘘じゃん! 必要に決まってんじゃん!』
「うるさいんでもう少し声のボリューム落としてもらえます?」
『ちょっとちゃんの旦那かわいくないよ?!』

 遠くのほうで「普段からかわいいところは一つもない」と聞こえた。 帰ったら覚えてろよ。 内心そう思いつつ「切っていいですか」と呟くと「だめだめ!」と天童さんが未だにテンション高めに言う。

『ねえねえ、ねえねえ、賢二郎から告白したって本当?』
「本当ですけど」
『うっそ隼人くん本当だって、賢二郎からだって! え、いつ? いつなの?』
「俺が卒業するときですけど」
『え、会う約束してたの?』
「いや、電話でですけど」
ちゃん電話で告白されてその場でオッケーしたの?!』
『するわけないじゃん。 あんなかわいくないパッツンしらす野郎』
「ちょっと天童さん、さんに帰ったら覚えとけよって伝えてください」
『やだ賢二郎がさんとか言ってるんだけど! しかも一緒に住んでるんだけど!』

 だめだこの酔っ払い、使い物にならない。 太一が横で笑いをこらえているのも腹が立つ。 足を若干踏みつつ天童さんに「切っていいですか」ともう一度聞く。 すると突然「よ」と瀬見さんの声に変わった。

「切りますね」
『お前相変わらずかわいくねーな?!』

 そこから地獄だった。 謎に冷静な瀬見さんによる質問攻めと背後から聞こえてくる悲鳴に近い声に耐え続ける羽目になった。 こうなるのが嫌だったから多少言っといてくださいよと言い続けていたのに。 頭を抱えつつ聞かれたことに答えてなんとか山を越えた。 瀬見さんが「じゃ、またな」とようやく電話を切ったのが一時間後のことだった。 太一はそれまでに白ワインを三回注文し直していたため割とべろべろになっている。

「てか、マジで、あんときの白布、おれ本当あれだったわ」
「酔っ払い、頼むから自分で帰れるくらいの余力は残しとけよ」
「好きな子いじめちゃうとか小学生かよって」
「すみません、水ください」
「マジで告白しちゃうんだからおれもう、ふはは」
「太一お前本当タクシーで帰れよ、俺送ってかないからな」
「おうちでさん待ってるもんな〜?」
「そうだよだから手間かけさせんなよ」
「ひゅ〜」
「マジでお前ワイン飲むのやめろ」




▽ ▲ ▽ ▲ ▽





「……おかえり」
「ただいま。 なんで不服そうなんですか。 俺の家でもあるんですけど」

 賢二郎が帰宅したのは深夜一時半だった。 ちょうどお風呂から上がって髪でも乾かそうかとしていたときだ。 賢二郎は鞄をいつもの場所に置きつつ一つ息をついてのろのろとこちらへ近寄ると「もう少し端寄ってください」と言った。 ソファの隅っこに座れというらしいが半分開けているのに何が不満なのか。 「はいはい」と言いつつ端に寄ってやる。 すると賢二郎はどかっとソファに座ったかと思えば、当然のようにわたしの膝を枕にして寝転んだ。

「結構飲んだね?」
「いや、酔ってないです」
「酔っ払いはみんなそう言うんだけど?」

 呆れつつ笑ってやる。 賢二郎はぼけっとわたしの顔を見上げながらほんの少し眠たそうに目を細めた。 頼むからそのまま寝ないでよ。 そう言うのだけど曖昧な返事しか帰って来ない。 ちょっと頬をつねってやると、賢二郎はのそのそとわたしの左手を捕まえる。 そうしてそれを自分の顔の前に持ってくると、じっと薬指にはめられているそれを見つめた。

「ずいぶん質問攻めされたみたいですね」
「賢二郎ほどじゃないけどね」
「あとパッツンしらす野郎はひどくないですか」
「聞こえてたの? ごめんなさいね」
「まあ、いいですけど」
「珍しい。 いつもなら怒るじゃん」
「いいですよ、別に」

 ふにゃ、と表情が緩んだ。 これは本当に酔っぱらっている。 太一あたりに飲まされたのだろうか。

「俺の勝ちなんで」
「……何が?」
「白布なんかと付き合うわけないじゃんって言ったじゃないですか」
「……あー、根に持ってる?」
「結構」
「でもあれは賢二郎が悪いでしょ」
「まあ。 でも結局俺と結婚するわけですし。 俺の勝ちなんで」
「勝負してないけどねえ」

 笑いつつ髪の毛をいじると、賢二郎は掴んでいたわたしの左手を離す。 そうしてわたしのお腹のほうに顔を向けると、そのまま腰のあたりに腕を回りてぎゅっと抱き着いてくる。 すぐそのまま眠ってしまった横顔に苦笑いをこぼしつつ、まあしばらく寝かせてやるか、と頭を撫でてやった。


ひとり勝ち