わたしって、昔からなぜだか何をやってもタイミングが悪かった。 小学生のときはいつもなら車一台通らない道を冒険半分に歩いていたら、道に迷って来た車に接触。 中学生のときはみんなが先生の悪口を言っているのを宥めようと「みんなの気持ちも分かるけど」と言ったところでご本人登場。 他にもわたしが家から出たら雨が降る、出かけたら行先のお店が臨時休業、挙句の果てには帰りの電車が大雨ですべてストップ。 「ついてないわねえ」と母親にはいつも苦笑いされている。
 きらきらと、目の前で光るそれがなんだかきれいに見えた。 窓から差し込む夕日に照らされたただの埃なのだけど。 あまりに突然目に飛び込んできた光景だったからついそんなことを思ってしまった。
 頭を結構強く打ったみたいでずきずきと後頭部が痛い。 ついでに弾みで足首を捻ってしまったのだろうか、左足首もちょっと痛い気がする。 なんてついていないのだろう。 頭は床に強打。 足は転んだときに捻る。 今日も今日とてついていないのだけど、これもタイミングが悪かったがために生まれた運のなさなのだ。




 誰もやりたがらなかった図書委員。 特に嫌だとも思わなかったし、男子は決まっていたので軽い気持ちで立候補した。 誰もやりたがっていなかったのですぐにわたしで決まったし、友達からは「マジで助かったわ〜、あのままだったらくじだったもん」と感謝されたりしてちょっといい気持ちだった。 いざ委員会活動がはじまってみれば別に大変なことはないし、力仕事はたまにあるけど基本的には返却された本を本棚へ戻す程度の仕事だけ。 帰りがたまに遅くなるけどなんとも思わなかった。
 今日はわたしのクラスが放課後に本を戻す役割だった。 同じ図書委員の男子が今日は部活の関係で来られなくなってしまい、わたし一人で作業をしていた。 図書室には誰もいなくて静まり返っている。 そんな中黙々と本を戻していたら、図書室の扉が開く音が聞こえた。 本棚の陰から覗いてみたら、隣のクラスの白布くんだった。 それが分かった瞬間に顔がかっと熱くなってしまう。 本棚の陰に隠れていると、図書室の奥のほうで白布くんが何かを探している物音が聞こえてきた。 その音を息を潜めて聞いていたら今度は「おかしいな」という白布くんの苛立った独り言。 どうやら図書室の奥にある資料保管室にいるようだ。 続けて白布くんが舌打ちをもらして「日直のやつに頼めよ、クソ」とさらに苛立った独り言を呟いている。 その様子からしてどうやら先生から何か取って来るように指示をされたらしい。
 そうっと本棚の陰から出て、足音を立てないように保管室へ向かう。 困っているみたいだから助けになれるか聞くだけ。 何を探しているのか聞いて、知っていれば手伝うだけ。 別に下心があるわけじゃない。 そう、別に何か特別な気持ちがあって話しかけるわけじゃないのだ。 保管室の前までたどり着いた。 開きっぱなしのドアの前。 そうっと覗き込むと、やっぱり何かをぶつぶつと言いながら探している白布くんの姿を見つけた。 しゃがんで棚の下にある引き出しを見て回っているようだ。 小さく深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。

「あ、あの」
「……びっくりした。 って図書委員だっけ」
「う、うん! 何か探してるの?」
「日本史資料別冊ってやつ」

 職員室へ用事を済ませに行ったとき、日本史の先生に捕まってしまって頼まれたのだそうだ。 白布くんは忌々しそうに「自分で取りに行けよ」と呟く。 このあと部活がある白布くんは一刻も早く雑用を済ませてここから去りたいようだ。 「わたしが渡してこようか?」と提案したけれど、白布くんは「は図書委員でここから離れられないだろ」と言う。 たしかにその通りだ。 考えなしに提案してしまったことが恥ずかしい。
 白布くんはぼそぼそと「棚の下ってどこだよ。 どの棚なんだよ。 一番下なのかそうじゃないのかすら分かんねえ」と文句を続ける。 先生には「俺もよく分からないけど、見れば分かると思う」と指示されたんだとか。 それは怒っても仕方ない。 そんなふうに苦笑いしつつわたしも棚の下を見て回る。 棚の下には引き出しがあったりなかったりして、一つ一つ見て回ったりのぞき込んだりしてみるけれど、白布くんが言うものは見当たらない。 棚の下、というだけの情報では探すのが難しいかもしれない。 苛立っている白布くんは時折舌打ちをこぼしつつも探し続ける。 がしがしと頭をかきつつ、ふとこちらに視線を向けた。

、あとはいいから。 図書委員の仕事あるんだろ」
「え、あ、うん、あるけど……あと少しだけだから手伝うよ」

 苛立っている白布くんには申し訳ないのだけど、わたしにとっては少しうれしい時間だ。 白布くんは「ならいいけど……」と呟いてまた探し始める。 しゃがんで棚の下を覗き込む。 埃っぽい空気に白布くんが咳き込むと同時に「なんかある」と呟いた。 腕を突っ込んで引っ張り出すと、蓋のついたカゴが出てきた。 どうやら古い資料みたいなものが入れられたカゴのようだ。 目的のものは見当たらず、白布くんはため息をついてそれをまた奥に押し込む。
 なるほど、奥のほうに押し込まれているという可能性もあるのか。 そう思ってわたしも棚の一つの奥を覗き込む。 何もない。 その代わり、ちらりと天井のほうに視線が向いたときに棚の一番上が見えた。 カラーボックスみたいなものが置かれている。 立ち上がって見上げてみると、そのカラーボックスに「日本史」と書かれているのが見えた。 もしかして先生が棚の下だと思い込んでいるだけで本当は棚の上にあるんじゃないだろうか。 手を伸ばしても届かない。 手を伸ばして届く棚の板を掴んでぐいっと体を上げるようにしても届かなかった。 どうしようか悩んでいるといつの間にか隣に立っていた白布くんが「あのクソ教師」と呟く。

「下じゃなくて上かよ……」
「た、たぶんあれだよね? 日本史って書いてあるし……」

 白布くんは深いため息をついて「たぶんな」と言う。 きょろきょろと見渡して何かを探している。 恐らく台を探しているのだろう。 図書室には至るところに高いところに手が届くように小さな台が置かれている。 保管室にも一つはあったと思うのだけどなかなか見当たらないみたいだ。 いくら手を伸ばしてもわたしでは届かないし、白布くんと同じように台を探そう。 そう思ってそこを離れようとしたときだった。 先ほどわたしが手をかけた棚の段の板が少し傾いているのに気が付く。 わたしが体重をかけたせいで傾いてしまったのだろう。 落ちてきても危ないし、と再び手を伸ばす。 下から板を押せばまっすぐになるだろう。 そう思ったのだけど。 ぐいぐいと板を押していると、がたっと不穏な音がした。 わたしめがけて本が数冊落ちてくる。 びっくりして体を引っ込めたとき、思い切り足が棚に当たってしまう。 その衝撃のせいでもう一段上に置かれていたものがぐらりと傾いたのが見えた。

「おい!」

 その声と同時にぐいっと左腕を引っ張られる。 突然のことだったので足がもたついて思いっきりバランスを崩してしまった。 成す術もなくその場に倒れこんでしまう。 ずきずきと後頭部が痛む。 左足首も痛いし、背中も痛い。 思わずそれが声にもれると、同じような悲痛の声が頭の上から聞こえた。

「いってえ……角が当たった」

 白布くんは頭を押さえて痛そうに顔を歪めている。 落ちてきたものの角が思い切り当たってしまったらしく、なかなか起き上がる気力が出てこないようだ。 わたしも打った頭が痛いし、足も痛い、というか全身が痛い。 けれど、わたしの顔の横で床についている手がちらりと見えた。 その瞬間に痛みなんて消えてしまった。 どういう状況なのか理解するのに数秒を要してしまう。 夢かな、いやでもさっき痛かったし、夢じゃない。 衝撃でわたしの頭のすぐ横で頭を打ったらしい白布くんの髪。 首筋に数本だけ白布くんの髪がかかっているのだろうか、少しくすぐったい気がする。 かすかに感じる息遣い。 白布くんは呼吸も静かなんだ。 静かな声や静かな動きと同じで。

「あの、白布くん」
「なに……って、悪い。 退く」

 頭をさすりつつ起き上がると、右手を伸ばしてくれた。 「大丈夫か」と聞かれたので小さく頷いておく。 痛いことには痛いけれど、怪我というほどのものではない。 手を掴ませてもらって立ち上がると白布くんが「ツイてない」とため息をこぼした。 わたしの手を離してから自分の制服を叩いて埃を落とす。 「怪我ないか」と聞かれ、はっとして自分の体を見てみる。 怪我、はとくにない。 打ったところが痛むだけだ。 「大丈夫、ありがとう」と伝えると、「ならよかった」と未だに服を叩きながら白布くんは呟いた。 なかなか視線がこちらを向かない。 先生に面倒事を押し付けられた上にこんな目に遭ってしまって気分が悪いのだろう。 なんだかわたしのせいにも思えてきてちょっと申し訳なくなる。 でも、それよりも。

、悪いけど台押さえてくれないか。 なんかがたついてる」
「あ、う、うん!」

 いつの間にか見つけてきてた台を置いて白布くんが上を見上げる。 さらりと流れた横紙の隙間から白布くんの耳が見えた。 少し、赤くなっているのは、わたしの自惚れだろうか。
 いつも、廊下ですれ違うたび、目で追ってしまう。 選択授業も白布くんが取りそうなものを予想して取ったり、球技大会は得意じゃないのにバレーにしてみたり。 白布くんのぴんとまっすぐな背中とか、冷たく見えてしまうのに視線が合うと嬉しい瞳とか。 そういうのを全部まとめたら、ああ、これはきっと恋なのだと気が付いた。 気が付いてからさらに白布くんのいろんなところが気になって仕方なかった。 いつも目で追っていた。 少し姿を見ただけで一日ずっと嬉しかった。 話せた日はもう、舞い上がってしまうほどで。 自分で恥ずかしくなるくらい白布くんを好きになっていった。 クラスが別々だし、白布くんがもともと女子と話すタイプじゃないから大変だったけど、なんとか名前を覚えてもらうまでには至った。

「はあ、ようやく見つかった……」

 白布くんはため息をついて棚の上から下ろした入れ物を開ける。 先生に言われた資料が一番上に入っていてほっとした。 白布くんもそれは同じだったようで、「ようやく部活に行ける」と呟いた。


「あ、はい!」
「手伝ってもらって悪かった。 助かった」

 入れ物を床に置きつつこちらを向く。 前髪が左右に流れて、いつも少し隠れている顔がしっかり見えた。 なぜだかさっき感じた息遣いを思い出してしまう。 一度思い出してしまったら簡単には忘れられなくなる。 かあっと顔が熱くなったのが分かってしまったのと同時に、白布くんにもそれが伝わってしまったみたいだ。 不思議そうな顔をして「どこか痛むか」と首を傾げられた。 それにしどろもどろ答えると余計に不思議な顔をされてしまって、恥ずかしくてたまらなくなってしまう。
 好きだなあ。 なんで好きになったのかは忘れてしまったけれど。 目の前にいる白布くんの存在だけでこんなに舞い上がれるのだから、恋というものは恐ろしい。 気持ちを言葉にできる日が来るかは分からない。 でも、この気持ちがある限り、わたしは白布くんの好きなところをもっと見つけていってしまうのだろう。 そう思うと明日も待ち遠しくなってしまった。


好きがきらきら光るんです
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