※未来捏造
※瀬見さんに彼女がいる設定ですが彼女は出てきません。






 ずっと片思いをしているひとがいる。 そう言うと必ずみんな「がんばって」だの「一途でかわいい」だの勝手なことを口にする。 わたしも最初はそう言ってもらえることが多いのだし、わたしの片思いは人に応援してもらえるもので、最終的にはみんなの応援もあって成就するかもしれない、なんて思っていた。 陸上選手が走っているところをみんなが応援しているように。 わたしのがんばりはたいそうなものではないけれど、人に応援されるものなのだとなぜだか盲目的に思っていた。

「いや、年齢考えようぜ」
「本当瀬見嫌い」
「ひどくない?」
「いやさすがにその言い方はないっスわ」
「太一は本当にいい子だね、奢ってあげる」
「あざーす」

 居酒屋の隅っこの席で瀬見が「はあ?!」とわめいている。 もう蝉なんか鳴いていない季節だというのにこの瀬見はうるさい。 そんなふうに内心悪態をつきつつ、からあげをひとつ口に運んだ。
 高校を卒業して早六年。 わたしは進学せずにそのまま就職、瀬見と太一は大学卒業後に就職。 どこにでもよくあるルートを三人ともたどっている。 高校時代のバレー部という共通点があるメンバーでよく飲み会をしたり誰かのお祝い会をしたりと、今でもよく顔を合わせることが少しうれしい。 とくに瀬見と太一は会社が近いので中でもよく会う二人だ。 最初は一応社会人の先輩であるわたしに太一が悩みを相談してきたりしていた。 それに気が付いたら瀬見が加わり、気が付いたら恋バナをするようになっている。 最近までは瀬見が片思いをしていたのでその話題ばかりだった。 けれど、それも瀬見の片思いが成就したので最近は話題にあがってこなくなった。 最近よくあがる話題は。

「にしてもまさかさんが好きな子をいじめたいタイプだったとは」
「それな! 高校のとき全然気付かなかったわ」

 わたしの恋バナである。 わたしの片思いは高校時代にまで遡る。 男子バレー部マネージャーだったわたしには好きな人がいた。 ひとつ後輩の、可愛げがないのになぜだかかわいいやつ。 白布賢二郎、バレー部のレギュラーでセッターだった人だ。
 今も恐らく変わっていないのだけど、高校時代のわたしはとにかく、なんというか、悪ふざけが好きだった。 とにかく真面目な雰囲気が苦手でなんでもかんでも茶化してしまったり、面白くしようとしてしまったり。 子どもっぽいことをたくさんしたと思う。 今でも職場で重い空気になりそうになると、自分をだしにしてでも笑ってもらおうとしてしまったり。 あまりいいことではないと思っているのでよく反省している。 そういうところが恋愛にも反映されてしまっているようで、高校時代はよく白布にちょっかいをかけては鬱陶しがられていたのだ。 色気のない言動も相まってか誰もわたしが白布のことを好きだとは気が付いていなかったらしい。 そうなると、当然本人も気付いていないと思われる。 つまりわたしは最初から最後まで白布にとっては「面倒な先輩」でしかなかったのだろう。 そう思うとほんの一握りほどある乙女心がぴきぴきとひび割れて痛むのだ。 自業自得なのだけれど。

「どっちかというと瀬見さんといい感じなのかと思ってました」
「ないわー」
「ないわー」
「いや、瀬見に言われたくないんですけど」
「そのまま返すわ」

 白布とはバレー部の飲み会でたまに会う。 けれど、わたしは基本的に瀬見や高校時代一番仲が良かった天童の近くに座ってしまうのであまりちゃんと話していない。 気を利かせて太一が話を振ってくれたりするのだけど、うまく話せないままだ。 口を開くと高校時代と同じようなちょっかいをかけてしまいそうで怖いのだ。 これ以上白布に悪く思われたくなくて守りに入ってしまっている。 自分でもちゃんと分かっている。 それでも、なかなかうまくいかない。 もう今更無理なのでは、なんてことまで思い始めてしまって、もう踏み出せないままずっと足踏みし続けている。

「別に面倒だとか聞いたことはないですけど」
「絶対思ってたよ、だってめちゃくちゃうざ絡みしてたもん」
「自覚あるのかよ……」
「あるよ!」

 瀬見が大きなため息をつく。 「そりゃご愁傷様」と呟かれ、思わず足を蹴っ飛ばしてしまった。 それを太一が笑ってから「本人に聞かないと分かんないっスね」と言ってからあげを口に運ぶ。 太一は当時白布と同じ二年生レギュラーだったこともあり仲が良かった。 白布がわたしのことをぼやいていたら真っ先に話す相手だと思う。 そんな太一が聞いたことがないというのなら言っていなかったのは本当なのだろう。 けれど、言わなかっただけで、ということもある。 白布は口が悪いところはあったけれど、むやみやたらに人を悪く言ったりはしない人だった。 一応マネージャーで先輩という立場であるわたしのことを悪く言わないようにしていた可能性はある。

「というかはちょっと考えすぎだって」
「考えすぎ……?」
「白布は嫌いな奴にはもっと露骨に嫌いって顔しそうじゃん?」
「瀬見みたいにお気楽に生きてみたいわ」
「励ましてやってんじゃん?!」

 瀬見はおしぼりで口元を拭きながら「大丈夫だって! マジで!」といい加減面倒くさそうに呟く。 何を根拠に! そう言い返すと瀬見はごにょごにょと「いや、根拠って言われても、なあ?」とたどたどしく太一に救いを求めた。 太一は視線をちらりと瀬見に向けてから「まー、根拠っつー根拠はないですけど」と言っていつの間にか注文していたらしいウーロン茶を一口飲む。
 太一は白布と二人でたまに飲みに行っているらしく、一番白布の近況を知っている。 白布は少し離れた場所ではあるが県内に就職しており、社会人になったと同時に一人暮らしをはじめたと聞いた。 太一はその家にたまに遊びに行ったりもしているそうで、いま彼女がいるとかいないとか、そういうことは太一から情報をいただいている。

さんのこと結構気に入ってたと思いますけどね、白布のやつは」
「……そうかなあ」
「おい待て、俺のときあんだけ疑ったくせに!」
「瀬見と太一じゃ信頼度が違うから」

 枝豆を食べつつ太一に視線を向ける。 太一はほんの少しだけ視線を下に向けたあと、私の瞳をじっと見た。 そうしてぼそりと呟く。

「まー本人に聞くのが早いんじゃないスかね」
「それができたら悩んでないんだってば〜」
「じゃあできるようにしますよ」
「……どういう意味?」
「はい、本日はスペシャルゲストをお招きしております」
「は?」
「待って、俺も知らないんだけど?」
「それではスペシャルゲストさん、どうぞ〜」

 ガタッ、と私と背中合わせになっていた人が立ち上がった音がした。 私の目の前に座っていた瀬見がその人を見上げた瞬間に、ぶっ、と吹き出す。 そうして太一の肩をばんばん叩きながら「お前マジ最高かよ」と大笑いしはじめた。 太一は「でしょ?」と得意げな顔でウーロン茶を飲んでいる。 嫌な予感しかしない。 サアッと血の気が引きつつ、そうっと視線を俯かせた。 空いている私の隣に誰かが腰掛ける。 「瀬見さんうるさいんですけど」と言った声は、たしかに白布だった。

「待って」
「はいはい、待ちますよ」
「待って、本当に待って」
「何をですか」
「白布は黙ってて」
「ひでーなオイ、片思いの相手に」
「瀬見黙れ」

 こいつら、グル? いや、瀬見は知らなかったみたいだから関係ないか。 とにかく冷や汗が止まらない。 視線を俯かせたまま動けない、というか動きたくない。 近くを通りがかった店員さんに声をかけている白布の声。 顔は見てないけど間違いない、白布本人だ。 視線の端っこに見えている机に置かれたスマートフォンが白布のものだし、そもそも声を聴き間違えるわけがない。 私の背後にお客さんが座ったことには気が付いていた。 私たちが座って数分後だったと思う。 やけに静かだったから一人客なのだろうと思いはしたけど、それがまさか白布なんて夢にも思わない。 そうとは知らずにべらべらと白布のことを話し続けていたというわけだ。 店内はがやがやと騒がしいけれど、白布には私の話がほぼ筒抜けだったに違いない。

「じゃ、あとはお二人で」
「えっ」
「おーそうしようそうしよう。 会計頼むわ」
「さらっと奢らせんな、え、待って本当に帰っちゃうの?」
さん、揚げ豆腐食べます?」
「えっ、あっ、た、食べる……」

 店員さんに揚げ豆腐を注文している白布を見たり、本当に帰っていく太一と瀬見を見たりと視線が落ち着かない。 一人だけあわあわしている状態だ。 白布は店員さんに注文をし終えると頬杖をつきつつ私のほうをちらりと見る。 その視線から逃げるように俯いてしまうと、白布が一つ小さなため息をついたのが聞こえた。

「何か、聞きたいことがあるらしいと聞きましたけど」
「……えー……もうずっと聞いてたんでしょ……?」
「まあ。 後ろにいたんで聞こえてはいましたけど」

 からん、と氷の音がかすかに響く。 ざわざわとうるさいはずの話し声はあまり耳に入ってこない。 白布の声と白布が立てる物音、そのほかの白布周辺から聞こえてくる音。 そればかりを拾ってしまう。
 妙な緊張感に包まれたまましばらく時間が経ち、気付けば頼んだものがいくつか届き始める。 白布は小さく「いただきます」と言ってから割りばしを手に取った。 それにつられるように私も箸を手に取って小皿に料理をいくつかとる。 緊張しつつそれを食べいると、白布が横目で私を見ていることに気が付いてしまった。

「…………な、なに?」
「高校時代と比べて無口だな、と思っただけです」
「……うるさくて悪かったね」
「うるさいなんて言ってませんけど」

 小さく笑われた。 それから付け足すように「なんか物足りないってだけで」と言われ、余計になんて言えばいいのか分からなくなってしまう。 白布は高校時代より少し短くなった前髪を少し払ってから「それで、なんでしたっけ」とどこか楽し気に言う。

「……高校のときの仕返しでしょ、これ」
さんってバカですよね」

 少しだけおかしそうに笑った。 その笑顔がどことなく大人の男性特有の色っぽさを含んでいるように見えてしまう。 白布に色っぽさなんてあるわけない。 見間違いだ。 それか、乙女フィルターみたいなものをかけてしまっただけだ。 これだから人を好きになるというのは恥ずかしい。 好きな人がどんな顔をしていても、かっこよく見えてしまうのだから。 白布の顔が好きだ。 表情が好きだ。 白布のことを好きだと自覚したそのときから、白布の何もかもが好きに思えるから困っている。 それが恥ずかしすぎて、かき消すように白布のことをからかってしまっていたんだと今では思う。

「別に思ってませんよ」
「……なにが?」
「うざいとか面倒とか」
「……うっそだあ」
「まあ一瞬思うときは山のようにありましたけど」
「やっぱり……」

 一瞬が山のようにあるならそれはもう一瞬じゃないよ、白布。 内心激しい自己嫌悪に襲われつつ項垂れる。 当時の自分を思い出して自分でそう思うくらいなのだ。 当の本人である白布はよっぽど鬱陶しかっただろうと思う。

「でも、今になって思うことがあって」
「……はい」
「あのとき、さんとのそういう会話を、楽しんでいたんだと思います」
「…………怖い、槍でも降るのかな……」
「毎日つまらないんですよ、あんたがいないんで」

 あ、照れた。 わざと「あんた」なんて雑な二人称を使った。 照れると口が悪くなる。 高校時代から変わらない癖なのだろう。 白布は氷が解け始めたグラスをくるくる回す。 きれいな指。 思わずそう呟きそうになる。 どうかしている。 なんでこんなにも白布のことを好きになってしまったのか。 今となってはそんなことすら分からない。 それなのにこんなにも好きだと思えるなんて変だ。 自分で呆れてしまう。

さん」
「……なんでしょう」
「なんか、あれですね」
「なに?」
「……きれいになりましたね」
「…………見て、これ、鳥肌」
「一回殴っていいですか」

 グラスを持ったままおかしそうに笑う横顔が、やっぱり好きだなあと思えて、恥ずかしくてやはり軽口を叩いてしまう。 白布はそれをひたすらおかしそうに聞いては、また私を照れさせるようなことを言う。 それはそれは楽しそうに言うものだから、ぐちぐち悩んでいた昔のことなどどうでもよくなってしまった。


少女よ美しくあれ
▼title by 金星