「お前、好きなやつとかいんの」

 誰もいない教室の中に内緒話をするように瀬見の声が響いた。 窓の外は野球部員がグラウンド整備をしている姿を、眩しい夕日が空から照らしている。 ときおりカラスがかあかあと鳴く声と野球部員の声。 それ以外はあまり何も聞こえなかったところに瀬見の声がしっかり聞こえたものだから、思わず手が止まってしまった。 瀬見は頬杖をついてじいっとわたしを見つめたまま答えを待っている。
 そもそも教室から誰もいなくなり、野球部員が部活を終えてグラウンド整備をはじめて、夕日が落ちていくような時間までここにいるのは瀬見のせいなのだ。 私が日直の仕事をしているところにちょっかいをかけてきては邪魔をしてきた。 そのせいで仕事がなかなか進まず、こうして放課後まで日誌を書く羽目になっている。 無視してしまえばよかったのだろうけど、無視できないほどの鬱陶しさだったので仕方なく付き合ってあげたというのに。 瀬見は知らん顔してわたしが日誌を書いている姿をぼけっと眺めていたのに。 突然口を開いたかと思えば意味の分からない質問を飛ばしてきて、何のつもりだろうか。
 先ほどより夕日が傾いた。 野球部員たちの影が伸びて、少しだけ外が暗くなったように思える。 瀬見の顔にできた影も先ほどより伸びて、表情が読みづらくなってしまった。

「……わたし日誌書いてるんだけど」
「え、見れば分かるけど?」
「殴っていい?」

 瀬見は「それは勘弁」と笑ってから視線をわたしから窓の外へ移す。 夕日が瀬見の横顔を照らして、なぜだか髪をきらきら輝かせているように見えた。
 バレー部の練習は今日、なかったのだろうか。 休みだったとしても寮に戻って休んでいなくていいのだろうか。 いろいろな疑問はあったけれど、聞くのもなんだか億劫になってしまった。 黙ったまま日誌を書くことに集中していると、瀬見は視線をこちらに戻さないまま「なあ」と声を出す。 その声色はいつもより静かなものだ。 どこか瞳も穏やかなものに思える。 いつもと少しだけ様子が違うことは分かるのだけど、それがどうしてなのかは分からない。 まあ、わたしには関係のないことだけど。

「白布と小学校から一緒なんだろ」
「……なんで賢二郎のことが出てくるの?」
「気になるから」

 瀬見の部活の後輩でありわたしの幼馴染である白布賢二郎。 いまその名前が出てきたことに余計に謎が深まる。 瀬見は顔は窓の外に向けたままに視線だけをこちらに戻した。 きらりと鋭く光った瞳の奥は何を探っているのだろうか。

「付き合ってんの?」
「わたしが? 賢二郎と?」
「うん」
「ないでしょ」

 思わず笑ってしまう。 まさかそんなことを聞かれるとは夢にも思わなかった。 賢二郎とは幼馴染でよく話しかけるけど、そういう色っぽいことはまったくない。 賢二郎もわたしのことはただの幼馴染だと思っているだろうし、話しかけるとたまに嫌そうな顔をしてきたりする。 とくにバレー部の人と一緒にいるときにだ。 だから最近は気を遣ってバレー部の人といるときは話しかけないようにしている。 それも瀬見がわたしに話しかけてくることで崩されがちだ。

「なんなの、瀬見。 さっきから意味分からないんだけど」
「好きなんだけど」
「は?」
「俺、のこと好きなんだけど」


ハイセンス・ナンセンス・アイラブユー(夕日)
▼title by リリギヨ