「ごめん、誰か手伝ってくれる?」

 体育館の中を覗き込んで声をかける。中にいた自主練中の部員たちが顔を上げた。その中で「あ、俺行く」と明るい声で言ってすぐに立ち上がったのが瀬見だった。体育館の奥でいつものメンバーと話していたようだ。瀬見は小走りでこっちに来てくれると「何? なんか重いもの?」の首を傾げた。

「倉庫の上のもの取りたくて」
「あーなるほどな。了解」

 瀬見と並んで歩きながら倉庫へ向かう。体育館のすぐ隣にある倉庫には、普段あまり使わないような備品がしまわれている。バレー部以外の運動部のものもあるけれど大抵はバレー部が使うものばかり。管理はほぼバレー部がやっている。
 他校を交えた交流会のために予備のビブスを使う、とコーチに言われて体育館の中にある倉庫のものを出した、のだけど。一組足りなかったのだ。外の倉庫に別のものがあったな、と思い出して取りに行ったら棚の一番高いところに置かれていた。バレー部は長身揃い。何も焦ることはない。で、今に至るというわけだ。

「どれのこと?」
「あれ。一番上の白い箱」
「あー、あれはには取れないわな」

 笑って瀬見が棚に近付く。少しだけ背伸びをして箱に手を伸ばすと、簡単に白い箱を取ってくれた。「ありがとう」とお礼を言いつつ手を伸ばす。瀬見がわたしにその白い箱を渡そうと少し近付く。「はい」と言いつつ箱を渡して、ついでに、ちょっとだけ身を屈めた。

「…………それはいらない」
「なんでだよ」

 くしゃくしゃと頭を撫でられた。調子に乗ってくれる。そんなふうにちょっと睨みつつ脇腹を小突いておいた。
 二ヶ月前から瀬見と付き合いはじめた。友達にも部活の人たちにも誰にも言っていない。内緒にしているつもりではないので気付かれたら、という感じだけど。今のところ気付かれている様子はない、とわたしは思う。
 二人で倉庫の戸締まりをしてから体育館に戻る。わたしはビブスを他のものと一緒の場所に置きに、瀬見はまたいつものメンバーのところへ戻っていく。直前に「あとで連絡する」とこそっと言われたので「分かった」とだけ返した。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「英太くん、映画面白かった? なんだっけ、ホテルでいろんな事件が起こるやつ」
「先週公開したばっかじゃん。もう観たのか?」

 自主練を一緒にやっていた天童たちのところに戻るなりそう声をかけられた。先週の日曜日、午前で練習が終わったので午後に映画を観に行ったけど、あれ、天童に映画行ったって話したっけ? そんなふうに不思議に思いつつも自分は割と忘れっぽいところがあるから、きっとぽろっと話したのだろうと思って気に留めずに「面白かった」と感想を述べておく。話題作だし天童も観に行くつもりなのだろう。ネタバレにならない程度の当たり障りのない感想も言っておいた。大平が「俺も観ようかな」と言うと山形が「じゃあ来週行こうぜ」と笑った。
 先々週、一緒にご飯を食べに行ったときにがスマホで何かを見ていたから「何してんの?」と聞いてみた。来週から公開される映画のスケジュールを見ている、と言うので「え、誰と行くの」と思わず聞いたら笑われて恥ずかしかったことを思い出す。いや、だって、俺誘われてなかったし。女の子の友達ならいいんだけど、と付け足したら、はちょっときょとんとしていたっけ。は一人で観に行く予定だったらしいけど、俺のそんな様子を見て誘ってくれた。いや、というか彼氏なんだしふつう誘うだろ。今でもそう少し拗ねている。には言わないけど。どうせ練習の後だから疲れているとかなんとか気を遣ったつもりなのだろう。そう分かっているから言葉にはしなかったのだ。

「あれおいしかった? 新作のドリンク」
「……ん?」
「え、何?」

 にこにことしながら首を傾げる天童に、今度こそはっきり違和感を覚えた。俺、それ、話してないけど。そんなふうに首を傾げ返す。映画に行った話はぽろっとしたかもしれないけど、さすがに映画館でドリンクを何にしたかまでは話していない、と思う。天童の言う通り先週から発売開始された新作メニューを頼んだけど。
 もしかして、か? そう一瞬思ったけどに限ってそれはない。自分から俺と映画に行ったと話すタイプじゃないし、そもそもどこに行ったとか何をしたとかを自分から話すことがあまりない。そう、俺もはじめてをデートに誘うときすごく苦労した苦い思い出がある。何が好きとかどこに行きたいとか。そういう情報があまりにもなさすぎて。

「え、俺、天童にそれ話したっけ?」
「ううん? 聞いてないけど?」

 なんでだよ。訳が分からない。余計に首を傾げると天童はタオルのそばに置いてあったスマホを手に取る。それを操作してすぐに画面を俺に向けてきた。画面を見て吹き出しそうになった。その画面には俺が写真を投稿しているSNSのアカウント。ただ、俺はそのアカウントをフォロワーしか見られないように設定している。フォロワーは中学のときの友達や音楽の趣味で繋がった友達、高校の友達が数人くらい。バレー部のやつらとは別のバレー専用のアカウントで繋がっているから、こっちのアカウントを教えた記憶はなかった。それをなぜ天童が知っている、上に、投稿内容を見られてるんだよ?!

「英太くん、なんかアカウントの設定変えたでしょ」
「え、なんで知ってんだよ……」
「そのとき間違えて鍵外しちゃったんじゃない?」
「マジで?!」
「で、昨日三組の子からリプ来たでしょ? 俺あの子フォローしてるんだよね」

 ついさっきおすすめ投稿として表示された、と天童は笑った。最悪かよ。別に見られて困るものじゃないけど、筒抜けになっていたとは夢にも思わなかった。普通にハズい。設定を変えようとスマホを取り出そう、として部室に置きっぱなしにしてあることを思い出した。そんな俺を余所に山形と大平が天童のスマホを覗き込む。おい、見るな。人のプライベートを。そう天童のスマホを取り上げようとしたら、ぬっと背後から誰かが覗き込んできた。

「あ、若利くん。お疲れ〜」
「お疲れ。何をしているんだ」
「英太くんの隠れアカウント鑑賞だよ〜ん」
「鑑賞するな、やめろ」

 若利は首を傾げつつも、大平と山形の真似をするように天童の後ろに回り込んでスマホを覗く。すると、そのとき。山形がとんでもない勢いで天童のスマホに食いついた。「瀬見、お前!」と声をあげながら天童のスマホを握りしめる。バッと顔を上げると「彼女いんのかよ!」と大声で言った瞬間、あ、と思った。思い出した。先々週、と二人で出かけたときに一緒に食べたものを写真に撮って投稿した。の分も映していたからの姿がほんの少しだけ映り込んでいた。切り取るのもなんだかもったいなくて。写真はそのままにして投稿するときに「彼女と食べた」と打ち込んだ、と、思う。

「うっそでしょ、英太くん彼女いるの?!」
「聞いていないぞ!」
「聞いてないな」
「お前らにわざわざ報告する必要あるか?!」

 証拠写真、と言わんばかりに天童が俺にスマホの画面を見せつけてくる。俺が覚えていた通り、確かにがその日着てきた花柄のワンピースが少しだけ映り込んでいる。そしてしっかり「彼女と来た」と書いてある。くそ、こんなはずでは!
 そう照れまくっていると最悪のタイミングでが「何? 面白い話?」とこちらに近付いてくる。さすがにこれでバレたなんて知られたら迂闊なやつだと思われるだろ! あと勝手に写真撮って投稿してたのもバレるし! このアカウントはも知らない。中学の友達に「彼女がかわいい」とか言ってるのもバレる! そう思ったら「なんでもない! マジでなんでもない!」とを追い払ってしまう。ムッとした顔をしてから「そんなに必死になられると気になるな〜?」と言いつつがずんずん近寄ってきた。
 ギャアギャアうるさい俺たちを静観していた牛島がふと「」と言った。呼ばれたがいつも通りの声で「何? 準備は終わったよ」と言った。牛島は「いや」と真顔のまま、天童の手首を掴む。困惑しつつ天童が「どしたの?」と首を傾げると、牛島が画面に映ったままの写真を指差した。

だろう、この服は」
「えっ?」
「えっ?!」
「ランニング中にこの服を着ていると偶然鉢合わせたから覚えている」

 そういえば、あの日、待ち合わせ場所に来たが「さっき牛島と会った」と照れくさそうに話していたことを思い出す。ワンピースなんて部活の集まりでは着ないし、化粧をすることもないからちょっと恥ずかしかった、と言って。
 が不思議そうに「何の話?」と俺の隣に立って天童のスマホを覗き込んだ。牛島が「だろう?」と聞く。は思わずなのかまだ状況を飲み込めていないのか、「そうだけど?」と首を傾げて天童のスマホから顔を離した。で、少しの間が空く。は少し黙って小さく首を捻ってから、あ、と気付いたように目を丸くして、顔を赤らめた。


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