※大学生設定
※地の文ばかり。川西太一の語りばかりです。




 バイト終わり、珍しくから「家に行ってもいい?」と連絡があった。そのメッセージを見た瞬間、一人でベッドに転がって喜びを噛みしめたし、ついにあの恥ずかしがり屋なが彼女らしいことを言ってきてくれたことへの感動に浸っていた。
 俺の彼女は大変な恥ずかしがり屋で、手を繋ぐだけで顔を赤くするしキスをしようものなら幾分か準備の時間を設けないと動かなくなってしまう。自分から俺に指先一つ触れてこないし、何かの拍子に触ってしまっただけで「あ、ごめんね」と恥ずかしそうに手を引っ込める。そういうところがとてもとてもかわいくて。ちょっとずつ慣れてくれればいいかなって思っているし、このままでもかわいいし気持ちは伝わってくる。と、ここまで惚気を話してしまった自覚はある。お恥ずかしい。でも本当のことなので。
 は来たときから少し顔が赤かった。季節は夏。外が暑かったのだろうと思ったけどどうやら違う。今日はまだが照れるようなことをしていないし、何かあったのだろうか。不思議に思いつつお茶を出そうと立ち上がろうとしたら「川西くん」と呼び止められた。鈴みたいなかわいい声。振り向かないわけがない。「ん?」と動きを止めての顔を見ると、なぜだか、余計に真っ赤になっていて。え、俺、なんかした? 不思議に思っているとが心底恥ずかしそうな声で「あっち、向いて」と言った。あっち。小さく指差した方向は何もない。あっち向いたらに背中を向けてしまうのだけど。なんでそんなに照れているのかもよく分からない。けれども、まあ、かわいい彼女のお願い事を聞かないわけがない。大人しく背中を向けてから「これでいいの?」と言ったけど、無反応。え、俺本当に何かした? 少し不安になってやっぱり振り返ろうとした瞬間、きゅ、ととんでもなくか弱い力で、後ろから抱きつかれた。

「あ、あの〜、さん? どうした?」

 え、何、どうした、なんだこれは。内心大パニックを起こしている俺のことなどは知らないだろう。こんなことしてきたのはじめてなんだけど。付き合う前から今日までずっと。さっきも言ったけどは頑なに自分から俺に触ろうとしなかった。そう、だから、こんなふうに抱きついてきた試しなど、ただの一度もなかった。
 一旦、現在の状況は忘れて、彼女の話をさせてほしい。聞きたくない人はスルーしてくれていいけど。聞いてもいいよって人はそのままお茶でも飲みながらでいいので聞いてほしい。
 俺とは高校で出会った。一年生のときに同じクラスになって、はじめて会話をしたのは高校に入ってはじめてのホームルームのとき。出席番号が近かったから隣の席になったのだけど、一目見たときからかわいい子だなって思った。リスとかウサギとか、そういう、かわいいもの代表みたいな感じ。何をするにもちょこちょこしていて、まん丸な目がきらきらしていて。話しかけたいなって思った。人見知りがほとんどないタイプなので思い立ったら即行動。「さん」と声をかけた。はビクッとちょっとびっくりしてから、まん丸な目を俺に向けて「あ、はい」となんだか不思議そうな顔をしていた。「川西太一です。よろしく」と言えば、小さく笑って自己紹介をしてくれた。知ってるけどね。そう思いつつ、鈴みたいなかわいい声をじっと聞いていた。まあ、簡単に言えば俺の一目惚れだった。だってかわいいんだもん。好きになっちゃうでしょ、そりゃ。
 教科書をじっと見て俯いている横顔なんか永遠に見てられるくらいかわいかった。こぼれそうなほど大きな目はじっと見ていたらそのまま永遠の眠りにつきそうなくらい澄んでいるし、小さな唇は何が何でも守りたいとこちらに思わせるような訴求力がある。恥ずかしがり屋だと知ってからはすぐに赤くなる顔とか、何をしても照れてしどろもどろになってしまうところとか、そういうのが見たくて、結構思わせぶりなことをたくさんした自覚はある。いや、思わせぶりでも何でもなくて本気だったけど。
 絶対フラれたくなかったから、すぐに告白するなんてことはしなかった。まるっと一年を使って俺のことを意識してくれるようにちょっかいをかけた。他の男子よりよく話す男子、くらいのポジションではもちろん嫌だから、ちょっと過剰なくらいに話しかけたし事あるごとにの近くにいるようにした。その結果、は友達から「川西くんと付き合ってるの?」と聞かれたらしく、じわじわと意識し始めたことが見ていて分かった。あの瞬間は本当、今でも思い出してにやけるくらい嬉しかった。
 二年生でクラスが離れてからもそうしていたら、から言われた。「川西くんは、あの、わたしとばかり話していて、つまらなくないの?」と。その台詞が明らかに何か探りを入れているようだったから、ここだ、と思った。恥ずかしそうに顔が赤くなっていた。の顔を覗き込んで「好きな子と話してたら楽しいに決まってるじゃん」と言ってみる。正直かっこ悪いけどちょっと緊張していた。だって、まあ、俺はそんなに女子にモテるほうでもないし顔がかっこいいわけでもない。身長があるというくらいでそこまで好かれる要素が自分では分からなかったし、自信があるわけでもない。もしかしたら断られるかも、と少しだけ思ったけど、のことをずっと見て来たから分かる。この顔は、断らない。だから、そのときようやく「好きだよ」と言えた。
 付き合いはじめてからのはこれまで以上にかわいかった。俺が声をかけるだけで恥ずかしそうに顔を赤くするし、一緒に出かけようものならずっと俯いて顔を赤くしていた。それをよく謝ってきたけど全然問題なかった。だって、俺のことが好きだからそうなっちゃうんでしょ。分かってるよ、と言えば余計に赤くなっていた。はじめて手を繋いだ日も死にそうになっていたし、はじめてキスをした日なんかしばらく顔を合わせるだけで真っ赤になっていた。いやあ、好き。赤い顔を見るたびそう思うから、とんでもない恋をしたものだと笑ったな。
 大学生になってお互い関東にいる。俺もも大学の授業やバイトがあるから会えない週もある。家もそんなに近くないから毎日会えるわけじゃない。けど、二人きりで話せる時間は高校のときより格段に増えた。俺の家にが来たり俺がの家に行ったり。そんなふうにしていれば、まあ、あの、俺も男なので。絶対恥ずかしがってとんでもないことになると分かっていたけど、上京して三ヶ月後、はじめてに触った。思った通りとんでもなく恥ずかしがってちょっと可哀想なくらいだったけど、申し訳ない、そういうところがかわいいと思っているのでやめなかった。あのときずっと噛みしめていたな、俺。かわいすぎる。俺の彼女がかわいすぎるんだけど。そんなふうに。
 で、今に戻る。後ろから俺に抱きついているに、どうしてここまで俺が動揺しているのかは分かってもらえると思う。これまで俺がを照れさせる側だったのに、俺がとんでもなく照れている。ばくばくうるさい心臓を静めるように「、どうしたの」といつも通りを装って笑う。しっかり俺に抱きついたままだ。手、ちっさ。腕、ほっそ。力、よっわ。これはなんだ。どういう種類の拷問なんだろうか。ご褒美でしかないんですけど。うろたえる俺に、ようやくが少し反応した。ぴくりと動いた指。なんだか悩ましげに動いているように見えた。

「と、友達、が」
「うん?」
「……甘えないと彼氏に嫌われちゃうよって、教えてくれた、から」

 ちょっと待って、これ以上俺を照れさせてどうする。川西太一が照れているところなんて誰も見たくないだろ。はぽつぽつと、甘えるようにアドバイスをもらったはいいけど甘え方がよく分からなかったと言った。自分がされて嬉しいことをしたらいいじゃん、と友達に言われたので、こういう結果になった、と。そうだよね、俺よくに後ろから抱きつくよね。本を読んでいるときとかテレビを観ているときとか。が好きなものを俺も見られるし、を抱きしめられるし、で一石二鳥なのだ。だからよくこうするもんね、俺。ひとまず言わせてほしい。の友達、に素敵なアドバイスをしてくれてありがとう。会ったこともないけど。ただ一つ言わせてほしい。俺がのことを嫌いになることは絶対にないのでご安心ください。
 ぱっと腕が離れた。離れちゃった。ちょっと残念に思いつつ、そうっと振り返る。いつの間にか俺から少し距離を取ったが真っ赤な顔をして慌てていた。「変なことしてごめんね」と笑う。変じゃない。変じゃないけど俺を殺しかねない行動だったから事前に通知してほしい。いや、やっぱり通知しなくていいからこれからもしてほしい。こういうこと、していい相手なんだって分かってくれたら一番嬉しいんだけど。遠慮がちで恥ずかしがり屋なにとってはまだまだハードルが高いのかもしれない。もう付き合ってそこそこの年数なんだけど、いつまでもそうでいてくれることが嬉しい。たまに生殺しにされているような気持ちになることもあるけど。


「は、はい」
「俺も抱きしめたいから正面からがいいな、とか、わがまま言って良い?」

 断らないって分かってるけど。笑いながら腕を広げたら、ちょっとびっくりした様子のの顔がまた赤くなった。ちょっと前髪伸びたね。そろそろ切りに行くのだろうか。着いていきたいな。髪を切った彼女とか一番に見ないと気が済まないし。あと、今日着てきた服はいつ買ったんだろう。見たことがないワンピースだ。前に俺が「その色似合う」と言った色。どんな顔をしてそのワンピースを選んだんだろうか。見たかったな。あわよくば一緒に選びたかったな。そんなふうに考えていると、が控えめに俺の腕の中にちょこんと収まった。
 いや、まあ、本当はもっと言いたいことがあったんだけど、たぶん一生終わらないのでここで終わりにしておく。というか今はを抱きしめることで忙しいです。最後に一つ言うと、俺の彼女、めちゃくちゃかわいいでしょ。


川西太一は語りたい