※夢主出てきません。
※会話文多め。




 部室のドアを開けて「ちわす」と挨拶しつつ中へ入る。 なぜか部室の机の上でジェンガをしている先輩がたが「おつ〜!」と機嫌良さそうに笑った。 先輩の機嫌がいいのは良いことだ。 その後ろを通って自分のロッカーを開けると、「太一ならどこ抜く?」と天童さんが背中をちょいちょい指でつついてきた。 振り向いて机にそびえたつ、今にも崩れそうなジェンガをじっと見る。 どこを抜いても崩れてしまいそうだ。 真ん中あたりはもうスカスカだし、下の方は抜こうにもたぶん重みがかかりまくっていてうまく抜けない。 残されたのは上の方なのだけどそこもなかなかのスカスカ具合なのだ。 適当に「ここっスかね」と指をさすと瀬見さんが「いーや! そこはねえな!」とジェンガを見つめながら言う。 「俺はいいと思うけどなあ」と大平さんが呟くと、山形さんも静かに同意した。 天童さんはというと難しい顔をして「え〜どうしよ〜」と頭を抱えていた。 ぴくりとも動かずに天童さんが考えはじめたのでロッカーの方を向き直り鞄を中へ入れる。 ジャケットを脱いで適当に中にかけたとき、部室のドアが勢いよく開いた。

「こんにちは!」

 一年生で唯一のレギュラーでありうちの部の末っ子となりつつある工だった。 工も今日はかなりご機嫌らしい。 ばたん、と部室のドアを閉めて「聞いてください! 小テスト満点だったんです!」と誇らしげに胸を張った。 お〜すごいじゃん、と返してやろうと思ったときだった。 バラバラバラバラ、と何かが散らばる音。 天童さんの叫び声。 あの欠陥住宅がどうやら倒壊したらしい。

「あ〜〜〜!!」
「天童の負け〜俺ピザまん」
「俺アイス」
「からあげマン」
「ちくしょー! 持ってけ泥棒!」

 天童さんが机に突っ伏して「くそ〜〜」と悔しがる。 工は床に散らばったジェンガを見て「懐かしいですね!」と目を輝かせた。 やりたい、と言い出すのかと思いきやどうやら工はジェンガを必ず倒してしまうらしく、瀬見さんが「やる?」と言ったのを即断っていた。 俺の足元にまで散らばってきていたジェンガを拾って机の上に置くと悲しそうに天童さんが組み立てはじめた。
 そこへ白布が部室へ入ってきて、牛島さんも入ってくる。 二人ともいつも通り自分のロッカーの前で着替えをはじめると、瀬見さんたちもようやく着替えをはじめた。 天童さんはジェンガを組み立てて最後に箱を被せて、するっとうまいこと中へしまうと持ち主らしい添川さんのロッカーにぽいっと入れた。
 ネクタイを外してジャケットにかけてからシャツのボタンを外す。 着替えたらトイレ寄ろ、と考えているところに「そういえば川西さん!」と元気な工の声が耳に突き刺さった。

「彼女いるって本当ですか?!」

 恐らく聞かれた本人よりも早く反応したのは牛島さんを除く先輩たちだった。 「エッ?!」と俺の方を見ているのが分かる。 工はというと、目をきらきら輝かせて「本当なんですか?」と興味津々な様子だ。

「いるけど」

 瞬間、ダンッとすごい音が耳元でした。 驚いて視線を工から移動させると、なぜか俺に壁ドンをかましている山形さんがいた。 山形さんの後ろでは悪乗り全開の瀬見さんと天童さんがにこにこと笑っている。

「テメーいつから付き合ってやがる」
「なんでキレてんスか……中二からですけど……」
「白鳥沢か? アアン?」
「なんでメンチ切るんスか……他校ですけど……」

 山形さんは相変わらず俺に壁ドンをかましたまま睨みつけてくる。 彼女がいるだけでなんでこんなに睨まれているのだろうか。 そう困惑しているといい意味でも悪い意味でも空気が読めない工が「かわいいですか?!」と目をきらきら輝かせて聞いてきた。 即答で「かわいいけど」と答えると山形さんの足がガンッとロッカーを蹴った。

「自慢か? アア? 自慢の彼女ですってか?」
「そうですけど」
「隼人くん、この前好きな子にフラれたから殺気立ってるんだよねん」
「天童黙れ」
「というか太一が素直にそういうの言うの意外だな」

 瀬見さんが笑いながら言うと、ジャージの下を穿きながら「いやダダ漏れですけどね」と白布が突然会話に入った。 ダダ漏れにしたつもりは一切ないのだが。 白布は脱いだ制服のズボンを畳みながら「スマホの待ち受け、女ですからね」と言った瞬間に山形さんが俺のロッカーに手を突っ込んだ。 鞄の上に置きっぱなしにしてあったスマホを即行で手に取ると電源ボタンを押す。 それを瀬見さんと天童さん、そして工が覗き込んでから意外そうな顔をして俺を見た。

「太一の彼女って言ったらギャル系かと思ってた」
「どういうイメージですか」
「てかマジで太一イメージと違うんだけど、彼女を待ち受けにするタイプじゃないだろ」
「ふつうにしますけど」

 してなにが悪い。 さっきからイメージにないイメージにないと言いまくられているが、俺としては白布が「女」と言ったことの方がイメージ違いだと思うのだが。 俺の目の前にいる人たちはそれに対しては何も思っていないらしい。

「彼女かわいいじゃん、なんて名前?」
ですけど」
「ほ〜ちゃんか〜」
、山形さんのことはまったくタイプじゃないと思うんで、すんません」
「お前一回ぶん殴っていい?」

 スマホを山形さんから取り返す。 ロック画面でにこにこと笑っているの写真を見たらちょっと笑ってしまった。 それを山形さんは目ざとく見つけ、脇腹にチョップをかましてくる。 「幸せそうな顔をするな!」と言ってもう一発脇腹にチョップをしてきた。
 高校で別々になってからというもの、俺が部活で忙しいことと学生寮に入っていることが重なって、なかなか会えない日々が続いている。 朝から晩まで時間があるときにメッセージのやり取りをしているし、同室の白布がいないときに電話をしたりなんかもしてるけど、やっぱり目の前にいないというのは寂しいものだ。

「どこまでいったの?」
「なにがスか」
「手つないだ?」
「つなぎました」
「ちゅーした?」
「しました」
「セッ」
「天童、工の前だからやめろ」
「なんで俺こども扱いされてるんですか?!」

 あー、そういうことね。 ここにいるのは一部を除いて健全な男子高校生だ。 そういう話になってもおかしくはない。 ただ、残念なことに期待には応えられないのだけど。

「それはまだです」
「エッ、中二から付き合ってて?」
「まあ……別にしなくてもいいじゃないですか」
「ピュアッピュアだね〜太一〜ギャップがすごいよ〜」
「二十人くらい女を泣かせてそうなのにな」
「白布、さては今日機嫌が悪いな?」

 機嫌が悪い白布は放っておくに限る。 変に気を回したりすると余計に機嫌を損ねる心配があるのだ。 それは先輩たちもよく分かっているらしく、白布のことは置いておくことには無言の同意を示してくれた。

「太一性欲ないの?」
「直球かよ」
「ふつうにあります」
「川西さん、一貫して無表情なのがちょっと怖いんですけど……」
「なら好きな子とあれやこれやしたいって思わないの?」
「思いますけど」
「でもしてないんだ?」

 俺、どれだけ手の早い男だと思われてるんだろうか。 残念ながら天童さんたちが期待しているような人間ではないのだけど。 もちろんふつうの男子高校生であることに間違いはないので性欲自体はある。 あるし、まあいつかそういうことをしたいと思ってもいるけど。 でもそういうことは俺の感情の大部分を占めているわけではない。 正直いまは電話で声を聴くだけで自分でも引くくらいうれしい。 だからきっと少し会えただけで十分すぎるほど幸せになると思うのだ。

「なーんにもいらないんスよね、いてくれれば」


それをかわいい恋と呼ぶ
▼title by 金星