おれはゲームをしているときが一番楽しい。楽しい、というと少し語弊があるけど勉強してるときとか部活の練習してるときとかに比べると楽しい。難しいクエストをクリアできたらうれしいし、何日かかけてエンディングを迎えられたらものすごく達成感がある。コントローラーを握っている時間、携帯ゲーム機を握っている時間、それがたぶん一番おれにとってしっくりくる瞬間だ。誰にも邪魔されない、一人で没頭できる、時間が経つのが早い。おれがほしいものがすべてそろった時間だ。
 誰しもそういう瞬間みたいなものがあると思う。おれにとって苦痛な時間でも誰かにとっては至福の時間かもしれない。おれの至福の時間が誰かにとっては苦痛な時間かもしれない。そんなことは当たり前だし、べつにそれについてなにか文句があるわけじゃない。

「こら研磨、画面に近付きすぎ」

 ぐいっとパーカーのフードを引っ張られる。ぐえ、と間抜けな声が思わずもれたそれをけらけら笑ったその人物は、まあ、いわゆる彼女というポジションにいる子だ。はおれの頭を軽く叩いて「前も言ったでしょ」と苦笑いした。
 一人でゲームをするのが好きだ。誰とも口を利かなくていいし、誰にも気を遣わなくていいところが一番好きな理由かもしれない。でも、だけはなぜだか違う。こんなふうにちょっかいを出されてもむかつかない。クロにされたときはものすごくむかついたけど。だけはそれにあてはまらないのだ。

「今度は何のゲームやってるの?」
に言ってもわかんないよ」
「えー教えてくれてもいいじゃん」

 はゲームをしない。何も分からないくせにこんなふうにおれがやるゲームのことを訊いてきたりする。教えるときもあるけど大体「よく分かんないけどおもしろいんだね」で会話が終了することが多いから最近はスルーすることが多い。
 はおれの隣でじっとしているか、おれの背中にもたれてじっとしているか。おれと部屋にいるときは大体そんなふうにして過ごしている。たまにおれが「、退屈なら漫画読めば」とか提案するけど決まって「ううん大丈夫」と返される。理由を訊いたらいつも「楽しいからいいの」と言われてしまう。何が楽しいのか正直分からない。

「研磨はゲームが好きだよね」
「あーまあそれなりに……」
「ゲームしてるときの顔、ものすごく真剣なんだもん」
「べつにそんなことないと思うけど」

 はにこにこと笑って「そんなことあるよー」と言った。自分で自分の顔を見ないからそんなの分からない。

「研磨の真剣な顔って貴重なんだよねー」
「意味分かんない……」
「今までで一番真剣な顔した瞬間、覚えてる?」
「……試合のときとか?」
「正解ははじめてちゅーしたときでした!」
「意味分かんない、もう黙っててくれる」

 たまに意味分かんないこと喋ってくるけど、まあそれもべつにいやじゃない。おれがそっけなく返してもはにこにこしてる。楽しそう、というわけじゃないけどなんだか穏やかな顔をしておれを見ている。なんでかはよく分からないけど。たぶんおれ以外の人が見たら変な子だと思われるに違いない。

「研磨、研磨」
「なに」
「すきだよ」
「……なに、急に」
「え、言いたかっただけだよ」
と話してると疲れる……」

 思わずため息。その瞬間に出てきたボスに一撃喰らわされる。それをのぞき込んでいたが「あー」と声を上げた。それに続けて「研磨負けちゃうよ」となんだか楽しそうに呟く。本当、何もかも急で騒がしくて落ち着くがない会話の運び方だ。でもなんだかとても穏やかに思えるのだから不思議で仕方ない。

「ね、ね、研磨」
「今度はなに」
「ものすごーくすきだよ」
「……おれもすきだよ」
「え!」
「え、ってなに」
「珍しい! 研磨がすきって言ってくれた!」
「……べつに珍しくないでしょ」
「珍しいよ! ものすごく珍しいよ!」

 茶化しているようで、実は顔が赤い。はそれを隠しているつもりなのかおれの背中に顔を埋めてきゃーきゃー言い続ける。ぐりぐりと額を押し付けてくる。は「研磨珍しいー」と何回も何回も言う。

「だから珍しくなんかないでしょ……」
「珍しいんだもん」
「すきだから一緒にいるんじゃん」
「……」
?」

 こっちのほうが珍しい。 はおれの背中に顔を埋めたまま黙ってしまった。こんな沈黙は珍しい、というか初めてかもしれない。ちょっと不安になってゲームをポーズにして左手での体をちょんちょんつついてみる。びくとも反応しないの体は、なんだか少し熱くなっているような気がした。
 照れてる、と思っていいのかな?おれがなにかしゃべろうとしたその瞬間、がばっと勢いよく抱き着かれた。

「わたしもおんなじ!」

 なんだか声が少し泣いているように聞こえた。ぐしゅぐしゅとが鼻をすする。どうして泣いてしまったんだろう。不思議に思ったけれど、ぎゅうっとおれのことを抱きしめるその腕に気づく。ああ、泣いてるんじゃなくて笑ってくれてるんだ。そう知ったらおれまでなんだか同じようになってしまった。


君の瞬きが教える
▼title by まほら