ぼろぼろになった気持ちは何曜日のゴミ捨て日に出せばいいんですか? 燃えるゴミですか? 燃えないゴミですか? 資源ゴミですか? それとも誰も回収してくれないいらないものなんですか?

 曇り空、生憎の天気、淀んだ空気。連日雨模様で不機嫌そうな空にうんざりしてきた。夜は余計に真っ暗だし、なんとなくじめじめして気持ちが悪い。もう嫌になる!そう電話越しの幼馴染に叫ぶと「自然相手に怒っても仕方ないデショ」と呆れられてしまった。
 月島蛍という幼馴染は、昔から私の味方をしてくれない。

「分かってるよーだ!」
「じゃあ電話かけてこないでくれる」
「あ、課題してるの? 明日写していい? 」
「たまには自分でやりなよ。あ、その小さい脳みそじゃ一問も解けないんだっけ? 気が利かなくてごめんね?」
「相変わらずいい性格してんな! 好きだ!」
「ハイハイドウモ」

 蛍は昔からこうなのだ。私が何かに文句を言っても、愚痴を言っても、絶対に私の味方をしてくれない。それがなんだかムカついたり寂しかったりする。ちょっとくらい「そうだね」とか「大変だね」とか、そういう肯定の言葉を言ってくれればいいのに。それだけで私の心は救われてしまうのに。蛍はそのことを知らない。そういうところだけ察しが悪い。蛍のことはほとんど好きだけど、そこだけが少し嫌いだ。

「忠に写させてもらおー」
「山口計算ミス多いから気をつけなよ」
「えっツッキー心配してくれてるの? かわいい幼馴染の心配してくれてるの?」
「お前のそういうとこ、とてつもなく嫌いだよ」
「最上級の褒め言葉です」

 電話越しにがさがさと音がしたのに気が付く。恐らくベッドに寝そべった音だろう。蛍がベッドに寝そべった姿を思い浮かべると、ふと最近蛍の部屋に遊びに行っていないことに気が付いた。小学生のときは結構頻繁に遊びに行っていたのに。年齢を重ねるというのはこういう妙な寂しさを生むものなんだなあ。そんなことを考えていると思わず無言になってしまっていたようだ。蛍が少し不機嫌そうに「切るよ」と言ったのが耳に入ってきた。

「え、なになに、ごめん聞いてなかった」
「そっちからかけといて……」
「ごめんね蛍くん」
「本当に切るよ」
「すみませんでした」

 私が電話をかけると蛍は決まって「切るよ」と言い出す。それは私が蛍のことをからかったときとか、今みたいに私がうっかり話を聞いていなかったときによく言われる。けれど、決して一方的に切られたことがないから不思議だ。蛍は本当は優しい子なんだなあと再確認する瞬間でもある。冷たいくせに優しい。優しいくせに冷たい。まったく正反対のそれを同居させてしまうのが蛍のすごいところだ。気付かず蛍を敵視する人も少なくはないけれど、そういうところは分かる人だけが分かればいいのだ。蛍だって誰しもに好かれたいなんて微塵にも思っていないだろう。だからこそ、こういう性格を保ったまますくすく育ったに違いない。

「そういえばバレンタイン、チョコもらった?」
「もらってない」
「はいウソ、正しくは渡されたけどぜんぶ断った、でしょ!」
「……だからなに」
「もったいないじゃん! モテ男の証だよ? なんでももらわないのさー」

 女の子たちが一生懸命作ったであろうチョコレート。きっとネットで調べたり本を買ったりして蛍の気を引きたくて愛情をたっぷり込めて作ったであろうチョコレート。月島蛍という男はそんな女心を一切無視して「いらない」の一言を言える、今時珍しいノーと言える日本男児なのだ。バレー部のマネージャーからの義理チョコくらいは受け取ったかもしれないけれど、真相は分からない。今度忠に会ったら聞いてみよう、そう思いつつ「食べたかったなー」と呟くと「なんでお前が食べるのさ」と呆れた声が返ってくる。
 私は蛍にチョコレートをあげたことがない。小学生のときはお母さんが作ったチョコを「月島くんちと山口くんちにおすそ分け」と言って渡されていたけれど、中学に上がってからはそれすらなくなった。自分で作ったり買ったりしたことは一度もない。
 忠に「なんでチョコあげないの?」と聞かれたことがある。

「甘いもの好きなくせに」
「それとこれとは話が別でしょ」
「かわいそう〜」
「なにが」
「恋する乙女たちが」

 蛍は大きなため息をついて「あっそ」とだけ言って寝返りを打ったようだった。それに続いて「ばかじゃないの」と言い、またしてもため息をつきやがった。
 どれだけ愛情をたっぷり込めて作っても、どれだけ蛍のことが好きでも、蛍はきっとそれをすべて断るんだろう。煩わしいだけなのか、あり得ないと思うけどものすごく一途なのかは分からないけれど。私が見てきた蛍は己に向けられた恋愛感情を排除する傾向にある、と思うのだ。それは恐らく私にも当てはまるに違いない。だから、私はチョコレートを作らない。渡さない。

「そういうお前は」
「ん?」
「あげたりしなかったわけ?」

 もぞもぞと布がすれるような音。布団にもぐったのだろうか。その蛍の姿を想像すると少しおかしくなってしまう。少し笑いながら「あげてないよ」と答えると、蛍は少し違和感のある間を挟んでから「ふーん」となんとなく含みを持たせて呟く。

「なんで誰にもあげないの」
「え、なんでって言われてもなあ」
「女子ってそういうの好きじゃん」
「まあ好きな子は多いけど、絶対あげなきゃだめなわけじゃないし」
「……それはそうだけどね」

 あれ、なんか機嫌悪い? 何か言ってはいけないことを言ってしまっただろうか。ちょっと不安に思いながらも普通に会話を続ける。「作るのも手間だし」、「渡されても困るでしょ」、「お返し大変なのはもらった側だしさ」、「クラスの子があげてるから私はいいかなって」。私が話すたびに蛍は黙りこくってしまう。
 恋する乙女は傷つきやすいことを蛍は知らない。私の友達が蛍にチョコレートをあげようとして断られて泣いていたことすら知らない。そして、その陰で私が何年もこの時期に不安になっていることも知らない。この時期スマホの検索履歴は実はチョコレート関連で埋まっているし、何度もバレンタインフェアの売り場に行ったりもしている。そのことすら、蛍は絶対に知らない。傷つきたくない。誰だってそうだ。私も漏れず、それに当てはまる。でも毎年私とは違って果敢にも立ち向かっていく女の子がたくさんいる。他人事のように「すごいなあ」なんて思ってしまう。自分がとんでもなく臆病者に思えて情けなくなったり、蛍がいつか女の子からのチョコを受け取る日がくるんじゃないかと不安になったり。そんなこと、蛍は何も知らない。

「もしかして蛍くんは私からの愛情たっぷりチョコがほしかったのかな〜?」
「……ばかじゃないの」
「なーんてね!分かってるって、調子乗りましたごめんなさい」
「ほしいって言ったらくれるの」

 え。思わず声が漏れると同時に、ぶつっと通話が切れた音がした。


輝かない君の全てをください