班別に実験をして結果をプリントにまとめるというミッションを遂行している我が班は、もうすでに実験を終えて残るはプリントにまとめる作業を残すのみだ。だが、これが意外と厄介だった。実験結果はちゃんと取れているし、まとめる量が多いというわけでもない。問題なのは、我が班の人材不足だった。

「え、なんで菅原だけ?」
「みんな部活あるから行っちゃったよ」
「えー…というかなら菅原も部活あんじゃん。バレー」
「うちはもうちょっとあとからだから大丈夫」

 「やるべ」と菅原がプリントをとんとんと指差して笑う。しぶしぶ菅原の隣の席に腰を下ろしてプリントを覗き込む。私が実験道具を片付けている間に三分の一くらい菅原によって書かれたプリントに思わず目を細める。菅原が「変な顔」と笑うのでちょっとムッとする。

「菅原は清水さん見慣れてるもんねー」
「そういう意味じゃない!」
「いえいえいいんですのよ〜清水さんキレイだもの〜」
「拗ねるなって!」

 けらけらと笑う菅原の顔を見ていると、妙にからかってやりたくなる。菅原は結構大人びているように見えて実はからかってやるとすぐに子どもの顔が見えることがあるのだ。何をダシにからかってやろうか考えて、ちょうど名前が挙がった清水さんを使わせてもらうことにする。

「菅原って清水さんと付き合ってたりしないの?」
「ないない、俺じゃ釣り合わないって」
「片思いとか」
「ないない、マネージャーだし」
「えーあんなにキレイなのに?」
「美人だとは思うけど、付き合うってなるとそれだけじゃないだろ?」

 かりかりと真面目にシャーペンを動かし続ける菅原の表情は、ちょっとだけ照れくさそうだ。同級生を美人だと言うことにちょっと照れているのだろう。こういう顔こそ菅原のかわいい子どもの部分だと私は思う。「本当に〜?」「本当だって」のやりとりを何回か繰り返していくうち、じょじょに菅原の顔が赤くなっていく。何度目かに「だーかーらー!」と小突かれる。「ごめんごめん」と笑い返すと菅原も笑った。

「そういうは?」
「は? なにが? 顔?」
「ちがうって! 付き合ってるやつとかいないの?」
「いないいない。誰ももらってくれないわー」
「もらってもらえない?」
「もらってもらえないよー。あーあ、私も清水さんみたいに美人ならなあ」

 清水さんはもう、なんていうか見ているだけで息がこぼれるほどの美人だ。見ているだけで心が洗われるというか、浄化されるというか。私が見た中で一番美人だと思う。自分が男だったらもう、ものすごい早さで一目惚れするにちがいない。自分もああいう美人だったらモテモテだっただろうに、なんて自分がモテない理由を容姿に押し付ける。余計にむなしい。

みたいな子が好きなやつなんかいっぱいいると思うけどな」
「どこにいるの菅原のいっぱいは」
「こことか」

 ぽろり、と左手に持っていた消しゴムが落ちていく。ココトカって何語?とかくだらないことを考える頭を置き去りに、菅原にこにこと笑いながら「こことか」と謎の呪文をもう一度唱えた。

「……復活の呪文?」
「それなら二十字いるかな」
「ココトカスガワラコウシノジュモンナノデス」
「濁点も一文字になるからアウト」
「というか菅原っていつからそんな冗談言えるようになったの?」

 落とした消しゴムを拾って笑ったけれど、菅原は笑ってくれなかった。なんだか優しい顔をして「冗談なんか言ってないけど」といつもより少し落ち着いた声で言う。そんな目で見るな、照れるから。ふいっと目をそらして「やだなーもう」とプリントに話しかけるように呟くと、菅原は「冗談じゃない」と繰り返す。私の視線の先に顔を覗かせて、にっこりと笑う。

「かわいい顔すんじゃん」
「はあ?」
「そんなふうにしてればすぐ彼氏できるって」
「……おのれ、からかいよったな」
「仕返し」

 ぶはっと菅原がお腹を抱えて笑う。やめろばか! ぼかすか菅原を殴る私の顔の熱は、なかなか引かなくてどうしようもなく恥ずかしい。


耳触りのいい呪文