※未来設定




 どれだけ付き合いが長くても、お互いのことをすべて知ることは永遠にない。そう思う。
 大阪にいる聖臣とは、まあ、月に一回会えればいいほう、というくらいの頻度でしか会えない。わたしも仕事があるし、聖臣が忙しいことは重々承知している。お互い何もかもを投げ出してでも、なんていうタイプでもないし、現実的にそれはできない。生きていくためにはそれぞれの生活を維持するのも大切だ。
 高校のときは当たり前に毎日会っていたし、大学のときももっと頻繁に会っていた。近くにいれば仕事終わりでも会いに行ける。県境をを一つ越えるくらいならなんとも思わない。ただ、関東と関西では、根性があろうがどうにもできない。仕方ないけれどちょっと寂しいとは思ってしまう。
 そんなわたしの日課はSNSチェックだ。聖臣が所属しているチームの公式SNSや、チームメイトのSNSの更新をこまめに見ている。たまに写り込んでいる聖臣が見たいからだ。聖臣もチームに言われたようでアカウントは持っている。でも、あまりそういうのが得意じゃないこともあってほとんど投稿されない。投稿されれば何であれファンの人が喜んで「佐久早が投稿した!」と騒ぐレベルだ。
 今日も今日とて残業を終えた夜九時半。家に帰る途中の電車の中でスマホを取り出す。投稿されたら通知が来るようにしてあるのだけど、今日も十件ほどの通知が届いていた。聖臣、いるかな。そんなふうにわくわくしてチームとチームメイトの人たちの投稿を見ていく。
 少し前に投稿された木兎光太郎選手のものに目が留まる。どうやら飲み会が開催されているらしい。その写真にスマホを片手に持っている聖臣の姿が写り込んでいたのだ。うわ、嫌そうな顔。帰りたいって思ってるんだろうな。そうにこにこしつつ次の投稿を見ようとした、けど、その木兎選手の投稿がやけに拡散されていることに気付いた。コメントもたくさんついている。基本的に木兎選手の投稿はいつも反応が多いけど、ここまでのものは最近はなかったはず。宮侑選手や日向翔陽選手も写っているからだろうか。不思議に思ってファンの人がどんなことをコメントしているのか見てみた。

「……ん?」

 思わずそう声が出た。ファンの人たちの大半が、こう投稿していた。「佐久早選手のスマホの待受、女の人だけど誰だろう?」とか「彼女だったらへこむ〜」とか「好きな芸能人かな? 意外だけど」とか。聖臣のスマホの待受は何度も見たことがある、けど、買ったときに元から設定されている待受だった記憶しかない。よくあるきれいな色のやつ。高校生のときからずっとそうだったと覚えている。どういうことなのだろう。
 先ほどの写真を拡大してみる。聖臣が手に持っているスマホ。斜めになっていて見えにくい。最大まで拡大してみる。確かに女の人の写真、のようだ。じっと見つめていてなんだか既視感を覚える。なんとなく見覚えのあるカラーリング。そう思った瞬間に、気が付いた。
 高校の卒業式で嫌がる聖臣に無理やりツーショット写真をお願いした。同輩の古森の助けもあって、卒業証書を片手に持ってどうにか撮ってもらったっけ。今でも部屋に飾ってある写真だ。それと、カラーリングというか、雰囲気がとても良く似ていた。
 聖臣のスマホが斜めになっているし、絶妙に光が反射していて顔は見えない。でも、あれ、たぶんわたしだ。髪の毛の長さや着ている服の色、画面の端に写り込んでいる黒い何か。髪の毛は高校のときの長さと一致するし、服の色は完全に井闥山の制服の色。写り込んでいる黒いものは恐らく卒業証書を入れる筒で間違いない。けれど、画面に映っているのは一人だけ。ツーショットで撮ったのにわざわざわたしの顔だけを切り取って待受にしているとしか思えない。
 嘘。そんなこと今までしているなんて見たことない、けど。電車の中なので声を上げるわけにもいかず、一人でかあっと顔が熱くなるのが分かる。いや、反射しているから確実ではない。でも、聖臣に好きな女性芸能人がいるなんて聞いたことがないし、いたとしてもその人を待受に設定するタイプじゃない。彼女の写真を待受にするタイプでもないけれど。
 困惑しながらファンの人の投稿を見終えて、また木兎選手が投稿した写真に戻ろうとしたときだった。「あれ」と思わず声が漏れてしまって、隣の人が少しこちらを見たのが分かる。すみません、思わず声が出ました。ちょっと恥ずかしく思いつつ知らんふりをしておく。
 木兎選手が投稿した写真がなくなっていたのだ。聖臣が写り込んでいた、件の写真。何度ページを更新しても出てこない。そのうち、木兎選手が別の写真を投稿し、最後に「さっきの写真怒られたから消した……」としょんぼりした文面が投稿されていた。
 怒られたって、チームにだろうか。それとも。それが気になって気になって、しばらくスマホから目が離せなかった。降りる駅を間違えてしまいそうになるほど、それが気になって仕方なかった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「オミオミごめん!」
「ごめんで済んだら警察いらないんですよ……」
「あの臣さんが小学生みたいなこと言ってる……!」

 ガヤガヤとうるさい食事会の最中、何となく持っていたスマホがうるさくて、何かと見てみれば、SNSからの通知だった。SNSを無理やり登録させられたときに通知の設定は切っていたはず。アプリの更新か何かの拍子に設定が解除されてしまったらしい。ため息を吐きつつ見てみると「スマホの待受、誰ですか?」という知らない人からのメッセージで埋め尽くされていた。
 メッセージの発端はすぐに分かった。木兎さんが勝手に撮って勝手に投稿した一枚の写真。俺は逃げそびれて写り込んでいるだけだったが、持っていたスマホにまで気が回らなかった。それが拡大すれば分かる程度に写っていたのだ。
 死んでも人に見られたくないし知られたくないから、わざわざロック画面ではなくホーム画面だけに設定している待受。それもたまに元のものに戻してできるだけ見られないようにしていた。卒業式にどうしても二人で写真が撮りたい、と言われて渋々撮ったもの。俺は渋々撮っただけだから別に笑っていない。それでも、隣に写っている子は、これでもかってくらい嬉しそうな笑顔をカメラに向けている。何がそんなに嬉しいんだか分からない。写真なんて見返したところで何にもならないのに。そう高校時代は思っていた。
 お互い忙しくてあまり時間が取れずにいる。は会いたいとも寂しいとも言わなかったけど、突然今日食べたものの写真を送ってきたり、友達と撮った写真を送ってきてくれたりする。それを見ると写真に残っていなかったら、俺が知らないが山のように存在してしまうんだな、と思った。俺が知っているのほんの一部でしかない。それこそ、本当に小指の爪ほどのわずかな欠片だろう。だから、俺が知らないを知ることができるというのは、とても尊いことなのだろうと何となく分かった。
 高校時代のの写真はあまり手元にない。大学時代も。何となく久しぶりに無理やり撮らされた二人の写真を見てみたら、俺の記憶にいると写真の中のが全然違うことに気付いた。当たり前だ。もう高校を卒業してかなり年数が経っている。十代の少女だったが、大人の女性に成長するのは普通のことだ。顔も多少変わるし、髪の長さや化粧の有無も変わる。当たり前のことだ。でも、それでも、それになんだか、とても、胸を締め付けられた。

「で、臣くんあれ彼女なん? 芸能人なん? どっち?」
「うるせえよ」

 シッシッと宮を追い払って席を立つ。木兎さんが背後で「ごめんってば〜!」と喚いているが、この人の場合は悪意も何もないことは分かっている。別に怒ってはいない。呆れてはいるけれど。
 高校生の頃のほうが好きだったとか、かわいかったとか、そういうことが言いたいわけじゃない。俺は言葉にするのが得意じゃない。が余計な誤解をするのが嫌だから、に会うときは必ず待受を元のものに戻すようにしている。 のことだから気付いたら絶対に反応する。理由を聞かれたら困るし、単純に恥ずかしい。絶対にバレないようにするつもりだった。
 分かるのだ。表情一つで。この笑顔を見ただけで、がどれだけ俺を好きでいてくれているのかが。だから、久しぶりに会ったときにが、大人の女性になった今でも、この写真と同じ顔で笑ってくれることが、とても。
 スマホが震えた。また通知の設定を直したのに。なんだよ。そう思いながら見てみると、からだった。どうやら写真を送ってきたらしい。今度は何の写真を見せてくれるのだろう。そう思って開いてみると、の部屋の写真だった。何度か入ったことがあるけど、少しレイアウトが変わっている。インテリアも結構変えたらしかった。写真の中央に写っている、壁に付けたらしい飾り棚。その上に、あの卒業式での写真が、きれいなフォトフレームに入れられて置かれていた。そのあとすぐに「わたしもこの写真好きだよ」という一文が送られてくる。
 木兎さんの投稿を見たのか、拡散されていろいろ言われている投稿を見たのか。そのどちらでもいいけど、が俺の待受がこの写真になっていることを知ってしまったのは明らかだった。クソ、バレてる。なんと返そうか迷っていると、追加のメッセージ。「でも二人一緒がいいよ」という一文が泣き笑いしているスタンプとともに送られてきた。
 誰が好き好んで自分が写っている写真を待受にするかよ。お前だからしてんだろうが。そう文句を言いたかったけど、言ったら余計に恥ずかしい思いをするのは分かっている。でも、どう返しても恥ずかしい思いをする気がする。そんなふうに動けず、しばらくが送ってきた写真を眺める。
 ああ、やっぱり、いい写真だな。思わず目を細めてしまったのが自分でも分かって、一人で照れてしまった。


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