※友達のモブ女子が喋ります。




 ぽん、と軽やかな音がスマホから鳴る。机に置いてあるそれに視線を落とすと、隣のクラスの古森から連絡が来ていた。今日のお昼空いてる? そんな一文。お昼のお誘いだ。誰とも約束していないし大丈夫だよ、と返しておこう。そうスマホを手に取ったらまた通知が来た。古森元也がスタンプを送信しました。その通知をタップして画面ロックを解除。なんでもないように連絡を返していると、一連の流れを見ていた友達が口をあんぐり開けてこっちを見ていることに気が付く。古森にメッセージとスタンプを送り返してから「え、何?」と視線を友達に向ける。友達はいつも飲んでいるジュースをストローで少しずつ飲みながら「いや」と怪訝そうな声を出す。

「え、って古森クンと付き合ってんの?」
「いや? ただの友達だけど。なんで?」
「だって今の。たまにあたしと食べないのも古森クンと食べてるからでしょ?」
「そうだけど……え、なに、やきもち? か〜わいい〜」
「ちっがうわ馬鹿」

 ぺしん、と額を軽く叩かれる。なんだ。嫉妬してくれたら嬉しかったのに。けらけら笑いながらスマホを机にまた置いておく。それとほぼ同時にまた通知が来た。古森だ。またスタンプを送ってきたらしい。とりあえず開いて既読だけつけておこう。そう思って机に置いたまま古森とのトーク画面を開く。それが見えた友達がびっくりしたように画面を覗き込んできた。

「マジで付き合ってないの?」
「付き合ってないってば。別に普通のやり取りしかしてないよ。ほら」
「いやいや、スタンプ使ってる時点で普通の古森クンじゃないんだわ」
「そうなの?」

 古森は普段からよくスタンプを送ってくる。まさかそんなふうに言われるなんて夢にも思っていなかった。驚いているわたしに友達が「いやビビってんのこっちだから」と苦笑いをこぼしつつ、自分のスマホを机に置いた。ロックを解除して同じトークアプリをタップし、グループトークの画面を開いた。一年生のときのものらしい。友達は一組、わたしは三組だった。たしか一年生のとき、古森くんは一組だったはず。そのときのやり取りを見せたいのだろうか。そう思っていると、想像していた通り、「見てみ」と友達がやり取りを遡りつつ言った。

「返すのは大体一言。基本既読スルーだし絵文字もスタンプも使ってるところ見たことないよ」
「グループトークだからじゃない? スタンプを送ると会話を流しちゃうし」
「個別やり取りもこの通り」

 友達が古森と個別にやり取りをしたときの履歴を見せてくれた。たしかに素っ気ない返しが多い。無駄がないとも言うけれど、ほんの少し味気ない返信が目立つように感じた。わたしとやり取りをしているときとは少し違う。なんでだろうね。そんなふうに首を傾げると、友達はパックジュースを机に置きながら「いやマジか」と笑った。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「古森って、なんでわたしにはスタンプ送ってくれるの?」

 古森の目が点になった。しばらくわたしを見つめてから、ぎこちなく首を傾げる。「え、何の話?」と苦笑いをこぼされた。何の話、って言ったままなんですけども。そう返しながらお弁当を広げた。
 古森とお昼を一緒に食べるときは決まって部室棟の裏だ。座るのにちょうどいい段差があるし、建物の位置的に日陰になる。冬は寒くてとても無理だけど、春から秋くらいはかなり居心地のいいところだ。たまに他の人もいるけれど今日はわたしと古森だけ。遠くのほうで楽しそうな声が聞こえていて、相対的に妙な静けさに包まれていた。

「他の人には送らないんでしょ?」
「え、送らないほうがいいの?」
「ううん。そういうことではない」

 冷静なツッコミに古森がずるりとずっこける真似をする。購買で買ったお弁当のフタを開けながら「えーなんでって言われてもなあ」と言う。視線を落とした先には卵焼き。わたしのポテトサラダとお一つ交換いかがですか。そう言ったら「どうしよっかな〜」と楽しげに笑われた。
 快晴の今日、空には雲が一つもない。明るい青空を見上げた古森が割り箸をぱちんと割った。微妙に歪に割れたそれに視線を向けて「あちゃー、ツイてないかも」と笑う。古森はいつも楽しそうだ。好きなものがたくさんあるからなのだろうか。嫌いなものが多いと毎日嫌な思いばかりだろうし。そう思うと少し羨ましいかも、なんて失礼なことをこっそり考えてしまった。

「古森が送ってくるスタンプ、かわいいよね。結構乙女趣味なの?」
が好きそうなやつを選んでるだけ〜」
「何それ、優しいんですけど〜」

 二人でけらけら笑う。古森と二人でいるのは楽だ。こんなふうに楽しい会話をするのも、二人とも黙りこくって好きなことをするのも、どちらかの話に付き合うのも、どんなときでも気楽なのだ。落ち着くともいう。どんな冗談でも笑ってくれると分かっているし、会話を繋げなくちゃとも思わないし、真剣な話のときは真面目にしてくれると分かっている。そんなふうに思える人とはなかなか出会えないだろう。そんなふうに思う。
 もしかしたら、古森にとってのわたしもそんなふうな存在になれているのかもしれない。だからわたしが好きなスタンプをわざわざダウンロードして送ってくれるのかも。それなら嬉しいな。なんて、勝手な想像だけれど。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「え、古森くん、もしかして彼女?」

 ユースの合宿二日目。休憩時間中にスマホを触っていた背後からそんなふうに声を掛けられる。振り返ると、稲荷崎高校から参加している宮侑がにこにこ笑って俺を見下ろしていた。

「かわいいスタンプめっちゃ使うやん。意外やな」
「いやいや、彼女じゃないから」

 当然のように俺の隣に腰を下ろした。そんな宮に聖臣がこっそり舌打ちをこぼす。まあ、聖臣はあんまり得意じゃないタイプだろうな。俺はそうでもないけど。そんなふうに思いつつ宮のほうに顔を向けた。「盗み見現行犯〜」とふざけつつ笑っておくと、宮が「初犯なんで勘弁したってや〜」とノリノリで返してきた。

「了解とかの返事、スタンプでするタイプ?」
「いや。普段スタンプなんか使わないよ〜」
「え? せやけどさっきめっちゃ使っとったやん。しかもえらいかわいいやつ」
「それはそれ、これはこれってやつ」
「はっは〜、さては好きな子やな?」

 にやにやと笑う宮に、思わずきょとんとしてしまう。うん、普通はそう思うよね。普通そうだよね。そんなふうに再確認する。普通はそう気付くはずなんだよ。そう、普通ならね。
 ははじめて会ったときから変わった子だった。どこがと聞かれると説明に困るのだけど、俺の目には変わった子に映ったのだ。はじめて会ったときから今も変わらず。きっとこの世界中のどこを探しても、同じ子はもちろん似ている子も同じ系統の子もいないだろう、と思うほど。
 たぶん、人はそれを、恋と呼ぶのだろう。自分でもすぐに分かった。妙な胸の高鳴りと、やけに眩しく見える視界、呼吸さえ熱っぽく感じるほどの熱い何か。はじめて聖臣のスパイクをきれいにレシーブできたあの日と同じか、それさえも越えるくらいの感情が全身に駆け巡ったのだ。それを恋と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。その答えが永遠に出そうにないから、これは恋で間違いないと俺は悟った。
 俺は昔から、あまり女の子に男として見られない。背だって高いし、別に中性的な顔つきをしているわけでもないのに。女友達みたいで話しやすい。何度そう言われたか分からない。もちろんにも同じ台詞を何度も言われている。それが、正直悔しかった。
 どうアプローチしていいか分からなくて、こっそり、地味なアピールをする毎日。ご飯に誘うのはだけ。自分から連絡を取る女子はだけ。話しかけるのもほとんどだけだし、愚痴を言ったり相談をしたりするのもだけ。特別な子なんだよ、とそういうところでアピールしていたけど、なかなか気付いてくれなくて。女子同士はメッセージアプリのやり取りでスタンプをよく使う、と聞いてからはだけにスタンプを送り始めた。それでも気付かれない。が好きそうなスタンプをわざわざ選んで使っても。あのスタンプ一つ送るだけで、いつもいつも期待してしまう自分がいる。まあ、いつも空振りに終わるのだけれど。

「そう。好きな子だよ」

 宮は「青春やなあ」とおっさんみたいに呟いて一つ伸びをした。ちょうど休憩時間が終わり、聖臣がさっさと一人でコートに戻っていく。宮が「佐久早くんはえらいつれへん子やな〜」とからから笑いつつ聖臣を追いかけていく。あー、まずい。機嫌を損ねられると後が大変だ。俺もスマホを置いて立ち上がる。ちょうどその瞬間に返信があった。通知欄に表示されているそれを見ると、から。「そのスタンプかわいい。好き」の文字と、ハートマークの絵文字。既読はつけずにスマホの画面を消して、聖臣たちの後を追った。
 知ってる。だから使ってるんだよ。気付いていないのはたぶん君だけだよ。いつになったら気付いてくれることやら。先はずいぶん長そうだ。そう苦笑いをこぼしつつも、それを嫌だと思う自分はいなかった。


ひみつの一撃