※未来設定




 画面の中で女性がずぶ濡れになって泣いている。きれいに口紅が引かれた唇がゆっくりと動く。小鳥のさえずりのようにかわいらしい声が「こんなにも好きなのに」と言ったその瞬間、ずっとつまらなさそうに頬杖をついていた倫太郎がついにため息をこぼした。

「あと二十分で終わるから」
「あと二十分もあるの……」
「いいところだから。我慢して」
「どこがいいところなの? さっきから女も男も何グズグズしてんのって感じなんだけど」

 去年女の子たちの間で大流行りした映画にそんなこと言わないの。そう笑って言うと倫太郎はあくびをこぼす。まあ、確かに。思っていたより面白くはなかった。でも、別につまらないってほどじゃないけどなあ。そんなふうにまた画面に視線を戻す。
 今日の長野県は生憎の雨。本当なら倫太郎とどこかに出かける予定だった。でも、結構激しく降る雨に二人とも出かける気力を削がれてしまった。長野に住んでいる倫太郎と、愛知に住んでいるわたし。遠距離恋愛というものをしている中で久しぶりに会えたのに、天気はわたしたちを祝福してくれなかった。そんなふうにちょっと残念に思ったけど、のんびり映画鑑賞というのも悪くないでしょ。そんなふうに言って倫太郎が登録している動画配信サイトで適当に映画を選んだのが約二時間前のことだった。

「ねーなんか食べたい」
「終わったらね。何食べたいか考えといて」
「えー」

 こつん、とわたしの肩に倫太郎の頭が寄りかかってきた。これは本格的に飽きている。あと二十分さえも持たなさそうだ。苦笑いをこぼしつつ右手で軽く頭を撫でておく。一度観だしたものは最後まで観ないとすっきりしない。倫太郎はそういうのどうでもいいだろうけどね。
 窓にぶつかる雨粒の音。画面の中も雨が降っているからなんだか不思議な気持ちだ。自分も画面の中にいるみたい。わたしがこのヒロインだったらどうするかな。すれ違いにすれ違いを重ねて今に至る主演の人気女優と人気俳優の二人は、画面の中で熱烈な告白シーンを繰り広げているところだ。ようやく思いを伝え合った。ちょっと遅すぎるけど。そんなふうに苦笑いをこぼしてしまう。わたしだったら開始三十分、初対面で突然キスしてきた男なんか願い下げだけど、まあそこから紆余曲折あって運命だなんだとやり合っているわけだ。相手が運命の人だと直感で思ったらすぐ告白するかなあ。いや、でもそもそもこの男にそこまで魅力を感じないんだよなあ。ヒロインは健気で素直な子だから応援したくなるけど。ちょっと前にフッた同僚の人のほうがよかったんじゃない? それか初恋相手の幼馴染。あ、あの人が良い上司でもよかったのになあ。
 あなた、わたしのことをちっとも見てくれない。ヒロインがそう言った。え〜、本当に? めちゃくちゃ見てたよ? 気付かなかったの? 思わずそう声に出そうになった。でも、相手に選ぶなら絶対同僚のほうがよかったってば。その男、運命と思わせておいてそうじゃないパターンだよ絶対。顔はかっこいいけど。そう思っていると、倫太郎がわざと肩に頭をぶつけてきた。

「はいはい、もう少し」
「この人、俺のことをちっとも見てくれないの」
「台詞の真似しないの。笑っちゃうでしょ」

 限界が来たらしい。「え〜」と言いながらわたしの膝を枕にして寝転んだ。せっかくのラストシーンなのに。もったいない。そんなふうに言ったら「この二時間半が何よりもったいないんだけど」となかなかの酷評。まあ、倫太郎の好きな感じじゃなかったしね。付き合ってくれてどうもありがとう。そう頭を撫でてやった。
 話はともかく映像はきれいだし演出もかっこよくて好きだけどなあ。そう思っていると、男がヒロインをやっと抱きしめた。君だけしかもう見えない、とかなんとか言って。はいはい。お決まりの台詞ね。つらつらとこれまでのことを話してやっと「好きだ」と言った。長かったなあ、ここまで。どんだけすったもんだするつもりなの、この二人。
 倫太郎が突然顎を触ってきた。思わず視線を下に向けた瞬間、その手が首裏に回った。ぐいっと引っ張られて思わず背中が丸まる。びっくりしている間に唇が重なった。ちょうど映画のキスシーンと同じタイミングに。

「…………なに、急に」
「そもそも久しぶりに会いに来てくれたのに、映画観るって言い出した時点からご機嫌斜めな倫太郎くんなんだけど」

 首が痛い。そう言っても離してくれない。ラストシーンはどんどん進んでいき、少し前に流行った主題歌が流れ始める。エンドロールを迎えてしまった。せっかくここまで観たのにラストシーンだけ観られなかった。目の前でにっこり笑っている倫太郎は満足げに「はい、映画終わり」と言った。


皆殺しのエンドロール