※宮侑に彼女がいた設定です。









「昨日も来てたでしょ」

 突然後ろから声をかけられて驚いてしまう。 振り返らずとも声だけで誰かは分かった。

「なにが?」
「隣にいたの侑の元カノだっけ?」

 ため息まじりの声で「そういうの、余計なお節介ってやつなんじゃない」と呟きつつ、角名くんは気だるそうに腕をさすった。 それに若干罪悪感を覚える。 たしかにお節介であることには間違いない。 とくに侑にとっては。 侑が彼女のことを避けているのも知っていたし、別れた原因が彼女にあることも知っている。 そんな私がお節介をしていることを疎ましく思っているかもしれない。

「幼馴染なんだからどう思われてるか分からないってことはないよね」

 実は角名くんのことが少し苦手だ。 何を考えているのかよく分からなくて正直ちょっと怖い。 侑と治で高身長の人には慣れてるからそこは怖くないけど。 自分や周りの子たちが話すのとは違う口調、にも慣れたんだけど。 でもやっぱり、ちょっと怖いままなのだ。

「……角名くん関係ないやんか」
「そのことで侑がうるさいから被害者なんだけど」

 ごもっとも。 ぐうの音も出ない。 押し黙ってしまうと角名くんが小さくため息をついた。 自分のしていることに罪悪感はあるので素直に謝るべきなのだろうけど、謝ったところでどうにかなるわけじゃない。 そんな気持ちが邪魔をして口をつぐんでしまう。
 別に、私だってやりたくてやってるわけじゃない。 ただあの子に「お願いやからついてきて、ついてくるだけでええから」と懇願されて根負けしてしまっただけだ。 あの子はどうやらまだ侑のことが好きみたいで、事あるごとに私に協力を要請してくる。 断ればいいだけの話。 そんなことは自分が一番よく分かっている。 分かっている、の、だけど。

「あのさ」
「……なんやねん、もうほっといて」
って侑のこと好きなの?」

 相変わらずの無表情。 角名くんはジャージのポケットに両手を入れ、一つあくびをこぼす。 気の抜けたその仕草にちょっとムッとしつつもまた黙ってしまう。
 侑、そして双子の治とはたしかに幼馴染だ。 幼馴染とはいってもよく漫画であるようなとても仲の良い幼馴染という関係ではない。 本当に、”ただ”、幼稚園も小学校も中学校もいっしょで、近所に住んでいて、親同士の仲が良い、”だけ”、の幼馴染だ。 ついでにいうと治とはそれなりに話すけど侑とはほとんど話さない。 恐らく侑に避けられているのだろうと思っていたけど私の思い違いだった。 どちらかというと私のほうが侑を避けていたのだ。

「いや、どっちかっていうと嫌っとるように見えるんちゃうん、ふつうは」
「ふつうはね」
「……治とのがしゃべるし、嫌いなように見えるやろ」
「まあ、見えるけど」
「せやったらなんでそう思うん?」
「なんとなく」
「はあ?」

 あまりにもやる気のない返答に攻撃的な返しをしてしまった。 角名くんはそんなことは気にも留めていない様子だ。 のらりくらりとしたまま、ゆっくりと両手をポケットから出す。 右手で自分の頬を軽くかいてから「なんとなくはなんとなく」と呟いた。

「好きなのになんで元カノの協力してるの」
「いや、なんで私が侑のこと好きって前提やねん」
「だって好きなんでしょ?」
「好きちゃうわ」

 自分の口から出ていった言葉なのに、私だけを傷付けるものだった。
 本当は、侑のことが、いつからか好きだった。 どこが、とか、どうして、とかそういうのは分からない。 きっかけなんてどこにあったかも分からないほど前からそうだったのだ。 でも、幼馴染というアドバンテージを持っているにも関わらず、私は周りにたくさんいる女の子の一人でしかなかった。 私と侑たちが幼馴染だということを知らない人も多いほどだ。 治と話すのだって単にクラスが同じだったりとか話しやすいからとかそういう理由だ。 幼馴染、なんていうステータスはほぼないに等しい。 治もそうだけど、侑はその容姿や性格から女の子に人気だし、部活で注目されている。 幼馴染という肩書がないに等しい私には話しかけることすらはばかれた。 仲の良い幼馴染なら練習を覗きに行くことだってふつうだっただろうけど、そうじゃない私にとってはふつうじゃなかった。 バレーなんてルールも分からないのに見に行ったら、「誰が目当てで見に来てるのか」というような目で見られるに決まってる。 それが嫌で今まで一度もバレー部の練習や試合を見に行ったことはない。
 そこに最近現れたのが侑の元カノだった。 侑と付き合っていたことは知っていたし、別れたことも噂で聞いてたから知っていた。 でもどんな子かは知らなかったし、知ろうと思ったこともなかった。 私に声をかけてきたその子はとてもかわいらしい女の子だった。 小柄で、かわいい声で、おしゃれで。 ああ、こういう子が好きなんだ、と静かに思ったことを覚えている。 その子は私がそんなことを考えているなんて知る由もなく、必死に「お願い、協力して」と頼みこんできた。 侑に振られてしまった原因を「部活と私どっちが大事なんか聞いてしもて……」と心底つらそうに語ってくれた。 それを聞いた途端、頭の中で「アホちゃうのこいつ」と思ってしまった。 あまりに典型的すぎるし、そんなの即答でバレーに決まってる。 そんなことすら分からないのか。 あ、だから振られたわけか、と一人で納得してしまった。 協力すれば侑は嫌がるだろうと一瞬で分かったけど、ふと別の考えが頭をよぎった。 この子について行って練習なり試合なりを見に行けば、変な下心があると思われないのではないか、と。

って顔に出やすいよね」
「うるさい」
「侑には黙っとくし、説明しなくていいんだけどさ。 合ってるかだけ教えて?」
「……なんなん」
「侑を見に来るために元カノに協力してあげてる”フリ”してるの?」

 無言を返す。 角名くんは相変わらず読めない表情のまま私を見下ろしている。 その視線から逃れたくて目を逸らしたけど、たぶん、肯定してしまったようなものだった。 角名くんは少し黙ってから私の視界に入るように体を傾けてきた。 「図星?」と呟いたその口にイラッとしてしまった。

「侑は嫌がってるし、ひょっとしたらヨリ戻すかもしれないし、にいいことないんじゃないの」
「……さっきから角名くんは何がしたいん?」
「いや、別に何も」
「おちょくっとんのやったらやめて。 腹立つ」

 角名くんに背中を向けて歩き出す。 これ以上話すことはないし、何か理由があるわけじゃないなら付き合う必要もない。 これ以上、惨めな気持ちになりたくない。
 唇を噛んで歩く私の腕がぎゅっとつかまれて引っ張られた。 角名くんと私しかいないこの場でそれができるのはもちろん角名くんだけだ。 それを振り払おうとするのだけど、自分より体の大きい異性の力に勝てるわけもない。

「試合とか見に来る理由、俺に変えない?」
「…………はあ?」
「俺と付き合ってるってことにしたら?」
「……そんなん角名くんにええことないやろ。 彼女できんくなるで」
「十分”ええこと”だから大丈夫だけど」
「どういう意味?」
「そのままの意味」

 つかまれていた腕が離される。 角名くんは相変わらず無表情のまま「どうする?」と続けた。 どうするもこうするも、そんなの却下に決まってる。 なんで関係のない角名くんを巻き込まなきゃいけないのか分からないし、そんなの侑に知られたら元も子もない。 望みがないことなんて分かっている。 そうだとしても自分から出るかもしれない芽を摘んでしまう理由が分からない。

「よう分からんのやけど」
「協力してたらは侑に嫌がられるでしょ。 しかもほぼないと思うけどヨリが戻ったら最悪でしょ」
「……そうやけど」
「でも俺と付き合ってるってことにしたら侑が嫌がることもないし、ヨリが戻る可能性だって低くなるでしょ。 のことが好きな俺は得するし、何かだめなところある?」
「まあ……ないけど…………って、は?」
「ないでしょ?」

 圧がすごい。 ただ同意を求めてくるだけのその瞳に他のことは全く浮かんでいない。 動揺している私がおかしい、とでも言ってきているかのような瞳だ。 角名くんの圧に押されるように小さく頷く。 今まで無表情だった角名くんがほんの少しだけ表情を緩ませたように見えた。

「…………私、侑のこと好きなんやで?」
「知ってるけど」
「それでもええん?」
「いいよ、最初はそれで」

 それ、角名くんにとって、本当にいいことなの?
 困惑している私を置き去りに、角名くんは「じゃあ明日からそういうことで」と言って歩き始める。 部室に寄るようだ。 のらりくらりと歩いていくその背中が、妙に喜んでいるように見えるのは、自惚れだろうか。


贅沢な不幸をあげよう
▼title by 浮世座