※主人公が一瞬しか出てこない上に喋りません。
※モブ女子の名前だけ出ます。名前だけなので台詞も存在もないです。




 うるさい蝉の声を聞きながら、監督が買ってきてくれたアイスを覗き込む。三種類あるうちのチョコ味が一番人気らしく、近くで侑と治がギャーギャーと最後の一本を取り合って喧嘩をしているところだ。あと一分続いたら一言言わなあかんな、と思いつつ一番不人気だというイチゴ味を手に取った。
 すでに食べ始めているアランたちのそばに腰を下ろす。「双子は夏でもうるさいなあ」と大耳が笑うと、アランが「うるさすぎやろ」と苦笑いで返した。アイス一つであそこまでしっかり喧嘩できるというのは逆にすごいことなのではないだろうか。俺にも姉と弟がいるけど、アイスの取り合いなんてしたことあっただろうか。全員大して味の好みとかこだわりがないから俺が覚えている限りはそんな言い争いをしたことがない。侑と治の二人は何事にも全力でぶつかり合うから、うるさいことにはうるさいけれど、まあ良い関係性だと思うところはある。
 そんなことを三年で話していると、少し離れたところから男女の声が聞こえた。陸上部だ。体育館のすぐ横がグラウンドになっているので練習の声はよく聞こえてくる。ちらりと視線を向けてみると、陸上部の男子部主将と女子部副将が談笑している姿が見えた。いつ見ても仲がええ二人やな。ぽつりと頭の中で呟いてから目をそらした。
 女子部副将のほうは俺と同じクラスだ。しっかり者だからなのかよく人に頼られているところを見る。いつも笑っていて明るい。話したことはないけれど、少し見ているだけでそういう性格なのだと伝わってくる。男女問わずに友達が多くていつも誰かと一緒にいる印象だ。

「そういや、信介」
「なんや」
「いや、聞いてええんか微妙なんやけど」
「なんやねん。言うてみいや」
「好きな子おるってほんまなん?」
「えっ」
「ほんまか?!」

 ぽたりと溶けたアイスが少しだけ落ちていく。どこから聞いた、その話。そんな視線を俺が向けていたからなのか大耳がそろ〜っと目をそらしながら「ちょっと人伝に」とだけ言った。誰から、どういう状況で。そんなふうに無言を貫いていると観念したらしく「吹奏楽部の子から聞いたんや」と言った。吹奏楽部。そう言われてピンときた。

「告白されて好きな子おるからって断ったんやろ?」
「青春やんけ! 北・抜け駆け・信介やん!」
「変なミドルネーム付けんなや」
「で、相手誰か知っとるかってなんべんも聞かれてんねん」

 そら苦労かけてすまんな、と一応謝っておく。そこから情報が漏れるとは思わなかった。嘘を吐くのもなんとなく気が引けたから本当の理由を答えたことが仇になってしまった。見ていて必死に伝えてくれていることが分かったから、こちらも真面目にちゃんと断らなければと思ったのだけど。こうなることを想定して理由を言わずに断るだけにしたほうがよかったか、と少しだけ後悔した。
 相手が誰かを知って、あの女子はどうするつもりなのだろうか。それを知っても何がどう変わるわけでもないのに。そんなふうに不思議に思いつつ、落ちそうになっているアイスを口の中に放り込む。イチゴ味も悪くない。少しの酸味が夏にぴったりな爽やかだし、口の中がさっぱりする感じがある。チョコもバニラも嫌いではないし、別にどれでも良いけれど。しゃくしゃくとアイスを噛み砕きながらなんと答えようか考える。誰か、なんて答える気はない。単純にこういう話題の中心に放り込まれることが苦手なだけだ。あまり茶化されずすんなり話を着地させて早々に切り上げたい。

「ちょお待って。当てる。俺分かるかもしれへん」
「はい! 高木保奈美ちゃん! この前二人で喋っとった!」
「理由が薄すぎるやろ。クラスメイトなんやで普通に喋るわ」
「田中奈央ちゃん! かわいいし真面目やし!」
「あんま知らへんわ。なんべんか喋ったことあると思うけど」
「渡辺詩織ちゃんやろ。よう喋っとるし中学一緒やったしな?」
「ちゃうわ。ええやろ、どうせ当たらへんわ」

 けらけら笑っておく。かすりもしていない。挙がった女子は全員、どちらかというと大人しめの落ち着いた子ばかりだ。話しやすいとは思うし、もちろん嫌いではないけど。どうせ当たるわけがない。そう高みの見物気分で何人も名前を挙げていく赤木と大耳に適当に返事をしている。
 一人だけうんうん考えているアランが、「分かった!」と食べ終わったアイスの棒を近くのゴミ袋に投げ入れながら言った。投げんなや。そう言った俺を無視して「あの子や! なんやったっけ〜……」と腕を組む。どうせ当たらない。そう思いながら俺もアイスの棒を捨てようと立ち上がった瞬間、アランが「思い出した!」と言って俺の顔を指差した。

さんや!」
? なんでやねん。信介が喋っとるとこ見たことないで」
「俺一緒のクラスになったことないわ。どんな子なん?」
「陸部の副将や。ああ、ちょうどあそこにおるわ」

 大耳がグラウンドのほうを指差す。まだ男子部主将と楽しげに話している女子部副将のがいて、じっと見た赤木が「信介って隅っこで本読んどりそうな女の子が好きやろ」と首を傾げた。人の好みを決めつけんなや。アイスの棒を袋に捨ててから元々座っていたところに戻る。じっとアランが俺を見ている。なんやねん。そういう視線を返したらアランが笑った。

「休憩中とかようグラウンド見とんなって思うとったんや。謎が解けたわ」
「なんでなんや? 他の陸部の子かもしれへんやろ」
「勘もあるけど、ああいうよう笑う子好きそうやなって」
「勘かい! それにグラウンド見とるっちゅうても、バレー部大体みんなそうやろうが!」

 アランと同じクラスに女子陸上部部員がいて、よくがその子と話すためにクラスに来ているのだという。それを横目で見ていてよく笑う明るい子、という印象を持ったらしい。その情報だけでよくそこまで導けたものだ。純粋に感心してしまった。
 赤木が「あ、ほんなら伊藤春香ちゃんやろ!」と別の女子の名前を挙げた。大耳もそれに続けて何人か名前を挙げると、アランも「えー他誰やろ」と腕組みをして真剣に考え始める。そんなに真面目に考えるようなことじゃない。面白くて笑っていると、監督に呼ばれた。返事をしてから立ち上がると「答え言うてけや!」と赤木がうるさくなったが、無視して体育館に戻る。
 知らない間に、自分の中だけで勝手に印を付けていた。いつどこにいても声が聞こえれば、少しでも姿が見えれば、あの子のことをじっと見てしまうようになった。教科書の大事な箇所に蛍光マーカーを引くのと同じように。どんなにたくさん人がいても、あの子だけはすぐに見つけてしまう。別に話しかけるわけでもないのに。俺の目にはあの子にだけ何かしらの印が付いているように見えるのだ。丸印なのか星印なのか、下線なのかマーカーなのかは分からないけれど。膨大なページ数があるのに一発でそのページを開けられるような付箋や栞とも言える。どうしてなのか、その理由を自覚したのは割と早かった。
 卒業するまでにその印に触れる日は来るだろうか。そう思うことがよくある。同じ教室にいるのに距離がある。名前を呼んだことも呼ばれたこともない。想いを伝えたいとか通じ合いたいとかそんなおこがましいことは思っていない。そんなことがもし起こるとするなら奇跡だし、何よりそれを望むほど自分を驕っていない。ただのクラスメイトだという自覚はしっかりある。
 でも、ただの一度でも、あの笑顔が俺に向けられないかと、毎日背中を見つめてしまう。勝手に付けた印のせいでそんな小っ恥ずかしい期待をしてしまうのだ。印のせいで俺はあの子を、いつでもすぐに、見つけてしまえるから。


君に星印