今日みたいに晴れた空を見上げると、妙に心が鎮まる。 目を瞑ると、どこからともなく懐かしい匂いがして余計なことを思い出してしまう。 思い出すのは決まっていつも同じ。 中学三年生のときの夏、高い笛の音だ。


「……びっくりするやろ」
「すまん」

 驚いた、ふつうに。 ほんの少しばくばくする心臓を抑えながら振り返る。 まだジャージを着たままの幼馴染がほんの少し額に汗を浮かべて立っていた。
 きょろきょろと辺りを見回しているのに気が付く。 聞かれる前に「おばあちゃん、お手洗い行っとるわ」と言うと少しほっとしたような顔をされた。 おばあちゃん子め。 内心だけでそう笑ってやったつもりだったのに、すぐに「笑うな」と言われてしまった。
 こういうときなんて言えばいいのか未だに答えが見つからない。 試合が終わった。 バレーのことも未だによく分からない。 けど、今日の試合が終わったことの意味は分かる。 幼馴染、北信介の高校バレーが終わった。 それくらいのことはわたしにだって分かるのだ。

「ばあちゃん来るんは知っとったけど、が来るんは知らんかったわ」
「おばあちゃんが誘ってくれてん。 断る理由もなかったし」

 信介は「そうか」と呟くと片手に持っていた長袖のジャージを羽織った。 肌寒くなったのだろう。 試合中の熱気は消えていく。 コートの中にいるときだけの熱気。 外に出たらもう、消えていくだけなんだ。 あんなにめらめらと燃えるような熱だったのに。 そう思うとなぜだか目をそらしてしまった。

「というかよう分かったな。 わたしのこと。 人ようけおるからバレへんやろって思うとったのに」
「ふつうに分かるやろ、すぐ見つけたわ。 せやから探しに来た」

 いとも簡単に言ってのける。 信介のそういうところが昔からちょっとだけ苦手だ。 無理って言っても不思議そうな顔をする。 そういう人だって分かっているからもう慣れたけど。
 じっとわたしを見ていた信介が、なぜだかへらりと笑った。 驚いて「なに?」と聞くと「あんときみたいやなあ、思うて」と言った。 あのとき。 わたしたちがまだ中学生のときのことだろう。

「もう泣いてくれへんのやな」
「……思い出さんといてくれる」

 信介の引退試合、わたしは信介の顔を見た瞬間に泣いてしまった。 あんなに、あんなにただただひたむきに努力をしていたのに。 信介がコートに入ることはなく、無情にも試合は終わってしまった。 それが悔しくて泣いた。 信介の前で、わあわあと子どもみたいに。 思い出しても恥ずかしい。 でも、それくらい応援していたのだ。 北信介という選手を。 幼なじみだからとかそんな理由じゃない。 選手として、本当に、心から応援していた。
 その瞳にはこれっぽっちも涙は浮かんでいない。 これで引退なんだよ。 ちょっとくらい、目を潤ませたらどうなのさ。 内心そう思いつつも、あまりにも晴れやかな顔をしているから言えなかった。

「すごかったやろ、俺のチームメイト」

 誇らしげに言うから、また、わたしばっかり悔しくなる。 ぐっと堪えて唇を噛むと信介は「ありがとうな」とわたしの頭を軽く撫でた。 おばあちゃんがお手洗いから戻って来るまでずっと。 主将なんだから早く戻らなきゃだめなんでしょ、そう思っているのに声を出すと、涙が出てしまうから言えなくて。 道行く人に不思議そうな視線を向けられているのも分かっていたけど、そのまま黙り続けた。 信介はずっと笑って、わたしの頭を撫でていた。 男子高校生でこんなん当たり前にできるん、あんたくらいやで。 ちょっとは恥ずかしがれ、アホ。 恨めしく思いながらもその手があまりにも温かくて、やっぱり声にできなかった。


オブシディアンの輝き
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