
仲が良い男友達と付き合いはじめた、って、他の友達に報告するのって恥ずかしくない? 誰ともなく問いかけてみる。答えてくれるのはわたしの中にいるもう一人の自分だ。そりゃ恥ずかしいよ! 当たり前じゃん! ほらね、やっぱり。恥ずかしくても普通だよね? じゃあオッケー!
なんでこんな問いかけを無意味にしたのかというと、今からわたしが実行しようとしていることに関係している。現在日時、九月二十一日、午後八時前。現在地、音駒高校正門前。梟谷学園高校の生徒であるわたしがいると異様に目立つ。さっきから部活終わりと思われる生徒にひそひそされているのが分かってちょっとつらい。早く出てきて、目的の人物。そう念を送りながらしかめ面をしていると、ようやく気配を感じた。楽しげに話している声には聞き覚えがある。一年生の灰羽リエーフくんに違いない。ということは、わたしの目的の人物も一緒にいるはず。そう思って正門の陰からからそうっと覗いてみると、思った通りの人物を発見した。
音駒高校男子バレー部主将、黒尾鉄朗。彼こそがわたしの目的の人物である。問題はここからどううまく誘い出すか。わたしと黒尾くんは梟谷グループの合宿で顔を合わせているだけの間柄で、特別仲が良いとかではない。何度か話したことがある、という程度の仲。つまりひょっこり顔を出して「ヨッス! ちょっと時間いいっすか?」と誘い出せるほどの仲ではない、というわけだ。
とはいえ、迷っている間にどんどん近付いてくる。しまいには気付かれず逃してしまう可能性が高い。目的のためには手段を選ばない。元来わたしはそういうふうに生きてきた。当たって砕けろ。砕けても諦めるな。そういうポリシーなので、直球勝負でいくしかない。
女は度胸。そう自分を奮い立たせる。そして、楽しげな声が真横を通過するとき、意を決して「あの!」と声をかけた。
「え? ? 何してんだこんなところで」
一番に反応してくれたのは夜久くんだった。夜久くんは頼れる兄貴分という感じの人で、合宿中に一番よく話してくれたのも夜久くんだ。黒尾くんを呼び止めるより難易度が低い。最初は夜久くんに頼もうかと思っていたけれど、今回はいろいろと事情があって黒尾くんに標的を絞っている。
びっくりしている音駒メンツに「お久しぶりです〜」と適当に挨拶をしておく。夜久くんが「こんな時間に何してんだよ。危ないだろ」と少女漫画のヒーローのように話しかけてくれる中、にわかに緊張してくる。断られたらどうしよう。そういうのパスって真顔で言われたらどうしよう。ウンウン悩みつつ、口ではぺらぺらと適当なことを話している自分に冷や汗が流れた。
「というかなんで音駒に? 誰か待ってるのか?」
「あ、その、ですね」
「知ってるやつなら呼んできてやろうか?」
「いや……その……」
「うん?」
「くっ、黒尾くんに、用があります!」
時が止まったのがよく分かった。固まる音駒メンツを見て固まるわたし。しばらくその緊張状態が続いていたけれど、静寂を破ったのは標的にされた黒尾くんだった。「え、俺?」と自分の顔を指差しながらわたしを見てくる。居たたまれない。なんとも気まずい空気にうまく言葉が出なくて、首をぶんぶん縦に振って肯定するので精一杯だった。
海くんが黒尾くんの背中を押しながら「もう帰るだけだしいくらでも連れ回して」と穏やかに笑う。黒尾くんがそれに「は?!」と振り返るけれど、続けて夜久くんも黒尾くんの背中を押しながら「こんなんで良ければいくらでもどうぞ」とにこやかに言う。黒尾くんは「おい、待て、待ってください!」となぜか大慌てだったけれど、最終的に「えーっと、どういったご用件でしょうか……?」と目を逸らしながら聞いてくれた。
「バッカお前ここで聞くんじゃねえよ! 二人でどっか消えろ!」
「言い方ひどくない?!」
「夜久の言う通り。ね、さん。ごめんね、気が利かなくて」
「なんか俺が悪者になってない?!」
「う、うん、できれば二人で話したいというか……」
「ほらみろ! とっとと行けクソが!」
「何もう怖い! 研磨助けて!」
「パス」
「二文字?!」
そんなやり取りを経て、黒尾くんを除いた音駒メンツが去っていく。全員一様に黒尾くんに対して「明日報告厳守」とか「抜け駆けクソ主将」とかよく分からない罵詈雑言にも似た言葉を残していった。黒尾くんは終始いつもと様子が違っていて、なんだか困らせてしまったようで申し訳ない。
賑やかな空気から一気に静かになってしまった。どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる静寂の中、黒尾くんがちらりとわたしを見た。それから「エーット、どっか、行きます?」とぎこちなく聞いてくれた。この辺りはお店も特になかったはずだし、そもそもわたしの用事に付き合わせるのだからお金がかかるところへ連れていくのは忍びない。近くに公園や座って話せるところはないか、と聞けばすぐそこに公園があると教えてくれた。そこに行きたいと言えば、黒尾くんは「ア、こちらデス」と明らかに動揺しつつ案内してくれた。
これはまずい。黒尾くんが完全に気まずそうだ。そりゃそうだ、大して仲良くない他校の女子が突然話しかけてきたらびっくりするに決まっている。なんとか場を和ませないと。でも、和まそうにもわたしは黒尾くんのことをよく知らない。まずは黒尾くんのことを聞いて会話が弾むように頑張ってみよう。そう思い至って「黒尾くんって好きな食べ物なに?」という軽いジャブからかましてみた。
「エッ、さ、サンマ、かな……?」
「サンマか〜。渋いね! 魚好きなの?」
「あ、ハイ、好きです」
全然打ち解けられない。困った。黒尾くんって人見知りする人だったっけ。わたしの記憶が正しければ、音駒は二年生の子以外みんな社交的だったはずなんだけどなあ。一年生の子たちもすく打ち解けたし、三年生も黒尾くん含め普通に話をした記憶しかない。二人きりだとこんなもんなんだろうか。
ぎこちない会話を続け、結局何も状況が変わらないまま公園に到着。夜の公園は誰もいなくて寂しい雰囲気だ。電灯の下にあるベンチに並んで腰を下ろして一つ息を吐く。黒尾くんの様子が変だから早く済ませたほうがいい。そう思って、さっそく本題に入ることにした。
「黒尾くん、あのね」
「ア、ハイ」
「あの……本当に恥ずかしいんだけど……」
「ハイ」
「わたし、ね」
「ハイ」
「……じ、実は、こ、木葉と、付き合って、るん、だけど……」
「…………ハイ?」
なんとなく黒尾くんがちょっとだけ雰囲気が変わった。今が攻め時だ。ぶわーっと聞きたいことを全部一気に言ってしまおう。
黒尾くんを呼び止めたのは他でもない。彼氏である木葉秋紀のことを相談するためだった。本来なら梟谷の人に相談するべきだろう。木兎とか猿杙とか、バレー部の人なら誰でも適任に違いない。だって毎日一緒にいる部活仲間だし、とりわけうちの部は部員同士の仲が良いという自負がある。誰に相談してもからかわず真剣に相談に乗ってくれるだろうと分かっている。
でも、やっぱりお互いのことをよく知っている相手に、恋愛に関する相談をするというのは恥ずかしかった。何よりわたしと木葉は、付き合いはじめてまだ日が浅い。しかもずっと仲が良い友達関係から発展した恋人関係なので、仲が良い人たちに知られることがなんとなく恥ずかしく思えてしまった。結局部員の誰一人として、わたしと木葉が付き合いはじめたことを知らないままなのだ。
だから、困った。恋人としてはじめて迎える木葉の誕生日。彼氏なんてこれまでできたこともなければ、好きな相手にプレゼントをあげたこともない初心者にとって、プレゼント選びというのは難易度が超絶に高い問題なのだ。相談相手がいなければ最悪大転けするリスクがある。だからこそ、わたしには相談相手もといお助けキャラが必要不可欠だった。
梟谷の人はだめ。女友達は木葉のことをよく知らないからだめ。家族も恥ずかしいからだめ。困った。木葉のことを知っているけれど部員ほど近しくなくて、なおかつわたしでもぎりぎり話しかけられる相手。そんな存在、いるだろうか。そう困っていたわたしは天啓を受けたのだ。ハッとした。梟谷グループの合宿を思い出した。体育館の隅、へばっている木葉をからかうように笑いながら話しかけていた、音駒高校主将の黒尾鉄朗くん。その顔が突然浮かんだのだ。
そして、今に至るというわけである。
「ああ、そういうことか……」
「なんかごめんね! 黒尾くんしか相談相手が思いつかなくて!」
「あ、ハイ、頼っていただけて恐縮です、ホントに」
微妙な顔をしている気がして「あの、もし都合が悪いなら別日でもいいんだけど……」と提案してみる。黒尾くんは苦笑いを浮かべながら「いえいえとんでもない」と言って、ようやくいつも通りの顔に戻ってくれた。
「え、いつから? 合宿のときにはもうって感じ?」
「ううん、本当につい最近で……」
「へえ〜、木葉もやるな〜」
黒尾くんはけらけら笑ってからわたしのほうを見ると「というか俺、木葉とは普通に話すしまあ仲は良いって感じだけど、合宿とか大会でしか会わないレベルだけどいいの?」と不思議そうにした。
「うん! それで十分! 部活のときの木葉が一番自然体だし、黒尾くんって人の好き嫌いとか察するの上手そうだし」
「褒めても何も出ませんけど〜?」
黒尾くんが一つ伸びをする。それからわたしの自宅の最寄り駅を聞いてきた。なんでそんなことを聞くのか、と尋ねると「このままここで話してたらかなり遅くなるだろうし、送りながら相談に乗ろうかと思いまして」と言った。なんというジェントルマン。感動しながら、音駒高校からだとかなり離れてしまうから、と断った。それでも黒尾くんは「いやいや、それなら余計に送るよ」と言いながら立ち上がる。優しいなあ。これぞ音駒高校男子バレー部主将か。そんな意味不明なことを考えつつ、わたしも立ち上がった。