――九月二十八日 金曜日

 部活終わり、気付いたら木葉さんが隣にいた。びっくりしすぎて赤葦にヘルプを出せないまま、気付いたら二人きりで帰ることになった。
 二人で電車に乗るとき、木葉さんが壊れたままのパスケースを使っているのを確認した。買いに行く時間がないのだろう。一応鞄にぶら下げられるし、改札を通る前にパスケースからICカードを取りだして使っているようだ。不便に違いない。プレゼントとして渡せば、実用性は最高だし絶対喜んでくれる。そう確信して一人で小さくにやけてしまった。
 電車の方向は同じで、降りる駅は木葉さんが先。何度か一緒に帰ったことがあるけど、思い出してみれば付き合い始めてからは片手で足りるくらいしかないかもしれない。わたしがいつも同輩たちに混ざってしまうからだ。木葉さんと二人きりだと緊張してしまうからちょっと避けてしまっているというわけである。

、あのさ」
「あ、はい」
「そのー……手って、繋いでも、いいでしょうか」

 はにかみながらそう言われて拒否する彼女はこの世にいない。もちろん喜んで、と言いそうになるわたしの口は一度動きを止めてから「はい。どうぞ」という素っ気ない言葉が飛び出ていった。馬鹿。なんだこの口。ムカつく。せめてにこりと笑うくらいしろ。そう心の中で喚き散らかしても宥めてくれる赤葦はもちろんいない。
 わたしが出した手を木葉さんがそっと握った。うわ手が大きい。あったかい。手から溶けそうなくらい意識してしまう。そう緊張しているわたしは、木葉さんから見ると真顔でつまらない女に違いない。泣きたい。どうしてわたしってこうなるんだろう。

って土曜日の練習終わり、何か予定ある?」

 どきっとした。土曜日の練習終わりは木葉さんの誕生日プレゼントを買いに行く予定で、すでに助っ人の赤葦を手配してある。赤葦からは死んでも二人でプライベートの外出であると悟られるな、と言われている。
 一つ呼吸をしてから「備品の買い出しに行きます」と答えた。買わなくちゃいけないものリストにたった一つだけ書かれている消毒液はすでに母親が買い物ついでに買ってきてくれている。けれど、土曜日のわたしはそれを買いに行く体なので嘘ではないのだ。そうどきどきしながら木葉さんの顔をちらりと見ると、なんだか、とても、言い表しがたい表情をしていた。

「あの、それって俺がついてったらまずい?」
「……えっ」
「土日の休みってあんまりないし、デートしたいな〜って思ったんだけど……」

 デート。木葉さんの口から出たそのかわいらしい単語にきゅんとした。とても甘美な響きなのだけれど、わたしには木葉さんのお誕生日を祝うための準備というミッションがある。「その後に予定もあるので」と言えば木葉さんは「そっか」と言って、もう土曜日の話はしなかった。


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