――九月二十六日 水曜日

 部活中、ずっと木葉さんを観察してみたけれど、とんと良い案が思い浮かばない。木葉さんって何が好きなんだろう。何をもらったら喜ぶんだろう。何をしてほしいと思っているんだろう。人の面倒を見てばかりの人だから観察しているだけではなかなか読み取れなかった。
 一人で唸りながら体育館の隅っこで考えている。諦めて頼ったインターネットで「高校生 彼氏 誕生日プレゼント」と調べた結果、大体一位に輝いているのが財布だった。その次が大体文房具とかアクセサリー。でも、そのどれもいまいちピンとこなくて。そもそも財布だとデザインの好みがある上、木葉さんが今使っている財布はお父さんからもらったものだと聞いたことがある。まさかそれ以上のものをお渡しできる自信などないので却下。文房具はいいかもしれないけど、彼女からの誕生日プレゼントとなるとちょっとパンチが弱い。アクセサリーは彼女っぽいけど木葉さんが付けるのかどうか微妙だし、初っぱなのプレゼントがそれというのもなんだか重い女な気がする。

「なんか木葉、今日テンション低いな?」
「あー……今日ツイてなくってさ〜。電車遅延して遅れそうになるわパスケースのリールが切れて使い物にならなくなるわで朝から散々だったんだよ」

 光明が差した。パスケース。それだ。壊れたのなら絶対に必要としている。それにしよう。絶対に喜んでもらえる。木葉さんが今使っているものはシンプルなデザインで、色は鞄に合わせたものになっている。同じ感覚で探して買えば間違いないはず。そうしよう。決まり!
 一人でそうほっとしつつ喜んでいると、離れたところにいた木葉さんと目が合った。それからこっちに近付いてくる。「そんな隅っこで何してんだよ」と笑いながらわたしの隣に立つと、少しだけ背中を丸めた。

「少し考え事を。良い案が思いついたので解決しました」
「なんか悩み? 解決したならいいけど、なんかあったら言えよ」

 にこにこしつつも心配してくれている。嬉しい。木葉さんはいつだって、誰にだって優しい。でも、彼女になってからは二割増しで余計に優しくなった。わたしを見る瞳が柔らかいのがすぐに分かるし、声もなんだかぽやぽやと穏やかな響きをしている。徹頭徹尾好きだ。本当に。
 ただ、悩みがある。誕生日プレゼントの内容とは別に。

「いえ、大丈夫です。心配かけてすみません」

 わたしは大好きなはずの木葉さんに、塩対応してしまうのだ。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「もういい加減勘弁して……」
「あかあしぃ〜……」
「いいじゃんもう、好きなんですけど緊張して塩になるだけですって白状すれば……」

 呆れた様子でぐしゃぐしゃとわたしの頭を適当に撫で繰り回す。こうして赤葦に泣きつくのも定番となっている。今更である。
 木葉さんのことを好きになってから、木葉さんと素直にお喋りできなくなった。木葉さんと付き合いはじめてからは余計に。
 こうして赤葦の前ではきゃっきゃと騒がしい女になれるのに、木葉さんが目の前にいると途端に笑えなくなり軽口が叩けなくなる。付き合う前からなので、最初その様子を見た尾長には「さんと木葉さんって相性悪いんすか?」と心配そうに聞かれたほどだった。そんなことない。なんならこの世で一番相性が良い二人であってほしいと願っている。悔しさに唇を噛みしめながら「そんなことないッ……」と呟いたら余計に心配されたのはいい思い出だ。
 練習が終わり、各々が自主練習をしている。木葉さんは鷲尾さんたちと一緒にサーブ練をしており、先ほどからペットボトルを誰が一番に倒せるかというゲームをしているらしい。今し方木兎さんが混ざり、一番に倒した人に何か奢ろうというルールを設けているところだ。

「今日のは過去一なかった……かわいくない女だった……」
「はいはいかわいいかわいい元気出して。木葉さんはその程度で挫ける男じゃないから大丈夫」
「あんたに木葉さんの何が分かるって言うのよ!」
「どういう設定の昼ドラ?」

 木葉さんが一番にサーブを打つらしい。ボールを持つ手が好き。大きくて骨っぽくい男の人の手。木兎さんや鷲尾さんに比べるとちょっと華奢に見えるかもしれないけど、わたしの目には何よりきれいで男性らしい手に見えてしまう。踏み込んだときのシューズの音さえも好き。揺れる髪も、ボールを見つめる瞳も、何もかも。ああ、好きだなあ。そう思う。
 木葉さんが放ったボールは、残念ながらペットボトルの左側にバウンドして転がっていく。「あー!」と悔しそうに笑う顔も大好き。いつまでも見ていられる。そんなふうに考えていると、赤葦が隣で大きなため息をもらした。

「そういえば誕生日プレゼントは? 決まった?」
「決まった! パスケースにする!」
「ああ、いいんじゃない。毎日使う物だしね」

 赤葦が一つ咳払いをした。それから「距離が近い」とクレームを入れられたので仕方なく一歩離れる。赤葦がさっきまでふざけて撫で繰り回していたせいで髪が乱れている。それを直していると、ふと、木葉さんと目が合った。一瞬だけなんだか見たことがない顔をしていたけれど、木葉さんはすぐに笑って小さく手を振ってくれる。ファンサービスがすぎる。そっと目を逸らして軽く手を振り返しておくので精一杯だった。


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