――九月二十五日 火曜日

「やばい本当にまずいどうしよう赤葦」
「痛い、痛いんだけど。何がどうやばいの?」
「九月二十五日なんだけど!」
「普通に火曜日だね。あ、一応大安みたい」
「そうじゃない!」

 だんっと机を叩く。そんなわたしを見た赤葦は呆れた顔をして「普通にプレゼント渡しておめでとうございます、でいいんじゃないの?」と言った。それで済んだらこんなに悩んでいません。そうふんぞり返ると、赤葦は余計に呆れ顔になってしまった。
 九月三十日。この日付がわたしを悩ませている。日曜日であるこの日は、我が梟谷学園男子バレー部の練習試合の日であると同時に、一つ先輩である木葉秋紀さんのお誕生日なのだ。
 五月から木葉さんと付き合い始めたわたしにとって、彼女として迎えるはじめての彼氏の誕生日。これは一大事である。誕生日なんだからプレゼントにクラッカーにケーキに、なんて順序よく冷静な思考回路でいられるわけがない。

「赤葦は彼女に何されたら嬉しい?」
「そういう質問はまず俺に彼女という存在をプレゼントしてから聞いてほしい」
「それは自分で掴み取りにいって」

 呆れつつも話に乗ってくれている赤葦はバレー部の同輩でありわたしの相談相手だ。馬鹿話にも真剣な話にも全力できてくれるからいつも助かっている。
 木葉さんはかっこいい。誰がなんと言おうとかっこいい。友達に彼氏ができたと報告したとき、写真が見たいと言われたので照れつつ見せたら「なんかチャラそう」と言われて本気の喧嘩をしたけど、それでもかっこいい。見た目とかそういうことじゃなくて先輩として、人として、男の人として。そう意識するようになって、先に好きになったのはわたしだった。他の人になんと言われても、わたしにとってはかっこいい人でしかないのだ。
 好きになったのはわたしが先だったけど、告白してくれたのは木葉さんだった。こんなことが現実に起こるなんて夢にも思わなくて、告白されたときは目が点になっていたと思う。実際、相談相手の赤葦に告白されたことを報告したら、目玉がこぼれ落ちるかと思うほど目を丸くして驚愕していた。「え、それは、ちゃんと起きてたときに起こったこと?」と聞かれてわたしも本気で夢オチを疑ったほどだった。

「センスのない女だと思われたくない……」
「木葉さんそういうこと思わないタイプだと思うけど」
「そうだとしても! それでも! わたしは!」
「とりあえず声のボリューム落としてくれる?」

 わんわん喚いていると、校庭に人が出てきたのが見えた。次の授業が体育のクラスらしい。赤葦の肩をぶんぶん揺さぶりつつ何気なく目をやると、その中に木葉さんがいるのを見つけた。今日もかっこいい。大好き。「おい、そのまま止まるな、苦しい」とわたしの腕をぺしぺし叩く赤葦を無視してしまうほど目を奪われてしまう。

「木葉さんってなんでわたしのこと、好きになってくれたんだろう」
「めんどくさ……」
「おい赤葦今なんつった?」
「めんどくせえ……」
「口調が乱れてますけど〜?」

 赤葦の肩を離してやる。ぐるぐると肩を回しつつ赤葦が「気になるなら本人に聞きなよ」とまた呆れた声で言った。聞けたら苦労していない。聞けないからこうして疑問に思っているというのに。
 クラスメイトらしき男子と楽しげに話している。木葉さんの笑った顔は目元にしわが寄ってくしゃっとなるところが本当にかわいくて、口を大きく開けて笑うとものすごく楽しそうな仕草が見ていてこっちまで楽しくなれる。笑ってくれるだけでわたしの世界は明るくなるのだ。木葉さんという人は、わたしにとってはそういう人。

「逆に聞くけど」
「何?」
はなんで木葉さんのこと好きになったの?」
「赤葦、三時間くらい時間ある?」
「あ、大丈夫です。結構です。キャンセルで」

 冷静に断られた。赤葦ノリ悪い〜。そう肩をつんつんしてやると「勘弁して」とこれまた冷静に手を払われた。


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