※序盤モブ女子がかなり喋ります。
※捏造要素を含みます。


 父親の仕事の都合で兵庫県に引っ越して、早三年目。東京都とは少し違うノリや雰囲気にはもうだいぶ慣れてきた。
 稲荷崎高校男子バレーボール部のマネージャーとして、まあまあ忙しい日々を送っている。今日も今日とて、ランニングから戻ってきた部員たちにタオルとボトルを配り終え、次の練習の内容を確認している。

「あ、〜!」

 ふと、日程表から顔を上げる。少し離れたところから同じクラスの友達が手を振って走って来ている。手を振り返して「お疲れ」と言うと、友達が「なあちょっと! あたし聞いてへんのやけど!」と怒られてしまった。何のことだろうか。首を傾げつつ「何が?」と素直に聞いてみた。

「彼氏!」
「へ?」
「彼氏! おるらしいやんか?!」
「……え、うん、いるけど?」
「なんで教えてくれへんの!」

 ぎゃあぎゃあと喚くようにわたしの肩をぶんぶん揺さぶってくる。いや、そんな、重要事項だと思わなくて。友達はとりあえずわたしの手を離してから「で、何組の誰?」と完全に尋問のように聞いてくる。それに苦笑いをこぼしつつ、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
 わたしの彼氏は、稲荷崎の人でもないし兵庫県の人でもない。こっちに引っ越してくる前、中学のときからの彼氏なので遠距離なのだ。そんな彼氏のことを聞いてもちっとも面白くないだろう。興味を持ってくれたところ、申し訳ないなあ。簡潔に説明したら「東京の男なん?!」と驚愕の表情を浮かべた。

「え、え、めっちゃ遠距離やん……ときめくわ……」
「いや、ときめかないでしょ」

 けらけら笑っていると、友達が「どんな人? 何年生? イケメン?!」と興奮気味に追加で聞いてくる。どうやら知らない人だろうが何だろうが関係がないらしい。恋バナがしたいだけか。苦笑いをこぼしつつ「普通の人」と答えておいた。
 本当に普通の人だ。何でもそつなくこなせること以外は、どこにでもいる普通の男子高校生。あ、ちょっと背が高いかな。こんなふうに紹介していると知ったら落ち込むんだろうな。ちょっと笑える。

「ええなあ、彼氏。せやけど、身近にスポーツマンごろごろおるやん。目移りせん?」
「彼氏もスポーツマンだし、特に今のところはそういうのないかなあ」
「え、何部なん? 学年は?」
「バレー部。同学年」
「嘘?! そんなんめっちゃやばいやん!」
「え、なんで?」
「試合でうちと当たったらどないすんの?!」
「いや、稲荷崎一択でしょ、そりゃ」

 彼氏がいるからってそっちを応援するようなマネージャーじゃないです。そう友達の頭を小突いておく。久しぶりに彼氏の話をしたからちょっと照れてしまう。でも、まあ、たまに寂しくなるからこうやって話題に出せただけで、少しだけ気が晴れた。
 友達が「あ、せやけど東京やったら全国来るん大変やもんなあ」と笑った。確かに。複数枠があるとはいえ、母数が多いのが東京の予選だ。中学のときも予選を勝ち抜くだけで大変そうだったことを思い出す。けれども、まあ、わたしの彼氏は強豪校に所属しているもので。

「全国大会何回も出てるところだから当たる可能性は大いにあるけどね」
「そうなん? 彼氏すごいやん!」
「何なら今年のインハイ、出るって言ってたから当たるかも」

 うちがインハイ本戦出場を決めた一週間後、向こうも本戦出場が決定したと連絡をもらっている。彼氏の学校は五本の指に入るエースがいるところだ。きっと勝ち上がってくるだろう。
 淡々と説明しているわたしに、友達がとんでもないものを見るような視線を向けてきた。さっきからテンションが高い。そんなに変な話をしているわけじゃないんだけどなあ。

「ちょっとくらい応援する気持ちはあるやろ?」
「ちょっとね。うちと当たるまでは頑張れーって思うよ、一応。うちと当たったらゼロになるけど」
「厳しい彼女やな……あ、でも久しぶりに会えるやん。よかったな」
「え、会うつもりないよ? 男バレのマネージャーやってるとも言ってないし」
「なんでやねん?!」
「だ、だって……会っちゃうと、この、応援しないぞって気持ちが揺らぐというか……」
「なんやそれめっちゃかわいいやん!」

 苦笑い。そう、結局は惚れた弱みなのだ。どうしても実際に会って話してしまったら、きっと応援したくなってしまう。そりゃあ、好きな人なのだから仕方がない。だから、気持ちに揺らぎが出ないように、マネージャーのことも言っていないし試合を観に行くなんて話にもならないようにしている。
 一通り話を聞き終わった友達が、満足げに「じゃ、またのろけ話でも聞かせてな」と言って正門のほうへ歩いて行った。嵐のような出来事だった。こんなにも一度にいろいろ聞かれると思わなくて面食らってしまったな。うまく答えられなかったところを反省していると、「彼氏どこの学校なんや?」とアランに声をかけられた。

「内緒」
「ええやんけ教えてくれても!」
「ちゅうか知らんかったわ。彼氏がおるんもバレー部のやつってことも。ポジションどこなん?」
「ウイングスパイカー」
「まさかエース?」
「エースではないけど、ちゃんとレギュラーで頑張ってます」

 北まで「ほう」と呟いて、どこから取り出したのか分からないけど、インハイ出場校の一覧を見はじめた。それを角名が覗き込むと「井闥山、梟谷学園のどっちかっスね」と呟いた。

「エース除いてやんな。サクサとボクト」
「で、同学年やろ?」
「あの、絞っていくのやめてもらっていい……?」

 楽しげに推理していくみんなの頭を緩く叩いておく。北が笑って「恥ずかしがることないやろ。会場で会うたら?」と言ってきた。あの北がそんなことを言うなんて。ちょっと驚いた。

「会わないよ。去年も会わないように頑張って隠れてたんだから、その努力は無駄にしないです」
「可哀想になあ、彼氏。会いたがっとると思うで?」
「それに試合中は隠れられへんやろ。もう気付いとるんとちゃう?」
「わたしの彼氏は真面目なので試合中はコートの中しか見ません」
「ほんまか〜?」

 アランの隣でけらけら笑う大耳が「試合は観るんやろ?」と聞いてきた。もちろん。こっそり観戦する予定です。そう言ったら赤木が「いや会ってこいや」と笑った。







▽ ▲ ▽ ▲ ▽








 インターハイ初日。梟谷学園は観覧席で待機して、先に行われている試合を観ている。俺は猿杙と木兎に挟まれてギャアギャア賑やかな中、使用を禁止されていないスマホを何気なく見ていた。
 、昨日の夜から既読が付かない。「明日頑張ってね」とお昼に来た以来一切だ。いつもなら寝る前も返信してくれるのに。ちょっと残念に思いながらスマホをポケットにしまったときだった。

「あ、稲荷崎今から試合じゃん。見とこうぜ」
「勝ち進んだら確実に当たるよな」

 稲荷崎を見るのも大事だけど、隣のBコートでやってるとこは去年負けたとこだから見とけよ〜、と二人に言っておく。木兎の隣に座っている赤葦も俺と同じくBコートを見ているらしい。木兎もつられてBコートを見はじめたときだった。

「稲荷崎のマネージャーの子、かわいくない?」

 ほら、あの子。猿杙がそんなふうにコートを指差した。小見が「どこ?」と指の先を見る。どうやら選手に隠れて見えないらしい。猿杙が「なんかちっちゃいかわいい系だった」と言うと、近くにいた他の三年もAコートに目をやり始めた。はいはい、かわいい子は見ちゃうよな。分からなくもない。まあ俺には関係のない話ですが。とか、言ってみる。
 猿杙が「あ、ほらあの子」とまた指を差した。スポーツドリンクを飲みつつ何気なくAコートに目を向けると、ちょうど、選手たちがウォーミングアップのためにコートに散っていった。

「……ブッ、ごほっ、ごほっ、え?!」
「うお、木葉汚ねーな?!」
「え、ちょ、ごほっごほっ」
「どうしたどうした?! むせたか?!」

 後ろにいた鷲尾がティッシュを渡してくれる。それを受け取りながらも、Aコートから目が離せずにいる。
 いや、あれ、じゃん?!



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 予選グループを無事に勝ち進み、みんなで観覧席に戻ってきた。今日はもう日程を終えたけれど、他の試合を観てから宿に戻ることになっている。とりあえずお昼ご飯を食べつつ、隣に座っている北と話をしつつコートを見ている。
 向こうも予選、勝ち上がってたなあ。半分くらい見られなかったけど、やっぱりかっこよかった。スター選手ではないかもしれないし、エースのように派手なことをするわけじゃない。それでもやっぱり、わたしにとっては一番かっこいいバレーボール選手だ。秋紀、頑張ってたなあ。そんなふうに笑ってしまう。

「彼氏の試合は観られたんか?」
「……北ってそういう話題、意外と普通に振ってくるんだね?」
「なんやねん、その反応」

 北のそれは、からかい目的ではないと声色で分かる。だから、わたしも照れることなく「うん」と答えられた。どうだったか聞かれたので、勝ったことと「やっぱり一番かっこよかった」と素直に言っておく。さすがに少し照れてしまったけれど。
 うちのメンバーもみんなかっこいいけど、やっぱり秋紀は特別枠なんだよなあ。恥ずかしいけれど。おにぎりを食べながらにこにこしてしまう。それを北に微笑ましそうにされてしまった。

「一番かっこよかったですか、それはとても嬉しいです、ありがとうございます」

 ぴたり、と動きが止まってしまう。北も黙ってしまったし、その隣に座っているアランたちも黙った。今、なんか、聞き覚えのある声が、とても近くで聞こえたような?
 恐る恐る、声が聞こえた右側に視線を向ける。照れているんだか拗ねているんだか、よく分からない表情をしている、秋紀。いつの間にかわたしの隣にしゃがんでいた。

「…………あ、どうも、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「え、えーっと、予選通過、おめでとうございます」
「そちらもおめでとうございます」

 にこ、と無理やり笑いかけておく。秋紀も同じようににこ、と笑ってくれた。あ、怒ってないみたい、かも。ほんの少しほっとした瞬間、にこにこ笑ったままの秋紀が、左手をすっと伸ばしてきた。

「聞いてないんですけど〜?!」

 頭をぐりぐりされた。あ、やっぱり怒ってた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら「ごめんってば」と頭を下げる。秋紀はなおも頭をぐりぐりしたまま「説明を求めます」と笑ったままの顔で言った。

「え、えーっと……中学でもマネージャーだったし、高校でもやりたいなって……」
「帰宅部だって俺に言ってませんでしたかさん」
「それはあの、本当にごめんなさい」

 じっとわたしの顔を見たのち、秋紀は小さく息を吐いてからパッと手を離してくれた。「本当、心臓飛び出るかと思ったわ」とようやく普通に笑ってくれる。どうやら許してもらえたらしい。もう一度「ごめんね」と謝ると「いいです。不問にします」と言ってくれたけど、デコピンだけされてしまった。
 秋紀は階段に座り込みながら「ま、会えてよかったわ」と言った。それは、まあ、わたしもちょっとは思う、けど。気持ちが揺らぐから会いたくなかった、なんて言えるわけがないので黙っておく。でも、内心はちょっと複雑だった。

「ちゃんと言ってくれてたら去年のインハイも春高も会えただろ。稲荷崎出てたし。大いに反省してくださーい」
「ご、ごめんってば」

 やっぱり、会えて嬉しい、という気持ちが勝る。謝りつつも顔が笑ってしまっているのが自分でも分かる。恥ずかしい。まあ、今日だけだから許してほしいのだけど。でも、欲を言えば他の人がいないところで声をかけてほしかったかも。後でからかわれることが確定してしまっている。ちょっと億劫だな、なんて。

「で、応援してくれるの?」
「あ、それはごめん」
「あっさりすぎるだろ」

 大笑いされてしまった。まるでわたしがそう言うと分かっていたみたいだ。秋紀はそういう人だ。わたしも、秋紀ならこんな反応をしてくれると分かっていた。だから正直に返したのだ。

「一番かっこいいって言ってくれたのに〜?」
「一番かっこいいとは言ったけど」
「けど?」
「一番強い、とは言っていないので」

 秋紀が目を丸くした。それからすぐ、おかしそうに笑って「それ、めちゃくちゃ悔しいな」と呟く。そう言うと思った。思わず笑ったら「このやろ」とまた頭をぐりぐりされた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「どうも、一番強い稲荷崎高校男子バレーボール部セッター宮侑です」
「一番強い稲荷崎高校男子バレーボール部リベロ赤木路成です」
「一番強い稲荷崎高校男子バレーボール部ウイングスパイカー尾白アランです」
「ねえそれやめてくれない?」

 準々決勝、試合直前。ウォーミングアップを終えた侑たちがにやにやとそうわたしを取り囲む。くそ、やっぱりしっかり聞かれていた。直後に全然反応がなかったから嫌な予感はしていたけれど。もうずっとこの茶化しが続いている。本当にやめてほしい。

「言っとくけど、別にうちが一番強いとも言ってないからね」
「え、うち強ないんスか……?」
「いや、まあ、強いけど……」
「一番強ないと優勝できひんやん……嘘やん俺ら一番強いんとちゃうん……?」
「分かった分かった、もう一番強いでいいです。うちが一番強いから勝ってきて」

 監督がけらけらと笑って「一番強いんやで勝ってこやんとあかんなあ」と悪乗りした。これだからうちの部は。悪乗りする人しかいない。こういうときに頼れるのは北くらいしかいない。助けてください、と視線を向ける。北は腕を組んだままわたしをじっと見てから、小さく笑った。

「お前らそろそろやめたれや」
「北、もっと言ってやって」
「一番強い稲荷崎高校男子バレーボール部の主将が言うんやで勘弁したってや」

 前言撤回。北も変なタイミングで悪乗りする人だった。他の部員は大笑い。試合前とは思えない和やかな雰囲気。けれども、まあ、これが稲荷崎らしい。少しでも場の雰囲気を和らげるネタになっているならよかったです。そう割り切ることにした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 今日の全日程を終え、帰り支度を終えたわたしたちは一旦ロビーに集合している。一年生が忘れ物の点検に行っているのと、他の学校も帰っていく時間なので混雑するということで時間をずらしているのだ。周辺にも同じ理由でとどまっていると思われる集団がいくつかあった。
 北が監督と話し終わって戻ってきた。「あと十五分待機や」と言う。まあ、この混雑具合を見ると確かに。苦笑いをもらしていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると後輩の治がいた。別に話しかけられることは珍しくない。何の用だろうか。「何?」と顔を見上げつつ首を傾げると「あれ」と治がどこかを指差した。稲荷崎が集合している壁伝い、約二十メートルほど先に、白いジャージの集団。向こうもどうやら混雑具合に足踏みしているようだ。

「……え、何?」
「いや、教えたったほうがええんかな〜と思いまして」
「いやいや、教えてもらっても。話しかけないよ。お気遣いは感謝します」
さんってほんまかわいないっスよね」
「なんだと〜?」

 治の脇腹を軽く突いてやる。一緒にいる侑も「え、話しかけてきたらええやないですか。もったいない」と言った。ちょっと意外。侑ってそういうの、変に厳しそうなイメージがあったから。恋愛に現を抜かすようなやつは嫌いそうだとも思っていたけど、意外と愛情のある子なんだな。そんなふうに感心していると「え、なんか失礼なこと考えてません?」とおでこをつつかれた。
 それを聞いていたアランがわたしが背負っているリュックを掴む。稲荷崎の輪の中心にいたわたしをそのままずるずると引っ張って、ぽいっと手を離した。白いジャージ集団と稲荷崎の間。振り返るときっと姿が見えるだろう。乱暴なのですが。そうアランを睨んだら「ええやろ、話してこいや」と笑う。いや、でも、向こうも他の人と話しているし、割り込むのはちょっと。そんなふうに思っていると赤木が「ってそういうふうに思うんやな〜」と意外そうに呟いた。
 なんでこんなに気遣ってくれるのだろうか。恥ずかしいのですが。そう思いつつも、まあここまで言ってくれているのだから、少しくらい、いいか。そんなふうに思った。そうっと白いジャージ集団のほうに目を向けると、驚いた。しっかり目が合ったのだ。秋紀と。
 秋紀が話していた人たちに声をかけてから、こっちに向かって歩いてくる。なんか、恥ずかしい。向こうの人もこっちをじっと見て不思議そうにしている。秋紀が「お疲れ」とわたしの前で立ち止まると、梟谷の人が「えっ」と声を上げたのが聞こえた気がした。

「お疲れ〜……」
「え、なんでそんな死んでんの? 稲荷崎勝ち上がってただろ」
「まあ、いろいろありまして……」

 一日中気恥ずかしくて仕方がなかった。そんなふうに内心でぼやきつつ「秋紀も勝ってたね。おめでとう」と言っておく。秋紀は「おう」と笑ってくれた。
 お互い直接話すのは久しぶりだから話題には困らない。いろんな話をしているとどんどん時間が過ぎていく。もうそろそろうちは移動の時間かなあ。ぼんやりそんなふうに思っていると、ちょっと、寂しくなってしまう。だから会いたくなかったんだよ。語弊がある言い方だとは重々承知しているけれど、本当に。会いたかったけど、離れがたくなるから会いたくなかった。こんな気持ちは誰も分かってくれないかもしれない。

「あ、そうだ。ちょっとちょっと」

 秋紀がそう言って手招きする。そのまま梟谷の輪のほうへ歩いて行くものだから、内心ハラハラしてしまう。いや、なんで梟谷の人たちのほうへ行くの。普通に気まずいのですが。けれども呼ばれているものだから突っ立っているわけにもいかない。そそくさと秋紀の後ろを歩いて行くと、どうやら鞄に用事があったらしい。梟谷の人にめちゃくちゃに見られながら鞄の前でしゃがんでいる秋紀の背中を見つめるしかできない。

、タオル持ってる?」
「も、持ってるけど……?」
「あれやろうぜ。中学んときやってたやつ」
「……あー! 交換ね。はいはい」

 中学のときも大会の日に秋紀とタオルを交換したことがある。そのときの試合、秋紀はとても調子が良かった。それ以来験担ぎで毎回タオルを交換していたのだ。久しぶりの恒例行事。ちょっと嬉しい。そんなふうに思いながらリュックを下ろして中からタオルを、と思ったのだけど。どうしよう。かわいい柄物のタオルしか持っていない。秋紀はわたしの顔を覗き込んで「どうした?」と笑った。

「……めちゃくちゃかわいいタオルしか持ち合わせがないけど、これで調子崩れるとかない?」
「え、いいじゃん。めちゃくちゃかわいい木葉秋紀として頑張るわ」

 はい、とシンプルなタオルが手渡される。それを受け取って、めちゃくちゃかわいい柄と色のタオルを秋紀に渡す。秋紀は「めちゃくちゃかわいいじゃん」と大笑いした。

「でも、いつ取り替えるの? タイミング合うかな?」
「これ、もらってっちゃだめ?」
「……いいけど?」
「やった〜」

 秋紀はかわいいタオルを鞄にしまうと「めちゃくちゃかわいいスパイクとか打てそうだわ」とまた笑った。かわいいスパイクってなんだ。よく分からなくて首を傾げてしまう。そんなにかわいいタオル、気に入ったのかな。秋紀ってそういう女の子っぽいもの好きだっけ。シンプルなものを好んで持っているイメージだったけどなあ。

「このままいくと当たるわけですけども」
「そうですね」
「負けませんので」
「こちらこそ負けませんので」
「一番強い≠フ称号もいただきますので」
「たぶんそれは一生無理だと思う。秋紀ヘタレだし」
「おい、急に真顔になるな、傷付くだろ」

 こつん、と頭を小突かれた。痛くない。痛くないけど、たぶん、今日眠る前に思い出す。そんな痛みだった。
 時間だ。稲荷崎の集団が少し動きはじめたのが横目に見えた。秋紀に「じゃ、頑張って」と声をかけた。「ん」と優しく笑ってから、手を伸ばしてくる。わたしの頭を軽くぽんぽんと撫でると「そっちもな」と穏やかな声で言ってくれた。
 そういうの、当たり前みたいにするから困る。弱いんだってば、わたし、そういうの。ちょっと悔しくなりながら秋紀の脛を軽く蹴っておいた。「ひどいな?!」と笑われたけど、その笑った顔が、やっぱり、何より好きだった。
 手を振ってから背中を向ける。やっぱり、会いたくなかった。東京から引っ越す当日のことを思い出す。離れたくなかった。わたしも秋紀もまだ子どもだから、簡単に会える距離じゃない。それがつらくて、引っ越すその日も秋紀の顔をちゃんと見られなかったんだ、わたし。



 呼び止められた。あの日と同じだ。くるりと振り返ると秋紀がわたしの好きな笑顔を見せてくれた。「なんかあったら連絡して」と言ってくれた。それもあの日と同じ。やっぱり、秋紀は秋紀のままだね。離れていても、会えなくても。そう思ったら安心した。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「かわいいスパイクとは」
「かわいい木葉秋紀とは」
「俺もかわいいスパイク打てる?!」
「いや、木兎さんのスパイクがかわいかったら他どうなるんですか」
「待って、すげー茶化してくんじゃん……」
「そりゃそうだろ。見せつけるようにデレデレしやがって。スルーできるかよ」
「彼女持ちは袋叩きにするって決めてるから」
「久しぶりに会えてテンション上がりましたスミマセン……」
「てか木葉ヘタレなのに大丈夫? 稲荷崎イケメンいたよ?」
「待って、不安を煽るのやめて、本当にやめてください」
「勝っていいとこ見せてやればいいじゃん!」
「はい、頑張ります。誰よりも頑張ります」
「かわいいスパイク期待してます」
「赤葦こういうときだけ乗るのやめて……」


うわさのアキノリくん