わたしの彼氏は特別イケメンというわけでもなく、超スーパースターというわけでもない、のに、みんなに好かれる人気者だ。好かれているけどいじられキャラで、誰彼構わず彼のことをちょっと小馬鹿にしていじっている。男だろうが女だろうが。けれど、本人がそれを許しているから誰もやめない。それを見ていると、彼女としては少しだけ、複雑だった。
 なんでよ。木葉、普通にかっこいいじゃん。なんでこんなにいろんな人にいじられてるの。ずっと好きで一年片思いした相手だから、なんかちょっと小馬鹿にされている感じがどうも腑に落ちない。腑に落ちないから、目の前の光景にもちょっと、首を傾げてしまう。

「マジでない、マジで母親にキレられるんだけど!」

 そう笑いながら木葉は、制服にまでついた液体をタオルで拭き続けている。よくバラエティ番組のどっきり企画である、色の付いた液体を突然かけられるってやつ。クラスの男子たちが放課後にそれを木葉に仕掛けたのだ。女子たちも大笑いしながら「さすがにクリーニング代出しなよ〜!」と男子たちに言う。男子たちはげらげら大笑いしつつ「一人十円ずつでいい?」と木葉に言っていた。
 教室を後にしたわたしたちは部活に向かうべく廊下を歩いている。雪絵とかおり、もう着替え終わってるかな。わたしと木葉だけ教室から出るのが遅かったから一足遅れたかもしれない。そう考えて急ぎ足で廊下を歩きながら、やっぱり腑に落ちない。そんなわたしの表情が伝わったのか、木葉が「どうした?」と顔を覗き込んできた。
 木葉の制服はほんの少し水色の液体がまだ残っている。水性だから洗濯したら普通に取れるらしいけど、多分お母様に怒られることは確定だとけらけら言っていた。それ、笑うとこ? わたしのノリが悪いだけなのかもしれないけど、ああいうの、怒るとこじゃないの。そんなふうにぶすくれている。
 そんなこととは知らない木葉は「俺なんかした?」と苦笑いで聞いてくる。木葉が何かしたわけじゃないけどさあ。そう複雑に思っていると、木葉がわたしの頭をくしゃくしゃ撫でた。

「何? 何に怒ってんの?」
「怒ってなーい」
「怒ってんじゃん。その拗ね方かわいいな」

 む、としつつ照れてしまう。そういうの、ずるい。そう言ったらわたしの機嫌がちょっと良くなるの分かってるから言うんでしょ。階段を下りつつ木葉がまた顔を覗き込んで「なんでかわいく拗ねてるのか教えて〜」と茶化すように言った。そんな木葉の顔を手で押しのけておく。顔が近い。木葉の顔、好きだからどきどきする。やめて。言わないけどそう心の中で文句を言っておく。

「なんかあった? 嫌なこととか言われた?」
「違います〜」

 絶対に教えてやらない。何を言っても「俺は別に嫌じゃないけど?」って言うに決まっている。木葉は自分のこと、いじられキャラになるのが普通の冴えないヤツ、とか思ってるから。そんなわけないじゃん、隠れ高スペックなのに。隠れ、がついてはしまうけど。
 木葉がずっと「なーなんで怒ってんの?」と言う中、かわし続けてどうにか部室まで辿り着いた。木葉は不満げだったけど、着替えるために一旦そこで別れる。女子更衣室に向かう途中、雪絵と会った。こっそり「木葉、誕生日じゃん。木兎やる気満々だったよ〜」と言われた。サプライズを予定している、というのは前日に聞いてはいた。パイ投げしたりしないだろうな。そう若干警戒しつつサプライズの内容を探っていたけど、今のところパイ的なものの予定はなかった。普通のサプライズでいいんだからね、木兎。そんなふうに思っている。
 木葉がいいなら、まあ、百歩譲っていいんだけどさ。そう思う自分もいるけど、やっぱりどうしてももやもやしてしまうのだ。だって木葉、かっこいいのに。なんでいじられキャラなんだろ。面白いから? 優しいから? いろんな理由が浮かぶけど、わたしの中では何よりかっこいいという印象がぶっちぎりだからしっくりこない。だってさ、どんなスポーツでも基本的にできちゃう運動神経の良さとか、とりあえず困ってる人には声かけちゃうところとか、見返りなんて全然求めていないさり気ない優しさとかさ。ひっくるめたら全部、かっこいいんだもん。自慢の彼氏。女の子にからかわれているところとかを見ると、丸一日その光景が頭から離れなくて困る。それがほとんど毎日だから本当に困る。けらけら笑って「、もっといい男捕まえられるでしょ〜」とからかわれた日なんか、木葉があとで焦りながらフォローを入れてくるくらい不機嫌になってしまったっけ。

「雪絵」
「うん〜?」
「木葉ってかっこいいよね?」
「それ、もう百回くらい聞かれたんだけど〜」

 けらけら笑う。雪絵は「ん〜。かっこいいっていうか、木葉って感じ」といつもの返答をくれた。えー、そうなのかなあ。首を傾げつつ女子更衣室に入ると、先に来ていたかおりが「お疲れ」と声をかけてくれた。

「何? 悩みごと?」
「違う違う。いつもの木葉はかっこいいよね問題」
「ああ、はいはい。いつものやつね」
「扱いがひどくない?」

 だって。そうぶすくれると「かわいくないよ〜」とかおりが頬をつねってきた。かわいくなくていいですよーだ。そんなふうに笑ったら、ジャージを着つつ「まあ、そう思ってるのが自分だけのほうがいいんじゃない?」とかおりが言う。なんでよ。三枚目みたいな扱いをされてるのが不満なのに。そう言ったら「だってさ」と笑われる。

「木葉イコールかっこいいってみんなが認識したら、いろんな子が木葉のこと好きになっちゃうよ?」
「……困る!」
「ね。だから、以外は木葉イコールいじられキャラって思ってればいいんだよ」
「それでいい。木葉かっこよくないからね、ね?」
「あのね、私らに言っても仕方なくない?」
「ごめん、試合のときにたまには思うけど、ほぼかっこいいと思ったことないよ」
「ちょっと! それはそれで!」

 喚くわたしの頭をかおりがガシッと掴んだ。「惚気るな」とにっこり笑われたので「すみません」と素直に謝っておく。部活中はもちろんこういう感じを出さないけど、部活外の時間はいつもこんな感じなのでたまに鬱陶しがられてしまう。でも、だって。好きな人のこと、喋りたいじゃん。そんなふうにちょっと拗ねたら「あら〜かわいい彼女だこと〜」と雪絵が笑った。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 クラッカーのごみをほうきで掃きながら、木兎が満足げに「大成功だったな!」と笑った。バレー部によるサプライズは、実にスタンダードなものだった。木葉が体育館に入ってきたらクラッカーで出迎え、体育館の電気を消しケーキが登場。猿杙と小見が作ったこれまでのアルバム、それぞれの部員からのおもしろ系のものを含めたプレゼントの贈呈、監督からの有難いお言葉。とんでもなく、しっかりしたお祝いだった。そうそう、これだよ、わたしが思い描く誕生日のサプライズは。木兎に「木兎が考えたの?」と聞いたら「あったりまえじゃん」と偉そうに言った。いや、実際に偉い。木兎を心からそう思ったのは割とはじめてかもしれない。

「木葉って結構いじられキャラじゃん。今年も散々な目に遭うサプライズばっかりだったし、木兎もそういう感じにするのかなって思ってたから意外だったよ」
「え、友達の誕生日は普通に盛大に祝いたいだろ?」

 ほうきを持ったまま固まってしまう。友達の誕生日は、普通に盛大に。木兎が言ったその言葉はあまりにもシンプルだけれど、わたしにとっては首が千切れんばかりに頷きたいほど、完全同意な考え方だった。というか、わたしはそういうふうに人に思われている木葉が好きなんだよ! 木兎分かってるじゃん! いや、別にそういうつもりで言ったわけじゃないのは分かってるけど!
 感動した! その熱量のままに木兎の手をぎゅっと握って「そうだよね?!」と言ったら、木兎もわたしの手をぎゅっと握って「え、普通そうだろ?!」と笑う。なんだよ木兎、三年間一緒にいてそんな素敵な一面があったとは知らなかった。いや、友達思いだというのは知っていたけど。去年も一昨年も。サプライズはやらずに普通にお祝いしただけだった。こういう場面での木兎の振る舞いは知らずじまいだったのだ。サプライズで計画する人の人柄がよく分かるというのはこのことか!
 二人できゃっきゃとはしゃいでいると、「は〜い通りますよ〜」とわざわざ間を木葉が通ろうとしてくる。今木兎ととても崇高な感情を共有してるところなのに。木葉はじっとわたしを見てから「は〜い離して〜」と言って、わたしと木兎の手を引き剥がした。

「そろそろ練習はじめるぞ〜遊んでないでちゃんと掃除して〜」
「それ俺が言うやつじゃない?!」
「いや、お前が遊んでるからだろ」

 けらけら笑いながら木葉は袋いっぱいのプレゼントを一旦体育館の隅に置く。少し照れくさそうに「ありがとな」と木兎に言った顔。ちょっとかわいかった。でも、嬉しそうで。わたしも嬉しくなってしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「はい、お誕生日おめでとう」

 部活終わり、みんなと別れてから駅の近くの公園でプレゼントを渡した。木葉は「くれないかと思った」と笑ってから「ありがとな」と受け取ってくれる。すぐに開けられると恥ずかしいから、と言えば「何でも嬉しいけど?」と言いつつとりあえず鞄にしまってくれた。
 二人で公園のブランコに腰を下ろして、いつもの時間までおしゃべりをする。これがわたしと木葉の日課。あんまり遅くなると親に心配をかけるから、乗る電車の時間はいつも同じにしている。

「シャツ、お母さんに怒られない? 大丈夫?」
「完全に怒られるけど、まあ大丈夫だって。洗濯したら落ちるやつって言ってたし」

 けらけら笑う。「あいつら容赦ないよなー」とクラスメイトたちのことを思い出して「去年も似たような感じだったから予想してたのにな」と避けられなかったことを悔しがる。そうじゃないでしょ。そんなふうに思っていたら、木葉が「あ、やっぱりそれ?」と顔を覗き込んできた。脈絡がない発言だったのできょとんとしてしまう。何の話? そんなふうに視線を向けると、木葉が「部活前、怒ってたじゃん」と言った。

「……だって、悪ふざけが過ぎるんだもん」
「そうか〜? 高校生なんてあんなもんだろ」

 顔を覗き込んだままさり気なくわたしの手をきゅっと握る。じっと顔を覗き込むと、ちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
 ノリが悪い、とかそういうことをたまに男子に言われる。楽しいことは好きだし、悪ふざけも嫌いじゃない。でも、度が超えたらいけないと思うのが普通じゃないか。せっかくの誕生日なのに、ということを除いても制服に汚れがつくとかそういうの、良くないと思う。まあ、ノリが悪い自覚はあるけれど。
 好きな人が小馬鹿にされてるの、嫌じゃん。そう少し拗ねてしまう。木葉はそんなわたしの気持ちを全然理解してくれない。付き合い始めたころに勇気を振り絞ってかっこいい、と木葉に伝えたことがある。すると、一瞬固まってからけらけらと笑い飛ばして「俺が〜?」と返してきたのだ。それはそれはむかついた。そうだよあんただよ、と思ったけど木葉があんまりに笑うからそれ以上言わなかったっけ。こんなにかっこいいと思っているのに。木葉は自分のことをそんなふうに微塵にも思えないらしかった。

「でも、愛されてる感あってちょっと嬉しいかも」
「ちょっとなんですかー」
「ちょっとなんですー」

 くしゃくしゃとわたしの頭を撫でる。よくわたしの頭をこんなふうに撫でるのだけど、どうしてかと聞いたらわたしの髪を触るのが好きだと言ってくれた。だから、髪の毛の手入れは怠らない。木葉がそれに気付いているかは知らないけど、前より撫でてくるようになったから効果は出ているらしい。

「ノリの悪い彼女でごめんなさいね」
「えー、ノリ悪いっていうのはちょっと違うんじゃない?」
「じゃあ何になるの」
「う〜ん。ちょっとだけ、愛が重い彼女とか?」
「……重いんだ」
「心地よい重みだから木葉秋紀的にはオッケーだけどな」

 拗ねんなよ〜、とちょっと嬉しそうな声で言う。重いって言われたのはちょっと、心外ですけども。機嫌が良さそうだしまあいいか。惚れた弱みですよ。ちょっとの失言を見逃せるくらいには好きだから仕方ない。わたしも木葉の頭をぐりぐりして仕返しをするだけに留めておいた。

「そんなちょっと愛が重めな彼女にお願いがあるんだけど」
「何?」
「全然、本当、束縛するつもりで言うわけじゃないんだけどさ」

 木葉の手が、頭から頬に滑ってくる。ふにふにとやんわり頬を撫でられると、少しくすぐったくて笑ってしまった。木葉はちょっとだけ悔しそうな顔をしていて、なんとなく言葉に迷っている様子をしている。どうしたのだろう。「なに?」と木葉の手に触りながら聞いてみるけど、「んー」と言いづらそうなまま少し間が空く。なんでも言ってくれればいいのに。簡単には怒らないよ。そんなふうに大人しく言葉を待つ。じっと木葉の口元を見続けて、ようやくゆっくり唇が動いた。

「あんま、他の人のこと、自分から触りに行ったりしないでほしいかなー、と」
「……え、いつのこと?」
「いやいや。今日めちゃくちゃ木兎と手、握り合ってたじゃん」

 あ、わたしが感動したときのやつ。そう思わず呟いたら「なんて?」とわけが分からん、というような顔をされてしまった。木葉は「まあ、何でもいいけど」と言ってから、わたしの頬を触っていた手を離す。その手で自分の前髪を横に流すように触る。

「やきもちだ?」
「そうですけど」
「えー、嬉しい」
「ちょっと愛が重いタイプなので、俺も」

 ブランコから立ち上がる。もういつもの時間が来てしまった。わたしも仕方なく立ち上がると、木葉が「行くか」と照れくさそうに笑ってから歩き始めた。わたしもその隣を歩いていく。
 おめでと、と軽くもう一度言っておく。木葉も軽くありがと、と笑って、手を繋いでくれた。


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