ほぼ十年間、片思いしていた幼なじみに告白した。
 きっかけと言われるものはなかった。気付いたら好きになっていて、気付いたら他は見えなくなっていて、気付いたら口から出ていた。とてもシンプルに「好きだ」という言葉が。それを聞いた幼なじみはいつも通り「うん、私も!」とかふざけたことをぬかしやがった。それがとてつもなくカチンときてしまい。
 幼なじみに思いっきり殴られてから、ようやく突然キスをしてしまったことにも気付いた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「赤葦、今日めちゃくちゃ調子悪いな」
「木兎またなんかしたのかよ」
「なんでもかんでも俺のせいにすんな!」

 ぎゃーぎゃーうるさい三年生の先輩たちの横を通り過ぎる。「お疲れ様です」と俺としてはいつも通り呟いた一言に、木兎さんたち全員が「お、おつかれ……」と驚いたように返事をした。それに何か言及する元気などない。部室のドアノブを回し外に出ようとした俺の背中を、「やっぱり待て赤葦!」と木兎さんの声が引き留めた。

「……なんでしょう」
「よし! クレープ食いに行くぞ!」
「は?」
「こういうときは甘いもん食えばどうにかなる!」
「やったー木兎のおごりー」
「木兎さん太っ腹ー」
「赤葦にしか奢んねえよ?!」

 俺がぽかんとしている間にどんどん話が進んで行く。木兎さんの奢りでクレープ、とてもじゃないが魅力的な字面ではない。木兎さん、奢り、クレープ。どの言葉もガタガタとくっつきが悪く不気味にさえ思う。そもそもなぜ突然クレープなんだ。俺が何も言葉を発さないままでいると、他の部員も全員着替え終え「よし行くぞ!」の声に「おー!」と威勢よく返している。
 心配をかけてしまった、のだろう。そう思うとなんだか急に申し訳なくなる。部活中に私情を挟んで調子が悪くなったというのに、この人たちはこんなにも純粋に心配してくれているのか。それを思うと断るに断れなくなってしまう。情けなさを感じつつ「分かりました」と声を出したら、木兎さんたちがなぜか少し喜んでくれたように見えた。

「どこのクレープ……っていうかなんでクレープなんだよ」
「男ばっかでな」
「駅にうまいクレープ屋できたってクラスの女子が言ってたから!」
「俺ご飯系がいいな〜」



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 いま思えば、この誘いに罪悪感から乗ってしまったことが間違いだった。普段の俺であれば適当に流して帰っていたのに。
 木兎さんはクラスの女子生徒が言っていたというクレープ屋を携帯で調べ、意気揚々と俺たちを案内してくれた。学校から結構離れた場所にあると知ると木葉さんをはじめとする先輩たちは「交通費寄越せ」とごねはじめる。まあ、その掛け合いが楽しくてやっているとは分かっているので口は出さない。木兎さんは木葉さんたちが差し出した手に「ヘーイ」と自分の手を打ちつけてにこにこと笑う。ギャーギャーと騒いでいる先輩たちの背中を見ながら、つい先日の出来事をぐるぐると考えてしまう。
 どうしてあんなことをしてしまったのか。自分で言うのは気が引けるが、どちらかというと冷静に物事を判断できる方の人間だと思っていた。百歩譲って告白してしまったことは良しとしよう。十年間胸に秘めていたのだ、それまで頑なに黙りつづけた自分の口を責めるつもりはない。よく頑張ったと思う。ただ、どうして突然キスしてしまったのか。

「お、ついた! 赤葦なに食う?」
「木兎の奢りだから高いの食ってやれよ赤葦」
「優しくない! 俺に対して優しくない!」

 ぞろぞろとでかい男がファンシーなクレープのメニューをこぞって覗き込む。第三者視点で見るとものすごい光景である。似合わないというか、不気味というか、場違いというか。木兎さんの背後からちらりと盗み見するようにメニューを見て、「じゃあこれで」と指をさしておく。木兎さんは「オッケー!」とハイテンションに他校の女子に混ざって列に並ぶ。どうやら俺の分は木兎さんが注文してくれるらしい。小見さんに「悪いけど椅子確保頼む」と言われたので適当に椅子に座っておくことにする。がやがやと女子の声だけが聞こえる空間はなんだか居心地が悪い。思わずため息がもれたと同時に、喧騒の中で「京治?」と俺の名前を誰かが呼んだ。
 はっとして顔をあげると、そこには先日俺の左頬を遠慮なくグーで殴った幼なじみがいた。

「こんなとこでなにしてんの」
「……先輩に、無理やり」
「あー、なんだっけ? ぼくとさん?」
「そう」

 少し首を傾げそうになる。どうしてこんなにも普通なのだろうか。というか声をかけてきたこと自体にも驚いてしまう。幼なじみ、は「いい先輩じゃん」と笑った。片手には買ったばかりらしいクレープが握られている。 は近くで話していた女子生徒数人が座っている席に寄って行く。すると「ちょっとごめん〜」と軽く手を振って、また俺のところへ戻ってきた。それどころか隣に座って当たり前のように「ここのクレープさ」と世間話をはじめる。鋼の精神か、お前は。思わず出そうになった言葉をぐっと堪えて、「へえ」とさして興味もなかったが相槌を打っておく。
 は俺に気を遣っているのかもしれない。ここへ来たことを後悔しながらの話に相槌を打ち、ひたすらに先日の出来事を消すことに努める。そんなことを知る由もないはにこにことクレープを食べながら話し続ける。から視線を外して並んでいる先輩たちに目をやる。思った通りこちらを見てにやにやとしていたり、携帯で隠し撮りをしたりしているところだった。どこまでも趣味の悪い人たちだ。

「京治どれ食べるの?」
「……ツナ」
「一番普通のやつじゃん」
「定番は外れないだろ」
「定番じゃなくてもおいしいって!」

 「ほら!」とは自分のクレープを俺の口元に持ってくる。いちごなんとかレアチーズなんとかというらしいクレープを見ながら、思わず舌打ちしそうになる。 のこういうところが俺を冷静じゃなくさせるのかもしれない。言動が驚くほど無防備なのだ。自覚がないというか、何も気づいていないというか。眉間にしわがよりそうになるのは堪えられたが、顔が引きつったのは堪えられなかったらしい。 は「なに、その顔」と不機嫌そうな顔をした。

「お前さ」
「お前言うな」
「……さ」
「うん」
「怒ってないのか」
「めちゃくちゃ怒ってるよ」

 不機嫌そうな顔のまま、はそう呟く。俺に差し出したクレープはそのままだ。微かに鋭くなった目つきに若干恐ろしさを感じる。は昔から一度怒ると手が付けられない。いまみたいに静かに怒っているときはとにかく怖い。何が怖いって、いつまでも根に持つところが怖い。どこまでも追いかけてくるテケテケのようだと小学生くらいのときは恐怖したものだった。今回のことは俺が悪いのだから仕方ないけれど。

「でも仕方ないじゃん」
「……なにが」
「もう終わったことだし、私もグーパンかましちゃったし」

 「オアイコで許してやらないこともない」とはしかめっ面のまま言う。終わったこと。その言い草にカチンときてしまい、我慢していた舌打ちが口から出て行った。それを聞き逃さなかったは「おいこら京治」とついに不機嫌な顔をした。そんなことは気にせず、先ほどからクレープを差し出したままのの右手首をつかむ。つかんだ手を緩めないようにがっちり手首をつかむと、は「ちょ、なに」と眉間にしわを寄せる。の顔から視線を外して、遠慮なくのクレープをそのまま食べる。一口だけあげるつもりだっただろうが「ちょ! 待てこら京治!」と左手で俺の頭をばしばし叩く。の手におさまっている部分だけ残して他はすべて食べ終わる。の右手首を離しながら「ごちそうさまでした」と言ってやると、「最低」と俺の顔を睨み付けてくる。

「最低はどっちだよ」
「はあ?」
「終わったことにするとか、遠回しに振ってるのか」
「なにそれ、逆ギレじゃん」
「振るなら振るでストレートに言えよ」

 甘ったるいクレープの味が口の中に残って気持ち悪い。本当、よく言えたものだと思う。突然キスしておいてこの言い草はない。自然に話しかけてくれただけ感謝するべきなのだが、どうしてもそれはできなかった。

「大体キレたいのはこっちなんだけど」
「悪かった。謝る。はい終了」
「はあ?! なにそれほんっと意味分かんない」
がふざけたこと言うからだろ」
「ふざけたことなんか言ってないし!」
「言った」
「言ってない!」

 誰がふざけずに告白に「うん、私も!」なんてアホ面で答えるのだろうか。十年間たまりにたまった思いに対してそんな軽すぎる返事をされてカチンとしない人などいるはずがない。正直「なんでこいつを好きになったんだろう」としばらく頭を抱えたほどの衝撃だったのだ。 からすれば十年も想われていたことを知らないのだから仕方なかったことかもしれない。けれども、いくらなんでも空気が読めなさすぎる。

「もうどうでもいいから振れよ。自分が惨めになる」
「…………ふ、るとか、言ってないし」
「は」
「一言もそんなこと言ってないじゃん」
「グーパンしてきただろ」
「……それは、その、突然……キス、されたら驚くじゃん……ふつう」

 ごにょごにょ。まさにそんな感じの話し方に空気が変わったことを察する。先ほどまでのように興奮して怒っている様子ではない。は俺の方に向けていた顔を下に向ける。ほんのり赤く染まる頬が見えたのと同時に、俺まで少し顔が熱くなった。

「……というか、本当、ふざけたことなんか言ってないし……」
「またその話かよ」
「だから! だから本当、ふざけてなんかない、っていうか」
「……いまいちの言いたいことが分からないんだけど」
「だーかーらー! ふざけてなんかなかったの! 本当に!」

 「ばか! ばか京治!」、はそう大きな声で言いながら俺の頭を何回か叩く。それを手で制しながら「やめろ」と呟いておく。なんとなく、言いたいことの意味は分かった、かもしれない。

「……う、嬉しかったから……つい、あんな風に返しちゃった、っていうか……」
「……お前さ」
「お前って言わないで」
さ」
「……うん」
「本当、ばかだよな」
「はあ?!」
「そういうとこも好きだけど」
「……どうも」


surprise