※2018年以前に書いたものです。
※未来捏造。




 高校を卒業して二年が経ち、もう制服など着ることのできない二十代に突入してしまった。 東京の大学へ出て一人暮らししていた私のアパートに届いたそれを見つめ、ただただ立ち尽くしてしまう。 成人式のあとに行われるクラス会への招待状だ。
 私が卒業した高校は工業高校で、クラスメイトに女子は私を入れて三人しかいなかった。 目立っていなかったとは言えなかったけれど、それでも私は地味な生徒だったのだ。 クラスメイトで仲の良い人はぱっと浮かばない。 何よりあと二人の女の子たちがとても派手な子たちだったのだ。 そのこともあってあまり目立たずこっそり学校生活を送っていた。
 そんな私に届いた招待状の送り主は「二口堅治」、当時のクラスメイトだ。 当時私はこの二口くんのことがちょっと好きだった。 お世辞にも性格が良いとは言えなかったけど、誰とでもそれなりに仲良くなれてなんだかんだで優しい人だった。
 一年生から同じクラスだったけれど、班分けであぶれてしまった私を自分の班に入れてくれたことがあった。 どうしてもその班の中でも浮いてしまって、他の班員の人たちはとても気を遣ってくれた。 でも逆にそれが私としては申し訳ない気持ちになってしまって、やっぱり余計に浮いてしまう。 そんな私に当たり前のように軽口を叩くのは二口くんだけだった。 それがとても嬉しくて楽しくて、気付いたら私は二口くんのことを目で追うようになってしまっていたのだ。



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 久しぶりに帰ってきた地元は、何も変わらぬ街並みのままで少し安心した。 冷たい風が頬にぶつかってくる感覚すら懐かしい。 腕時計で時間を確認して、駅の出口に向かって歩きはじめる。 成人式には参加しなかった。 東京からわざわざ出てきて、とくに知り合いもいない式に参加するのは気が引けたからだ。 それなら、どうして地元に帰ってきたのか。
 駅の入り口はたくさんの人で溢れ返っている。 じっと目を凝らしてみると、見覚えのある人を数人見つける。 成人式が終わった後着替えた人が多くて、私服で来た自分としてはとても安心する。
 地元に帰ってきたのは、とくに仲の良い人もいない高校のクラス会に参加するためだ。 クラス会に参加するため、というよりは、もっと具体的に。

「……あ、さんじゃね?」

 こちらを見て指をさしたのは、招待状を送ってくれた二口くんだった。 二口くんは着替えて来なかったのかスーツ姿で、当時からよく一緒にいた青根くんと並んで立っている。 会釈して輪から少し離れた場所に立っていると、二口くんは苦笑いしながら青根くんに何か言ってからこちらに向かって歩いてくる。

「なんでそこで止まっちゃうの、さん」
「え、あ、ごめんなさい…」
「なんで敬語」

 二口くんは笑いながら「さん変わんねーな」と呟く。 集合時間が迫り、たくさんの見覚えのある顔が揃う。 実のところ、参加するとは言っても最後まで参加するつもりはなかった。 ただ、二口くんの顔を一目見れるだけでもうよかった。 集合時間になる前にこそっと離れてそのまま実家に帰ろうかと思っていたのだ。 こうして二口くんに話しかけてもらえるなんて微塵にも思っていなかったから少し焦ってしまう。 自分の近況を話しつつ私の近況も訊いてくる二口くんに、恐る恐る口を開く。

「あの、二口くん」
「ん?」
「招待してもらってあれなんだけど…」
「やっぱり参加しません、でしょ?」
「え」
「え、当たった?マジ?俺すごくない?」

 二口くんは驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻って「了解です」とオッケーサインをした。 それと同時に二口くんは私に背を向け青根くんの隣に戻っていく、のかと思いきや、高校時代とても目立っていた男の子に近づいていくつか会話を交わしている。 その人は「え、マジかよ!なんで?」と二口くんに驚いた様子で言う。 二口くんは「なんでも!」と答えると、その人に手を振ってまたこちらへ戻ってきた。

「じゃ、俺とさんお先でーす!」

 二口くんはそう全員に言い、「行こう」と私の手を引っ張る。 ぽかん、とした様子の元クラスメイトたちに背を向け、二口くんに引っ張られるがままに駅の中へ進んで行く。
 一体どういうことなのだろう。 私に招待状をくれた二口くんは幹事なのだろうし、参加しないといろいろ迷惑がかかるのではないだろうか。 二口くんの背中を見つめていると、急に二口くんが立ち止まる。

さんてさ、実家どこなの」
「え、あ、電車で二十分くらい行ったとこ…だけど…」
「じゃ、送ってくよ。切符買おう」

 にこにこと笑って二口くんは切符売り場に向かって歩きはじめる。 つかまれた手はそのままだ。 口数が少なくなった二口くんにおっかなびっくりついて行きながら、その背中になんとか声をかける。

「い、いいの?クラス会」
「いいの。俺、別に幹事とかじゃないし」
「えっそうなの?」
「そうだよ」

 「幹事だと思ってたっしょ?」と私を振り返る。 スーツ姿は少し大人に見えたけれど、高校生のときと何ら変わりない笑顔だ。 二口くんの顔を見上げてきょとんとしてしまう。 そんな私の顔を見ながら、二口くんは思い出したように私の手をゆっくり離した。
 クラス会への招待状を送ることは大抵は幹事の人の仕事なんじゃないのだろうか。 連絡先も引っ越し先の住所も何も伝えていなかった私にだけ、知り合いや連絡先を知っている人が連絡をくれるのなら分かる。 けれど、悲しいことに私にそんな仲の人はいない。 つまり連絡の取れない人への連絡はしないか、面倒ながらも調べて連絡するか。 その二択になるわけだ。 学生時代から何かと親切にしてくれた二口くんなら後者を選んでもおかしくない。

「私、二口くんに連絡先教えたっけ…?」
「ううん。いろんな人に訊きまくって調べた」
「か、幹事じゃないのに?」
「うん」

 「住所調べるのめちゃくちゃ大変だった」と少し不機嫌そうな顔をする。 そりゃあそうだ、住所を知っているのは両親や親戚、あとは中学時代の仲の良い友達だけなのだから。 高校の人には誰一人として教えていない。 どうやって調べたのかは少し怖いので訊かないことにする。
 それにしても、二口くんが私にクラス会の招待状を送るためだけに大変な思いをして住所を調べたなんて。 なんだか妙に嬉しくなってしまう。 きっとただ一人呼ばれないであろう私を気遣ってくれたのだろう。 高校生のときも二口くんはそういう人だった。 いつも一人でいる私にたまに声をかけてくれたり、席が近くなるとペアを組む授業なんかでは誘ってくれたり。 クラスに溶け込めるようにしてくれていたように、今回も誘ってくれたに違いない。 ……でも、ならなぜ、クラス会に参加しないのか。

さん」
「あ、はい」
「やっぱりさ、帰る前にちょっと時間くれない?」

 切符売り場に向かっていた足を止める。 混んでいる中で急に立ち止まってしまった二口くんは、何かを考えるような表情を浮かべながらじっと辺りを見渡す。 しばらくして「あそこ行こう」と指差しながらまた私の手をつかむ。 指差した先は人がいないところで立ち止まっても邪魔にならなさそうだ。 人波を切る二口くんの足取りに感心しながらまたあとをついて歩く。 さっきよりもなんだか冷たくなっている二口くんの手が照れくさい。 ああ、私、この人のこと好きだったんだなあ。 そんなことをぼんやり思った。
 壁際に着くと二口くんはくるりとこちらを振り返る。 手はつかまれたままだ。 なんだか思いつめたような表情をしているから、少し緊張してしまう。

「アドレス」
「うん?」
「アドレス教えてよ、さん」

 視線を逸らしながら呟いて、ポケットからスマートフォンを取り出した。 その表情が可愛くて少しきゅんとしてしまったのは秘密だ。 まさかそんなことを訊かれるとは思わなくて素っ頓狂な声が出てしまう。 それを笑われて余計に恥ずかしくなる。 高校時代と変わらぬ軽口は、やっぱり嬉しいものだった。

「う、うん」
「赤外線送れる?」
「うん」
「あとさ」
「うん?」
さん、手、何も言わないけど、このままで大丈夫ですか」

 そう言った瞬間、二口くんの顔が真っ赤に染まる。 そんなことをそんな顔で言われたら私まで顔が赤くなる。 なんと答えればいいのかも分からないし、どういう意味で二口くんが言っているのかもよく、分からない。 ありえない期待をしてしまいそうになる自分を必死に押し殺しながら「あ、は、はい」と消え入りそうな声を出す。 二口くんはぼそりと「そっか」と呟き、ほんの少しだけきゅっと私の手をつかみ直す。 つながれているわけではない手をどうすればいいのか分からないまま、ただただ動かさないように気を張る。
 赤外線通信で二口くんのスマートフォンにアドレスを送信する。 しばらくして送信完了画面が表示され、「受信できた?」と訊きながら顔を上げる。 スマートフォンの画面を見つめながら優しく微笑む二口くんがそこにはいて。 忘れかけていたものを、思い出してしまった。


結びかけの愛情