ゆらゆらとうごめく、水のように密やかな瞳。何もかもを諦めているようでいて、何もかもを支配しているようでもある。そんな冷たい視線を隠すように無表情を崩さない。その静かな瞳にほんの少し付け足すかのようなひっそりとした声が聴こえてくる。鋭いようでいて柔らかな軽蔑を孕んだ声色と淡々とした言葉選び。一つ一つの言葉が恐ろしいほどに滑らかだ。たった数秒の間に行われる瞬きがやけにゆっくりに見えるのも。紡がれたたった一言が物語のように聴こえるのも。恐らくは彼の瞳が静かに燃ゆる光を宿しているからなのだと、錯覚させるほどの闇を隠し持っているからなのだろう。彼に対する印象は昔からそんなもののまま、また今年も夏を迎えていた。
 死んだように眠る国見は静かな呼吸を繰り返している。いつか聴こえなくなってしまいそうなその寝息は信じられないほどに穏やかだ。長い手足は力をなくし、そのままベッドに飲み込まれそうなくらい動かない。動くものといえば時折揺れるつやつやと美しい黒髪くらいなものだ。それほど国見は動きを殺して寝ていた。
 その寝顔をぼんやり見つめつつ、少し開いていた窓から流れ込んできた夜風に顔を顰めてしまう。生ぬるい風はまるで見知らぬ人に肌を触られたように不快だ。昨日雨が降った影響なのだろう。じめじめした空気が鬱陶しい。冷房をかけるのをすっかり忘れたまま眠ってしまったことを後悔しつつ、冷房のリモコンを手に取る。ピ、となんとも機械的な音が聞こえると同時に冷房が動き始め、静かな部屋の中に機械音が小さく響く。開いている窓を閉めようと腕をそちらに伸ばすと、驚くほど冷たいものにその手首を掴まれた。

「……びっくりした」
「なんで起きてんの」
「暑くて目が覚めちゃったんだよ」

 国見は顔をこちらに向けてから軽く目をこする。「まだこんな時間じゃん」となんだか少しだけ苛立ったようなその声は誰に向けていったものなのだろうか。私が起こしてしまったのなら申し訳ない。そう思って「ごめん」と苦笑いをこぼすと国見は「なにが」と眠たそうに言うだけだった。まるで水中にいるかのようにゆらゆら光る瞳を見ていると、国見が窓の外に視線を向けてしまう。ぽつりと「星すご」と呟いたことに驚いてしまう。国見ってそういうこと思うんだ、なんて。ちょっと失礼な感想だったので黙っておくことにする。
 夜空にいくつも輝く星々をぼんやり見上げて国見は黙った。私も国見の後ろからそれを見上げていると突然「星座とか分かんの」と問いかけられた。

「女子ってそういうの好きじゃん」
「さすがにどれがどう星座になってるかは分かんないよ」

 こちらに顔を向けないままに「ふーん」と国見はぼんやり呟く。眠気は醒めてしまったのだろうか、寝直す雰囲気は微塵にもない。
 月明かりに照らされた黒髪に光の輪がかかっている。天使とはお世辞でも言えない長身の男だけど、素直にきれいだな、なんて思ってしまう。とくに何の手入れもしていないらしいくせに私よりもきれいな髪をしている。それが悔しかったり好きだったり。


「ん?」
「あの星とあの星、その隣の三つ繋ぐとひよこみたい」
「え、どれ?」
「あれとあれ」

 国見が空を指さす。けれど、どの星を指さしているのか全く分からない。国見の顔の横にぴったり顔をくっつけても分からない。「どれ?」と訊いても国見は「だからあれとあれだって」と指をさし続けるだけだ。国見には見えているらしいひよこが私には見つけられない。一生懸命探すけれど結局見つからないままだ。そんな私を見てなのか国見はひよこを諦めたらしい。「じゃああれとあれ」と今度は別の場所を指さす。いくつかの星を繋げて今度はねこを作ったらしい。国見の指の動きと空を頑張って見比べていくと、ようやくそれらしき形が見えてきた。ねこ、というにはちょっと歪な形。それに思わず笑ってしまう。「ねこかなあ」と言った唇に、突然柔らかいものが当たった。

「ねこじゃん、どう見ても」
「……ねこかなあ」
「なに照れてんの」

 国見がくつくつと笑う。口元に手を当てて笑い続けるそのわき腹をつつくと、国見は「あーおかしい」と呟いてまた空を見上げた。

「来年もあのねこ見つけられるかな」
「えー、ちょっと歪だから難しそう」
「俺は見つけるけど」
「見つけないとは言ってないじゃん、難しそうって言っただけで!」

 はいはい、と軽く頭を撫でられる。その手を動かしたまま「じゃあ、あれとあれで何になると思う?」と反対の手で指をさす。たくさんある星のどれを指さしているのかなんてなかなか分からない。また先ほどと同じように「えーどれ?」と返すと「あれとあれ」と顔を近寄せて指をさして教えてくれる。たくさんの星の中で少し強く輝いている二つの並んだ星を指さしているらしい。二つがそれなりに近くで輝いているから何になるか聞かれてもいまいち連想できない。苦し紛れに「へび?」と苦笑いで答えてみる。国見は私の頭に置いたままだった手に突然力を入れて自分のように引き寄せた。さっきと同じように唇に柔らかいものが当たり、また離れていく。

「俺と

 国見がぼそりと呟いてからすぐに顔を背ける。暗い中でも分かるほど耳が赤くなっているあたり、恥ずかしいことを言った自覚はあるらしい。国見はわざとらしく「寝よ」と言ってから寝ころび直す。その上に覆いかぶさってほっぺを両手で挟んでやる。国見はちょっと赤いままの顔で「なに」と真顔で呟いた。

「あの星は来年も見つけられるよ」
「かわいいだろ、あのねこ」
「そっちじゃないけどね」

 手を離す。国見は「あー言わなきゃよかった」と言いつつ私に背を向けるように体勢を変えた。
 もう一度空に目を向ける。さっき国見が指さした星が二つきらきらと輝いて仲良く並んでいる。あの星はずっとあのまま並んだまま、長い長い時間を過ごしていくんだろう。そう思うと少し羨ましくなってしまった。


星座をなぞる