――二年前、、中学二年生の夏

 外に行くと暑いし、リビングでテレビを観ているとお母さんから勉強のことを言われる。のんびり過ごせる場所が自分の部屋しかない。でも、テレビもないし別にやりたいこともない。退屈だ。せっかくの夏休みなのに。
 ごろごろとベッドで転がりつつスマホを手に取る。寝るだけじゃ味気ないし、動画でも見てみるかな。あんまり普段見ないけど。あまり乗り気になれないまま適当に立ち上げた動画配信サイト。必ず広告が出るからイライラするんだよね。そんなことを思いながら適当な動画をタップしたら、いつも通り三十秒ほどの広告が流れ始めた。
 ゲームの広告だった。かわいいキャラクターを操作して世界中を旅していく、通称エルファンというゲームらしい。モンスターを倒して素材を集めたり、クエストをクリアしていろんなアイテムをゲットする。そんな感じのやつだ。ちょっと面白そう。普段ゲームなんかやらないわたしでもできるだろうか。
 どうせ暇だし。そう思って、動画は見ずにその広告に表示されているリンクをタップした。すぐさまアプリダウンロードの画面に切り替わったので、一応お金がかからないこととレビューの評価はどうかを確認しておく。まだリリースされて間もないようだけど、テレビコマーシャルをやっているほど有名なゲームらしく評価は高かった。初心者でも簡単という文言を何個も見たし、これなら大丈夫そうだ。迷わずダウンロードした。
 データが少々大きかったのでインストールまでに時間がかかったけれど、ダウンロード画面をタップするといろんな説明が読める仕様になっていたおかげでそんなに暇じゃなかった。バトルの仕方やキャラクターの育成の仕方は難しくなさそうだ。ただ一つ気になったのは、オープンワールド、オンラインゲームなどの見慣れない言葉だった。
 おーぷんわーるどって何? おんらいんげーむってどんなやつ? 普段ゲームをしないから見慣れないワードなのかもしれない。さっぱりどういうものか分からなかった。そういえば子どもの頃にみんながやっていたポケットに入るいろんなタイプのモンスターを集めるゲームさえやったことがないのだ。知らなくても仕方ないのかも。
 ダウンロードが終了してチュートリアルが始まる。強いキャラクターをお試しで操作するようなチュートリアルだったけど、ちょっと面白かった。これ、続けられるかも。わくわくしながらチュートリアルを終わらせて自分のキャラクターの容姿や名前の設定をしていく。
 普通の人間からちょっと動物っぽい姿まで結構細かく設定ができるみたいだ。どんなのにしようかな。そう考えて、いいことを思いついた。かわいい女の子のキャラクターを作っても絶対に面白くない。現実ではあり得ない感じにしたほうが絶対面白い。わくわくしながらキャラクターの見た目をいじっていく。筋肉質で渋い顔の男性キャラクター。屈強な感じに設定して武器も強そうなものを選んだ。
 けらけら笑いつつ最後に名前を聞かれて、考える。ゲーム内で呼ばれる名前だろうし、あんまり変なのだと愛着が湧かないだろう。かといって本名は絶対に嫌だし適当に付けるといっても何も思い浮かぶものがない。ウンウン考えて、あ、と思い至る。おじいちゃんちで飼っていた犬。白くてふわふわしているとても大きい犬だったのだけど、わたしが小学校低学年のときに老衰で天国へ行ってしまった。家族みんな大好きだったし、今でも写真をたまに見返す。とても賢い子でおじいちゃんとおばあちゃんを守ろうと不審者らしき人を吠えて追い返したことがあった。勇敢なかっこいいわんこ。だから、お名前をお借りすることにした。
 シロ。屈強な男に付けるにはちょっとかわいらしい名前だけど、それがギャップでいいかも。るんるん気分で決定をタップ。こうして初期装備の屈強な男・シロがゲームの世界に解き放たれた。
 ちょっとだけいい装備を手に入れるため、まずはレベリングという作業をすることにした。適当に歩いていって草むらで弱いモンスターを倒す。それを繰り返していけばレベルが上がって難易度の高いクエストに挑戦ができるし、よりたくさんの素材を落とすレベルの高いモンスターも倒せるというわけだ。
 ちょこちょことモンスターを倒して簡単なクエストをクリアし、なんとかレベル10まで来た。レベルがそこそこ上がるまでは結構苦行かもしれない。もっと強いモンスターを倒してさくっとレベル上げをして、もうちょっと割の良いクエストに挑戦したい。クエストが集まってくる掲示板がある広場に戻り、いいものがないか確認してみる。やっぱりレベルが高い人ほどいいクエストがあるなあ。わたしのレベルではまだ挑戦資格がないものばかりだ。
 そう思っていたときだった。「こんにちは」とチャットが飛んできた。わたしかな? これ文字ってどうやって入力するのかな? というかチャットが飛んでくるってことは他のプレーヤーと交流ができるってこと? 慌てていろいろ触ってみるけど屈強な男・シロがぐるぐると不自然に動くだけ。それを見て話しかけてくれた人は無言で立ち去ってしまった。
 まずったなあ。チャットのやり方はまだ読んでいなかった。チャットの文字が表示されているところをタップしてみる。すると、絵文字がずらりと並んだ画面になった。なるほど、文字を打たなくても絵文字だけでコミュニケーションが取れるようにか。でも、文字はどう打つの?

コヅ:左下の吹き出しマークをタップで文字入力できるよ

 また別の人に話しかけられた。今度はなんだか強そうな武器を持っているのにかわいらしい猫耳がついた男性キャラクターだ。この猫耳、確か今やっているというイベントに参加している人がつけるものだったはず。たぶんボーナスとかがもらえるんだろうと思いつつ、わたしはイベントへの参加資格がまだないからよく知らない。
 その人が教えてくれた通りに吹き出しをタップするとキーボードが表示された。助かった。そう安堵しつつ文字を打ち込む。

シロ:ありがとうございます 今日からはじめたので分からなかったです
コヅ:説明ないからね 分かりづらいよね
シロ:助かりました
コヅ:お願いがあるんだけど掲示板の左上のクエスト見てくれる?

 言われた通りのクエスト案内を見てみると「ペア参加限定。レベル上限あり」のクエストだった。ペア参加限定、ということは誰かと一緒に行かないとだめってことか。それにわたしを誘おうとしているのだろうか。そういうことならわたしは初心者もいいところだし足手まといだと思うけどなあ。

コヅ:レベル高い人と低い人じゃないとペアになれないんだよね
シロ:そうなんですか
コヅ:しかもレベル差があるほど報酬が増えるんだよ 来てくれるだけでいいから一緒に行かない?

 コヅさんというプレーヤーのプロフィールを見てみると、ほとんど何も書かれていなくてどんな人かは分からない。一言メッセージは初期設定のままだし、見られる情報は武器の所持履歴とクエストの達成率だけ。武器はほぼすべて持っていて、クエストもほとんど全部達成してきているらしい。あと、レベルがなんとすでに三桁だった。これが廃人と呼ばれるやつなのかもしれない。一日どれくらいこの世界で遊んでいるのだろう。あまり関わったことがないタイプの人だからなのかなんとなく興味が湧いた。
 ついていくだけでいいならわたしでもできそう。コヅさんにはこれまでゲームをやったことがないに等しい超初心者だと説明をしておいたけど、特に問題じゃないみたいで「死んでも生き返らせられるから大丈夫」と若干恐ろしいことを言ってくれた。なんて頼もしい。
 コヅさんにそそくさとついて難易度の高いクエストに入る。うわあ、なんだかおどろおどろしい。低レベルクエストとはまるで雰囲気が違う世界観にわくわくした。わたしもこんなクエストに挑戦できるくらいになれるだろうか。
 さっそく出てきた竜のようなモンスターはとんでもなくHPがあるし巨大だった。怯んでいるとコヅさんが「側面にいれば攻撃してこない」と教えてくれた。「後ろは尻尾で攻撃されるから行かないで」とも教えてくれたので、大人しくモンスターの側面に移動しておく。
 さくさくと攻撃してHPを削っていくコヅさんは、とんでもなくゲーム上級者だった。的確にモンスターの弱点をつくし逃げるのが速い。バフと言われるらしい魔法も上手く使ってタイミングを取るのがとても上手。初心者のわたしでもそのテクニックは見て分かるほどのものだった。
 本当にわたしはモンスターの側面でじっとしたまま、クエストが完了してしまった。報酬としてドロップしたアイテムは自動で均等に振り分けられるらしく、コヅさんは満足げに「助かった」とメッセージをくれた。

コヅ:こういうクエストたまにあるからまたログイン被ったら手伝ってくれる?
シロ:こちらこそ自分でいいならお願いします
コヅ:じゃあフレンド登録しとくね

 はじめてできたゲームのフレンド。すごい、はじめて一日目で友達ができてしまった。ゲームの世界というのは不思議だなあ。
 これが、わたしとコヅさんの出会いだった。






▽ ▲ ▽ ▲ ▽







――二年後、梟谷学園グループ夏合宿、夜

 日課になっているログインの時間だ。合宿所になっている森然高校一階のロビーでスマホを取り出す。ベンチに座りつつなんだかしみじみ思ってしまう。エルファン、こんなにハマるなんて思わなかったなあ。もう二年目を迎えてしまっている。毎日ログインしているから十分常駐者と言われてもおかしくないだろう。
 ゲームをはじめた初日にフレンドになったコヅとの交流は今も続いている。結構仲良くなってレベリングに付き合ってもらったりクエストに行かずチャットで一時間ほど使ったこともある。さん付けも敬語もやめていいと言われたてからは本当の友達みたいにフレンドリーに接しているほどだ。他にもフレンドになった人はたくさんいるけれど、コヅほど仲がいい人はいない。コヅとは二人のギルドも作ったほどで、どちらかがログインしていればクエストに誘うというのが定番化していた。
 お互いに個人情報のやり取りはしていないから、コヅがどんな人でどこに住んでいて何歳なのかさえ知らない。最近はゲームで知り合った友達と実際に会うオフ会というものもよくやっているけど、わたしは正直コヅと会ってしまったらフレンドを解除されてしまうのではないかと怯えている。
 ゲーム内のわたしは屈強な男・シロだ。今ではレベルも十分に上がりとんでもなく強そうな男に仕上がっている。チャットで話すときも一人称をわざと「自分」にして誤魔化している。だって、屈強な男・シロの中にいるのが高校一年生の女だなんて、がっかりにもほどがある。だから、ちょっと会ってみたい気持ちがあっても言い出せない状況だった。

「あれ、だ。一人で何してんの?」
「日向だーお疲れー」

 お風呂帰りらしい日向が声をかけてきた。烏野高校という宮城県の高校の子で、今年から梟谷学園グループの合宿に参加しているらしい。一年生のわたしとは同輩にあたるからすぐに仲良くなった。
 日向の隣にいるのは、音駒高校の孤爪研磨先輩だ。一つ上の人で人見知りらしく話したことはない。ゲームが好きみたいでよくスマホやゲーム機を持っている姿を見かける。なんとなく話しかけづらい雰囲気があるし、金髪プリンだしちょっと怖そうだとこっそり思っている。でも、赤葦さん曰く全く以て悪い人ではないとのことだった。

「日課のゲームのログインだよー。部屋でやると音がうるさいかなって」
「え、ゲームとかするんだ?! なんかイメージにないかも」
「そうかな? でももう二年続けてるんだよ!」

 ログインだけ済ませてゲームの画面を閉じておく。昨日からコヅもログインするだけになっているし、コヅがいないんじゃ面白くないしね。そう残念に思いつつスマホをポケットにしまった。

「なんてゲームやってんの?」
「エルファンっていうやつ。モンスターを倒したりクエストをクリアしたりするやつだよ! 知ってる?」
「知らない!」
「でしょうね! 日向こそゲームそんなにしなさそうだもん!」

 けらけら笑いつつ立ち上がる。そろそろ部屋に戻らないと雀田さんと白福さんが心配してくれるかもしれないからだ。明日も早いし。
 日向と孤爪先輩も部屋に戻るらしく、なぜだか三人並んで廊下を歩く。まあ行き先は途中まで同じだ。孤爪先輩には申し訳なかったけど日向と楽しくお喋りさせてもらってしまった。

「二年って結構長くやってるんだなー。おれ、ゲームって長続きしたことない」
「わたしもエルファンをはじめるまではゲームなんかしたことなかったよ。暇潰しではじめたらハマっちゃって」
「へー。が好きってことはかわいい感じのやつ?」
「え〜? わたしそんなイメージある? ちなみにわたしが操作してるのは屈強な渋い男だよ!」
「ええ?!」

 リアクションが大きくて面白い。日向は目を丸くして「なんで屈強な男に……?!」と首を傾げた。わたしも最初はかわいい女の子のキャラクターにしようかとも思ったけど、屈強な男のほうが面白そうだったから、と答えれば日向はけらけら笑った。「おれもももしやったらそうするかも!」と言って。
 くるりと日向が孤爪先輩を見た。「研磨はえるふぁん知ってる?」と思いっきりため口で聞いた。なんで一つ上の先輩にため口、しかも下の名前を呼び捨てなんだろうか。勝手にわたしがハラハラしていると、孤爪先輩が静かに視線を持ち上げる。

「リリースされたときからずっとやってる」
「え、すごいな?! じゃあとどこかですれ違ってるかもな!」
「プレーヤーの数とんでもないから確率低いけどね」

 薄く笑った。孤爪先輩が笑ったところ、正面から見るのはじめてかも。いつも元気がなさそうに見えるけど、笑うとなんだか子どもみたいでかわいい人だな。こっそりそんなことを考えてしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




――数か月後、とある連休初日

 とても驚いた。一か月前にお気に入りのゲーム、エルファンが位置情報サービスを利用したイベントをやると突然告知したのだ。フレンドと指定された場所へ行くと限定クエストの入り口が開くというやつ。ペアでの参加のみとなっているため、リアルの世界で会えるエルファンユーザーの友達がいないとイベントに参加できない、という反発も結構あったらしい。そういう人のために別のイベントも同時開催されているのだけれど、どう考えてもペア参加のイベントのほうが報酬がおいしいし参加するだけでレア武器がもらえるときている。こんなもの、参加しない理由がなかった。
 問題なのは、誰と参加するか、だった。フレンドは数人いる。一緒にクエストに参加したりチャットでお喋りもする。でも、もちろん誰一人として実際に会ったことはないし、わたしにとって本当に仲良しで時間を合わせてまで一緒にクエストへ行くのは、相変わらずコヅだけだ。
 誘ったら嫌がられるだろうか。出会い厨かよって引かれるだろうか。でも、こんなおいしいイベントに参加しない理由はないし、参加するにしても実際に会う人は慎重に決めたい。だから、わたしにとってはコヅしか誘える相手がいなかった。でも、会ってしまえばわたしが屈強な男なんかじゃないことが知られてしまうし、女子高生であることもバレてしまう。コヅはいつも落ち着いているからきっと年上だろう。そして一人称がおれ≠セから男の人で間違いない。昨今は成人男性と女子高生が二人で歩いていると良からぬ噂を立てられかねない。
 やめておいたほうがいい。そう分かっているのに、ゲーマーというものは罪作りなものだ。レアアイテムを諦めきれなかった。
 そして、一か月後の現在。心臓が口から飛び出そうというのはこういうことなのだろう。まさか自分がその言葉の意味を身を以て知る日が来るとは思わなかった。
 思い切ってコヅをイベントに誘った。どうしてもレアアイテムがほしいし、楽しそうなイベントだから参加してみたいと素直に言ったら、コヅは案外普通に了承してくれた。イベント開始である本日。連休の初日の午後五時。指定されている中で最も人が多く集まるであろう大きな駅の近くの広場。そこで待ち合わせ。
 つい一時間前まで普通に部活だったわたしは、どうしても家に帰る時間がなくて半袖のTシャツにハーフパンツという、明らかに運動部に所属している高校生、という格好のままだ。一応警戒心は持っていたほうがいいと思い、学校が知られてしまうようなものは持ってこないように気を付けたつもりだ。そんなふうに思えないけれど、万が一コヅが変な人だったとしてもすぐ人混みに紛れてしまえるこの場所を選んだのはわたし。コヅは「ちょっと距離があるから待たせるかも」とは言っていたけれど、場所について不満はないようだった。
 あと五分で約束の時間がくる。周りにはすでにエルファンをプレイしている二人組がちらほらいる。ゲーム友達がいないわたしにとっては羨ましい光景だ。だから、コヅと実際のお友達になれたら嬉しい、なんて期待している自分がいる。年上の男性が相手では難しいことかもしれない。でも、コヅはそういういかがわしいこととか、よくニュースで見る事件に繋がることをする人には思えない。盲目的になっているかもしれないけれど、会うまではそう信じていようと決めていた。

「え」

 戸惑った静かな声だった。聞いたことがある声だ。思わず顔を上げる。すると、そこには赤いジャージ。プリンになっている金色の髪。その人が目をぱちくりさせてじっとわたしを見つめていた。

「……こ、孤爪、先輩?」
さん、だっけ」
「あ、はい。です……夏合宿ぶりですね」

 戸惑ってしまう。どうしてこんなところに孤爪先輩が、と首を傾げそうになって思い出す。そういえば孤爪先輩もエルファンプレーヤーだったはず。もしかしてイベントに参加するために誰かと待ち合わせているのだろうか。一体どんな人と待ち合わせているのだろう。
 ここまでぎこちない笑顔を浮かべつつ考えたけれど、もう答えは分かっている。だって、コヅ<$謾yだから。ハンドルネームは苗字から取ったのだ、と一瞬で分かってしまった。
 一方の孤爪先輩は数回目をぱちくりしている。シロとわたしがまだ繋がっていないのだろう。そりゃそうだ。屈強な男を操作しているのがわたしだなんて思うわけがない。

「……屈強な渋い男」
「へっ」
「確かにその通りだな、と思って」

 ぽつぽつと雫を落とすように話す人だ。それがとても、聴き心地が良くて好きだなと思った。深い意味はこれっぽっちもない。単純に好みの音だと思っただけだ。
 合宿のときにぽろっとこぼしたわたしの言葉を覚えている。それにも驚いたけれど、その記憶を一瞬の内に引き出して目の前の出来事と繋ぎ合わせる、その一連の処理能力が高すぎて驚いてしまう。孤爪先輩はバレーの戦略もそうだ。本人はしらっとした顔でなんてことはないようにしているのに、裏の裏までしっかり読み切っているし高度なことを淡々とやってのける。元々そうだと思っていたけど、やっぱり賢い人なのだと思い知った。
 お互いしばしの沈黙。向き合って様子を窺っていたらしい孤爪先輩が二回瞬きをしてからわたしの隣に移動した。スポーツバッグを足の間に置いてから「で、どれからやる?」と当たり前にスマホを手に取った。

「え、クエストやってくれるんですか?」
「そりゃあ……それをやりに来たんだし……」
「嫌じゃないんですか? シロがわたしなの」
「なんで?」

 こてん、と猫みたいに首を傾げた。とても自然なその仕草から、わたしの疑問が孤爪先輩にとっては愚問を通り越した、もっとちゃちなものだったのだとすぐに察する。それが、とても嬉しかった。
 二人で並んでスマホを持ち、一つの世界にのめり込んだ。位置情報サービスをオンにしているせいで充電の減りが速いと思ったからモバイルバッテリーを二つ持ってきた、とわたしが言えば孤爪先輩は「おれ三つ」と得意げに笑う。ちょっと怖いと思っていたのに、なんだかとてもテンポも気も合う気がする。エルファンの世界でずっと交流してきたコヅとして、とても自然に受け入れている自分がいた。
 孤爪先輩との会話は、猫の頭を優しく撫でるような穏やかなもので、これまでほとんど実際に話したことがない人だとは思えないくらい途切れなかった。元々あまり人と話すことが得意じゃないだろうに、ゲームの世界に入ってしまえばそんなことはないのかもしれない。ゲームの力って不思議だ。イベント限定で出現するドラゴンの頭をかち割りながらそんなことを考える。

「そっち行くと危ないよ」
「え、なんで? 急所この辺じゃないの? ……あっ、すみません!」
「なにが?」
「いや、あの、いつもの癖でついため口になっちゃったんで……」
「いいよ、そんなの別に。シロが敬語だったのなんて一瞬だけだったじゃん」
「一瞬だけじゃなかったし! 迷いながら二日でやめたはずだから少なくとも二日間は敬語だったし!」
「二日なんて一瞬じゃん」

 けらけら笑う孤爪先輩改めコヅはサクサクと小刻みな攻撃でドラゴンの体力を削っていく。このドラゴンは大技で一気に体力を削る攻撃をするとその分だけ反撃が大きくなるのだ。三つ前のイベントでも同じドラゴンがラスボスだったからよく覚えている。これは耐久戦になる。コヅが教えてくれた危ない場所を避けつつ、大技を繰り出しがちなわたしは大人しく弓で加勢することにした。

「頭狙ったらいい?」
「うん。おれ足から削る。シロは脳筋攻撃さえしなければ何してもいいよ」
「人のことを脳筋脳筋って! 前々から思ってたけどわたし勉強そこそこできるからね!」
「こんなボス級モンスターに大剣ぶん回してクリティカル狙うプレーヤーはみんな例外なく脳筋だよ」

 その通りである。ぐうの音も出ない。ぐぬぬ、とふざけて呻くわたしにコヅはまたけらけら笑って「チャットとほぼ一緒だね」とおかしそうに言った。
 いくつもクエストを制覇して、気付いたころにはもうとっぷり日が暮れていた。周りにいたプレーヤーたちも続々と帰っていく中、わたしとコヅは待ち合わせ場所から一歩も動かないままクエストをこなし続けた。ほくほくのアイテムボックス。にこにこしているわたしの顔を見たコヅがくすりと笑ったのが分かった。

「明日はどうする?」
「え、明日も付き合ってくれるの?!」
「おれもアイテムほしいしそのつもりだけど」
「やったー! 明日はどこにする? 音駒ってどこだっけ?」

 ぽんぽんと会話が進み、あっという間に明日の日程が決まった。明日は音駒高校の近くにあるイベントスポットに行くことにした。梟谷から向かう途中にちょうど音駒高校があるので、正門で待ち合わせしてそこからはコヅが道案内をしてくれるという。あまり土地勘のない場所だから助かる。
 さすがにもう暗いので解散することになった。わたしよりコヅのほうが家が遠いようでなんだか申し訳ない。そう謝ったらとんでもなく不思議そうな顔をされてしまった。意外と顔に出るタイプなんだ。もっとクールというか、無感情な人なのかと思っていたからなんだかおかしい。

「……家まで送ろうか?」
「え? なんで?」
「一般的にはそうするみたいだから……?」
「そうなんだ? よく分かんないけど、一般的にどうこうなんてどうでもいいからいいや。大丈夫!」
「あ、そう……?」

 自分より家が遠い人に送ってもらうなんて変じゃん。そう言うわたしにコヅは「それならまあ、うん」とちょっとばつが悪そうな顔をした。どうしてそんな顔をするのか分からなかったけど、一人で帰るくらいなんてことはない。何を気にしているのかいまいちピンとこなかった。
 コヅとは駅で別れて、それぞれ別の方面の電車に乗って帰った。車窓を流れる街の明かりを見ながらご機嫌になる。まさかコヅが知っている人だったなんて。しかもそれが孤爪先輩で、まさかこんなに普通に仲良くなれるなんて夢にも思わなかった。はじめてできたゲーム友達がコヅだなんて。嬉しい以外何物でもない。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 翌日、部活終わり。約束通り音駒高校の正門前でコヅが出てくるのを待っていると、賑やかな声が聞こえてきた。聞き覚えのある声。そう視線を向ければ思った通りバレー部の人たちの姿が見えた。
 一番にわたしに気付いたのはリエーフだった。大きな声で「だ?!」とこっちを指差しながら言うもんだから全員の視線がわたしに注がれる。コヅだけはもちろん驚く様子はなく、かといって駆け寄ってくるわけでもなくただただじっとわたしを見ていた。

「お疲れ様です〜」
「お疲れ! えっ、何してんの? 誰か待ってんの?」
「その通り〜。というわけでコヅ、あ、しまった! 孤爪先輩! 行きますよ!」

 とんでもなく馬鹿デカイリアクションをしたのはまさかの黒尾先輩だった。「けっ研磨だと?!」と芸人並みのリアクションをしつつコヅの頭をぐりぐりと撫で回す。コヅが嫌そうに「やめて」と言えばすぐにやめたけれど、驚愕の表情は崩れないままだった。

「先輩とか呼ばなくていいって言ったじゃん」
「一応バレー部の人の前ではちゃんとしたほうがいいかな〜って」
「ちゃんとしたシロを見たことがないんだけど」
「な、なんだとー?!」

 夜久先輩が「シロって何?」と首を傾げた。そりゃそうだ。わたしの名前にかすっていないあだ名だと思っているのだろうし、いつの間にわたしとコヅが仲良くなったのかは謎すぎるはず。一つ一つ説明するのはどうも面倒くさい。そう思っているとコヅが「ゲームの名前」と親切さゼロの説明を夜久先輩に放り投げた。ゲームとは縁遠いらしい夜久先輩は思った通り首を傾げて「ゲームの名前?」とオウム返しするだけになっていた。
 察しが良い黒尾先輩が「あーなるほどな」と呟いた後、一部始終を見ていたのかと思うほど正確な注釈を入れた。ゲーム内でたまたま出会って友達になって、なんやかんやで顔見知りであることを知って仲良くなったんだろう。そんなほぼ完璧な説明に拍手しそうになった。

「今からゲームのイベント」
「あらら〜そうなの〜? さんうちの研磨くんよろしくね〜?」
「クロ鬱陶しい……」
「というか、クロとシロじゃん。なんか面白いな」

 けらけら笑う夜久先輩の隣にいる海先輩が「じゃあここでな」と穏やかに笑った。リエーフたちともバイバイしてからコヅと二人でその場を後にした。
 確かに。一人でこっそり思う。コヅは黒尾先輩のことをクロ≠ニ呼んでいる。もしかしてゲーム内で誰に話しかけようかうろうろしているときにシロ≠見つけて、なんとなく話しかけやすいって思ったのかも。そんなストーリーを勝手に想像してちょっと微笑ましくなった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




ちゃん、昨日の部活終わり急いでたけど、用事間に合った?」

 翌日の練習終わり。みんなでOBからの差し入れを食べているとき、雀田さんが何気なくそう話を振ってきた。イベントが楽しみすぎて颯爽と帰っていったわたしのことを、用事があって急いで帰っていった、と思ってくれていたらしい。笑いながら「用事じゃなくてゲームが楽しみすぎて」と言ったら意外そうな顔をされた。

「ゲームとかやるんだ? なんか意外かも」
「よく言われます。昨日はゲームのイベントをやろうってコヅ、あ、孤爪先輩と約束していたんです!」
「……ん?」
「え?」
「孤爪先輩って、音駒の子のこと?」
「え、はい」

 赤葦さんたちまでびっくりした顔でこちらを見ている。え、何か変なことを言いましたか? 不思議に思いつつ「え?」と全員に向けて首を傾げると、白福さんが「付き合ってるの?」とにこにこの顔で聞いてきた。

「え? ただのゲーム友達ですけど?」
「いつの間に仲良くなったの?」
「リアルで会って仲良くなったのは一昨日からです」
「一昨日から?! リアルって何?!」
「実際は二年前から知り合いだったんですよ〜」
「どういう意味?!」

 説明不足でパニックを起こしてしまった。反省しつつ順を追って説明すると、木兎さんが「ゲームで知り合うってすげーな」と言い、それに続いて赤葦さんが「しかもこんな近辺で」と言った。確かに。わたしもコヅが孤爪先輩だと知ったときは本当に驚いた。意外と世界は狭い。そんなふうに思ったっけ。
 今日もコヅと約束している。そう言ったわたしに赤葦さんが「全くそういう感じはないんだ?」と不思議そうに言う。そういう感じ、とは。よく分からなくて首を傾げると、他の先輩たちや尾長たち同輩もなんだか微笑ましそうに笑った。


うわさのケンマくん

パート2へ続く。