「お前と付き合いはじめたってほんま?」

 階段を下りようとした瞬間、一つ下の踊り場からそんな声が聞こえた。わたしの名前を出したのは恐らくバレー部の宮侑。そして、わたしが付き合いはじめた相手といえば。そう考えれば誰が下にいるのかはすぐに分かった。

「そうだけど。何?」

 答えた声の主は角名倫太郎だ。わたしが最近付き合いはじめた彼氏のもので間違いなかった。どきどきしながら足を止めてしまう。侑、角名に何を聞くつもりなんだろう。変なこと言わないでよ。内心でそう思いつつ聞き耳を立てた。

「な〜んか角名が好きになるタイプっぽくないやん。どこが好きなん?」
「侑が恋バナ振ってくるとか気持ち悪いんだけど。頭でも打った?」
「うっさいわ」

 けっ、と吐き捨てながら侑が「ああいうんタイプやったっけ?」と懲りずに聞く。ああいうん、って。失礼な。ただ、わたしもそう思うのが本音だ。
 角名は女の子の友達が多い。モテているとかそういう感じじゃなく、ゆるい話し方とか軽いノリで話してくれるところとかが女友達みたいで話しやすい、という感じ。自分から話しかけにいくというよりは女の子のほうから角名に話しかけていることが多いからモテていると思っている人も多いだろう。まあ、実際は裏でちょこちょこ告白をされることもあるみたいだけど。
 わたしは元々は侑と仲が良くて角名とは顔見知り程度の仲だった。一年生の頃からちょこちょこ話すこともあったけど、大抵わたしが侑と話しているところに混ざってくるというパターンで、角名と二人きりで話すことはほぼなかった。
 二年生になってから角名がわたしに話しかけてくるようになった。侑がいなくても。わたしは特にそれが嫌だったわけでも嬉しかったわけでもなく、友達の一人としてカウントされているんだな、というだけ。端的に言えば何も特別意識をすることもなかった。あんまり恋愛にも興味がないし角名をそういう目で見たこともない。普通の男友達としてよく話すようになり、角名の部活が休みの日は途中まで一緒に帰ることもあった。ちなみにこのときから周りからは「あの二人、付き合うとるんかな」と噂されていたらしい。わたしは全く気付いていなかったのだけど。
 そうして今から一か月前の放課後。部活に向かう角名を見送りつつ帰ろうと背中を向けたとき。角名が「好きだよ」という言葉を投げかけてきた。びっくりして振り返ると夕焼けを黒髪にきらめかせる角名が、柄にもなく照れ笑いをこぼしていて。なんかそれがかわいいな、と思った。目をぱちくりしている間に「彼女になって」と言われ、これまた目をぱちくりさせている間に「うん」と言っている自分がいた。
 付き合いはじめたといってもそこまで関係に変わりはない。これまで通り二人で話したり帰ったりするだけ。まだ手も繋いでいないしそれ以上はもちろん何もない。どうして急にわたしと付き合おうと思ったのかは分からないままだ。角名ならもっと女の子らしい子のほうが好きそうなのに。ぼんやりそう思っていたけど、彼氏になった角名と話すたび、どんどん角名をそういう目で見るようになっていった。はじめこそ好きかも分からないままだったけれど、今ではちゃんと好きになっている。他の女の子に目移りされたら嫌だし多少身なりに気を遣うようになったほどだ。
 なんて答えるんだろう。息を潜めて二人の声に耳を澄ませる。こっそり覗いた先で角名は気怠そうに首を回して、「うーん」と少し笑いながら言った。

「まあ、タイプではないね」
「ほれみい。お前一年のはじめの頃にちょっとええなって言うとった子、めっちゃ女子って感じやったしな。なんでなん?」
「なんでだろ。そう聞かれると分かんないね」

 鈍器で頭を殴られたかと思った。けらけら笑う角名と侑の声を聞きながらそっと元来た道を戻る。さすがにあの空間に突撃するほどの度胸はない。
 ああ、やっぱりそうか。今まで好きになった子とタイプが違うから面白かっただけなのかもしれない。なんとなくそんな気はしていた。ただの好奇心。新鮮味がなくなればタイプじゃないだけの相手だ。なぜ付き合いはじめたのか分からなくなって当然だ。
 ため息をこぼしてしまう。恋愛にあまり興味がなかったはずなのに、角名を好きになってしまっている。恋をするとこんなに楽しかったりどきどきしたりするんだな、なんて子どもみたいにはしゃいでいた自分が恥ずかしい。角名はいつから目が覚めてしまっていたのだろう。あまり顔に出ないとはいえ、はしゃいでいたことはなんとなく気付いているはずだ。角名から見たわたしはひどく滑稽だっただろうな。それが恥ずかしくて俯いてしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 角名と侑の会話を聞いてしまってから二週間。角名が話しかけに来ても早々に会話を切り上げたり、部活が休みの日に迎えに来てくれる前に急いで帰ったりして角名を避けてしまっている。まっすぐ顔を見られる自信がなかった。振られるんだろうな、と思いながら話したくなかった。振られるにしても直接は勘弁してほしくて、あまり二人きりにならないようにした結果だ。
 ずっとこのままではいられない。いつかはちゃんと話さなきゃいけない。そう葛藤しながらも避けてしまっていたわたしは、今現在大ピンチに陥っている。部活が休みの角名が教室に迎えに来る前にそそくさと帰り支度をして誰よりも早く教室を出た。全校生徒の中で一番に正門をくぐってやる、くらいの気概で階段を下りてまっすぐ行った先の下駄箱に向かっていたときだった。突然ドアが開いた保健室の中から腕が伸びてきた。その手にしっかり腕を掴まれてしまい、びっくりする間もないほどの勢いで保健室に引きずり込まれた。

「やっと捕まえた」

 ガチャン、と保健室のドアの鍵が閉まった音。恐る恐る顔を上げるとにっこり笑った角名がいて固まってしまう。そうっと見渡した保健室にはわたしたち以外誰もおらず、グラウンドが見える窓はすべてきっちりカーテンが閉じられていた。

「先生いないよ。絆創膏がほしいから鍵貸してくださいって言ってあるだけ」
「あ、そうなんや……えっと……?」
「ねえ、なんで避けるの?」

 わたしの腕を掴んだまま、背中を丸めた角名がずいっと顔を乗せてきた。じっと顔を見つめられると思わず目を逸らしてしまう。なんかちょっと、怒っている、ような。そんなふうに嫌などきどきが加速していく。どうしよう、本当に、振られる気がしてきた。二週間前の角名と侑の会話を思い出したら、じわりと瞳が熱くなる。泣くな、泣いても鬱陶しがられるだけ。振られる要素を自分で増やしてどうする。ぐっと涙を堪えて、どうにかこうにか笑顔を貼り付けた。

「いや、別に避けてへんよ。ちょっとやることあって忙しかっただけ」
「やることって何? 他の人とは話すのになんで俺はだめなの?」
「角名があかんわけやなくて、こう、タイミングが悪かっただけっちゅうか……」
「休み時間なのにタイミングが悪いって何? お昼も一緒に食べられないくらい忙しいのに友達とはお菓子食べて喋ってたじゃん」

 掴まれている腕が少しだけ痛い。次々と角名の口から出てくる言葉に怖気付いてしまう。確かに角名の言う通りでしかない。だって、やることなどないのだ。嘘を吐いているのだからその綻びをつつかれるのは当然だ。
 廊下を歩いていく人の話し声が聞こえてくる。その話し声の中に「えー保健室閉まっとるやん」という残念そうな声が聞こえてきた。保健の先生は生徒に人気がある。先生と話してから帰る子も多いと聞いたことがあるから、もしかしたら誰か来るかもしれない。鍵がかかっているとはいえ誰かが来てしまったらどうしよう。そう思うと思わずドアのほうをちらちら気にしてしまう。それに気付いたらしい角名が「不在の札が出てるから誰も来ないよ」と無感情に呟いた。
 黙りこくってしまう。その間に角名はわたしを引っ張って保健室の奥に歩いていく。二つあるベッドの奥側にわたしを引きずり込むと、しっかり吊りカーテンを閉めた。ベッドに座るように促されて恐る恐る腰を下ろす。ようやく腕を離してくれた角名はわたしの真ん前に立って腕組みをしている。

「嫌になっちゃった? 俺のこと」
「え?」
「だって、本当は侑みたいなやつのほうが話しやすいでしょ。付き合ってみたらやっぱりしんどくなっちゃった?」
「いや、あの」
「悪いけど別れないよ。別れたいって言われても絶対嫌だからね」
「あの、角名」
「何?」
「……嫌になったんは、角名とちゃうの?」
「は?」

 お互い顔を見合って目をぱちくりしてしまう。数秒間そのまま固まっていた角名が、組んでいた腕をゆっくりほどく。それから静かにわたしの隣に腰を下ろすと「どういうこと?」と眉間にしわを寄せながら言った。

「……わたしのこと、タイプとちゃうって言うとったやん」
「いつ?」
「侑と喋っとったやん」
「侑と? いつ?」

 角名が完全に大混乱という様子でハテナを飛ばしまくっている。何度も瞬きをしてあちこちに視線を動かしながら一生懸命考えている様子に嘘はないように思える。そんな角名に今度はわたしがハテナを飛ばす番だった。だって、あんなにはっきり「タイプではない」と言い切ったのに。角名は記憶力がいいと思うからまさかあのときの会話をごそっと忘れたなんてことは考えにくい。

「侑にああいうタイプ好きになると思わんかったって言われとったやん。角名、それにタイプとちゃうしなんで付き合っとるんか分からへんって答えとった。わたしこっそり聞いとったよ」

 俯いてしまう。さっき堪えた涙がまた出そうになる。自分の手をぐっと握りしめて、それきり口を閉じた。聞き間違いなどではない。あんなにはっきり聞こえたのだから。タイプじゃない、なんで付き合おうと思ったのか分からない。あの言葉にそれ以上の意味はないし、それ以下も同じ。照れ隠しで言ったわけでもなさそうだったからもうわたしに逃げ道はないのだ。
 握りしめた自分の手だけが見える視線の先に角名の手が入り込んできた。その手がわたしの腕をまた捕らえると、そのままぐいっと体の向きを変えるように引っ張ってくる。力では勝てない。ちょっと抵抗しつつも角名のほうに体を向かされてしまった瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
 びっくりして固まってしまう。抵抗するために思わず角名の胸元に当てた手が動かせないほど、きつく抱きしめられている。角名の左手が肩の辺り、右手が腰の辺りに当てられていてどこかしこも動かせられない。ただただ瞬きと呼吸だけをしていると、角名がわたしの首元に顔を埋めたまま小さく笑ったのが分かった。

「ねえ、なんでそこだけ聞いちゃうの。こっそり聞くならちゃんと最後まで聞いてってよ」

 おかしそうに笑う角名が、右手でわたしの背中を優しく撫でた。大きな手だ。わたしの手なんかすっぽり収まってしまうだろう。腕も長いからきっと余ってしまっているのだろうと分かる。こうやって抱きしめられると全部ありありと分かって、さっきまでの嫌などきどきは吹き飛んでいた。

「正直自分で好きだと思う女の子と違うタイプだし、なんで好きになったのか分かんない」
「……それ以外に、なんもないやん」
「でも、はじめてを見た日から気付いたらずっと好きだったよ」

 少し腕を緩めて、角名が顔を覗き込んできた。じっと見つめてくるその目が少し細くなっていて、なんだか笑っているように見える。伸びた前髪が目にかかっているのも構わず、角名はじっとわたしを見つめ続けていた。

「女の子に自分から声をかけるだけで緊張したの、生まれてはじめてだったよ。連絡先を聞くのもお昼に誘うのも一緒に帰ろって言うのも全部、あんなに緊張したのはじめて。だけだよ、こんなにどきどきする子」

 またぎゅっときつく抱きしめられた。またしても首元に顔を埋めた角名がぼそりと「だから絶対別れない」と呟く。ちょっと苦しい。角名は優しい顔をしていたし声も優しいけれど、腕だけは力強くてなんだかほんの少しだけ震えているように思えた。逃がすまいとしているその力が、ぎゅっと角名のカーディガンを掴んでしまうくらい、嬉しかった。

「……角名に振られるんが嫌で、避けとった。ごめん」
「ううん。誤解が解けたならよかった」
「わたし、最初は角名のことそういう意味で好きやと思うてへんかったけど、今はちゃんと彼氏として好き。今更別れたいって言われても絶対嫌やからな」

 ぴくっと角名の指先が動いたのが分かった。数秒間を置いてから顔を上げると、またわたしの顔を覗き込んでくる。右手が背中から離れてわたしの頬を撫でると、角名が小さく笑った。わたしの横髪を耳にかけながら内緒話をするみたいに「ねえ、キスしてもいい?」と聞かれて、びくっと肩が震える。嫌じゃない、けど、恥ずかしい。視線だけ角名から逸らしてしまうと、角名がちょっとだけ拗ねたように「えーだめなの」と楽しげに笑った。
 そのときだった。ガンッとドアを開けようとした音が響く。思わず勢いよく角名から離れてしまう。外から「あれ、保健室開いてへんやん!」という男子の声が聞こえたあと、「アホ、不在になっとるやろ」という女子の声が聞こえてきた。どうやら保健室に寄ろうとしていたらしい。残念そうにしつつも声が離れていく。よかった。変に思われたらどうしようかと思った。痛いほどうるさい心臓を押さえつつ、思わず蹴り飛ばす勢いで離れてしまった角名に顔を向けて「びっくりしたな」と苦笑いをこぼす。角名は振りほどかれたに等しい行き場を失った腕をそのままにして、恐ろしく不満げな顔をしていた。

「ご、ごめん。でも人が来たからびっくりしたんやもん」
「……」
「ごめんて。痛かった?」

 何も言わないし動いてもくれない。腕を広げたまま不満げな顔で固まってしまっている。どうすれば機嫌を治してくれるだろうか。ちょっと困りながらも、腕がそのままになっているのでひとまず元の位置に戻ってみる。そそくさと角名の腕の射程圏内に入ってみれば思った通りそのままぎゅっと抱きしめ直してきた。

「あんなに嫌がらなくてもいいじゃん……」
「嫌やったわけやなくて! びっくりしただけやってば!」
「拗ねた」
「宣言せんといてよ、ごめんって」
「キスしてくれたら機嫌治るかも」

 おでこを合わせてきた角名が「ん」と目を瞑った。ご機嫌取りでキスするの、なんか微妙な気持ちなんですが。こっそりそう思いつつも駄々をこねる角名になんだか胸がきゅうっとなってしまった。誰もいないとはいえ保健室だし、ドアの向こうは楽しげに話しながら歩いていく人の声で溢れている。なんだかわたしたちだけとてもいけないことをしているみたいに思えてきて、おかしくなりそうなくらい心臓がどきどきとうるさくなった。
 そっと唇を重ねてすぐに離れる。しましたけど。そうぽつりと呟いたら角名が目を開けた。まだおでこが合わさったままの距離感。角名の息遣いを静かに感じながら、少しだけ目を伏せてしまう。恥ずかしい。こんなの、照れないほうがおかしい。わたしばっかり照れているように思えてちょっと悔しくなった。

「本当にした?」
「したやん。めっちゃちゃんとしたわ」
「どきどきしすぎて全然分かんなかった。もう一回して」
「どきどきしとるやつの顔ちゃうねんけど」
「そんなことないよ。ほら」

 角名がわたしの右手首を掴んで、自分の心臓の上に当てた。角名の心臓が早く脈を打っているのが分かってしまって、黙ってしまう。「ね?」と笑った角名の頬は、ほんの少し赤く染まっているように見えた。
 わたしだけ照れているわけじゃなかった。ちゃんと角名もどきどきして、照れて、緊張してくれていた。そう思ったら余計にどきどきしてきて「もうこれ以上は無理」と角名の口を手で勝手に塞いでしまう。ちゃんとしたし文句を言われる筋合いはないです。そう続けて言いながら顔を背ける。角名は顔を動かさないまま、そっとわたしの手に唇を当てると「ふふ」と小さく笑いをこぼした。なんか、やっぱり悔しい。
 また誰かがドアを開けようとした音がした。びくっとしてからまた角名から離れようとしたけど、今度はしっかり角名が力を入れていたから離れられない。小声で「あかんって、誰かおる」と言うけど角名は「鍵持ってるの俺だから入ってこられないよ」と笑うだけ。角名の言う通りドアの向こうの人物は「おかしいな」と呟くだけ。でも、その声は明らかに先生のもので焦ってしまう。
 角名とこそこそと言い争いをしているとドアの向こうにいる先生が「角名鍵返したんかなあ」とぼやきつつ去っていく。まだ角名が中にいるものだと思ったらしい。職員室に鍵を取りに戻っていったらしいことを悟ってさすがに角名も「あ、まずい」と苦笑いをこぼした。

「いいところだったのに」
「のんきなこと言うとらんと早よ鍵返しなって。なんて説明するつもりなん、ほんまに」
「はいはい、ごめんね。そういうとこも好きだよ」
「もうええってば〜のんきやな〜」

 先生にバレたらなんて説明するのだろうか。そそくさとドアに近寄って耳を当てる。生徒の声はまばらで、今なら出ても知り合いに遭遇する可能性は低そうだ。歩いて通り過ぎていくだけなら保健室の不在の札が出ていることも見ていないだろう。保健室から出てきても不思議には思われないはず。
 のんびりベッドのほうから歩いてくる角名に「わたし先行くで、とりあえず角名は鍵持って職員室行きなよ」と振り返った瞬間。わたしの真後ろまで来ていた角名がわたしの顎に左手をそっと当てた。そのまま背中を丸めて唇を重ねる。保健室の前を通り過ぎていく人の声をいくつか聞いてから唇を離す。それから「いいじゃん、一緒に行こうよ」と楽しそうに笑った。ドアの内鍵を開けて普通にわたしを引っ張って二人揃って廊下に出た。

「ほんまに心臓に悪いわ……」
「えー?」

 両手で口元を隠しつつ角名から顔を背ける。保健室の鍵を閉めた角名が「ほら、帰ろ」と言ってわたしの右手を回収する。指を絡めてくるものだから観念してわたしも握り返した。
 ちょうどそこに先ほどドアの前で困惑していた先生が戻ってきた。角名の姿を見つけるなり「あれっ、中におったんか?」と声をかけてきたのでわたしがビビってしまう。なんて説明しよう。ぐるぐる言い訳を考えていると、角名がけろっとして「いや、ついさっき来たばっかりですけど」と言い放つ。「鍵借りてったんだいぶ前やろ。何しとったんや?」と言う先生に鍵はホームルーム開けすぐに借りに行ったけど、そのあと先輩から呼び出されて先ほどまで部室にいた、と大嘘をすらすらと話した。細かく見ればホームルームが終わってすぐ鍵を借りに行った角名に先輩が呼び出しをしてくるなんて不自然な気もする。そもそも運動部に所属している角名が絆創膏がほしいだけで保健室に行くのもなんとなく不自然な気さえする。はらはらして見守っていたけど、案外先生は細かいことを気にしない人らしい。「入れ違いやったか」と言っただけで、それ以上何も聞いてこなかった。角名から鍵を受け取ると「気を付けて帰りや」と言って、保健室の鍵を開けて中へ入っていった。

「ね。大丈夫でしょ」
「なんかムカつくわ……」

 けらけら笑いながらわたしの手を引いて歩きはじめる。「どこか寄る?」とわたしを見る角名の眼差しは優しくて、好きだと自覚してからはなんだかくすぐったく思うことが多い。それさえも照れくさくてまたさらに悔しくなってしまう。角名から視線を外してまっすぐ前を見た。
 勘違いでよかった。こっそり心の中で呟く。角名の大きな手をきゅっと握り直しながら気付かれないように小さく深呼吸。こっそり視線だけ角名の顔のほうに向けたら、角名としっかり目が合った。ずっとわたしのほうを見ていたらしい。わたしの視線に気付くなり「ん? 何?」と顔を覗き込んでくるから思わず左手で角名の顔を軽く叩いてしまう。「なんでもない」と誤魔化したけれど角名は何度も顔を覗き込んで「えー何? 気になる」と楽しそうに笑った。

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