※寮の設定をめちゃくちゃ捏造しています。
※モブ数人に名前があり、喋ります。
(出てくる名前一覧)
矢野:女子バレー部二年。明るい。恋バナ大好き。
岡野:女子バレー部二年。大人びている。恋バナ好き。
永嶋里香(女バレ二年)黒井駿介(男バレ二年):三ヶ月前から付き合っている。




 男子寮と女子寮は別棟になっているが隣り合っており、食堂がある一階部分が連絡通路で繋がっている。女子寮の棟には食堂がないため、一階部分のみ男女ともに立ち入りが許されているのだ。もちろんそのルールを破って部屋に連れ込む馬鹿もいるが、基本的にバレるとひどい目に遭うのでやろうとするやつは滅多にいない。
 食堂を出てすぐのところに共有スペースがあり、そこに大きなソファとテレビが置かれている。廊下側にあまり中が見えないように壁が作られていて、たまにどこかの部活がミーティングで使っている姿を見かけることがある。食堂へ向かうときは必ずその前を通るが、壁があるとはいってもドアはない。中で話している声はそれなりに聞こえてくる。
 バレー部二年数人と食堂から出て、その共有スペース前を通りがかったときだった。中から聞き覚えのある女子の声で、今まさに一緒にいる同輩の黒井の名前が聞こえてきた。思わず全員で足を止めていると、「ついにか!」と響いてきた声は女子バレー部二年で一番うるさい矢野の声だった。太一が「何事?」とちょっと笑いつつ中を覗こうとした瞬間、「初チューおめでとう!」ととんでもないワードが飛び出たものだから全員が固まってしまった。その数秒後に全員で黒井を見ると、顔を隠して「マジで勘弁して」と情けない声で呟いた。

「チューしたんだ?」
「付き合って三ヶ月か、結構かかったな」
「うるせー……マジで死にたい……」

 中できゃっきゃと騒いでいる女子バレー部の声は四人。一人が矢野、あと会話の内容からすると恐らく黒井と付き合っている永嶋がいるらしい。あとの二人はあまり発言をしないのと声が小さくて誰か分からない。早く立ち去りたい黒井を無視して太一たちが無理やり壁際にもたれ掛かりつつ足を止めさせた。内心黒井に同情しつつも、一人だけ立ち去るのもなんとなく微妙で、とりあえず立ち止まっておく。

「デートどこ行ったの? 黒井ってなんかロマンチストっぽいよね〜」
「水族館行ったよ!」

 全員が思わず吹き出すと黒井が「なんでだよ、水族館いいだろ!」と顔を赤くして反論してくる。いや、だめなわけではないけど。同輩の恋愛模様が面白いだけだ。そう俺も若干笑ってしまうと、どんどん黒井の恋愛模様が暴露されていく。黒井が「マジで止めに入りたいんだけど。つーか立ち去ろうぜ?!」と太一を引っ張るが動かない。恋バナ好きの太一がまさか自分からネタを見過ごすわけがない。
 こっちはこっちでわちゃわちゃと揉めていると、中から別の声が聞こえた。「私としてはこっちも気になってるんだけど」と言った声は、女バレ二年の岡野。どこか大人びていてつかみどころのないやつだ。その声に嫌な予感がした。岡野が女バレで一番仲が良く、いつも一緒にいる同輩。もしかして、今、その場にいるんじゃないだろうな。内心そう思ってしまった。

はどうなってんの、白布と」
「付き合って一ヶ月くらいだっけ? そろそろ進展あった?」

 太一たちの視線が一気にこっちに向いてきた。クソ、やっぱりかよ。足早に立ち去ろうとしたら黒井にガシッと手を掴まれる。「一緒に死のうぜ」と笑顔で言われたが、お前と死んでたまるか。手を振り払おうとしたが他のやつに邪魔されて無理やり元の位置に戻された。

「進展と、いうと……?」
「手を繋いだとかキスしたとか!」
「え、ええ?! ま、まだ一ヶ月くらいだよ?」
「何もナシ? 嘘でしょ? というかまだ二人とも苗字で呼び合ってるよね?」
「それは里香たちもじゃん?」
「二人のときは名前で呼ぶよ」
「ヒュ〜駿介〜!」

 黒井がまた死んだ。その隣で死んだ顔をしているであろう俺に太一が「まだ手も繋いでないの?」とにやにや聞いてくる。繋いでねえよ悪いかよ。そう睨み付けたら「やだこわ〜い」と余裕の表情で返された。

「で、で、どうなの? というかめちゃくちゃ興味あるんだけど、彼氏・白布賢二郎=v
「分かる。全然想像できない。彼女には優しいの?」
「ちょっと待って、が死にそうだからゆっくりゆっくり」

 と付き合い始めて一ヶ月が経ったが、お互い部活が忙しくて基本的に二人で会う時間がない。だから、同輩の黒井が永嶋と最近デートに行ったという話には素直に驚いたし、俺の時間の作り方が下手なのかと少し思っている。基本的に普段から連絡を取り合ったり、少しでも良いから会ったりとか、そういうことはしていない。黒井が前に「毎日ラインしてる」と言っていたのを聞いて驚愕したほどだった。他のやつも女子はそうしたがる子が多いとかなんとか言ったから、一応本人に確認してしまったほどだった。連絡はまめにしたほうがいいか、と聞いたらは「そんなになくていいよ」と慌てた様子で言ってくれたから安心したけど。

「ど、どうって……」
「二人で最近なに話したの?」
「えっと……うーん……」
「お昼とか二人で食べてる?」
「お昼は……別々かな……?」
「…………え、もしかしてだけどさ、付き合い始めてから二人で会ってない?」

 その質問に舌打ちがこぼれそうになった。聞くな。事実として突きつけるな。そう思っていると黒井が「お前それはないわ」とドン引きしつつ言ってきた。太一も続けて「ナイナイ、マジでナイわ」と驚愕の表情を浮かべる。ナイナイうるせーよ。人にはそれぞれ人のタイミングとペースがあるだろうが。睨み付けた二人が「いやマジで全然怖くないわ」と声を揃えたものだから余計にムカついた。

「白布火あぶりにしようよ。マジで? それはないわ。カワイソ〜……」
「で、でも、すれ違うときとか、たまたま会ったときとか、あの、こっち見てくれるし、優しいよ」
「健気で泣けてくる」

 太一が「健気で泣けてくる、俺も」と涙を拭うふりをした。うるせえよ。矢野と太一黙れ。黒井が俺の顔をじっと見て「マジで、お前ちょっとくらい時間作ってやれよ」と呆れたように言った。それは、まあ、俺も今痛いほど実感したけど。ここ最近ずっと練習試合があったり、自主練に時間を割いたり、課題や自主学習に追われたりして、正直あまりのことを考えられなかった。いや、誤解される言い方をしたけど、ちゃんと好きだし時間を作りたい気持ちはある、けど。何せ忙しくて……と、いう俺の都合は黒井の存在で消し飛ばされるわけだが。黒井も同じ条件で生活しているのに彼女と休日に水族館へ行っているのだから、言い訳ができなかった。
 からかわれるのは承知で黒井に「お前いつ水族館行ったんだよ」と聞いてみる。太一と他のやつが「お、白布が珍しく救いを求めてる」と笑っているが無視。彼女がいねえやつらは黙ってろ。黒井は俺に「この前の土曜日。練習終わりに行った」と答えた。練習終わりって、お前自主練しっかり参加してたよな? そう驚いていたら「体育館閉めたの四時だろ。まあ一時間くらいだけだったけど、それでも立派にデートだし」と言う。四時に体育館を出て準備して一番近くの水族館まで行くって、かなり過密なタイムスケジュールだろ。黒井だって練習で疲れているだろうに。びっくりしている俺に黒井が「いや、そんな驚くことか?」と太一たちを見て言った。

「まあ好きなら会いたいよな、苦労してでも」
「だよな〜」

 そう言われてしまうと何も言い返せなくなる。押し黙っていると太一が「どうする? が本当は寂しいとか言い出したら」と笑った。いや、そんなの、言われたらへこむだろ、普通に。俺が悪いけど。

「言ってやりなよ! もっと会いたいんだけどって!」
「い、いいよ、わたしは別にそういうの、大丈夫だから」
「なんで! 好きなら会いたいでしょ〜?!」
「それは、そうだけど……」

 グサッとの言葉が刺さる。やっぱりそういうものか。これまで彼女ができたこともないし、好きな子ができたこともなかった。いまいち女の子と付き合うというのがよく分からないままだったが、やっぱりこのままでは良くないというのを突きつけられた気がする。

「で、でも、ほら、あの……」
「何〜? 白布のこと庇うんだ〜? 愛だね〜」
「庇うというか、その……人には向き不向きがあるから……」

 そのの苦笑いが滲んだ声に、共有スペースの中も外も、しーんと静まり返った。しばらく固まったままでいると、中から岡野の声で「白布、期待されなさすぎて逆に可哀想かも……」と聞こえてきた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 土曜日。女子バレー部は片付けを終えてみんながそれぞれ寮へ帰ったり出かけていったりしている。わたしはちょっと走りに行こうかな、と思ってみんなと別れて裏門に向かっている。
 数日前にみんなで話したことが頭をぐるぐる回っている。付き合って一ヶ月経って、二人で会う時間がないっていうのは、やっぱり変なのかな。はじめて彼氏ができたからいまいちどうすればいいのか分からない。でも、会うとか会わないとかって、お互いのタイミングはもちろん時間に余裕がなければいけないし、忙しいのは分かっているのだから変なことじゃないって、思ってたんだけど。白布くんはあんまりそういう、恋愛とか興味があまりないタイプだろうし、無理してまでわたしと会いたいなんて思わないだろうから、余計に。そう自分で言い訳を呟いたのに、心臓の奥がきゅうっと絞まった感覚があった。
 本当に、付き合ってくれただけで十分だから、別に無理してまで会ってくれなくていい、ん、だけど。欲を出してしまうと、正直、里香と黒井くんのデートの話は羨ましかった。いいな、って。土曜日の練習終わり、女子部が解散すると同時に里香は「これからデートに行って参ります」とわたしたちに敬礼して笑顔で部室から出て行った。今日のためになかなかない時間をどうにか作って買った服を着るんだ、と嬉しそうに話していた姿がとてもかわいくて。楽しいデートになればいいなって思った。それと同時に、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、羨ましかったのだ、わたしは。おこがましくも。
 裏門へ向かうために体育館の前を通って、男子部の体育館の前も通り過ぎる。ちらりと横目で見たら男子部ももう解散したようで誰もいなかった。里香、今日も解散したあとに黒井くんと会う約束してるって言ってたな。先に待ち合わせ場所に行くんだって笑っていたっけ。そんなふうに思いつつ目をそらして、裏門に向かって小走りした。
 わたしはいつも監督に持久力がないと怒られる。時間があればこうやってランニングをするようにしているけれど、なかなか結果が出ないままだ。今日はいつもより少し距離を伸ばそうかな。そう考えていると「あ」と声が聞こえた。ちょうど男子の部室棟の近くだ。思わず目を向けると、男子部二年の黒井くんがいた。

「お疲れ。ランニング?」
「お疲れ様。ちょっとだけどね。あ、そういえば、里香ならもう待ってると思うよ」
「ウッ、なんでそれを……!」
「嬉しそうに教えてくれたから。楽しんできてね」

 「じゃあ」と行こうとしたら黒井くんが「白布まだ部室いるけど呼んでこようか?」と引き止めてきた。突然出てきた名前にドキッと心臓が高鳴りつつぶんぶん首を横に振る。「大丈夫、いい、いい、本当に!」と笑って返してダッシュで逃げた。練習終わりで疲れてるだろうし、わたしと会ったって別に白布くんは楽しくもないだろうから。気を遣わせるだけなら会わないほうがよっぽどいい。じんじんする心臓を落ち着かせるように足を動かした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 バタバタとうるさい足音が聞こえてくる。部室が慌ただしくノックされたかと思えば「二年黒井です!」と焦った声が聞こえてきた。さっき永嶋と会うからとかなんとか言って出て行ったくせに、なんで戻ってきた? 大平さんたちが不思議そうに「おー」と返事をしたらドアが開いて、「おい白布!」と俺に向かって声が飛んできた。

! 裏門!」
「は?」
「は? じゃねーわ! お前は馬鹿か?!」
「あーなるほど。黒井に完全同意」
「待て、意味分かんねえよ。が何? 裏門?」
「ランニング行ったけど! お前も行ったらどうだって意味だよ!」

 黒井は「俺もう行くからな! あとは知らん!」と言って再び先輩たちに「お疲れ様っした!」と挨拶をしてバタバタと出て行った。いや、ドア閉めてけよ。内心そうツッコんでいると「いやお前も出てくだろ、普通」と太一が驚愕の表情を浮かべた。

「そこはダッシュでを追いかけるところじゃないの?」
「いや、ランニングに行くなら邪魔しないほうがいいだろ」
「馬鹿か?」
「もっと言ってやれ川西!」
「ここまで先輩と後輩を置き去りにする二年連中っているんだな」
「なんかよく分かんないけど大体内容は理解したわ〜。賢二郎が馬鹿なやつだ?」

 太一が勝手に俺のロッカーを開けた。スマホをぽいっと渡してきたので「投げるな」と言いつつ受け取る。「荷物部屋に持ってっとくから行って来いって」と言いつつ俺に近付いて、ぐいぐい背中を押してくる。他の同輩も。面白がって先輩たちも押してくる。いや、ランニング行くって言ってたなら、俺いないほうがいいだろ。そう部室のドアを掴んでいると「いやいや、彼氏に会いたいもんだって彼女は」と太一が言った。いや、だから!

「それは話してて面白いだの何だの言われるようなやつが相手だったらだろうが。お前とか黒井みたいに」
「……え、白布、めっちゃ卑屈だな……?」
「事実だろ。別に笑いもしないし気の利いたことも言えない俺が近くにいても面白くも何ともねえだろ」

 こそこそと先輩が「馬鹿だ?」「馬鹿だな?」と言っているのが聞こえてきた。馬鹿で結構。事実は事実だ。は人に気を遣うタイプだから邪魔だと思ってもそれを言わないだろう。内心邪魔だと思われるくらいなら馬鹿でいい。
 問答無用で手を剥がされてぽいっと放り出された。クソ、覚えてろよ全員。部室の中を睨み付けていると「大丈夫だから。とりあえず行け行け」と太一がドアをバタンッと閉めた。スマホだけ握りしめて放り出された。寮の鍵がないからこのまま戻ることもできない。クソ。思わず舌打ちをこぼしてしまいながら立ち上がる。
 は女バレの監督に持久力がないとよく怒られると言っていた。だから、時間を見つけてはランニングをしたり筋トレをしたりしているとも。裏門から出て左に曲がり、ずっとまっすぐ走って行くと先にコンビニがあるのだが、そこで折り返して寮まで戻るルートを走っていると聞いたことがある。黒井が俺に声をかけてきたのは数分前。まだそう遠くには行っていないだろう。
 まあ、姿を見つけたら、俺もランニングに来たってことにしておけばいい。様子を見て嫌がっていそうだったらより早く走って別れればいいし、逃げ道はある。嫌がられているかどうか俺に見抜けるかが微妙だが。
 裏門を出て左に曲がった。それにしても、黒井のやつ今日も会う約束してたのか。いつの間に約束を取り付けたのだろう。日頃から連絡を取っていれば自然とそういう流れになるのかもしれないけど。思い起こしてみれば俺とは個人ラインで連絡を取ったこともほとんどない。前に一度だけから分からない問題があるから教えてほしい、と連絡が来たことはあったけど。どの問題か返信で聞いてみたらそんなに難しいものじゃなかった。苦手な教科なのかと不思議に思いつつ文章で解説したら「分かりやすかったです。ありがとう」と返ってきたっけ。役に立ったみたいだったから嬉しかったが、それきり個人的に連絡を取ったことはない。今思ってみれば。
 それにしても、よくよく思い出すとあのときが俺に聞いてきた問題は、が分からないというほど難しいものじゃなかった。俺に聞かなくても教科書を読めば分かるものだっただろうし、まさかが授業でノートを取っていなかったなんてことはないだろう。それに、俺に聞かなくても同じクラスのやつとか、寮で同室のやつとかに聞いても分かっただろうに。わざわざ文章でやり取りすることになる俺に送ってきたのはどうしてだったのだろうか。どんな形であれ、連絡を取りたいと思ってくれたのだろうか。
 走りながら考えてからしばらく頭の中が沈黙。てん、てん、てん、まる。そんな間があってから、自分をぶん殴りそうになった。もしかして、あれって、会って実際に教えてほしかったとか、そういう? 気付いた瞬間にとんでもなく落胆した。馬鹿かよ、マジで。どんだけ察しが悪いんだよ。はああいう性格だから、ストレートに言ったら俺が断れなくなるだろうと思って遠回しな連絡をしてきたのだろう。人には向き不向きがあるから=Bのあの言葉が再びグサッと心臓に刺さった気がした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 いつも折り返すコンビニをとっくに通り過ぎて、もう少し先まで走ることにした。スマホは持っているから万が一分からない道に行ってしまっても大丈夫だ。走ることだけに集中して、もう一時間くらいは経っただろうか。もう結構限界が近くて、無理しすぎるのも良くないから息が整うまで歩くことにする。どこまで行ったら折り返そう。焦って突然長い距離を走ってもいいことはない。あと信号を二つ渡ったら折り返そうかな。そう考えているときだった。ポケットに入れているスマホが震えている。誰だろう。一旦道の端に寄ってからスマホを取り出すと、画面に表示されていた名前が見えた。その漢字五文字に体が固まる。な、なんで? そんなふうに困惑しつつ、恐る恐る通話ボタンを押した。

「も、もしもし」
『お疲れ。今どこにいる?』
「え、えっと……隣町の、ホームセンターの近く、だけど……?」
『そんなとこ、高校から一時間はかかるだろ?!』

 キーン、と耳に響くくらいの大きな声だった。突然電話をかけてきた白布くんはなんだか焦っているような声をしていた。あれ、わたしに何か用とかあったのかな、もしかして。でもクラスは別だし委員会が一緒なんてこともない。わたしに用なんてないだろうけどな。

『帰る途中で暗くなるだろ?! 一人で走りに行くならその辺も考えろよ?!』

 そう言った白布くんの言葉にハテナが飛ぶ。なんでわたしが走りに行ってること、知ってるんだろう。女バレの子にしか言ってないけど誰かに会ったのかな。わたしは今日、白布くんに会ってない、けど。ぽつりと呟きそうになったそれをかき消す。白布くんが誰と会おうがわたしには関係ないことだ。何を思ってるんだろうわたし。白布くんはわたしのものとかそういうわけじゃないんだから今のは良くなかった。反省だ。

「あ、そ、そうだね、確かに……もう折り返すから大丈夫です、ありがとう、ごめんね」

 誰から聞いたのかは置いておいて、とりあえず迷惑をかけてしまったことを謝る。もしかして同室の子とかに居場所を聞かれたのかな。うーん、ランニングに行くからしばらく戻らないって言ったはずなんだけどなあ。そう思って「忙しいのにごめんね、じゃあ」と切ろうとした瞬間、「あ!」と大きな声が耳元と、少し離れた場所から聞こえた。びっくりして振り返ったと同時に通話がブツッと切れた。横断歩道を挟んだ向こう側に、白布くんがいるのが見えた。
 な、なんで? どうして? 歩いていた足を止めて、きゅっとスマホを握りしめてしまう。白布くんは歩行者信号が青になるとこっちに走って来て「いくらなんでも走りすぎだろ」と若干乱れた呼吸のまま言った。

「な、なんでここに?」
のこと追いかけて来た」
「え、わ、わたし?」
「黒井が、裏門からランニングに出て行ったって言ってきたから」

 黒井くんか! そう分かった瞬間にもやもやしていた気持ちがほどけた。そうだった。ランニングに出る前に黒井くんに会ったんだった。白布くんの名前を出されて焦って逃げちゃったけど、あのあと白布くんに声をかけてくれたようだった。
 額に滲んだ汗を拭ってから白布くんが「もう戻るぞ。暗くなるから」と言った。「うん」と返事をして、元来た道を戻ることにする。は、走って良いのかな。それとも二人で歩いていれば良いのかな。よく分からない。どうするのが一番白布くんの迷惑にならないのかな。せっかく付き合ってくれたんだから嫌われたくない。どうしようか悩んでいると白布くんが「なんか」と気まずそうに呟いた。

「……悪かったな」
「えっ」
「いや、あんまり、なんというか、会う時間とか、うまく作れなくて」
「え?! そ、そんなの気にしてないよ! 大丈夫! 白布くんの都合が良いときだけで大丈夫だから」

 どうしよう、もしかしてちょっと寂しく思っていたのが顔に出ていたのだろうか。面倒くさいって思われるから出さないようにしてたのに。慌ててとりあえず否定しておく。大丈夫、全然気にしていない、白布くんのタイミングがいいときだけでいいよ。そう続けて言ったら白布くんがじっとわたしを見て、なんだか微妙な表情を浮かべた。

「……そう言われると、ちょっと、なんというか」

 都合の良い日を作って、と遠回しに言ったように聞こえただろうか。なんて否定すればいいのか分からなくて困ってしまう。そんなつもりないのに。慌てて「本当に、あの、別に時間とか作ってくれなくて良いし、大丈夫です、本当に」と言いつつ、無意識に白布くんから距離を取ってしまう。わたしと会う時間を作れるなら自主練とか勉強とかに使うよね。自分に言い聞かせておいてまた心臓がぎゅっとなった。

「そう言われるよりは、もっと会いたいとか、言ってくれたほうが、嬉しいんだけど」

 言いづらそうな声だった。白布くんはそのあとに「いや、お前が言うなよって話なんだけど」と付け足す。顔を背けた白布くんが「いや別に言えってわけじゃなくて」と言った。見えている耳がちょっと赤くなっていることに気付いたら、わたしも恥ずかしくなってしまった。
 会いたいって言っていいのかな。わたしといても楽しくないだろうけど、言ったら一緒にいてくれるのかな。じんじんと心臓の奥が熱いというか、くすぐったいというか。そんな感覚を覚えながらぎゅっとスマホを握りしめる。

「じ、時間を作ったりはしなくていいので、あの」
「……なんだよ」
「た、たまに、ライン、送ってもいい?」

 白布くんの顔がこっちを向いた。結構勢いが良かったからびっくりしてしまった。変なこと言ったかな。ライン面倒くさいかな?! ばくばくする心臓を殺すように呼吸をゆっくりしていると白布くんが「いや、いいけど」と言いつつ、なんだか照れているような顔をした。

「……じゃあ」
「は、はい」
「今度の土曜日、俺と会う時間を作ってほしいんだけど。嫌ならいい」

 一瞬で顔が熱くなった。白布くんはわたしをじっと見たまま「どうなんだよ」と言う。どう、も、何も。白布くんと会うためなら何をしたって時間を作るよ。たった一時間や数十分だけでも会えるなら、頑張るよ。
 なんてことは返事できなかったけれど、白布くんを見つめて小さく頷いて「うん」とだけ返した。白布くんは「なら、そういうことで」と言ってから頭をかく。「また連絡する」と言ってから黙ってしまう。わたしもまた「うん」と返してから、黙って白布くんの隣を歩いた。

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