※モブ数人がかなり元気に喋ります。




 土曜日、お昼。女子バレー部は練習を切り上げてお昼休憩に入った。午後からは練習試合を控えている。お昼を食べたらすぐに準備をしなくてはいけない。いつもは部室棟まで行ってお昼を食べるけど、それぞれ体育館周辺で集まって食べている。一年生の子たちは水道の近く、三年の先輩たちは体育館の出入り口付近。学年が若干混ざりつつもおおよそは学年ごとに分かれている。
 わたしは同輩たちと日陰になるところを探していたら、男子部の体育館の外部扉にある階段を見つけた。木が陰になっていい感じに日陰になっているし、女子部の体育館からも近い。ちょうど座れる人数だったので腰を下ろしてみんなでご飯を食べ始める。他愛もない会話をしていると、その中の一人、中学からの同級生が「そういえば!」とわたしを指差しながら嬉々として言った。

、あんた彼氏できたでしょ?!」

 その言葉に他の子たちも「マジで?!」と色めき立つ。一瞬で会話の中心に放り込まれてしまい、びっくりして固まっていると「ほらほら、白状しなって!」と肩をつつかれた。
 な、なぜそれを。内心そう焦っている。確かに彼氏はいる。でも、ここ最近の話ではない。もう約一年前から、実は彼氏がいた。みんなが知らないのはわたしも、彼氏も、そのことを隠しているからなのだ。誰にも言ったことがないし、一緒にいるところを見られたことさえない。だから、なんでバレたのかが分からなくて。
 固まるわたしにその子が「この前デートしてたらしいじゃん」と言った。なんで伝聞証拠なのだろう。わたしが聞くより先にが「弟が見たって言ってた」と教えてくれた。中学から仲が良いし、弟くんとも何度も会っている。なるほど。まさかそこからバレるなんて夢にも思わなかった。相手が誰なのか分からない弟くんで助かった。

「で、誰?!」
「えーっと……ひ、秘密」
「かわいく言っても逃さないからな」
「言うまで今日は帰さないぞ」

 どうしよう。適当に他校の人ってことにしておくしかないかな。そんなふうに思って「うちじゃないからみんな知らないよ」と嘘をついた。その瞬間、告発してきた子に思いっきり頭を叩かれた。

「ちなみに、弟が言うには」
「は、はい」
「白鳥沢男子バレー部のジャージを着てたとか?」
「嘘でしょ?!」
「誰?! というかジャージでデートって何?!」
「この前男子、練習試合してたじゃん! その後だ?!」

 くそ、逃げ場がなくなった。そう頭を抱えそうになったけど、まだだ、まだ頑張れる。意を決して「いや、あの、ちょっと買い出しに行っただけで」とこれまた嘘をつく。すると、「でも名前言うの渋ったじゃん」と非常に痛いところをついてきた。その上、見たという弟くんが「手繋いでた」と証言していたらしい。終わった。そう視線を逸らしてしまう。
 でも、本当にあれはデートというか。練習試合が終わった後に少しなら会えそうってなって、ちょっと、会っていただけというか。いや、まあ、デートといえばデートなんだけど。お互いジャージだったし本当に少し会っただけだったのに。
 どうしよう、なんて切り抜けよう。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「この中に彼女持ちがいる、だと……?」

 山形さんが壁に耳をくっつけて驚愕を表情を浮かべた。それを笑いながら天童さんが「ハ〜イ、該当する者は挙手せよ〜」と言う。誰が挙手するか。そう知らんふりしておいた。
 女バレのやつらに絡まれてあわあわしているにため息がこぼれた。嘘がつけない正直なやつ。時には嘘も必要だからこの先困るかもしれないぞ、と助言はしていたが人間はそう簡単に変われるものではない。まあ、そういうとこが、割と好きなんだけど。

「え、って二年ののことだよな? じゃあ二年か?」
「あの子でしょ、ちっちゃいセッターの子」
「ああ、あの大人しい子な」

 散々な言われ様である。間違ってはいないけど。男子部と女子部はそんなに関わり合いがないから学年が変わると途端に分からなくなるから仕方ない。
 太一が「えー彼氏いそうに見えないのにな」と俺に話を振ってきた。答えづらい。とりあえず「まあ」とだけ答えておく。なんだよ、彼氏いそうに見えない、って。いてもいいだろ。若干そう思いつつ。
 他の二年のやつが「とか言いつつ川西なんじゃねーの?」と言い始めた。太一は女バレ二年とは仲が良い。よく廊下で話しているところを見る。ともよく話しているから、二年がそう思うのは必然だろう。反応した三年が「白状しろ」と詰め寄るが、太一は「いやマジで違います、俺だったら付き合ってすぐめちゃくちゃに惚気てます」と言い切った。嘘をついていない、というのがよく分かる言い方だ。二年も三年も「えー、じゃあ誰だ?」と首を傾げた。一生首を傾げてろ。そう思いながら、つい、外の会話に聞き耳を立てている自分がいる。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 尋問をどうにか躱しつつ曖昧に笑っていると、一人が痺れを切らしたように「分かった、言いたくないことはよ〜く分かった」とわたしの肩を叩く。諦めてくれたのかな。そう期待して「うん、ごめんね」と返す。すると、その子が「でも、これだけ教えて」と言う。

「その彼氏のどういうところが好きなの?」

 他の子たちも続々と、無理に聞くのは良くないからそれだけ教えて、という方針に変えてくれる。それなら答えても大丈夫そうかも。恥ずかしいけど。
 どういうところ、か。じっくり考えたことはあまりなかった。わたしから告白したけど気付いたら好きだったし、理由をそこまでわたしも相手も求めなかった。改めて考えると難しい質問だ。少し考えてから、一つ、言葉を見つけた。

「人として尊敬できるところかな」
「回答が青春感ゼロなんだけど」

 けらけら笑って「たとえば?」と聞かれた。真面目に勉強を頑張るところもそうだし、どんなに嫌でもやらなきゃいけないことはきっちりやるところもそうだし。いろいろぼやかしながら話していくと、「あ、そうだ」と思わず声に出た。一つとても好きだと思ったことが最近あったのだ。思い出して思わず笑ってしまった。

「この前練習試合でトスが一回だけ乱れちゃったらしいんだけど、その一回だけでもすごく悔しがってたのが、なんかかっこいいなって思ったよ」

 あのときああすればよかった、とか、あれはもっといいトスを上げられたのに、とか。そういう反省を惜しまないところ、見習わなきゃっていつも思う。なかなか真似できないのが悲しいところなのだけど。
 恥ずかしいことを話してしまった。そんなふうに照れていると、妙にみんなが静かなことに気付いた。惚気すぎたかな。余計に恥ずかしく思っていると、一人がにこにこ笑って、わたしの頭を撫でてきた。

「そうかそうか、それはよかったねえ」
「な、何? 怖いんだけど……」
「で、瀬見先輩と白布、どっちのこと?」

 他のみんなもにこにことわたしを見ている。え、なんで、二人に絞られたんだろうか。それに、あの、一人はいいとして、なんで瀬見先輩の名前が? そう少し困惑しつつ鈍く動く頭で考えて、思い至った瞬間、過去最高の大きな声で「あ!」と叫んでしまった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 バッと全員の視線がこちらを向いた。ちょうど隣に座っていた瀬見さんと俺のことを見ているのだろう。しばらくしてから大平さんが「この前の練習試合、二人とも出てたな?」と言った。続けて山形さんが「年下キラー瀬見英太だな?」と笑って言う。続けて天童さんが「絶対英太くんじゃん」とけらけら笑った。聞いていた牛島さんが珍しく口を開いて「ミスはなかったが」と言うと、三年生たちが「確かに」と同意しつつも瀬見さんへの疑いの目をやめない。それに対して瀬見さんは大慌てで「違う、マジで違うから、俺じゃない」と言いつつ、ちらりと俺のことを見た。見るな。目線は合わせなかったが、眉間にしわが寄ってしまった。
 瀬見さんがこちらを見たとほぼ同時に、近くにいるやつら全員の視線が突き刺さる。くだらない。誰と誰が付き合っていようがお前らに関係ないだろ。どうでもいいだろうが。俺が誰と付き合っていようが、が誰と付き合っていようが。この場の誰に関係があるというのか。
 嘘をつけないにも、誤魔化すのが下手にも程がある。何を馬鹿正直に喋ってんだよ。というか悔しがってるのがかっこいいってなんだよ。かっこ悪いの間違いだろうが。前々から思っていたけどの好みが全く理解できない。俺のことを褒めるポイントもそうだし、俺に告白してきたのも、正直全くわけが分からないくらい理解できなかった。なんで俺? そんなふうに、怪訝に思ってしまったほどに。
 先ほどの太一の発言と同じことを俺も思ったことがある。彼氏がいそうに見えない、というか、彼氏とかそういうのに興味がなさそう。そんなふうに。だから、さらさら告白するつもりはなかったし、期待をしたこともなかった。なんとなく目で追うだけ。なんとなく存在が気になるだけ。それだけで終わらせておこうと思っていたのに、突然呼び出されて突然「好きです」と言われた俺の気持ちをは知らないままだろう。あのときほど巨大なハテナの塊が頭に打ち付けられた日はない。ちなみに、未だに欠片が刺さったままだ。

「この状況で黙れるのが賢二郎のすごいところだよねん……」
「すごいを通り越して怖いわ。顔の感情が完全に死んでる」

 うるさい。これでも一応、どうしようか頭をフル回転させて考えてんだよこっちは。内心そう吐き捨てつつ、できるだけ顔に出ないように気を付けた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「絶対瀬見先輩だ。絶対に瀬見先輩。イケメンだもん」
「白布でしょ。ぶっちゃけ瀬見先輩って真面目に勉強を頑張るイメージない」
「言われてみれば確かに。白布じゃん」
「バレー部の白布って白布賢二郎? 女子を豆粒くらいにしか見てない白布賢二郎?」
「バレー部に白布は一人しかいないわ。あとあいつは女子をゴマくらいにしか思ってない」
「いや砂粒じゃない?」
「あたしこの前ふざけて賢二郎きゅんって呼んだら舌打ちされて激睨みされた」
「それはあんたが悪い」

 どうしよう、もうわたし抜きでどんどん話が進んでいく。あわあわしているうちに彼氏が白布であると特定されてしまった。もう誤魔化すのは無理そうだから、もうこれ以上口を滑らさないことに専念するしかない。そうっと気配を消すように黙っていると、そんなわたしに気付いた子が「ちょっと〜この子黙ろうとしてるよ〜」とわたしの肩を抱いてきた。

「女子を細胞の塊としか見てなさそうな白布とどういう経緯で付き合うことに?」
「そ、そんなふうには見てないと思うけど……」
「どっちから告った? デートとか行くの? キスした? 二人のときの白布ってどんな感じ?」
「こ、怖い、勢いが怖いよ!」

 それ聞いて何が楽しいの?! 救いを求めるようにそう言ったら「恋バナはなんでも面白いんだよ」と真顔で言い放たれた。わたしも友達のそういう話を聞くのが好きだから何も言い返せない。分かる、人の恋バナって面白いんだよね。自分が話の中心になると全然楽しくないけれど。
 お互い隠そうと言っているわけじゃないけど、こうしてバレてしまったことに罪悪感を覚えてしまう。なんとなく隠している状態だったし、聞かれたりバレたらどうするかなんて話したことがない。このまま普通に認めてしまったらいいのか、黙秘を続けたほうがいいのか。どちらが正解なんだろうか。白布はどう思ってるのかな。わたしと付き合っていると周りに知られたら嫌かな、気にしないかな。答えなんて分かるはずもなく、ただただあわあわし続けている。もし、バレたことを知られたら、呆れられてしまうだろうか。嫌がられたらどうしよう。そんなふうに内心とても焦っていた。
 そのときだった。わたしたちの背後にある体育館の外部扉が結構な勢いで開いた。びっくりしてみんなで振り返ると、そこには、とんでもなく不機嫌な顔をした白布がいた。その後ろには座っている男子部の人たち。「あら〜開けちゃった〜」と天童先輩が言う声が聞こえてから、わたしを問い詰めていた数人が「ヤバ、顔コワ」と若干怖気付く。
 どうしよう、怒ってる。やっぱり知られたくなかったんだ。なんて謝ればいいかな。もしかしてこのままフラれてしまうだろうか。思わず友達にきゅっとくっついて白布を見つめると、白布は眉間にしわを寄せて舌打ちをこぼした。

から告白してきたけど俺も元々好きだったし、この前二人でご飯食べに行ったし、それはまだしてないし、二人のときに変わろうが変わらなかろうがお前らに教えるつもりねえよ。これで満足か。満足したらさっさと黙れ。あんまのこと困らせんな」

 じゃあな、と冷たい声で言ってピシャンッと外部扉を閉めた。あの扉、結構重たいのに。ちょっとびくびくして怯えているわたしの肩を一人がぎゅっと抱いて「すご〜い……」と言葉をこぼした。

「白布、かっこいい〜……見直したわ……」
「でも明日からあたしたちヤバくない? 細胞の塊としても認識されなくない?」
、なんかごめんね……って」
「顔真っ赤だけどどうした?!」

 元々好きだった、って、はじめて聞いたんだけど!



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「ワ〜オ……」
「賢二郎カッケ〜……」

 ぴっちり閉めた外部扉から離れて、固まって座っている集団を避けて歩いて行く。クソ、ムカつく。なんで俺がこんな目に。そう内心呟いていると、「イヤイヤ、何ナチュラルに逃げようとしてんの?!」と天童さんが足首を掴んできた。先輩を足蹴にするわけにもいかず、視線だけを向けたら「ヤバい、俺殺される?」とけらけら笑った。

「喋ったら殺すって顔してる」
「いやもう何も聞かないから、怒るなって」
「いいな彼女……俺も彼女ほしい……」

 落ち着け落ち着け、と大平さんにまで宥められてしまうと、大人しく元の位置に戻るしかなく。嫌々太一と瀬見さんの間に戻る。女バレ二年、以外のやつ二度と女子扱いしてやらねえ。内心そう捨て台詞を吐いてため息をついたら、隣に座っていた太一が耐えきれなかったらしく「グフッ」と変な笑い声を漏らした。それに釣られるように瀬見さんも顔を伏せて肩を震わせ始める。他の人も似たような反応をしはじめた。思わず舌打ちがこぼれた俺に太一が「いや、仕方ないじゃん」と笑いを堪えつつ言う。

「お前、いま顔真っ赤なんだもん、笑っちゃうだろ普通」

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