※直接的な表現はないですが、性行為を匂わせる表現などがあります。





 世間的にクリスマスというのは、恋人たちのイベント事とされている。街を歩けば手を繋いで歩いているカップルまみれだし、ラブホテルはどこも満室、クリスマスまでに恋人を作ると躍起になる人もいるんだとか。なんて爛れたイベントなんだ、と正直思っていた。
 そして、そんなわたしにもクリスマスがやってきた。人生ではじめて恋人がいるクリスマスだ。恋人の名前は黒尾鉄朗。大学で知り合った一つ上の先輩だ。たまたま参加した飲み会で知り合って、かっこいい人だなと思ってわたしから連絡先を聞いた。黒尾さんは快く連絡先を教えてくれたし、わたしからの連絡にはいつもノリ良く返信をくれたし、黒尾さんのほうからの連絡もノリが良いものばかり。そんなふうに半年ほどお友達期間を過ごして、めでたく恋人関係になった。
 そんな黒尾さんと迎えるクリスマス。正直なところわたしはクリスマスだからといって特別何かがしたいわけじゃなかった。でも、街の様子を見ていると恋人たちが着実に浮かれていっているし、テレビでも恋人と見たいイルミネーション特集≠ニかそういう話題ばかり。ここでクリスマスをスルーしたら黒尾さんががっかりするんじゃないか、と思い至った。何をすればいいだろう。そう考えていたところに、黒尾さんから「二十五日って空いてるか?」と連絡。やっぱり。クリスマスを楽しみたいんだ、黒尾さん。そう分かったから「空いてます」と返した。
 黒尾さんからは一緒にご飯を食べようという誘いのみ。でも、黒尾さんの性格上、きっとプレゼントとかそういうものをサプライズで渡してくるだろうと予想ができた。だからわたしも用意しておくに越したことはない。何がいいだろうか。正直あまり予算を割けないので高価なものはプレゼントできないのだけれど。そう恐る恐るインターネットで検索。クリスマス、彼氏、プレゼント、大学生。そんなワードで検索してみると、マフラーや手袋などの冬定番のファッションアイテムがずらりと並んでいた。これならそこまで値は張らないし、気軽にプレゼントできそう。でも、好みがあるからちゃんと選ばないと黒尾さんが困るだろう。黒尾さんの好みをまだちゃんと理解しているわけじゃないし、ちょっと難しいかもしれない。
 プレゼントよりサプライズで頑張るほうがいいのかもしれない。手料理、は外でご飯を食べるのだからだめ。ケーキ、も外で食べるかもしれないからだめ。そうなると、何が失敗しないプレゼントなのかな。
 いろいろ検索して、考えた結果。最終的に男の人が喜ぶのはコレ、というSNSの投稿を見かけて「確かにそうだよね」という結論に落ち着いた。男の人が喜ぶのは結局ちょっとエッチなやつだ。黒尾さんも絶対好きに決まっている。インターネットのおすすめサプライズの一覧にも必ずコスプレが入っていたし。でも、コスプレはちょっと勇気がいるから、もう少しライトなやつにしたい。そうウンウン考えたわたしは、下着専門の通販サイトを見ていた。



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――クリスマス当日、夜十時すぎ

 ディナーを食べた後にイルミネーションを二人で見て歩き、黒尾さんの家にやってきた。黒尾さんの家に上がるのははじめてではないけれど、いつもちょっと緊張してしまう。落ち着いた色合いの部屋が男の人って感じがして。
 ソファに座らせてもらって、出してくれた温かいお茶を一口。黒尾さんは思った通りプレゼントをくれた。かわいいアクセサリー。わたしも結局プレゼントにプレゼントを返さないのは、と思って温かそうな靴下を用意しておいた。ここまでは計画通りだ。黒尾さんが求める恋人たちのクリスマスとやらがちゃんとできているはず。ここからが本番なわけですけどね、黒尾さん。そうにっこり笑って黒尾さんの顔を見ると、不思議そうな顔をされてしまった。
 まあ、二人きりで彼氏の家にいる、という状況なので、そういうことになる。唇が重なって、黒尾さんの大きな手が肌を撫でる。正直まだ恥ずかしい。嫌ではないのだけれど、どうしても目を瞑ってしまうしそっぽを向いてしまう。黒尾さんはそれを笑いつつも「こっち見てほしいな〜?」と必ず言ってくるから、やっぱりちゃんと顔を見たほうがいいんだろうなあといつも思う。申し訳ないのだけれどもう少し慣れるまでお時間をください。そうお願いしていつも勘弁してもらっている状態だ。
 今日は、頑張ってまだ目も瞑っていないし顔も背けていない。黒尾さんがそれに気付いて顔をじっと見てくる。あんまりにも見てくるものだから、少し笑ってしまった。

「なんで笑ったんですか〜」
「だ、だって黒尾さん、ものすごく見てくるから」
「そりゃ見ますよ。かわいいかわいい彼女なので」

 軽く唇を重ねられる。そんな黒尾さんの手が、わたしの服にかかったときに、きた、と思った。クリスマスらしいサプライズ。さすがにコスプレは恥ずかしかったから細やかなものだけれど、黒尾さんなら気付いてくれるはず。そうドキドキしていると、黒尾さんの手がわたしのトップスをたくし上げた。その数秒後、黒尾さんが固まる。しばらくじっとめくった先を見つめてから、そうっとわたしのほうに視線を戻した。

「……派手な下着ですね、さん」
「クリスマスなので……」
「めちゃくちゃびっくりしたわ。心臓ばくばく言ってるんですけど。どうしてくれんの……」

 ずる、と力が抜けたように黒尾さんが倒れ込んでくる。ぎゅっとわたしを抱きしめながら「こういうことしてくれるタイプだと思ってなかったから油断した」と呟いた。そうでしょう、そうでしょう。そこを狙ってみました。そう笑ったら黒尾さんが悔しそうに「好きです」と言った。
 クリスマスといえば赤色かな、と思った。わたしが持っている下着は落ち着いた色が多いし、変わった形のものは一つもない。黒尾さんに見られたことがある下着も全部無難なものばかり。だから、特別感を出したくて真っ赤で少しセクシーな下着を買ってみたのだ。まあ、下着がいくらセクシーでも付けるのがわたしだけどね。そんなふうにちょっと卑屈に思っていたけれど、どうやら大成功だったらしい。
 黒尾さんが顔を上げるとじっとこっち見下ろす。ちょっと攻めすぎたかも。そんなふうに照れていると「逆に何もせずもうこのまま見ていたいくらいだわ」と言われた。それはそれで、ちょっと、寂しいんですが。そう笑ったわたしに黒尾さんも小さく笑って返してくれた。
 黒尾さんの指先が下着の紐をなぞった。なんてことはない触り方だったけれど、いつもより体温が熱い気がした。やっぱりこういうの好きなんだなあ。男の人って不思議。ただいつもと少し違う下着を付けているだけなのに。クリスマスパワーだったとしても、こんなふうに熱い視線を向けてくれるのは、やっぱり嬉しい。恥ずかしいことに変わりはないけど。
 一人で小さく笑っていると黒尾さんに気付かれてしまった。「何?」と不思議そうにされたから誤魔化そうとしたのだけど、基本的には黒尾さんのほうが上手になることが多い。誤魔化しきれるわけもなく、最終的に理由を説明する羽目になってしまった。

「まあ、こういうのが好きっていうのは間違いじゃないけど」
「けど?」
「こういう下着が好きだから嬉しいっていうより、こういうことをがしてくれたから嬉しいっていうのが強い」

 たとえ赤だろうが青だろうが、セクシーだろうがキュートだろうが、クリスマスだろうがバレンタインだろうが。黒尾さんはそう笑いながら言って、わたしの額に口付けを落とした。唇を離してからまたわたしの顔を見つめると「がしてくれるっていうのが、何よりサプライズ」と呟いた。
 黒尾さんの大きな手がわたしの頬を包み込んだ。けらけら笑って「顔も赤くなっちゃってますけど〜?」とからかってきた。その嬉しそうな顔がちょっとだけムカついて。黒尾さんの手に自分の手を重ねながら「クリスマスなので」と言い返した。思いっきり吹き出してから黒尾さんが大笑いするのを見上げて、余計に顔が熱くなってしまった。


君だけが特別をくれる
赤色 × 黒尾鉄朗

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