わたしの好きな人は強豪運動部所属だ。しかもレギュラー。土日は基本練習か試合や大会で埋まっていて、デートに誘う隙がない。何度か一緒に遊びに行きたいと誘ったけれど、全部「部活があるからごめん」と断られている。はじめは誘いを断るための口実にしているのだと思っていた。それくらい毎回同じ理由だったから。でも、しばらくしてそれは口実でもなんでもないと知った。だって、本当にいつもいつも部活ばかりしているのだ。わたしの好きな人、赤葦京治は。
 赤葦とわたしは高校一年生のときに同じクラスになって、そのときからの仲良しだ。ちなみにわたしは赤葦とはじめて会ったそのときから好きになっていた。所謂一目惚れというやつだ。大人しそうな男子とどう関わればいいかすごく悩んでいたけど、案外ノリのいい性格をしていたおかげもあってどうにか仲良しになれたっけ。
 二年生でクラスは離れてしまった。でも、絶対に他の子に取られたくなくて、わざわざ赤葦のクラスまで行って話しかけるようにしている。ラインももちろん定期的に送るし、廊下ですれ違うときは必ず声をかける。赤葦と一番仲が良い女子の座は絶対に譲らない。そんなふうにメラメラ闘志を燃やして一人で頑張っている状態だ。
 もう一歩近付いた関係になるには、学校外で会うこと。つまりは二人でデートをすること、だと思うのだけど。先ほど言った通り、赤葦が部活動に夢中すぎて入る隙がないのだ。鬱陶しくない程度に誘ってはいるけれど、一度たりとも首を縦に振ってくれたことがないまま。どうしたらいいんだろう。そう悩んでいた土曜日の夜のことだった。
 ベッドでごろごろしていると、枕元で充電していたスマホが鳴った。メッセージの着信音だったので寝転んだまま腕を伸してスマホを手に取る。画面を見て「あ」と思わず声が漏れた。それと一緒に自分が笑ってしまったのも分かってしまった。赤葦からのラインだったのだ。起き上がってから新着メッセージを開く。そこには、ひっくり返るほどの、嬉しい言葉が書かれていた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 翌日、日曜日。いつもならかわいらしい色味の服を着ることが多いわたしは、モノトーンで統一したシックな服を着て駅前にいた。人に合わせることは大事だ。ドキドキしながら自分の服装をチェックして、一つ息を吐く。今日は、念願の、赤葦とのデートだ。
 昨日の夜、どきどきして開いた赤葦からのメッセージは、「明日急遽休みになったんだけど、空いてない?」というものだった。こんなのデートのお誘いじゃん。それ以外の何物でもない。赤葦も少しはわたしのことを意識してくれていたのかな。それなら、ものすごく嬉しい。
 赤葦はどちらかというと大人しいタイプの人だ。馬鹿騒ぎする友達を一歩引いて見ているタイプというか。だから、着てくる服装もきっと落ち着いているだろうと予想した。そんな赤葦と並んでも変じゃないように落ち着いた服そうにしてみたけれど、似合っているかはいまいち分からない。赤葦、どう思ってくれるかなあ。落ち着きすぎていて逆に違和感を持たれるかもしれない。そんな一抹の不安はあるけれど、基本的にはどきどきして心臓は使い物にならない状態だった。
 あー、楽しみ。でも、楽しみという気持ちだけでここに来ていない。絶対に今日、少しでも距離を近付けるんだ。絶対に。赤葦本人はあまり自覚がないみたいだけど、背が高くて落ち着いていて優しい人だから、普通にモテてしまうのだ。このままではかわいい子とか、後輩の子とか、恋愛上級者とか、そういう人に取られてしまう。かわいくなくても、ただの仲が良い同級生でも、恋愛経験が少なくても、どうしても。わたしが今一番頑張らなくてはいけないのは今日なのだ。ここさえ頑張れば。そんなふうに意気込んでいると「お待たせ」という低い声が聞こえた。

「ごめん、急に誘って」
「……ぜ、全然、嬉しい、よ」

 思えば、はじめて赤葦の私服を見た。あまりにかっこよくて固まってしまった。学校外で会うんだから制服とか、ジャージとかなわけがない。私服。なんとなく予想をしていたとはいえ、実物の破壊力は凄まじかった。
 クリスマスがもうすぐやってくる街はうんざりするほど寒い。それでも今はとても暑いくらい、わたしはどきどきしてしまっていて。一人だけ湯気が出ているんじゃないか心配になるくらいだった。
 黒色で統一された服。思った通り落ち着いた色合いのコーディネートだ。色味を合わせように意識して大正解だった。黒に近いグレーのコートに黒いタートルネック、黒いボトムス……それにしても、黒いな。思わずじっと見ていると赤葦がちょっと恥ずかしそうに「あんまり見ないで。服のことはよく分かんないから」と言った。なにそれ、かわいいんですけど。思わずときめいていると、赤葦が「何着ればいいか迷って、知らない間に全部黒になった」と正直に白状してくれた。全身真っ黒コーデ、というやつだろう。結構敬遠する女の子が多いと聞く。でも、目の前にいる赤葦は、本当にかっこよくて。わたしが盲目的になっているのかもしれない。でも、どうしてもかっこよくしか見えなくて。照れくさそうにしている赤葦に「似合ってるよ」とストレートに伝えるだけで精一杯だった。

「……、なんか意外かも。もっと明るい感じかなって思ってた」

 じっとわたしの服を見る赤葦に「赤葦が落ち着いた服かなって思ったから」と答えておく。赤葦はそれにちょっとびっくりした顔をしてから、すぐに小さく笑った。「好きな服着ればいいのに」と。でも、これが今日のわたしの好きな服だよ。わたしも笑ってそう返す。
 どこに行きたいか、と聞かれたけど、正直何も考えていなくて慌ててしまう。どこに行くかより、赤葦にどう意識してもらうかということばかり考えてしまっていた。迷っているわたしに赤葦がスマホを見せてきて「思いつかないなら、この辺りどう?」とマップを見せてくれる。おしゃれなカフェとか大きな公園とか、水族館から映画館まで、幅広くデートスポットにチェックが付けてあった。
 赤葦、これ、探してくれてたんだよね。わたしが決められなかったときのために。そう思うともうきゅんきゅんが止まらなくて。もう、赤葦と行けるならどこでも! そんなふうに言いたい気持ちだったけれど、さすがにそれは鬱陶しい。ここは無難に映画かな。そう思って「じゃあ映画観てからお茶したい」と赤葦に言った。大体の場所が頭に入っているらしく、赤葦はスマホをポケットに入れてから「じゃあまず映画館ね」と言って、駅のほうへ歩いて行く。
 夢みたい。赤葦と二人で映画なんて。デートじゃん。これ、絶対にデートだよ。ただ仲が良いだけの異性と二人きりで映画行く? ちょっとくらいはわたしのこと、好きなんじゃないかな。もうちょっとでもいい。付き合えそうだから、とかそういう理由でも構わない。そんなふうに舞い上がってしまった。

「赤葦、部活忙しいよね。休みなしなの?」
「平日がオフになってるときはあるよ。まあ、でも今は大会が近いしね」
「そっかあ、大変だね」
「……何回も誘ってくれたのにごめん。なかなか予定合わなくて」
「え! いや、そういう意味じゃなくて!」
「だから、土日どっちか空いたら絶対に連絡しようって思ってた」

 いつも誘ってくれて嬉しかったから、と赤葦がはにかんだ。何その顔。見たことない。そんな顔、ただの友達に向けちゃだめだと思う。赤葦の言葉一つ一つに喜んでしまうなあ、今日は。
 二人で改札をくぐってホームへ。電車を待つ間、赤葦が部活での写真を見せてくれた。バレーボールってよく知らないけど、背が高い人が有利なんだよね。それくらいしか話題を振れなくて情けない。ちゃんと調べておけばよかった。そう思っていたけれど、赤葦が分かりやすくどんなスポーツで、何が難しいのかを説明してくれる。インターネットで調べるより赤葦が教えてくれたほうが何十倍も頭に入る。思わずにこにこしてしまいながら赤葦の話に聞き入った。
 赤葦は今、どう思っているのかな。楽しいと思ってくれているだろうか。まだ映画館にもついていないんだから何も思っていないか。わたしは赤葦の隣にいるだけで楽しいけれど、それは仕方がない。わたしは赤葦のことが好きだけれど、赤葦はそうじゃないかもしれない。そう思うと頑張らなきゃって気持ちが余計に湧いた。
 好きな子とかいるのかな。怖くて聞いたことがない。わたし以外にも、当たり前だけれど女友達はたくさんいるだろう。その中にいいなって思ってる子、いるのかな。聞いたら教えてくれるかなあ。でも、もしそれでいる≠ネんて言われたらその瞬間から頑張れなくなってしまう。聞くならこのデートの終わりだ。そう心に留めておいた。
 やって来た電車に二人で乗り込む。電車内は休日ということもあり、遊びに行くらしい女の子のグループや男の子のグループ、あとは恋人らしき男女二人組ばかりだった。座席が空いていないのでドアの近くに二人で立つ。背が低い私は座席の横に付いている手すり、赤葦はつり革を掴むと電車が動き出した。
 わたしと赤葦は、周りの人からすれば恋人に見えるだろうか。それだけで嬉しい。そんな小さなことで喜べるほどの恋をわたしはしているのだ。それがくすぐったくて、恥ずかしくて、少し寂しかった。

「それにしても赤葦、本当に真っ黒だね。いつも黒い服が多いの?」
「いや、もう触れないで……今すごく後悔してるから……」
「え、なんで。か、かっこいいのに」

 電車の窓ガラスに映る自分を見て後悔していたらしい。赤葦は「えー、そうかな」と自信なさげに呟いて、ちらりと窓ガラスをまた見る。街並みが流れている窓ガラスの中に反射する赤葦とわたし。わたしが色味を赤葦に合わせたから、自分で言うのも何だけれど、お似合いの二人っぽくてわたしは嬉しいけどなあ。そこまではさすがに口にできなかったけれど。
 窓ガラスから赤葦に視線を移すと、バチッと目が合った。いつの間にかこっちを見ていたらしい。赤葦が「本当に変じゃない?」と聞いてきたので、もう一度勇気を出して「かっこいいよ」と伝える。赤葦は背が高くてスタイルがいい。基本的に余程変な服を着ない限りは似合うとわたしは思う。何より、わたしにとっては赤葦が何を着ていようが関係がない。赤葦であることだけが重要で、それだけでかっこいいのだから。また、さすがには口にできないけれど、本当に心からそう思う。

「……部活の先輩にさ」
「うん?」
「おしゃれな人がいて」
「うん」
「その人に」

 そこで言葉が途切れた。不自然なところで途切れるものだから、首を傾げてしまった。どうしてそこで言葉を止めてしまうのだろうか。おしゃれな先輩に何を着ようか相談した、という話の流れだと思うけれど。恥ずかしいからあんまり言いたくないのかな。
 赤葦がわたしから目を逸らした。つり革に掴まっている右腕に顔を寄せる。何をしているんだろうか。もしかして体調が悪いとかだろうか。そうあわあわしていると、見えている赤葦の耳が、ちょっとだけ赤くなっているように見えた。

「……その人に、好きな子にかっこいいって言われる服って、どんなんですかって、聞いたんだよね」

 電車が停まる。反対側のドアが開いた音がしてから、人が降りていく足音と乗り込んでくる足音が聞こえる。人の話し声、外から聞こえてくるアナウンスの声。そういうのが騒がしく耳に入ってくるけれど、一つもわたしの意識の中には入ってこなかった。
 赤葦がぽつりと「黒でしめたら大体よく見えるって言われた」と呟いてから、わたしから逸らしていた視線を、ゆっくりこちらに戻した。「で、真っ黒になっちゃった」と言って、はにかんだ顔が、ほんの少しだけ赤らんでいて。瞬きも呼吸も忘れて、ただただ、赤葦のことだけを、見つめてしまった。


きみにむちゅう
黒色 × 赤葦京治

top