※高校三年生設定です。捏造ばかり。




 いや、別にイベント事とかどうでもいいタイプだろうし? わたしだって別にどうでもいいし? というか別に付き合ってもないし幼馴染というわけでもないんだから、本当にどうでもいいとは思うんだけどね? そんなふうに頭の中でつらつらと言いつつ、どういうわけかこの時期ぴったりのお菓子を手に取っていた。
 世間はバレンタインデー一色だ。本命チョコがどうだの義理チョコがどうだのと楽しそうに女の子たちが騒いでいる。わたしも自分用のチョコには興味があるけど、人にあげるチョコにはこれまで興味を持ったことがない。だって、自分で食べないものなんだしどうでもいいじゃん。そんな冷めた感覚をしている。
 そんなわたしがチョコレート販売イベントに来ているのは自分用のチョコ、の、ためだけではない。手に持っているのはかわいらしい赤色の包装紙で包んであるチョコときれいな青色の包装紙で包んであるチョコ。華やかで、所謂、本命チョコに分類されることが多いものばかり。自分のものはもうすでに購入済み。ウンウン悩んでいるのは、人生初人にあげるためのチョコレートだ。
 死んでも人に言うつもりはないけれど、好きな人がいる。高校一年生のときに同じクラスになったやつ。馬鹿で鈍感で変わったやつだけど、信念があって好きなことには一直線に走って行くタイプの人だ。片思いをしてかれこれ二年が経過している。こいつのことが好きだと自分で気付いたとき、正直絶望した。どうあがいても彼氏にできるわけがない。鈍感だし、恋愛とか興味なさそうだし。部活のことと食べることばかり考えていて色気も何もない。まあ、たぶん、そういうところが好きになってしまったのだけれど。愚かなことに。
 バレンタインデーにチョコなんかあげたことがない。あげようかな、と少し考えたときもあったけれど、あげたところで何になる。そう思って知らんふりをしてきた。それが、今年はどうしてそいつのためのチョコを選んでいるのか。
 チョコもらったことある? 興味本位で聞いてみた。するとそいつは「この時期はやたら知らない女子がくれるな、そういえば」と言ったのだ。この野郎、バレンタインデーのことは完全に頭から抜けてやがる。若干引いているわたしにそいつは「持って帰ると母親がクッキーとか準備しはじめる」と言った。自分で準備しろ、ホワイトデーを母親任せにするな。そう叱ったら「何返せば良いか分からないだろ」と困り顔をされてしまった。スマホで調べて適当にお菓子を準備すればいいんだよそんなもんは。呆れてそう言ったら、そいつはふと思い出したように「からはもらったことない」と言ったのだ。同じ部活のマネージャーの人とか知らない女子はくれるのに、と。なぜだか不思議そうにして。
 なんでわたしがあげなきゃいけないのさ。そう知らんふりして言ってやったら、そいつが言ったのだ。「好きなやつにチョコを渡す日なんだろ」と。本当、心の底から不思議そうにして。その言葉にずるりとずっこけるかと思った。わたしがあんたのことを好きな体で話すな! いや、合ってるんだけど! そんなふうに思っていたら、そいつ、影山飛雄は少しだけ悲しそうに「違うのか?」と言った。
 影山は基本的にバレーボール優先の人だ。勉強も恋愛も何もかも、バレーボールに勝つことはない。でも、優先度が勝てないというだけで、影山の中にないものというわけではないらしい。勉強もまあ一応頑張るときは頑張るし、恋愛も、していないというわけでは、ないらしい。どうやら。理解ができないわけでも興味がないわけでもないらしい。よく、分からないけれど。
 本命チョコにおすすめ≠ニ書かれたポップ。かわいい二色の包装紙から選べるタイプのものだ。チョコレートにもきれいな柄が描かれていたり、かわいい形をしていたりする。食べたら全部同じ、と言うタイプのやつだけど、まあ、どうせあげるなら。そう思って悩んでいる。赤色と青色。二色の包み紙。本命っぽいのは赤、かな。
 なんでわたしが影山に渡すチョコでこんなに悩まなくちゃいけないの。どうせあんなの、適当に言っただけだし深い意味はないに決まっているのに。だって相手は影山だ。勉強できないし。白目剥いて寝るし。漢字読めないし。いや、なんでわたし影山のこと好きなんだろう。たまに分からなくなる。でも、好きなんだ。理屈じゃない。好きなものは好き。
 悩みに悩んで、青色の包装紙のほうを買った。赤だと本当にただの本命になってしまう。影山がそんなことを気にするタイプだとは思わないけど、万が一気付かれたときが地獄だ。念には念を入れておく。青色なら本命っぽく見えないだろうし、他の人からからかわれることもないだろう。そう、ため息を吐いた。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 バレンタインデー当日。鞄に例のチョコを忍ばせて教室に入ると、席が近い影山が声をかけてきた。それに素っ気なく返しつつ、ちょっと、意識してしまう。そうっと自分の席に座って息を吐く。なんで影山に緊張しなくちゃなんないの。ムカつくんだけど。そんなふうに睨んでしまう。影山はそれを不思議そうに「腹でも痛いのか」と言った。馬鹿じゃないの。いや、知ってたけど。
 影山の机に、すでにチョコが入っていると思われる紙袋が掛けられている。一応「それ何?」と聞いてみる。影山は「ああ、なんか女子がくれた」と言うだけでそれ以上は何も言わなかった。今年で卒業だから、と渡してくる子が増えたのだろう。もうすでにパンパンの紙袋を見たら、ちょっと怖気付いてしまった。
 すでに三年生は自由登校になっている。わたしは高校生活ももうあとわずかだし、部活にも顔を出したいと思って登校してきた。影山も同じような理由だろうか。影山に限ってチョコがほしいから、なんて理由ではないだろう。わざわざ雪が積もっているこの寒い中、特に勉強が好きでもないくせに何をしに来たのか。やっぱりバレーボールだろうか。そんなことを考えていると、影山がわたしに手を伸ばしてきた。

「……え、何?」
「いや、チョコ。くれるんじゃないのか」

 心底不思議そうな顔をされてしまう。いや、あげるなんて、一言も言ってないんですけど。きょとん、みたいな顔をされましても。そう影山を睨んでやりつつ目を細めてしまう。
 そもそも、前のときも思ったけど、なんでこんなにもらえるつもりでいるんだろうか。わたしがいつ影山のことを好きだと言った? いや好きなんだけど。好きなんだけど、本人に伝わるようなことを言った記憶がない。まあ、喋りやすい女友達くらいに思ってくれているかな、とは思っているけれど。それに、たとえ影山がわたしに好かれていると気付いているとしても、向こうからチョコを受け取りに来るのは、ちょっと、違うというか。

「……もうそんなにもらってるんだから、いらないんじゃないの」
「それとこれとは違うだろ」
「一緒じゃん。こっちもチョコだしそっちもチョコでしょ」

 大体そんなに食べ切れないでしょ。呆れつつ紙袋を見る。つられた影山も紙袋を見ると「これは、まあ、どうにかする」としどろもどろ返す。こいつ、絶対誰かにあげるつもりだ。乙女の恋心を。なんてやつだ。そう非難してやると「仕方ないだろ、こんなに一人で食べ切れるかよ」と目を逸らした。

「もう食べ切れないくらいもらってるんだからわたしのはいらないでしょ」
「いる」
「なんでよ。そもそもわたし影山にあげるなんて一言も言ってないんですけど」
「でも持ってるだろ、チョコ」
「なんで分かるんですか〜」
「リボンが鞄から出てる」

 鞄を見ると、リボンがちょこんとはみ出ていた。本命と思われないようにわざわざ選んだ情けない青色のリボンだ。なんてこった。奥にしまい込んだつもりだったのに。そう黙っていると、影山が席から立った。わたしの鞄に近付くと、何の躊躇もなくチャックを開けてしまう。そうして中から、青い包装紙に包まれたチョコを取り出した。

「……自分用に買ったやつだし」
「学校に持ってくるのかよ」
「食べようと思ってたの!」
「じゃあ俺にも一つくれ」
「なんでよ」
「……ほしいから?」

 疑問形じゃん。自分でも理由分かってないじゃん。本当変なやつ。そうため息を吐いていると、影山がチョコを持ったまま席に戻っていく。人のチョコを勝手に持って行くな。そうクレームを入れるわたしのことは完全に無視して影山が勝手にリボンをほどく。中身を見て影山が「食っていいか?」と聞いてきた。もう何言っても食べる気のくせに。わけが分からない。本当、変なやつ。

「……もういい、あげるあげる。全部食べて」
「いいのか?」
「ほしいんでしょ。いいよ。あげる」

 影山が遠慮なくチョコを一つつまんで、口に入れた。おいしいでしょ、絶対。だって一番人気のチョコだったし。見た目がかわいいのはもちろん、有名なショコラティエが作ったものだ。まあまあ値段も張ったんだからね。味わって食べてよ。そんなふうに思っていると影山が顔を上げた。「うまい」と真顔で言うものだから「あっそ」とそっぽを向いてしまう。
 なんで、そんなにほしかったのか、言えよ。そんなふうに少し拗ねてやる。まあ、影山には一生わたしが拗ねている理由は分からないだろうけれど。期待してしまうようなことを言うな、馬鹿。永遠にそう拗ねてやる。
 もし、ここで、好きだよって言ったら、どんな顔するんだろ。どうせ意味分からんって顔するんだろうな。友達として好かれているってくらいにしか認識されていないに決まっている。まあ、バレていても困るのだけれど。一か八か、ダメ元で言ってみるのもアリかもね。どうせ一生伝わらないだろうし、こういう人にははっきり言わなきゃ一生伝わらないし。まあ、言った瞬間に友達関係も終わってしまうのだろうけど。
 食べるの早。若干引いてしまいながら「もう少し有難みを持って食べなよ……」と呟いてしまう。影山はけろっとした顔で「全部うまかった」と言って、箱を片付け始める。その箱をどうにかこうにか包装紙に包むと、そのまま鞄に入れた。箱、捨てないんだ。そんなふうに少し意外に思っていると影山が鞄を肩に掛けて立ち上がった。

「は? 帰るの?」
「だって自由登校だろ。体育館寄ってから帰る」
「いやいや、じゃあなんで教室来たわけ? しかも制服までちゃんと着てきてるし」
からチョコもらうからだろ」

 何言ってんだ、という目で見られてしまった。本当、なんで、そんな自信満々なわけ。苛立ちを通り越して清々しささえ覚えてきた。呆れているわたしをじっと見つめている影山は、鼻の頭を指でかいてから一つ瞬きをした。

は俺にチョコをくれるために来たんじゃないのか?」

 当たり前のことのように言うものだから、固まってしまう。図星だったから、というのもある、けど。どうしてここまで確信を持っているんだろう。「じゃ」と言って教室から出て行く影山を慌てて追いかける。自由登校だからもう卒業式までなかなか会う機会はない。こんなもやもやを抱えて帰ってたまるか。
 教室を出てすぐのところで影山を捕まえた。「なんでそう思うの」とだけ聞いてしまう。鈍感な影山が気付いている、とは、思えないけれど。でも、やけに分かっているように言うから。
 目をぱちくりさせた影山がじっとわたしを見ている。しばらく黙ってから「いや」と口を開いた。

「見たら分かるだろ、好きなやつのことは」

 不可解そうな顔をしつつ影山が「部員待たせてるから。またな」と言い残してわたしに背中を向けた。ぽけ、とその背中を見送っていると、チャイムが鳴った。廊下に一人取り残されているわたしを、教室にいるクラスメイトが不思議そうに見ているのが横目に見えた。
 ふざけんな、影山飛雄。そんな赤い顔で言われたら、追いかける以外の選択肢がなくなるじゃんか!


Hail Mary
青色 × 影山飛雄

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