はるなつあきふゆ ちゃんと巡ったのに

※未来設定




「北さん! かまくらできました!」
「えらい立派なん作ったなあ」

 まるで孫とおじいちゃん。それがわたしと北さんの関係だと、高校時代の同級生にはよく言われたものだった。別にそれで構わなかったし、それが北さんと仲良しの証なら大歓迎。そんなふうに言ったら同級生も先輩も、ちょっと呆れていたことを覚えている。
 そう言われても不思議ではない関係である自覚はある。わたしと北さんは、ただただおじいちゃんにかまってほしい孫と、孫がやることはなんでも付き合うおじいちゃん、という構図だった。春は桜が見たいと北さんを引っ張って桜並木を歩いたり、期間限定の桜味のチョコを口にねじ込んだりした。夏は海が見たいと北さんを引っ張って海に行ったり、またしても期間限定のスイカ味のチョコを口にねじ込んだりした。秋は紅葉が見たいと北さんを引っ張って紅葉狩りに行ったり、やっぱり期間限定の栗味のチョコを口にねじ込んだりした。
 冬も同じことの繰り返し。北さんを引っ張ってイルミネーションも見たし、季節限定のプレミアムショコラ味のチョコを北さんの口にねじ込んだ。どれもこれも、北さんは一つも嫌がったことがない。どこかに行きたいと言えばない時間をうまく作って一緒に行ってくれたし、「俺が食べたら自分の分がなくなるやろ」とは言うけど押し切れば何でも食べてくれた。
 そんな関係は今も続いている。田んぼの近くに一人暮らしをはじめた北さんの家に遊びに行くのは当たり前。季節限定のチョコを北さんの口にねじ込むのも定番化している。何も関係性は変わらない。毎年毎年、春夏秋冬を北さんと過ごしている。

「餅でも焼いたろか」
「え! ほんまですか!」

 立ち上がって家に入っていく。程なくして火鉢を持ってきた北さんが戻ってくると、わたしが作ったかまくらにそれを入れた。ノリがいいんだよなあ、北さんって。ウェイ系とかパリピ系とかではないけど、なんでもかんでも乗っかってくれるし、基本的には何でも一緒にやってくれる。それが嬉しくてついつい調子に乗ってしまう。
 雪だるまを横に二つ作った。北さんとわたし、なんて調子に乗って言うと北さんは火鉢に炭を入れながら「かわいいな」と笑ってくれた。もう二十代なのに子どもみたいなノリのわたしにも優しい。北さんは本当に、優しい。
 春夏秋冬、まるごと思いっきり満喫した。北さんとやりたいことも食べたいものも全部、制覇したくらいいろんなことに付き合ってもらった。それでも、わたしは、まだ、満足できずにいる。当たり前なのだ。わたしが満足する日は来ない。何度だって北さんと季節を巡りたいと思ってしまうのだ、どうしても。

「醤油かきなこか、他なんかあったら言うて」
「いえ! わたし醤油がいいです!」
「奇遇やな、俺も醤油が一番好きやわ」
「ほんまですか!」

 かまくらの中に座布団まで置いてくれた。濡れちゃうけどいいんですか、と一応確認したら「ええよ」と優しく笑ってくれる。それが嬉しくてもっと調子に乗ってしまう。二人でかまくらの中でお餅を焼く。長年連れ添った夫婦みたいですね、なんて、冗談で言ってみる。本当だったらいいのに。そう思いながら。
 春も、夏も、秋も、冬も。しっかり踏みしめるように北さんと過ごしてきたのに。来年は何をしよう。そればかりを考えてしまう。北さんはきっとそんなふうには思っていないんだろうけれど。優しいからわたしの我が儘に付き合ってくれているだけなのだ。そう思うと、ほんの少しだけムキになってしまう。
 北さんがお餅を網の上に置きながら「せやなあ」と笑った。やっぱり。全然照れてくれない。普通そんなこと言われたら照れるんだけどなあ。夫婦みたい、なんて。子どもというか孫というか、そんなふうにしか見られていないのだろう。異性として意識されたいんだけどなあ。無理か。そんなふうにちょっと笑ってしまった。

「夫婦はちょっと早いんちゃうか」

 けらけらと北さんが笑う。冗談で言ったことだったから食いつかれると思わなくてびっくりしてしまう。「え~わたしと夫婦は嫌ですか~」とお餅を見ながら笑う。北さんのことだから別に他意はない発言だっただろう。ちょこっとだけ、どきっとしたけど。空振りになることが多いから期待はしない。どうせわたしが子どもっぽいから、という意味の発言だったに違いないのだ。

「まだ付き合うてもないやろ」

 北さんがお餅を見ていた顔を上げてわたしを見た。「な?」とおかしそうに笑う。それを多分、わたしはまぬけな顔で見ていたことだろう。自分がどんな表情をしているかなんて分かるわけがないけれど。
 髪が唇に引っかかってしまっている。それを払うこともしないまま、呆けて北さんの顔を見てしまう。だって、北さん、〝まだ〟って言った。それが気になってたまらなかった。
 北さんの右手が伸びてくる。わたしの唇に引っかかった髪を優しく払いながら「なんやねん、その顔」と言う。とても優しい声。いつも北さんの声は優しかった。バレー部の人たちにそれを言ったら「は?」と怪訝な顔をされたけれど。でも、どう聴いたって優しい声だ。わたしにはそんなふうにしか聞こえない。「優しいやろ?」と同じクラスだった侑くんに言ったら「お前耳イカれとるんちゃうか……」と青い顔をされたことは昨日のことのように覚えている。侑くんは北さんのことが怖かったらしい。なんでなのかはよく知らない。こんなに優しい人を怖がる意味が分からないけどなあ。

「今度は何してくれるんか、楽しみにしとるわ」

 もうどの季節も飽きるほどいろんなことをやってきたのに、それでも北さんは楽しみにしていると言ってくれた。わたしが満足していないのと同じように、毎年何をやっても楽しんでくれているのかな。暖かいも、暑いも、肌寒いも、寒いも何もかも。一緒に過ごしてきたけれど、これからもそれは変わらなくていいと思ってくれているのかな。調子に乗ってしまうけれど、それでも、いいのかな。
 雪が溶けたら、春になる。そう誰かが言っているのを聞いたことがある。小説だったかドラマだったか、漫画だったかアニメだったか忘れてしまったけれど。雪が溶けてしまったら水になって、これまであったものがなくなってしまっただけと捉えるより、とても先があって美しい回答だと思った。雪が溶けてしまって冬が終わっても、来たる春という季節が待っている。美しい雪が溶けてなくなっても、美しい桜が咲く。季節は一つ一つが完結して終わってしまうのではなく、次の季節にバトンを渡すだけのことだ。季節は巡る。何一つ終わりはしない。

「北さんはいつまでわたしに付き合うてくれるんですか?」

 季節はずっと終わらない。何度でも今日と同じ冬を迎えるけど、わたしは永遠にその冬を待ち遠しくなる。どの季節も同じこと。ずっとずっと。でも、北さんがいなくちゃいけないのだ。でもそれはわたしの我が儘だし。北さんがどう思っているのかは一度も聞いたことがない。どこかに行くのも、季節限定のチョコを口にねじ込まれるのも。北さんは楽しく思っていたかどうかなんて知らないままだ。

が付き合うてほしいって言う限りずっとやな」

 けらけらと笑ってお餅をひっくり返した。おいしそう。思わず表情が綻ぶ。北さんは小さく笑って「逆に」と静かな声で言った。舞い散る桜の花びらのように。凪いでいく波のように。鮮やかな紅葉の上を歩く足音のように。しんしんと降る雪のように。とても、とても、美しい声だと思った。

「来年も再来年もその先もずっと、って言うても、ええんですか」

 二人でお餅を見つめる。膨らんでぷしゅ、と音を立てそうな勢いでしぼんだ。美味しそう。北さんが気付かぬ間に醤油を塗っていたみたいだ。醤油の匂いがほのかに広がっている。北さんはお皿を出しながら「せやなあ」と優しい声で言った。

が飽きるまでずっと、いつまでもええよ」

 はい、とお餅が載ったお皿を渡してくれた。受け取ってから割り箸も受け取る。これぞ冬の楽しみって感じ。また北さんとの冬の思い出が増えた。
 わたしが飽きるまでって、そんなんほんまにずっとになりますけど。笑いながらそう言う。北さんも笑って「ほんまにずっとなんか見物やな」とか言うものだからおかしくて。それ、後悔させますからね。なんて、笑いが止まらなかった。