ふたりの名前は寒がり

 昔からお互い寒いのは大の苦手だった。わたしと研磨の面倒を見てくれるクロからもよく呆れられているくらい。呆れられたって寒いものは寒い。そんなふうに二人で拗ねたらクロはお手上げです、と言い出しそうな顔で「俺が悪かったです」と笑っていたことを思い出した。
 二年生に進級する少し前、クロが主将になってからはじめての練習試合。年明け早々に行われた試合に〝完勝〟とは言えないながらも勝利した。監督とコーチは満足げだったし、クロもほっとしていた。その様子を先輩たちはちょっとおかしそうに笑っていたっけ。
 練習試合は午前に行われたのだけど、午後にも練習がある。お昼休憩を挟んだらいつも通りの練習がはじまる予定だ。研磨はさっきから「もういいじゃん……」とテンション低めで、もそもそとパンを食べている。わたしも研磨と同じでもそもそとパンを食べながら部室に置いてあるブランケットに包まって「ね」とテンション低めに研磨に同意しているところだ。その様子を夜久さんがけらけら笑って「本当似た者同士だな~」と言った。

「暖房がほしい……」
「そんなもん置いたらお前ら二人動かなくなるだろ」
「こたつ」
「部室にこたつがあるバレー部なんてねえよ」

 研磨が食べ終わったパンの袋を縛ってごみ箱に入れた。それからじっとわたしを見て「それ、おれも入りたい」と言う。それ、ってブランケットのことだろうか。大きいけど広げるとその瞬間冷たい空気が入り込んでくるからやだ、と言ったら目を細めてちょっと睨まれた。このブランケットはもともと研磨が持ってきたものだ。渋々「どーぞ」と広げると、すぐに表情をいつも通りに戻した。ぴったりわたしの隣に座るとブランケットの端を研磨が握った。

「兄妹みたいだな」
「昔からこうだからほぼ兄妹みたいなもんだよ」
「ちょっと、勝手に兄妹にしないでくれる」

 研磨がそう呟きつつポケットに手を入れた。ごそごそと探ってから何かを取り出す。それをわたしに「ん」と渡してきた。特に何かを確認しないままに自然と受け取ってしまったそれは、未開封のカイロだった。持っていたなら使えばよかったのに。なんで使わないままポケットに? そう聞いたら「だって試合中はどうせ使えないし」と言った。学校に来るまでの間に使えば良かったんじゃないのかなあ。そう言ったら「いいから。あげる」としか言ってくれなかった。
 有難くカイロの袋を開けて、カシャカシャと振る。じわじわと温かくなってきたら両手でぎゅっぎゅっと揉む。指先が凍えるほど冷たかったから助かった。これで午後も頑張れる。水仕事もあるから本当に冬はつらいんだよね。そんなふうに温かくなったカイロを握りしめていたら、離していたブランケットの端が肩からずり落ちてしまった。あーあ、と思っていると、研磨がわたしの肩を抱くようにしてブランケットをかけてくれる。「ありがと」と言ったら「うん」とだけ返ってきた。

「研磨が面倒を見る側になるって珍しいよな」
「えっ、わたし研磨に面倒見てもらってるんですか?」
「カイロもらってブランケットかけてもらって、って至れり尽くせりじゃん」
「えー……」
「昔からそうだろ。今更何言ってんだよ」

 クロが呆れたように言う。昔から研磨に面倒を見てもらってたってこと? あんまり自覚がないんだけど。そう首を傾げているとクロが「いやいや、めちゃくちゃ面倒見てもらってんだろ」と愉快そうに笑った。

「研磨が自分より優先して面倒を見るのはお前くらいだぞ」
「優先されてるの?」
「カイロもブランケットもに譲ってんだからそうだろ」

 言われてみればそうかも? 今更そう思いつつ研磨の横顔を見る。無表情。いつもと変わりなし。そんな様子の横顔に「ありがとね?」と笑って言ってみると「別に」とだけ返ってきた。やっぱりそんなつもりないんじゃないかなあ。研磨って人の面倒を見るタイプじゃないし。そんなつもりはないけどって思っていそうだなあ。こっそり笑っていると、研磨の顔がこっちに向いた。

「おれがそうしたいからしてるだけ」

 顔がまた正面を向く。いつもと変わりない横顔。そうしたい、ってなんでだろ。変なの。不思議に思っているわたしを夜久さんが笑いながら「道のりは長いな」と研磨に言った。何が?
 研磨がわたしの肩を抱いてくれているままだから体がぴったりくっついている。温かい。ブランケットより、カイロより、研磨の体温のほうが温かいね。そんなふうにちょっとだけ照れつつ笑ったら、研磨は無表情のまま「うん」とだけ相槌を打った。塩対応。まあ、昔からだし塩対応のつもりじゃないのは分かってるけどね。
 実は結構好きなんだ、研磨とくっついてるの。研磨がどう思っているかは知らないけど。夏だと暑くてなかなか近付けないけど、冬なら寒いからってくっついても変じゃない。だから、寒いのは嫌いだけど冬は好き。寒がりという隠れ蓑を使えるから。研磨も寒がりでよかったな、なんてね。こっそりそう思った。
 研磨がくれたカイロをぎゅっと握る。寒がりのくせに、なんでカイロを開けなかったんだろう。カイロなんて長い時間温かいんだから自分でも使えばよかったのに。そのあとでわたしに貸してくれればよかったのに。なんで開けなかったの。本当はなんで? 聞きたいけど聞けない。聞いてしまうと何かが崩れてしまうかもしれないから。このカイロはわたしのために用意してくれたの、なんてことは聞かない。気まぐれで未開封のままで、気まぐれでわたしにくれたんだもんね。きっとそうだ。そうじゃないかもしれないけど。そんなむず痒い気持ちがカイロのぼんやりした温かさによく似ている。そんな気がして、ちょっとだけ笑ってしまった。