君と「いただきます」の午後

※未来捏造




 午後二時。スーパーの袋を持ったまま向かうのは自分の家ではない。正直行かなくてもいいところなのだけど、行かないままでいるのは何となく気になるので仕方なく向かうだけのところだ。
 向かう途中のコンビニで無性に冬の風物詩が食べたくなった。思わず入店してすぐにレジへ。妙に好きなそれを店員さんに注文するとすぐに取り出して袋に入れてくれた。仕方ない、あいつの分も買ってやるか。どうせ今日もろくなものを食べていないだろうから。そうため息交じりに苦笑いをこぼしてしまった。
 本当はもう少し早い時間に行きたかったのだけど、わたしはわたしで用事がある。連絡したら「いつでもいい」と返信があったので用事が済んでから向かっている。雪がちらついているのに晴れた空は妙に清々しい。絶好の外出日和……いや、雪が降っているから絶好ではないか。一人でそうツッコみつつコンビニを出て、そこからは寄り道せずにまっすぐ目的地へ向かった。





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 もらった合鍵でドアを開けると、カーテンが閉め切られている部屋は薄暗かった。絶対わたしと連絡を取ったあと寝たんだ。二度寝大好きだもんね。そう呆れつつ靴を脱ぐ。小さなキッチンの前を歩きながら「ちょっと、もうお昼すぎなんだけど」と声をかける。見えてきたベッドにはこんもりと山ができている。やっぱり寝てる。放っておくとご飯も食べずに寝て休日を過ごしてしまうから心配になるのだ。体が大きいんだからご飯はちゃんと食べなさいよ、と。

「ねえってば。いい加減起きなって」

 スーパーの袋とコンビニの袋を机に置きつつ山に近付く。山の表面をぐっと握って力一杯引っ張った。この山、実はちゃんと起きていたらしい。わたしが剥がそうとすると予想をしていたようで、びくとも山の中身が見えないままだった。

「寒い。無理。眠い」
「いっつもそうじゃん。寝てもいいからご飯だけは食べなって」
「できたら起きるから作って……」
「こんにゃろう、全くやる気なしじゃん」

 もう、と呆れた声で言いつつも、山の表面である布団から手を離す。わたしも本当に甘い。昔からどうにも甘やかしてしまうのだ、山の中身である国見英のことだけは。
 仕方なくコンビニの袋を開けて、買ってからまだ数分しか経っていない冬の風物詩を取り出す。仕方なく買った英の分もだ。「とりあえずこれ食べる?」と声をかけたら、山が少しだけ崩れた。顔が出てくると「食べる」と言った。冬の風物詩、コンビニの中華まん。わたしからそれを受け取ると、行儀悪く横になったままもそもそと食べ始めた。せめて起きなよ。そう呆れたけど言っても聞かないだろうし、この山が動くことはないと分かっている。放っておくことにした。
 スーパーの袋の中身は、こちらもこちらで冬といえば、なアレの材料である。作るのも簡単なので一週間に一度はこれを作りに来ている。英も文句を言わずに食べるから。まあ嫌いだという人はあまりいない。中には「家族以外と食べるのは嫌だ」と言う人もちらほらいるけれど、わたしも英もそんなことは気にしない。そもそもそういう理由で拒否されたら一発殴ってしまうけれど。
 今日は豆乳にしてみた。このまろやかな味が好きなんだよね。男の人は率先して選ばないかもしれないけれど。英に関しては何でもいいタイプだ。文句を言われたことはない。普通においしいしね。たまに変わり種にすると「普通でいい」と言うときはあるけど、作ってもらっているという自覚はあるらしい。滅多にそういうことは言ってこない。
 いつものように準備をしていると、もそもそと山が再び眠りについた音が聞こえた。本当に寝たよ。笑ってしまったけど、それだけ平日の仕事が大変なのかもしれない。もともと面倒くさがりで極力頑張りたくないタイプだけどやるときはきっちりするし、普段からサボるところはサボるけど結果「間に合いませんでした」「できませんでした」ということにはならない人だ。それなりに責任感を持って働いているのだから気疲れすることも大いにあるだろう。残業をする日だってある。眠たいならとことん眠ればいいとは思うけど、ちょっともったいなくないかな、と思うわたしがいる。

「お茶飲む?」
「飲む……」

 飲むんかい。内心ツッコみつつお湯を沸かす。その隣にいつもの鍋を置いて火にかけた。今日のちょっと遅いお昼は冬に食べるとおいしいお鍋である。料理があまり得意ではないわたしでも鍋の素さえあればおいしくできる魔法の料理。食べ終わったあとはうどんやご飯を入れればまだ楽しめる有難い存在だ。
 温かいお茶が入ったポット、いつものコップを机に置く。「残りはセルフで」と言えば「ん~」という返事だけ帰ってきた。絶対飲まないじゃん。本当、全然動かない。まさしく動かざること山の如し。たまにならいいけど、いつもだと少し寂しいよ。こっそり呟いておいた。
 中火で熱した鍋から湯気が立ってきた。煮立て過ぎると良くないので少しだけ火を弱めてもう少し置いておく。もうすぐにできてしまうけど山が動く様子はない。鍋を見つつ、わたしも自分の分の中華まんを頬張る。おいしい。やっぱり寒くなってくるとこれを食べたくなるんだよね。本当は、英と並んで食べたかったんだけど。寝ている山にそんなことは言ってやらない。
 出来上がった遅めのお昼ご飯兼早めの晩ご飯。鍋敷きを机の真ん中に置いたら、ようやく山が動いた。のそのそと起き上がって顔が出てくる。くるりとこちらを向くと、先ほど淹れたお茶にようやく目を向けた。とてもゆっくりとした動きでポットを手に取り、置いてあるコップに注ぐ。湯気がふわりと浮かぶのをぼけっと見つめてポットを元の位置に戻し、コップを手に取る。ようやく一口飲むと「あー」とおじさんみたいな声を出した。まだまだ若者でしょ。そんなんでどうするの。鍋を持って行きながらそう笑ったら英は「んー」と曖昧な返事だけしてきた。

「ほら、ちゃんと座って」
「だるい……」
「食べたくないなら食べなくてもいいよ。もう二度と来ないけどね」
「なんでそんなこと言うの……」

 英はようやく床に置いてあるクッションに座ると、目をこすりながら「食べる……」と眠そうに言った。お箸と取り皿を英の前に置くと、ぽつりと「昨日マジで大変だった」と呟く。仕事が大変だったらしい。珍しく遅くまで残業をしたとのことだったので、まあ少しくらいは許してあげるか、と笑ってしまう。
 いただきます、と小さな声で言った。英に続けてわたしも言うと「ん」と取り皿を差し出された。入れてってことですか。わたしは家政婦さんなんでしょうか。内心そう思ったけど、国見英にだけ甘い自覚があるから、「はいはい」と笑って受け取った。それなりに信頼している人にしかそういうことを託してこないと分かっているからだ。まあ、だからって甘やかすのは良くないのだけれど。
 よそったものを渡すと英がはふはふ言いながら肉団子をまず口に運んだ。まだ熱いから「あつっ」とまず言葉が出る。そのあと「おいし」と眠たそうなままの声で呟いた。


「んー?」
「結婚して」
「はいはい、こんな奥さんいたらいいねー」

 自分で言っちゃったよ。そんなふうにけらけら笑いながら自分の分を取り分ける。前々からちょっと面倒を見るとそういう冗談を言ってくるんだから。ちゃんと本気で言ってくるときなんか来るのかなってちょっと心配になる。まあ、そのつもりがなくてもいいのだけど。別に好きだから結婚しなくちゃいけないってことはない。英ってそういうの、あんまり向いてなさそうだし。
 英が白菜をもぐもぐと噛みながらじっとわたしを見てくる。顔を上げて「何?」と笑うと、ごくんと白菜を飲み込んでから「だから、結婚して」と繰り返した。

「調子に乗せようって魂胆は分かってるんだからね。アイスなら買ってあるよ」
「違うんだけど」
「じゃあ何? お菓子?」
「全然違うんだけど」

 もぐもぐと豆腐を食べながらくるりと振り返る。後ろに置いてある仕事用の鞄を自分のほうへ引き寄せると中から何かを取り出す。ぴらり、と目の前に広げられたのは、すでに英の名前が書かれた婚姻届だった。

「ご飯、何作ってくれるか当てられたら書いてって言おうと思ってた」
「……なにその理由」
「今日は絶対豆乳鍋だと思った。なんとなく」
「え~……なんか全然ロマンチックじゃないんだけど……」

 苦笑いしつつ受け取る。まあ、英らしいといえばらしいけど。せっかくのプロポーズなのに、鍋食べながらって。全然女の子が憧れるシチュエーションじゃない。英は何事もなかったようにまた食べ始めるし。わたしだって一応、そういうの憧れがあるんだけどなあ。
 そのうち、冬が宮城の空を染める。今は可愛らしくちらついている雪は凶器のような勢いで降るし、寒いなんて一言で片付けられない寒さになっていく。冬が好きだと手放しで言う人は少ないだろう。それほどまでにこの地域の冬は厳しい。けれど、そんな冬でも、英がいるだけで特別になる。一つもロマンチックじゃない豆乳鍋も、まあ、頑張れば。そう笑ってしまった。