※捏造過多




 わたしの彼氏は、誰よりも頑張っていると、わたしは思う。だって彼氏だもん。好きな人だから、そう思ってしまって仕方がない。
 世の中は残酷だ。みんながみんなアニメの主人公にはなれない。誰かが主人公になれば他は有象無象のモブキャラクター。昨今はお遊戯会の劇の主役は一人だけだと苦情が入ることがあるらしい。馬鹿らしい配慮がされてみんな王子様∞みんなお姫様≠ニいうのが結構当たり前になっていると聞いた。本当に馬鹿馬鹿しい。王子様になりたいのなら、お姫様になりたいのなら、己の力でその役を勝ち取ってみろ子どもたち! いや、それで主役になれなくて泣く子と文句を言う親が多いから致し方ないのだろうけど。でも、それもこれも社会勉強なんじゃないのか。そう、思っていた。

「正式にスタメン落ちした」

 夏休みに入ってすぐ。夏期講習で学校に来ていたわたしと、バレー部の練習試合を終えたばかりの英太。青空の下でそんな報告をされた。不自然なほど笑いながら、変に明るい声で。
 英太は、誰よりも頑張ってると、わたしは思う。でも、それは他の人を想う人も同じだ。誰しもみんな、自分が応援している人が誰よりも頑張っていると思うに違いない。わたしの想いなどありふれたちっぽけなものだ。そうだとしても、わたしは、英太はとてもとても、苦しみながら頑張っていると、思うのに。
 元々、二年生の子がスタメンになりそうだとは聞いていた。一般入試で入ってきた子らしくて、英太は「かわいくねーけど、努力家でいいやつ」と教えてくれたっけ。こっそり部活を覗きに行ったら英太より背が低くて線の細い感じの子だった。バレーのことはちんぷんかんぷんなので上手いかどうかなんてことは分からなかった、けど、英太はスポーツ推薦で来ていてあの人は一般入試で入ってきている。一般的には、スポ薦で入っている英太のほうが、上手いんじゃ、ないのかなあ。よく分からないから何も言わないままだったけど。
 インターハイ予選、二年生の子にスタメンを獲られたと聞いた。でも、本戦ではどうなるか分からないし、監督からも本戦前にもう一度メンバー発表するからそのつもりで、と言われたとも。けれど、結果は、補欠。英太は笑って「情けねー」と頭をかいた。
 今回のこのメンバーがほぼほぼ春高のメンバーとしても固定だろう、と英太は言った。背番号三番。かっこいいユニフォーム。それを着て、コートの中で自由に戦う英太が好きだ。それはスターティングメンバーだろうがベンチメンバーだろうが変わらない。わたしは。英太は、そうではないと思うけれど。
 紫色のきれいなユニフォーム。誰よりもそれが似合うのは、英太だと、わたしは思う。

「試合は出ると思うから、応援してください」

 おどけたように言った。馬鹿。英太の胸を叩いてやる。たとえ、試合に出る機会がなかったとしても、応援するよ、馬鹿。もう一度胸を叩いてやると、英太はその手を掴んで「ありがとうな」と情けない顔で笑った。
 みんな主役じゃない劇にケチをつけていいなら、わたしだって今この瞬間にケチをつけたい。英太は頑張っています。どうして英太は選ばれなかったんですか。バレーのことなんて何も知らないわたしが理由を説明されても分からないだろう。でも、英太がいろいろ悩みながらバレーと向き合ってきた時間は、それなりに知っている。感情論だ、と馬鹿にされるに違いない。何が悪い。感情論で悔しがって何が悪いというの。
 三年生に上がったばかりの頃はスタメンで練習試合に出ていた。でも、とあるときから、二年生の子がスタメンで出るようになった。そのときの英太は声をかけていいものか迷うほど落ち込んでいたし、なんだか難しい顔をしてばかりだった。スタメンが二年生の子に固定されはじめてからは開き直って「俺は俺らしく」と言って頑張っていた、けど。どうしても届かなかった。
 一時期、バレーボールの話を一切しなくなったときがあった。きっと忘れたい瞬間だったのだろう。それが分かったから目一杯二人で遊んだし、笑ったし、馬鹿ばっかりやった。しばらくしたらまたバレーボールの話をしてくれるようになったからほっとしたけど、悔しそうなことに変わりはない。ずっとずっと、そんなふうに、英太を見てきた自信はある。

「よし、英太」
「え、何?」
「ん」

 両手を広げる。英太はぽかん、と固まってから、何か理解したらしい。「いやいや、人に見られるし、俺めちゃくちゃ汗かいてるから!」と距離を取られてしまう。馬鹿。そんなことはどうでもいい。わたしは今、英太を抱きしめずにはいられないの。そう言ったら「え〜……」と恥ずかしそうに笑われてしまった。
 わたしはスポーツを真剣にしたことがない。団体で何かを目指したこともないし、個人でも一番を獲ろうと何かに取り組んだことはない。だから、英太の気持ちをすべて理解することは難しい。チームのことを理解することも、バレーを理解することも、何もかも。たった数パーセントしか分かっていないに違いない。それでも、わたしは、どうしても知らんふりができなかった。
 渡り廊下から見えるところに、ひまわりが咲いている。きれいに咲いているひまわりたちはもっともっと成長しようと太陽を見上げている。前を向かなきゃ上に伸びることはできない。前にも進めない。それを体現しているような花だ。まるで、英太みたい。そんな恥ずかしいことを想った。
 もがいていた。あの二年生の子にはないもので勝負をしようと、英太はいつももがいていた。同じものを磨いても意味がない。チームに必要とされるためには、他の人が持っていない武器を手に入れるしかない。いろんなことができるようになって、いろんなことを必要とされるようになって。英太はそうやって今日まで前だけを見ていた。スタメンに選ばれなくても、たった一度きりのプレーになったとしても、それを逃さないように前だけを見て歩いていた。息苦しくとも、立ち止まりそうになろうとも。
 その結果が、このきれいな紫色のユニフォーム。ここにすべてが詰まっている。そんなの、抱きしめずにはいられない。

「え、マジで? すげー恥ずかしいんだけど……」
「誰も見てないから大丈夫」
「いやいや、見てる見てる。めちゃくちゃバレー部のやつら見てるから。寮に戻ってくやつらあっちにいるの見えるだろ」

 確かに。体育館から学生寮があるほうへ歩いて行く人影が見えるけど、遠いから大丈夫。そう胸を張ったら「いや大丈夫じゃないんだけどな〜」と笑われてしまった。でも引いてやらない。だって、いても立ってもいられないのだ。わたしは今この瞬間。
 英太がとんでもなくぎこちない動きで、きゅっと抱きついてきた。横目にバレー部の人がはしゃいでいるのが見えているみたいで「マジで恥ずかしいんだけど……」と小さな声で呟く。今にも勘弁してくれ、と白旗を掲げんばかりの様子だ。そんなの問答無用。思いっきり抱きしめ返した。英太が「ぐえっ」と情けない声を上げるほど強い力で。
 憎たらしくひまわりが元気に咲いている。夏真っ盛り。まさにそれだ。それなのに、英太がまるで、もう全部終わった、みたいな顔をしたから。もうここが終わりでゴールで結果だと言っているみたいな声だったから。このきれいな紫色のユニフォームも、咲いているきれいなひまわりも、まだまだ夏の中にいるのに。

「つーか汗臭いだろ? 大丈夫かよ」
「うん、めちゃくちゃ臭い」
「そんな明け透けに言うなよ?! 傷付くだろうが! 離れるから腕離して」
「やだ」
「え〜……」

 なんでだよ、と苦笑いで呟いた。わたしの背中をぽんぽん叩いて「どうした、なんか変だぞ」と優しい声で言う。変じゃない。わたしは正当な理由で怒っている。正当な理由で悲しんでいる。正当な理由で悔しがっている。変なところはどこにも、ただの一つもない。そう言い切ったら「はいはい」と笑われた。

「英太」
「ん?」
「大好きだよ。一番好き。英太が一番かっこいいよ」
「……はは、そりゃどうも」

 今、ちょっとかっこつけたでしょ。それがかっこ悪いんだよ。そう指摘したら「うるせーよ!」と大笑いされた。英太はわたしの体をしっかり抱きかかえると、ひょいっと持ち上げる。一番恥ずかしいことしてるの英太じゃん。そう言うと「もう諦めて開き直った」と言われた。なにそれ、いいじゃん。開き直っちゃえ。そんなふうにわたしも英太に余計にくっついた。


誰かがここで終わりだと嘘をつく
紫色 × 瀬見英太 × ひまわり

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