※大学生設定




「わたし、花火が見たいって言ったんだけど」
「え? 知ってるけど?」

 いや、現在地、ラブホテル。なんでこうなった。そんなふうに白けた視線で倫太郎を睨んだら「えー、何その顔。かわいい」と笑われてしまった。かわいくなどない。理由の説明を求める。
 二週間前くらいにSNSで花火大会の告知を見た。「見たいね」と倫太郎に言ったら「じゃあ見に行く?」と言ってくれたから、今日はこうして二人で出かけている、のに。花火大会の会場とは違う方向に歩き始めたから不思議で。どこか見られるスポットを知っているのかな、と感心しながらついてきた結果がこれだ。しかも、なぜこのピンク色が卑猥な部屋を選んだ。こんな露骨にラブホテルですって部屋、好きじゃないんだけど。いや、ラブホテルに好きな部屋なんてないけど。

「なんで拗ねてるの。かわいいからやめて」
「かわいくない。だって花火見たいのに。ここじゃ見られないじゃん」
「ん〜?」
「ん〜、じゃない。かわいく言っても許さないからね」

 結構、これまでもそうだった。倫太郎に流されて最終的に許してしまうやつ。今日こそは許さない。だって、わたし、本当に見たかったのに。倫太郎と花火大会はまだ行ったことがない。前に遠回しに誘ったら「すごい人混みになるし、はぐれたら嫌じゃん」と言ってあまり行きたがらなかった。そのときは「だね」と言って誘うことはしなかったけど、やっぱり、好きな人と花火、見たい。夏のイベントって感じがするし、定番のデートなはずだ。ちょっと憧れがあった、のに。
 部屋中を染めているネオンピンクみたいな露骨な照明の光が鬱陶しい。つまんない。えっちしたいならそう言えばいいのに。それならこんなところまで来なくてよかったのにさ。内心そんなふうに文句を言っていると、倫太郎が「拗ねてないでこっちおいで」と手招きした。ベッドの上。ムカつく。そんなふうに思いながら渋々ベッドに乗った。
 倫太郎は優しいし、一緒にいて楽しい。でも、嘘を吐かれたり試されたりするのは好きじゃない。毎回こんなふうにしてくるわけじゃないけど、今回のはかなり、ショックだ。花火くらい一緒に見てくれてもいいじゃん。そんなふうにぶすくれてしまうわたしを、倫太郎がそっと抱きしめた。
 くるりとわたしの体を向きを変えさせてくる。倫太郎に背中を向けて、目の前には窓。今日はそういう気分か。そんなふうに思っていると、後ろで倫太郎が小さく笑った声が聞こえた。
 しばらくそのままじっとしているから、ちょっと首を傾げそうになる。なんで何もしてこないんだろう。ずっと後ろからわたしを抱きしめて、軽く手を握っている状態で固まっている。絶対すぐに胸とか腰を触ってくると思ったのに。どうしたんだろうか。もしかして、わたしがあんまりにも拗ねたから手を出さないようにしてくれてる、とかかな。反省しているみたいなら、まあ、許してあげないこともないけどな。
 そんなふうに思っていたときだった。ドンッ、という音が聞こえて思わず窓の外を見つめたときだった。パッと光が散らばって、きれいな花が咲いた。倫太郎が「あ、はじまった」と呟いた声に間抜けに「花火だ」と呟いてしまう。

「人混みだとどうしても人にぶつかったり嫌な目に遭うでしょ」
「……調べてくれたの? ここ、花火見えるって」
「まあね。悪趣味な部屋だけど、ここが一番きれいに見えるかなって思って予約しといた」

 思わず倫太郎のほうに顔を向けていたのだけど、倫太郎がわたしの顔を優しく正面に向けさせた。「きれいだね」とわたしの肩にあごを起きつつ呟く。ちゃんと、考えてくれてたんだ。自分もわたしも、どちらも我慢しなくてもいい方法。思わず倫太郎の手をきゅっと握っている自分がいた。

「……ごめんね、怒っちゃって」
「全然。拗ねててかわいいなーってくらいにしか思ってないから大丈夫」

 けらけらと笑う。それはそれでちょっと、悔しい、けれども。
 パッときれいな光が空を舞う。美しい花の形を描いて、消えていく。ドン、と打ち上がる音。パッと光が弾ける音。きっと外で聞いたらもっと臨場感があったのだろう。でも、ここから見る花火は、とても近く感じて、迫力がある。
 倫太郎が悪趣味、と言った部屋の明かり。確かに悪趣味だ。けれど、花火を見つめていたら気にならなくなる。きれい。そんな感想だけが口からこぼれる。何の語彙力もない。それでも倫太郎は全部に「きれいだね」と返してくれた。
 一口に花火といってもいろんな種類があるなあ。こんなに静かに花火を見る機会がなかなかないから改めてそう思う。色とか形とか、そういうものの違いをじっと見つめる。倫太郎が「俺、子どものとき火の粉が足に落ちてきたことある」と笑った。地元の大きな花火大会でのことだったらしい。熱くはなかったけどびっくりして友達と逃げ回った、と懐かしそうに話してくれた。なんか、当たり前なんだけど、倫太郎にも子どもの頃があったんだなあ。そんなふうに馬鹿みたいなことを思った。

「で」
「うん?」
「花火終わったら、いいんだよね?」
「……えっ、な、何が……?」
「え〜?」
「え〜……?」

 分からないふりをしていたら、倫太郎が「ま、いいや」と言ってまたわたしの肩にあごを乗せた。それからまた「きれいだね」と花火の話題に戻してくれる。やっぱり優しいんだよね。いつも。それに内心感謝しながら「ね」とわたしもまた前を向いた。
 きれい。ずっと見ていられる。倫太郎と一緒ならなおさらだ。もちろん一生続くものなんてこの世のどこにもないのだけど、もしかしたらここにはあるんじゃないかって思ってしまう。第三者からすれば馬鹿な女だって思われるようなことなのかもしれない。でも、本当にそう思うくらい、倫太郎のことが好きだなあ。なんて、思ってしまうのだ。


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ネオンピンク × 角名倫太郎 × 花火

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