※大学生設定




 開けっぱなしの窓からセミのうるさい声が襲いかかってくる。目覚まし時計のいらない季節。不快すぎるベタベタの汗とセミの鳴き声と熱気。エアコンを付けろ家主。眠りこけている家主の頭を叩きながらベッドの下に落ちているリモコンを拾い上げた。

「太一起きろ、レポート死ぬよ」
「死ぬ……」
「なんでエアコン付けてないの馬鹿じゃないの」
「馬鹿ですみません……」

 セミうるさいから窓開けないでって言ったのに。そうぼやいたら「セミさんはうるさいものだから……」と寝惚け眼で言葉が返ってくる。なぜセミにさんを付ける。小学生か。鼻で笑ってやりつつ、暑苦しいのでベッドから蹴落としてやった。
 大学で知り合って、裸で一緒のベッドに眠るような仲になったこの川西太一。出身が宮城県らしくとにかく夏に弱い。宮城も東京もそんな変わらないでしょ、と呆れていたのだけど本人的にはつらいらしく。夏はめっぽう弱いようだ。本人曰く「ちょっとに見える差が実は地獄への片道切符」とのことらしい。
 カーテンだけきっちりしまっている。エアコンが効いてくるまではもう少し窓は開けっぱなしでいいか。そう考えながら一旦その辺に落ちていた太一のTシャツを着ておく。後で絶対お風呂入ろう。ベタベタして気持ち悪すぎる。夏はこれだから嫌だ。暑いのはもちろんだし、何よりもこの汗のべたつきが最悪。髪の毛が肌に張り付く感覚も嫌い。うんざりしながら髪を一つのまとめて、ベッドから降りた。
 カーテンを一回開けてみる。まだ薄暗い空は柔らかな赤色が滲んできている。朝焼けというやつだろう。あまり見ることがない色。流れる雲にも色が移って、なんだかきれいな光景だ。この空だけを見れば爽やかな夏の朝、なんだけど。少し視線を戻せばレポートの資料で溢れた机、飲みっぱなしのペットボトル、脱ぎっぱなしの服。およそ爽やかな夏の朝の光景ではない。苦笑いをこぼしてしまう。
 こんな早朝に人は通らないし、そもそもここは三階。そうそう覗かれることもないからひとまずカーテンは開けっぱなしにしておくことにした。

「太一ってば。提出期限まで二十四時間切ってるよ」
「もういい……俺に構わず先に行って……」
「わたしとっくに提出済みなんだけど」

 あんたが助けてって言ってきたから来たのに。結局レポートもそこそこにベッドになだれ込むもんだから呆れたっけ。わたしが来た本来の理由がなおざりにされてしまっている。本当に大丈夫か、この人。ちょっと心配になりながら軽く頭を叩いてやった。

「そんなんで夏休み楽しく過ごせるの? 単位大丈夫?」
「死ぬ……」
「常に命の危機じゃん……しっかりしてよ……」

 二人で海も行きたいし、ひまわりも見たいし、お祭りも行きたいし、テーマパークにも行きたいのに。太一がこんな状態じゃ行けないじゃん。そんなふうにちょっと拗ねてしまう。学生は勉強が第一だ。留年なんてしたら笑えないから頑張ってほしいのに。
 拗ねているわたしにようやく目を覚ましてくれたのか、太一が顔を上げた。まぬけな顔。髪の毛もすごい跳ねてるし。かっこ悪い。太一らしくてわたしは好きだけどね。そんなふうに笑ってしまった。
 朝焼けの優しい朱色が視界の隅で光ったように見えた。太陽がどんどん昇っていくのだろう。余計に暑くなる。そんなふうにげんなりしていると、ぽつりと太一が「きれいだな」と呟いた。

「朝焼けでしょ。こんなに早起きなんかしないから貴重に思えるよね」
「朝焼けもそうだけど」
「けど?」
「……内緒にしとく」

 なにそれ。気になるから教えてよ。笑いながらほっぺをつついてやる。太一は笑いながらその手を掴んで「また後で言うかも」と誤魔化してきた。もったいぶって。どうせ大したことじゃないくせに。そう思いつつ「じゃあ楽しみにしとく」と笑ってしまう。いつもこうして太一のペースに持って行かれてしまうんだよなあ。なんだか悔しい。
 わたしの手を掴んだまま太一が立ち上がる。「風呂入る?」とあくびをこぼしながら聞いてくれたけど、一緒には遠慮したい。素直にそう言ったらこの世の終わりみたいな顔をされてしまった。

「ベタベタだからゆっくり入りたいの」
「ええ……」
「また夜にね」
「何それめちゃくちゃ興奮するんだけど」
「レポートが無事提出できてたらいいね」
「嘘じゃん、条件付きかよ……」

 はいはい。当たり前でしょ。そう笑いながらとりあえず太一の手から逃れる。お先にお風呂借ります。そう手を振ったら「かわいいから許す」としょんぼり言ってくれて、かわいい人だな、ときゅんとしてしまった。


朝焼けは恋、夕焼けは愛
空色 × 川西太一 × セミ

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