※社会人設定




 高校時代に一緒に行った地元のお祭り。久しぶりに行ってみようよ、と誘ったのに。メッセージへの返信がないまま二時間が経過。今日はお店も休みで何も予定がない、と聞いていたのにな。そう残念に思いつつ、とりあえず治が一人暮らしをしているアパートへやって来た。
 いや、なんでやねん。どこからともなくツッコミが聞こえたけど無視。連絡への返信がないのに来るなよ、という意見は多いだろう。けれど、もう何年治の彼女をやっていると思っているんだ。連絡への返信がない、今日は予定もない、店も休み。これは何を示すかというと、治が家で死んだように寝ている、ということなのだ。
 一日起きない日がたまにある。あの大食らいの治がお腹が減ったことも忘れて眠り続けるのだ。日頃の疲れが一気に来るのだろう。心配になるからお昼くらいには起きてよ、と言ってもなかなか治らない。
 治のアパートからお祭りの会場までは歩いて十分くらいの近所だ。運が良ければ起きた治が行く気になってくれるかもしれない。そうこっそり期待しながらアパートの階段をあがる。治の部屋のチャイムを鳴らしてみるけど反応なし。問題ない。合鍵をもらっているので難なく侵入に成功。「治ー?」と声をかけてみるけれども反応なし。でも靴がある。エアコンが効いている。うん、やっぱり寝てるな、これ。呆れつつ靴を脱いでもう一度名前を呼びながら部屋に向かった。

「治、もう夜になるで?」
「…………ん」
「治ってば。いっぺん起きてみ」

 のそのそと顔を出した治は、ブサイクな顔をして「めっちゃ眠い……」とあくびをこぼした。いや、どうせ今日は一度も起きずに眠りこけていたんでしょうが。なんでまだ眠いの。ブサイクな顔を笑いながら頭をくしゃくしゃ撫でてやる。

「なー、お祭り行こうや。高校のとき行ったやつ」
「ん〜……今から?」
「今から。もうはじまっとるし」

 連絡したで、とおでこを小突いてやる。治はのそのそと枕元のスマホを手に取ると、「ほんまやん、ちゅうかもう夜かい……」とがっくりした。休日を棒に振ったことにようやく気付いたらしい。
 どうにかこうにか起き上がった治が「ほんまに行くん?」と目を擦りながら言った。意外。治なら喜び勇んで来てくれると思ったのに。「出店ようけ来とるで?」と笑ってみる。それにも「ん〜」という曖昧な返事しかなかった。
 窓を開けてみると、ここからでも提灯の明かりが集まっているのが見える。きれいなオレンジ。あの光の集まりを見ていると、妙にノスタルジックな気持ちになってしまう。懐かしい。高校生の頃に治と行ったお祭りのことを思い出す。両手いっぱいに食べ物を持つから手を繋げなくてちょっと拗ねたなあ、わたし。一人で思い出し笑いをしていると、太鼓の音が聞こえてきた。
 開けた窓から夜風が吹き込む。窓枠に手をついて一つ深呼吸をしてみた。夏の夜って、なんか好きだなあ。遠くに見えるオレンジ色を見つめる。振り返らないまま「なあ、行こうってば」と治に声をかけるけど無反応。
 最近は忙しかったと言っていたし、無理に連れ出すのも可哀想か。そう思い直して一つため息をこぼす。「じゃあお祭りは行かんでええで、何か食べようよ」と苦笑いを浮かべながら振り返ると、思わず動きが止まってしまった。真後ろに治がいたからだ。

「びっくりした……何?」
「なんか」
「うん」
「めっちゃ抱きたいんやけど」
「なんでやねん。もうちょい我慢しとき」

 起きた途端に性欲かい。そうツッコミを入れてやる。治は「え〜」と口を尖らせて拗ねたふり≠した。その顔にわたしが弱いことを知っている。で、わたしはそのことを知っている。簡単には乗ってやらない。近付いて来ようとする治のお腹を押し返しながら「はいはい我慢我慢」と笑っておいた。

「なんか食べようって。どっか行く? それかわたし作ろか?」
「……俺作るわ」
「え、ほんま? 嬉しい」

 治のご飯好きやで、と軽く抱きつく。治は一瞬間を置いてから「しゃあないなあ」とへにゃへにゃの声で言った。こうやって言うと何でも好きなものを作ってくれる。長い付き合いなのでわたしも治の制御法くらいは心得ているつもりだ。わたしの頭をぽんぽんと撫でてからキッチンのほうへ歩いて行った。よしよし。これでおいしいご飯を食べられるしラッキーだ。ナイス、わたし。
 治が冷蔵庫の中を見ながら「何食べる?」と聞いてきた。今日はリクエストは特にない。治は何も食べていなくてお腹ぺこぺこだろうし、「治が食べたいやつ」と返しておく。「ん〜」と軽い返事があってから、冷蔵庫からいろんなものを出し始める。その背中をベッドに座りながら眺めるこの時間が好きだ。
 吹き込んできた風に髪が揺れた。祭囃子が聞こえる中、治が料理をしているところを眺める。なんていい夏の夜なのだろうか。一人でにやにやしながら風に揺れる髪を手で押さえた。
 また窓のほうを振り返る。お祭り、行きたかったなあ。きれいな提灯の明かりを見つめて耳を澄ませる。目を閉じると祭囃子がよく聞こえてちょっとだけお祭りに来た気分。まあ、ここでお祭り気分を感じながら夜風に当たっているほうが優雅な夏の夜って感じか。
 ふわっとかすかに好きな匂いが漂ってきた。びっくりして目を開けると、目の前に治の顔。え、いつの間に。口を開くより先に唇が重なって、治の満足そうな顔が見えた。

「……え、何?」
「やっぱあかんわ」
「何、なんでもうそんな感じになっとんの」
「……空腹やから?」
「ご飯食べなって言うとるやんか!」

 笑ってしまった。空腹で、ってなんだそりゃ。けらけら笑っている間にぎゅっと抱き込まれてしまった。すりすりと頬をすり寄せられると、なんだかかわいくて。もう、なんか、敵わないなって。
 ぐりぐり頭を撫でてやる。治はわたしの額とか首筋とか、いろんなところに口付けを落としてぐいぐい体を押してくる。力では勝てない。ぼすんっとベッドに背中から倒れ込んだら、深い口付けを落とされた。
 治とはじめてしたの、お祭りから帰ってきた後だったな、そういえば。高校三年の夏休み。今聞こえてくる祭囃子と同じ音が耳に残ったまま、こんなふうにキスをしてくれたのを覚えている。あのときはお互いの家に行くわけにもいかなくて、こっそりホテルに入ったけど、すごくどきどきしたなあ。本当はだめなことだし、これからいけないことをするんだ、と思って。
 頬を掴むように手が添えられている。ちょっと強引なのでは。全然離れてくれないし、苦しくなってきたよ。ちょんちょんと胸元を軽く叩いても反応なし。本当、困った人だな。仕方なく諦めて背中に腕を回したら少しだけ唇を離してくれた。

「なんか」
「何、もう。しゃあないで後でちゃんとご飯作ってな」
「はじめてしたときのこと思い出したわ」

 目が丸くなってしまう。わたしも同じだったから。「わたしも」と返したら、治が小さく笑った。「あんとき、めっちゃ緊張しとったよな」と言いながら服を脱がそうとしてくるものだから、思わず足でちょっと蹴っ飛ばしてやった。「治もやんか」と拗ねてしまうと「ごめんて」と頭を撫でられた。しっかり服は脱がされたけど。

「あんとき、俺正直」
「うん?」
「内心、めっちゃ祭りどうでもええわって思うとったわ」
「……えー、最低ー」
「ごめんて。せやけど、ほんまにそうやったし。早よ二人になりたいっちゅうことしか考えてへんかったわ」

 わたしは治とお祭り行くの、すごく楽しみにしてたんですけど。あの日も今日も。首筋に顔を埋めてきた治の頭を叩きながら恨み言を言ってやる。治は「そら光栄やなあ」とおかしそうに笑うだけだった。


祭囃子が聞こえる
オレンジ × 宮治 × 夜風

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