夏休み期間中、わたしが所属している美術部は大変自由な活動をしている。もちろんちゃんとした活動もしているのだけど、基本的には学校にプールを持ち込んで先生に怒られたり、大量のアイスを買い込んで部室に居座って先生に怒られたりしている。自由な美術部として大いに夏を謳歌しているというわけだ。
 今日も今日とて、部長である三年の先輩が得意げにとあるものを持ち込んできた。キラキラした目で見てしまう。なんと、かき氷器だったのだ。しかも氷まで買ってきてくれた。「今日もやってやろう」という部長の頼もしい一声。顧問も呆れてもう注意をしてこなかった。何だかんだで「俺イチゴ」と混ざってくる始末。最高な部活である。
 シロップは五種類。イチゴ、メロン、ブルーハワイ、抹茶、レモン。わたしは色味がかわいいからという理由でレモンを選んだ。山盛りの氷を器に盛って、たっぷりシロップをかける。なんて夏。きれいな黄色の山を見てそう楽しくなってしまう。
 全員の手元にかき氷が渡ってから、部員の一人が「あ、部活の準備品忘れた」と声を上げた。そういえば、今日は一つだけ数が足りないキャンバススタンドを備品倉庫から持ってくるように言われていたっけ。顧問がかき氷を食べながら「いやかき氷食べるのが活動じゃないからね?」と苦笑いをこぼす。仰るとおり。一年生でじゃんけんをした結果、わたしの一人負け。キャンバススタンドは一つだけだし、歩いている間にどうせ食べ終わる。そう思ってかき氷を持ったまま外へ出た。
 備品の倉庫は体育館の前を通ってすぐにある。かき氷を食べつつ鼻歌交じりに歩いていると、汗だくの運動部集団を発見した。あのジャージはバレー部か。そんなふうに見ていると、クラスメイトの影山の姿を発見した。影山とは今は席が近くて授業の発表班が同じだ。喋ると天然で面白いからよく話しかけている。どうやら休憩中のようだったので「お疲れ〜」と軽く声をかけてみた。

「お疲れ。何してんだ」
「部活で使う備品取りに行くところ〜」
「……かき氷食いながらか?」
「これも部活動の一環なので」

 影山が目を細めた。それから首を傾げて「かき氷部なんかあったか?」と至極真面目に呟く。いや、美術部です。吹き出しながらそう言ったら余計に首を傾げられてしまった。分かる。今この瞬間は全部わたしが変なこと言ってるんだよ。ごめんごめん。

「バレー部大変だね〜倒れんなよ〜」
「この程度で倒れねえだろ」
「お、さすが影山くん。運動に能力が全振りしてる人の言うことはかっこいいわ〜」

 影山はわたしのその発言に対して「まあな」と得意げに言う。いや、褒めてないんですけど。影山の近くにいた眼鏡の人が小さく吹き出している。うん、完全に嫌味で言ったつもりだよ。だって影山、全然勉強できないんだもん。発表班一緒だと大変で仕方ないんだよね。少しの恨み言です。許してね。
 汗で前髪がぺったりくっついている。それを服の裾で拭うようにして影山が一つ息を吐いた。あ、いいこと思いついた。頑張っているスポーツマンには差し入れをするのが定番だ。そう思って「影山、口開けて」とだけ言ってみる。影山は「あ?」と言いつつ当たり前のように口を開けた。その口にレモン味のかき氷を差し入れ。ハテナを飛ばしつつも普通に食べた影山がしゃくしゃくと氷を噛むかすかな音が聞こえた。

「何味でしょう!」
「いや、どう見てもレモンだろ」
「正解〜。ひんやりしていい気分転換でしょ」

 ごくん、とそれを飲み込んでから「確かに」と影山が言った。それから軽くお礼を言われたので「いえいえ〜」と返した。長居してしまった。そろそろ退散したほうが良さそうだ。そう思って「じゃ、練習頑張れ〜」と軽く手を振って、その場を後にした。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 毎回嵐のようなやつだな、と思う。急に話しかけてきたかと思えば次の瞬間にはどこかへ消えている。そんなやつ。さっきまで話していたのは俺の夢だったのかと疑うほど。中学のときも、高校に上がってからも、あそこまで当たり前のようにうるさく話しかけてくるのはあいつくらいなものだった。
 さっきも急に現れたかと思えば、もうすでに目の前から消えている。止まったら死ぬタイプの生き物なのかと思えるほどのスピードだ。俺の周りにいるバレー部の人たちも「すげー勢いの子だったな」と面食らっている。
 口の中がひんやりしている。かすかに残るレモンの風味と甘み。ああ、あいつが勝手にねじ込んでいったかき氷だ。ちゃんと味が残っている。確かにあいつがいたんだな、とか、当たり前のことを再確認した。

「もしかして今の子、彼女?」
「は? いえ、ただのクラスメイトっスけど」
「あ、そうなの? めちゃくちゃ当たり前に間接キスだったから彼女なのかと思ったわ〜」

 けらけら笑いながら菅原さんが「な?」と周りに同意を求めた。「思った思った」と笑いながら言われて首を傾げてしまう。彼女。そんなふうに思ったことはなかった、というか、そういうものを自分が持つイメージがいまいちまだできていないというか。
 バシバシ田中さんが背中を叩いてくる。痛い。「影山こんにゃろ」と謎の非難を浴びている。に声をかけられて、にかき氷をねじ込まれただけだ。そんなに面白がる要素はなかったはず、だと思ったが。

「女子と間接キス……何先輩差し置いて一人で青春してんだ影山!」

 西谷さんに頭をぐりぐりと押されながら、口の中に広がるレモン味をぼんやり感じている。まだ残っている。とっくの昔に氷は溶けてなくなっているし、もうひんやりした感じもほとんどない。かき氷のシロップはこんなにも味が残るものだっただろうか。
 の声はいつも飛び跳ねているようにぴょんぴょんしていて、何となく耳に残る。耳に残るといっても嫌な残り方じゃない。なんとなく、いつも近くで笑い声が聞こえるような。いつの間にか、声の出所を探しているというか。どうしてそんなふうになっているのかは分からない。別に特徴的な声でもないし、変な喋り方をしているわけでもない。理由が分からないから何とも説明ができない。
 間接キスってなんだ。未だに頭をぐりぐりしてくる西谷さんと背中をバシバシ叩いてくる田中さんに揉まれつつ、一人で首を傾げる。こんなふうに羨ましがられるようなものだったか? 別に、ただが食べたスプーンで、俺の口にかき氷をねじ込んできただけだ。別に田中さんと西谷さんが言うような青春とかいうものではないと俺は思う、けど。
 そういえば、あんまりよく見てないからちゃんと覚えてないけど、今日のの口、なんか赤かったな。何か塗ってんのか? 女子のそういう、なんか、顔に塗るやつのことはよく知らないから分かるわけがない。
 ぼんやり思い出したの唇。一つ間を置いてから、なんか、ほんの少しだけ心臓がうるさくなった気がした。


phantom hour
黄色 × 影山飛雄 × かき氷

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