バレー部の合宿も残り一日。最終日を控えた今日の晩ご飯はバーベキューだった。男子高校生の盛り上がる食事といえばバーベキュー、というコーチの考えは外れていなかったらしい。テンションが上がった一行はそれを保ったまま夜に肝試しをしようと言い出した。珍しく監督も「怪我しなけりゃ何でもいい」と許しを出し、今まさに肝試しに向かうペア決めのくじ引きが終わったところだ。
 脅かし役に回った部員以外の残った人たちで二人組を作って順番に回ることになっている。合宿所の近くにある森を少し歩いてから、そこに置いてあるらしい手作りのお札を持って合宿所へ戻る。監督たちがいる部屋以外電気が消されている合宿所内をルート通りに回り、最終的にお札をゴールに置く、というものらしい。短時間で結構しっかりしたストーリーができているとのこと。ストーリーとルートを作ったのがどうやら白布と瀬見さんのセッターコンビらしい。ストーリー及び脅かし役配置監修白布、脅かし役指導及び服装監修が瀬見さんなのだとか。嫌な予感しかしない組み合わせだ。
 バーベキューの片付けに行っていて乗り遅れたわたしは、自動的に脅かされる側に入れられていた。よく分からないままくじを引いたわたしの手の中には最終組の「10」と書かれたくじがある。誰とペアだろう。そう思っていると後ろから「あ、ちゃん十番じゃん!」と明るい声が聞こえた。

「俺、十番だよ。よろしくね〜」

 天童さんがわたしと同じ「10」と書かれたくじを持っていた。天童さん、脅かし役に回らなかったんだ。ちょっと驚いてしまった。絶対真っ先に脅かし役に回りたがりそうなのに。そう意外に思っていると「マジかよ!」と三年の先輩たちが天童さんを取り囲んだ。

「えーくじ引きもう一回しよーぜー」
「なんで天童なんだよ!」
「行くなら絶対女の子がいいじゃん! クソー!」
「羨ましい〜? いいでしょ〜?」

 ひらひらくじを振りながら「でもあ〜げない」と楽しそうに笑っている。一応、女子として捉えられているらしい。ちょっとそれに照れつつそっとくじをジャージのポケットにしまった。
 自分で言うのもなんだけど、昔からよくかわいいとかきれいだとか、そういうことを言われてきた。自分では毎日見る顔であり体だからよく分からなかったけど、言われてみればこの容姿で得をしたことが何度かあって。じゃあ何か困ったときは使えるものなのか、と今では思っている。ちょっと面倒だなって思った作業があったら「手伝ってほしいんですけど」とお願いすれば男女関係なく手を貸してくれたし、仲良くなりたい子には笑顔で話しかければ男女関係なく友達になってくれた。全部容姿のおかげだ。この顔と体に産んでくれた両親にはとても感謝している。
 でも、この容姿でどうにもならないことがある。恋愛。こればっかりはうまくいかなかった。今まで好きな人なんてできたことがなかったし、できる感じもなかった。告白されてもなんとも思わなかった。友達に「一回彼氏作ってみたらいいのに」と言われたけど、家に帰ってゲームしたり漫画読んだりする時間が減るだけでしょ、と思ってしまって。一人の時間が好きで面倒くさがり。そんなわたしが恋をするときなんて来るのかな。そんなふうに思っていた。そんなふうに思っていた高校一年生のとき、ピシャッととんでもない勢いで雷が落ちたのだ。感じたことのない衝撃はどきどきして気持ちが落ち着かないものだったけど、不思議とくすぐったくて嫌じゃなかった。恋って、こんな感じなんだ。そう思ったら毎日がとてもとても、色鮮やかになった。でも、うまくはいっていなくて。

ちゃん暗いのとか怖いのとか平気なタイプ?」
「……ちょっと苦手です」
「え、やだかわいい〜! 俺全然怖くないから大丈夫だよん」

 必ずモテる! 男子が好きな女の子特集≠ノ、お化け屋敷や肝試しに好きな人と行くなら演技でも怖がるべし、と書いてあった。だから嘘を吐いた。本当は暗いところなんか怖くないし、お化けとか幽霊なんて信じていないし、そもそも脅かしてくるのは同じ部活の人だと分かっているからこれっぽっちも怖くない。怖いと有名なお化け屋敷に行ったときも、泣き叫ぶ友達を宥めながらただただ突き進むだけだったっけ。思い出して苦笑いをこぼしてしまう。
 かわいい。冗談でもそう言われてきゅっと拳を握る。嬉しい。これまで言われても「そうかな?」って不思議だった言葉が、こんなにも今はわたしの中で弾けている。この調子でかわいい女の子を演じれば、少しは、意識されるかな。そうこっそり天童さんの横顔を盗み見る。くじ引きの神様、本当にありがとう。そう一人で隠れて笑った。
 雑誌やSNSで勉強したかわいい顔をしても、モテる子の真似をした仕草をしても、天童さんは一向に好きになってくれる気配がなかった。けらけら笑って躱される。そればかり。はじめての恋だからうまくアプローチもできなくて、多分好かれていると気付いてもらえていないようだった。雑誌やSNS、人から聞いた話のみの情報で自分なりに頑張っている。頭でっかちになってたまに失敗もするけど、おおよそはうまくできている、と、思うのに。もしかしたら天童さんはわたしみたいな子はタイプじゃないのかもしれない。でも前に山形さんと彼女がほしいと話していたから彼女はいないはず。わたしがアプローチしちゃいけない理由はないから、頑張らずにはいられなかった。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




「きゃっ」
「今のはなかなかよかったから〜……八十三点!」
「脅かし役に点数付けてくのやめてください」

 いつの間に買ってきたのか分からない血糊まみれの川西が、じっとわたしを見た。「怖がりなんだ。意外」と呟いてから「ここまっすぐ行ってください」と言って、ぺたぺたと裸足で廊下を歩いて行く。天童さんとわたしが最終組だからもう戻って血糊を落としたいのだろう。わたしたちももう短い森ルートを終えてお札を手に入れている。あとはゴールに向かうだけだ。そんな川西の背中を見送りながら「ちゃん大丈夫?」と天童さんが笑う。
 怖がる演技の仕方はさすがに雑誌に書かれていなかった。怖くないものに驚くのって意外と難しい。そう思いつつ「大丈夫じゃないです」と言っておいた。怖がっているように見えているらしいから今のところは作戦通り、のはず。

「怖いなら腕、掴んでてもいいよ」
「……いいんですか?」
「ドウゾ〜」

 左腕をこっちに向けてくれる。いいんだ。そう少し嬉しく思ったけど、天童さんのことだから誰にでもこうするんだろうなって勝手にへこむ。わたしは天童さんにどうしてほしいんだろう。自分で自分のことが分からなくなってしまう。
 どうやって掴んだらいいんだろう。片手で手首を掴む、とか? でもそれだと迷子の子どもを天童さんが面倒見ている、みたいになりそう。もうちょっと、意識されやすい、掴み方。そう考えてドラマで見たことのある女優さんを真似することにした。ぎゅっと天童さんの左腕を抱きしめるようにくっつく。天童さんは笑って「え〜そんなに怖い〜?」と言うだけで嫌がらなかった。それが嬉しいような悔しいような。
 ゴールに向かうまっすぐな廊下。この廊下で最終の脅かしがあるはずだ。ちゃんとかわいく怖がらなくちゃ。そう思いつつきゅっと天童さんの腕に強く抱きついておく。もうこんな機会ないだろうから噛みしめておこう。そんな気持ち悪いことを考えていると、天童さんが足を止めた。

ちゃん、一つ聞いても良い?」
「あ、はい」
「怖がるふりするの疲れない?」
「…………えっ」
「やっぱり〜!」

 天童さんはわたしの顔を覗き込んでにっこり笑った。え、どうして。確かに下手な演技だったかもしれないけど、まさか演技してるわけないって思って気付かないものじゃないの。バクバクうるさくなる心臓を押さえつつ「こ、こわい、ですよ」と目をそらしてしまう。天童さんは「え〜じゃあ女バレの子とお化け屋敷行ったときはなんで平気だったの〜?」とまた顔を覗き込まれる。なんで知ってるんですか! 思わずそう言ってしまってからハッとした。時すでに遅し。天童さんは「あの超怖い閉鎖病棟回れたならこれくらい怖くないでしょ?」と言った。どうやらわたしの友達と話したときに偶然聞いたらしい。失態だ。その可能性は一切考えていなかった。
 お化け屋敷や肝試しで怖がらない女の子はかわいくない。天童さんにかわいいって思われない。どうにかして軌道修正しなくちゃ。そう悩んでしまう。ここからどう頑張っても挽回するのは難しそうだし、いっそ怖くないって認めちゃったほうがいいのかな。でもそれじゃあここまでせっかく怖がる演技をしてきたのに意味がなくなってしまう。あと、腕、離してって言われるかもしれない。

「ね、なんで怖いふりしたの?」

 なんで。そう言われると、天童さんのことが好きでかわいいと言われたかったから、という答えしか出てこない。でも言えるわけがない。どうしよう。嘘吐き女って思われているかもしれない。そんなの嫌だ、けど。いい答えが思いつかない。
 廊下の奥のほうで、ひょっこり誰かが顔を出したのが見えた。なかなかゴールに向かおうとしないから不思議に思った脅かし役の人だろう。でも、そんなのどうでも良くて。うまくこの場を切り抜ける方法だけを考える。顔で得してきただけのわたしの頭はすっからかんで、こういうときどうすれば良いのか思いつけるだけの能力がない。顔しか取り柄がないようなもの。これまでいろんな人と接してきてそれがなんとなく、情けなかった。
 ひょっこり覗き込む顔が増えた。小さな声で「え、何? 喧嘩ですか?」と白布の声がした後に「分かんねえ。怖いとか怖くないとかなんとか。あそこでずっと喋ってる」と瀬見さんの声。静かな廊下って声が響くんですよ。こっちの声もじっと聞かれたら聞こえるだろうから、余計に理由を言いづらくなってしまった。わたしがそう悩んでいると五色の「最終組にはスペシャルな脅かしを用意しているのに」とうずうずしているような声が聞こえてきて、脅かせるもんなら脅かしてみなさいよ、ってなんか、ヤケになってきた。
 バッと天童さんの左腕を離す。そのあとすぐに思いっきり正面から抱きついてやった。さすがの天童さんも「へ?!」と素っ頓狂な声を上げる。大きな体にぎゅっとしがみつくようにして、大きく深呼吸した。

「天童さんのことが好きだから、かわいいって思われたかっただけです!」

 そのまま天童さんを捨てるように体を離して、天童さんの右手からくすねたお札を持って廊下をダッシュする。間抜けに「え?! 何?! 青春の一ページか?!」となぜか赤い顔をしている瀬見さんが血糊まみれで登場。怖くない! 当然スルー。その後に出てきた同じく赤い顔の五色も「お、俺何も聞いてませんから!」と全身血糊とおもちゃの虫まみれで登場。そんなのでスペシャルって言うの?! 当然スルー。最後に出てきた白布は「お前趣味悪いな……」と首が落ちるように見える仕掛けで登場したけど、思いっきり頭を叩いてやってスルー。何がスペシャルだ! 一つも怖くなかったんだけど! 怖がる演技が成功するくらいには怖くしてきてよ! そうクレームを入れておいた。
 お札をゴール地点に置かれている机にバンッと叩きつける。廊下ですっ転んだままの四人に「終わりましたけど!!」と怒りながら叫ぶ。白布が装置を外しながら「ってえなクソ。とりあえずこれにてくだらねえ催し物終了です」と言って、肝試しは幕を下ろした。
 ムカつく。こんなはずじゃなかったのに。そう怒りながらそのまま廊下を歩いて行く。このゴール地点のさらに奥がわたしが泊まっている部屋なのだ。そのまま帰ることができて有難いです! そう配置監修をした白布に心の中で言いつつ、途中から走った。



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「え、えーっと……天童覚さん、どうぞ、ご感想を……」
「びっくり!」
「それ俺らの台詞な?!」
「ていうか天童さん、怖がってないの気付いてたんじゃないですか」
「えっ、じゃあなんで気付いたときに言わなかったんですか?」
「えー、だって」
「なんだよ」
「……こ、怖がるふりしてるの、かわいいなって、思って、ネ?」
「爆発しろ」
「爆発してください」
「ば、爆発まではいかなくて良いので、ちょっと嫌な目に遭ってほしいです……」
「工は優しいねえ……ごめんなさい……」


世にも恐ろしい復讐

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