※捏造白布家が出ます。喋ります。名前はないです。




 夏休み。母親からメールが来たので何かと見てみれば、弟たちが海に行きたいとうるさい、と書かれていた。それを読んで正直、だからなんだよ、と思った。俺に何の関係があるというのか。行けば良いだろ。そう思いつつメールの続きを読むと、なんでもしばらく両親の都合が悪いらしい。そこで名乗り出たのが一番上の兄。大学生で運転免許を持っている。車は母親のものを借りるらしい。ならそれでいいだろ。そう思ったが嫌な予感がした。メールの一番下の行。「お兄ちゃん心配だし、賢二郎も行ってくれない?」。やっぱりかよ。そそっかしい兄を持つと弟が迷惑を被る。とはいえ、母親の頼みを無下にもできない。指定された日がちょうどオフだったこともあり、仕方なく「分かった」と返事をした。
 そして、当日。生憎少し曇っているが雨は降らなかった。まあ、過ごしやすくてちょうどいいか。そんなことを思いながら外出許可を取って寮から出た。高校の前まで迎えに来ると兄から連絡があったので、若干げんなりしつつ待っているところだ。なんで海。まあ行きたいと喚いたのが小学生と中学生だ。しかも小学生の弟はまだ低学年。元気は有り余っているだろうし夏休みに家でじっとしているわけもない。まあ、仕方ない、か。どうにかこうにか自分をそう納得させていると、ちょうど見慣れた車が見えた。助手席の窓が開いて中学生の弟が顔を出した。眩しい笑顔。元気で何より。
 俺の前で車が停まると、固まってしまった。運転席に兄、助手席に中学生の弟、後部座席に小学生の弟、と、幼馴染のがいた。聞いてないんだけど。そう思っているとがドアを開けて「久しぶり」と笑った。小学生の弟が誘って、と兄に頼んだらしい。そういえば懐いてたな、赤ん坊の頃から。まあ、別に良いけど。そう思いつつ後部座席に乗り込んだ。



▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 パラソルの下で目を細める。眩しくなってきた。曇っていたほうが俺としては過ごしやすかったのに。まあ、弟たちが「晴れてきた」と嬉しそうにしているし、いいか。そんなふうに少しずつ晴れてきた空を見上げて思う。
 開いているところにシートを敷いて荷物を置く。荷物番が一人は必要、ということになったから真っ先に名乗り出ると、兄が「まあそうだろうと思った」と笑う。それを無視して弟二人とに声をかけた。面倒だったので全員分の財布を俺の鞄に入れて管理することにして、四人を送り出した。
 海ではしゃぐ弟二人、よりもはしゃぐ兄に呆れつつ持ってきた本を開く。暇つぶしで持ってきたは良いが潮風を感じながらの読書は俺には向いていなかった。さっきからちょっと読んでは顔を上げ、また読んでは顔を上げ、を繰り返している。集中できない。波の音とか人の声とか。そういう雑音は気にならないタイプだと思っていたのに今日はなぜだか気になってたまらなかった。

ちゃん!」

 小学生の弟の声。楽しそうで何より。ちらりと目を向けると、砂浜で弟を見守ってくれているが手を振り返していた。ああ、そういえば泳げなかったよな。そんなふうに思いつつ、じっと見てしまう。風に揺れるオーバーサイズのパーカー。チャックも閉まっていて、普通に服を着ているみたいに見えるけど、なんか、下だけ何も着てないみたいに、なってる。ふいっと顔を背ける。いや、何が気になるんだよ。自分にそうツッコミを入れる。別にどうでもいいだろ、と呟いて。
 本を読むのはやめた。かれこれ三十分、一ページくらいしか読み進まなかった。鞄に本をしまってぼけっと海を眺める。そこまで海で泳ぐことに魅力は感じないが、眺めているのは嫌いじゃない。波の音も嫌いじゃないし雰囲気も嫌いじゃない。ちょっと騒がしいけど。
 「泳がないのー?」と兄が声をかけてきた。「いい」と返したら「オッケー」と腕で丸を作る。馬鹿みたいに見えるからやめろ。そうシッシッと手でジェスチャーしておく。俺のことはいいから勝手にはしゃいでろ。そうため息を吐くと「本当にいいの?」とすぐ近くで声がした。。顔を上げるとパラソルの下に入ってきて「賢二郎って泳げなかったっけ?」と首を傾げた。泳げるけど。そう返すとは「だよね?」と言いつつ横に座った。泳げるんだから泳いでくればいいのにってことなんだろうけど。別に泳ぎたくないし。そう返したら「えー、じゃあなんで来たの?」と笑われた。

「付き添い。兄貴がそそっかしいから一緒に行けって母親に言われた」
「賢二郎しっかりしてるもんね」
「そういうお前は? というかむしろお前のほうだろ。泳げないの」

 泳げないのになんでついてきたんだよ。弟に来てほしいと言われたとはいえ、別に断ることもできただろうに。そう首を傾げたらは「あーうん」と目をそらす。なんだその反応。横顔をじっと見ていると、は「別になんでもいいじゃん」と笑った。良くねえよ。答えろよ。内心そう思ったけど、久しぶりに会ったしそこまで強く聞けなくて。仕方なく黙っておくことにした。
 ぽつぽつとお互いの高校の話をした。は女子校に通っている。女子校って女子の派閥とかあってヤバいんだろ、と聞いたら大笑いされた。「漫画の読み過ぎでしょ」と言ってから「まあ、あの子とあの子は絶対に喋んない、みたいなのはあるけど」と言った。あるんじゃねえか。怖えよ。俺がそう引いていると「白鳥沢は? なんか寮の規律が厳しいって聞いたことある」と興味津々に言った。寮の規律? そこまで厳しいものがある記憶はない。まあ他校のやつが勝手に流している噂なんだろう。そう思ってざっくりした決まり事を言う。運動部特有のものばかりだけど。それを聞いたは「うわ、厳しいね」と苦笑いした。そうか? 慣れればそうでもないけど。まあ、お互い、それなりに苦労をしているということで。そんなふうに言ったら「そうだね」とおかしそうに笑った。

「……気になってたんだけど」
「何?」
「なんでパーカー着てんの?」

 言ったあとで後悔した。それ聞いて何になるんだよ、と。もちょっときょとんとしてから「え?」と首を傾げた。そりゃそうだ。服装は個人の自由。俺が口出しするところじゃない。「いや、別になんでもいいけど」と誤魔化しておいた。

「泳がないしいいかなって」
「ふーん」
「あと、ちょっと恥ずかしかったから」

 照れくさそうに笑った。なんだそれ。そう呟いて目をそらしておく。恥ずかしかったから、って、なんだそれ。もう一度頭の中で呟く。
 中学生の弟が「ちゃんボール取ってー!」と言った。荷物の中にまだ膨らませていないビーチボールがあるらしい。が「はいはーい」と答えながら、座ったままくるりと後ろを向く。少し後方に置いてある鞄を取ろうと、シートに手をついてぐっと腕を伸ばした。何気なく目を向けたら、パーカーの胸元が、ちょっと開いていて。白い水着がちらりと見えた。
 ボールを取り出したがそれを広げて膨らまし始める。割と簡単に膨らんだそれを持って立ち上がった。の足がすぐ横に見える。ほんの少しだけ視線を上げたら、パーカーに隠れている水着がまた見えた。は「いくよー!」と笑って、ボールをえいっと放る。軽いボールはあまり飛ばなくて海まではもちろん届かない。「ちゃん下手くそー!」と弟が言うのを「うるさい!」と笑った。お礼を言った弟に手を振って送り出すとまた俺の隣に腰を下ろす。飛ばなかった、とちょっと恥ずかしそうにしている。
 なんて言ったら、それ、脱ぐのかな。ちょっとそう考えてからすぐかき消す。何考えてんだよ。別にいいだろ脱がなくても。そう知らんふりを突き通す。本当に。何考えてんだよ、俺は。
 小学生の弟が戻ってきた。ちょっと休憩をしに来たらしい。兄と中学生の弟はビーチボールで対決をしている。が小学生の弟にタオルを渡すと「飲み物あるよ」とジュースを渡した。弟はそれをごくごく飲むと、くしゅ、と一つくしゃみをした。はそれを見て「着るものないの?」と聞くが、そんなものを持っているわけもなく。弟がもう一つくしゃみをしつつ「ない!」と笑った。どう見ても元気だ。くしゃみも寒いから出ているわけじゃないだろう。
 そう俺が思っていると、が、パーカーのチャックを下ろして脱いだ。躊躇いなく弟にそのパーカーをかけると「休憩してる間、体冷えちゃうから」と言う。に懐いている弟は「借りるー」と嬉しそうにしていた。デレデレするな。ただ、まあ、よくやった。そう思いつつ。
 俺との間に座った弟が小学校での話を楽しそうにに話す。がにこにこして聞いているので弟もにこにこして話を続ける。嬉しくてたまらないって顔。お前のこと好きだもんな、昔から。そんなふうに横目で見ている。一応話は聞きながら。
 女子の水着の種類とかは何一つ分からないけど、なんか、全体的にふわふわしてる。CMか何かで似たものを着ている女性芸能人を観たことがある。胸元がふわふわしていて、肩が出ているやつ。名称は知らない。どうでもいい。どうでもいいけど、そういうの、似合うなって思った。白色も似合う、と思う。正直、水着の種類も色も、なんでも似合うって思っただろうけど。

「競争する人ー!」
「あ、するー!」

 弟が元気に走りだそう、と、して「あ!」とを振り返った。借りたパーカーを脱いで「ありがと!」と笑う。はそれを受け取りながら「いってらっしゃい」と笑い返した。もうそれだけで弟はやる気十分、という様子だ。元気に駆け出していった。
 はそれを見送ってから受け取ったパーカーを広げる。そして、また着ようとしているような仕草をした。が袖を探しているのをじいっと横目で見てしまう。

「着るんだ?」
「え?」
「いや、パーカー」

 またしても声が出た。何言ってんだ。そうあとで後悔したけど出て行ったものは戻ってこない。袖を探していたは動きを止めて、きょとんと俺を見ている。不思議そうな顔。そりゃそうか。着ようが着まいが俺の意見は関係ない。やっぱり言わなきゃよかった。そんなふうに思っているとが「着ちゃだめなの?」と至極当然の疑問を口にした。表情はきょとんとしたままだから機嫌を損ねたわけではなさそうだったけど。

「いや、着てもいいけど」
「けど?」
「……いや、まあ」
「うん?」
「…………別に、着なくていいだろ」

 なんだそれ。自分で自分にツッコんでしまった。俺と同じくも意味がよく分からないという顔をしている。悪かったよ、俺が悪かった。変なこと言ったのは俺だから気にすんな。内心そう思うけどなぜだかこれは声に出ない。なんでだよ。よく分からない。
 は「暑苦しい?」と首を傾げた。そうじゃねえよ。思わずがっくりしてしまいそうになったが堪えた。は広げる途中のパーカーをどうしようか悩みつつ俺を見ている。変なこと言わなきゃよかった。そう後悔しながらが持っているパーカーに手を伸ばす。それを掴むとが「何?」と言いながらも手を離した。素直かよ。そう思ったけど返さず、適当にパーカーを畳んでやっての鞄の上に置いた。

「それ」
「うん?」
「似合ってる、から、着なくていいだろって思っただけ」

 死にたい。内心そう呟く。何言ってんだか自分でもよく分からなくなっている。も変な顔をしている。久しぶりに会った幼馴染にそんなこと言われて変に思わないわけがない。流れる空気も変になってしまった。俺ってなんでこういうの、うまく誤魔化せないんだろうか。そうため息がこぼれた。

「じゃあ、うん、着ないでおこう、かな」

 そんな返事があった。視線を戻したらが俯いて、赤い顔をしていた。なんだよその顔。目をそらそうとしたけどそらせなかった。なぜだかじっと見てしまう。そのうちが顔を上げて、バチッ、と目が合った。それから余計にの顔が赤くなると、白い肌が余計に目立って、なんだか、何よりも眩しく見えた。


アンチ・ラブソング

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